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第八話


「うへへへへへへへ」


 うっとりした目をしながら気持ち悪い笑みを浮かべて機械に頬ずりする宗近がいた。回転式の砥石と機械鍛錬用のエアーハンマー、その二つの共通動力源に気持ち悪い、間違えた、気色悪い顔で頬ずりしていた。

 この世界は魔法が横行している。そのため、こういった機械そのものが珍しい。大抵の事は魔法で片付くからだ。故にこういった機械物はワンオフ品で製作コストが非常にかさむ。そしてそれ以上に問題なのが宗近に魔力がない事だ。日常的に使用するモノは購入した魔石を使用していたが、それは一般市民でも容易く買えるような安物。だが、動力源にするような魔石は安物で済むはずもない。二つの機械を動かす出力を長時間維持する為の魔石はそれこそ家が買えるほどの金銭が必要となる。それを前回のスニフ達から得た金を使い込んでこれらを購入した。無論、ほぼすっ飛んだ。


 だが、この二つによって宗近の作業効率は飛躍的に向上する。

 今まではなんやかんや一人で行っていた。本来であればこの世界のおける兄弟弟子に相槌料を支払って鍛錬を行うべき。身内という事もあり随分と安くはすると言われた。だが、宗近は断った。職人の技術というモノは基本、門外不出。弟子の中で最も見込みのある者にしか己の秘伝を伝えなかった。その為に失われた技術はかなり多いのだが――――

 宗近の技術はこの世界において未だない技術が溢れている。それらを世話になった兄弟弟子とはいえ易々と教える訳にはいかない。


 技術を盗まれるという事以外にも理由はあった。相槌と息が合わなければ良い鉄は打てないのだ。とんちんかんという言葉があるが、これは相槌との息が合わず、音が揃わない所からちぐはぐな様子や間抜けを意味している。相槌との呼吸の合わせ方は重要な問題なのだ。だが、機械で鍛錬を行えるようになるとそれが無くなる。勘所を己の意思で打つ事が出来るのでとんちんかんになる事はない。

 しかし、これはそもそも現代日本において鍛冶のなり手が少ないが故の効率化であった。まともに鍛錬する為には弟子がいないとならない。叶うならば二人、理想を言えば三人も。だが、一部の刀工を除いてその弟子の確保すら難しいのが現状である。その為の機械鍛錬である。半鍛錬などという不名誉な名前が付けられているが、弟子を取る気の無い刀工にとってこれほどありがたいモノは無い。


 そして、回転式砥石これを使う事によって荒砥ぎが己の手で前後しなくていい分疲労も少なく、仕上がりが早くなる。この二つは一人で行う鍛冶師にとって外せない代物なのだ。






 一しきり、頬ずりをして満足した後、だらしない笑みを浮かべていたとは思えない程にきりりと引き締まった顔で鉄を見ていた。

 鉄といっても幾つも種類があるのはすでに話している。そしてその種類でも適した鉄とそうではない鉄がある。心金に適した鉄、刃金に適した鉄、無垢鍛えに適した鉄、刀ではなく雑多な道具を作るのに回す鉄。鉄には表情があり、鉄は生きている。それらを鍛冶師の勘所で上手く組み合わせて鍛え上げる事によって鉄は生かされる。

 一つ一つを選別するその眼は猛禽のように鋭い。鉄の全てを見極めんとギラリと鋭い目で鉄を視る。



 鍛え方を変えてみるのも一つだな、と鉄を見ながら思う。


 日本刀の鍛え方にはいくつか種類がある。一つは四方詰。心金を中心として四方を皮金で覆う鍛え方。本三枚は四方詰と同じく心金を皮金で覆う構造だが、棟の部分に心金が露出している。甲伏/まくり、心金を皮金で包み込む手法である。饅頭の上部分から餡子が露出しているような構造なのだ。無垢鍛え、心金と皮金の区別なく一つの鋼で刀を仕上げる。これらが水心子正秀著の新刀特伝に記される鍛え方である。

 だが、平安から室町の間に作られ古刀と呼ばれる刀は自由であった。上記以外にも古来・関伝と呼ばれるものは菱餅の様に心金と皮金を積み重ねて鍛えていた。笹掻き鍛えという心金と刃金が二つの櫛を歯でかみ合わせたような造りとなっている。他にも真十五枚鍛えなど名前しか残っていない鍛え方、現代にはない独特の鍛え方があった。だが、日本の長い歴史の中で消えて行ってしまった。しかし、失伝した鍛え方は決して悪くはない。最上大業物十二工に列挙される美濃兼元(通称関の孫六)といえば刀剣関係者でなくとも名刀として知っている。他にも同じ最上大業物十二工に列挙される和泉守兼定なども関在住であり、おそらく古来・関伝の造りであっただろう。

 では、何故古刀の鍛え方が消えたのか。ざっくり言うと江戸時代の平和による製鉄技術の向上が原因である。戦が無くなりじっくりと腰を据えて製鉄が出来る様になると、出雲、出羽、千種などの地方でたたら炉の大型化が行われた。それによって一度にとれる鋼の量は増産したが、送風機を使って風を大量に送り込んだために鉄が酸素を噛むようになった。また高温での製錬により刀の頑丈さに不可欠な雑味もノロと一緒に排出されるようになってしまった。極少量のマンガン、ニッケル、タングステン、ケイ素などは刀に粘りと腰の強さを与えるのに必要不可欠な元素なのだ。確かに大型たたら炉で出来た鋼は高品質だ。純鉄に近づいた、が、刀として適した鉄を供給できにくくなったのだ。

 また、産出する鉄を和鋼一本に絞った事が原因とも考えられている。江戸時代以前は舶載鉄を用いて作られていた事が同時期の鉄器の成分分析から分かっている。江戸時代、正確には慶長期から質の異なる鉄が流通の主流を占めたために技術が緩やかに失われたと考えられている。

 その為に、それまでは無垢鍛えが一般的であったのに鉄が異なるために工夫を重ねて四方詰や本三枚などの鍛え方が生まれた。無垢鍛え、丸鍛えとも言うが、名前を聞くと実に手抜きのような作り方に聞こえるが、間違いである。江戸時代までは本鍛えや一枚鍛えと呼ばれ、難しい鍛え方として認識されていた。現代においても無垢鍛えで良質な刀を生み出す刀工は少ない。



 話が逸れた。今度は、関伝の鍛え方で作ってみるのも一つだ、と宗近は今一度決心して纏めた銑を火床に入れる。火事場の中は暗い。光が強すぎると鉄の色が変化してしまい、明確な鉄の温度が把握しにくい。特に焼き入れ時などの鉄の温度の把握は徹底されていて日が昇る前か、日が暮れた後に、と言われる程に徹底された。


 火に入れた鉄は徐々に色を変えていく。暗赤色から黄色へと移り行く。その表情の変わり方が宗近はたまらなく好きだった。少しずつ刀に生まれ変わる為に表情を変えていくその光が好きだった。


「魅入っていないで、来客に対応してください」

「あっつっ! 焼ける! 焼ける!」


 背中を蹴られて気付けば火床の火に接吻寸前。鉄の表情の変化は好きだが口付したいとは思えない。


「誰だ、こんちくしょう!!」


 振り返りながら狼藉者に向けて吠える。この五体は鉄を鍛える為にある。そう簡単に後に残る傷を負う訳にはいかない。暗い中、胸の膨らみこそないが引き締まった腰をしたシルエットが浮かび上がる。


「危ないだろうが、ディメア」

「ちゃんと加減はしました」


 そういう問題ではない。だが、少し、というかかなり不機嫌そうな返答に気勢をそがれる。何故か分からないが、凄くご立腹である。こちらの怒りが見当違いかのような怒り具合である。宗近は大人しく怒りを胸にしまった。後で釘をさす事を決して忘れないが。


「何の用だ?」

「約束を果たしに来ました」


 はて、約束とは一体なんだったか。この数日、スニフの大剣の研ぎ上げでさんざん苦労した記憶しかない。何か約束したっけ? と盛大に首を捻った。


「一か月、食事を作ると約束しました」

「あぁ、そういえば、そんな約束したなぁ」


 カナツディナソーの恐怖によって極限状態で交わした約束。だが、その後、スニフ達からの大金が舞い込んだ事によってすっかりと忘れていた。後、念願かなって購入できた回転砥石とエアーハンマーに浮かれたのも原因だろう。


「ここ数日、色々と書類整理で立て込んでいたので来れなかったのはすみません。やっと今日から約束を果たせると着た所、冷蔵庫の中は空でした。根野菜すらないとはどういう事ですか」

「いや、自炊はあんましねぇからな」

「だからといって、この有り様は…………」


 一人暮らしの大学生だってもう少しモノは入っているだろうというぐらいに冷蔵庫にモノがない。冷蔵庫に魔力を供給しているのが無駄に思えるぐらいに何も入っていないのだ。この男、本当にどうやって生きているのか不思議である。


「買い物です」

「おぅ、いってらっしゃい」

「はい、いってきます――とでも言うと思ったのですか? ムネチカさんも当然来るんですよ」

「いや、俺はこれから心金作ろうと思うん……ですが…………」


 言葉を募る度にディメアからの圧力が変わる。表情は寸毫も変化していないというのに圧力だけが重々しくなる。何か悪い事をしたのだろうか、胸の内側に問うても答えはでない。


「行かないのならば、今日の夕食は唐辛子のみと思ってください」

「待て、それはおかしいだろ!」

「安心を、きちんと食べられるように作ります。唐辛子のバター炒め、唐辛子のスープ、唐辛子のみが具のクスルも作って上げます」

「それ、食えるのか!? というか今更だけどお前、料理出来んのか?」


 豪っと一段と圧力が強まる。失言だったかもしれないと、遅まきながら冷や汗を流しながら思った。

 尚、クスルとはトマトとパプリカのペーストの味を炒めた後に、ブルグル(パスタの一種。クスクスのように粒状をしている)を入れて水分を吸わせてから青物野菜などの具材を乗せて最後にザクロソースをかけて食べる家庭料理である。さっぱりとしていて幾らでも食べられる料理であり、テュルキエ国では頻繁に食べられる料理だ。日本でいう炊き込みご飯の様な物と思ってもらって構わない。無論、具材を唐辛子のみで作るような料理では断じてない。


「分かりました。では、完全に唐辛子と調味料のみでご飯を作って見せましょう」

「すまん。分かった。ついて行く。ただ、ちょっと待ってくれ。ある程度纏めてからでないと鉄が無駄になっちまうからな」


 何故、こんな事になったんだろうと、しきりに首を捻りながら鍛錬を再開。次の行程に手を伸ばしかけた所でまた火床の炭と口付しそうになったのは言うまでもない事だろう。








 買い物もさくさくと進んでいたが、八百屋でディメアが捕まった。多くの店主に二言、三言の声をかけられている事からもよくこの商店街に通っているのがうかがえる。が、この八百屋のおばちゃんは話し好きな上にお節介焼きなのか、随分と話が長い。職業柄、人の話を聞くのが上手いのと、表情筋が動かない事が災いしているのだろう。宗近からみると割とうんざりしている様に見える。


 どうしたものかと首を捻った時に、ふと炭問屋が目に入った。しかも、いつも炭を卸してもらっている問屋。ちょうどいいかとばかりに宗近は無情にも炭問屋に向かい、炭を見分する事とした。


 炭。鍛冶を行う上で決してなくてはならない炭。

 炭と言われると真っ先に浮かぶのが備長炭ではあるが、刀工が使うのに最上とされるのが赤松で作られた黒炭である。備長炭とは白炭の一種で高温の炉で焼き締めた硬い炭である。火が付きにくいが長持ちし、煙も少なく料理によく用いられる。反して、黒炭とは白炭よりも低温で焼かれた少し脆い炭である。火の勢いが強く、着火がしやすく、難点として煙が出るため野外で火を起こすのによく使われる。

 そして、鍛冶に使われるのが黒炭の一種ではあるが、少し精製が粗く火が更につきやすく火の勢いも更に強い。火床の中で時に千度以上の火を回す鍛冶では備長炭を代表する白炭や、一般的に野外で使われる黒炭では火力が足りないのだ。一般的な黒炭は送風量を調節すれば使えない事はないのだが、白炭は使ってはいけない。刀鍛冶では白炭は硬すぎるのだ。火床の中で鉄を熱する時には万遍なく芯まで火を通さねばならず、炭の中で鉄を動かす。その時に炭が硬いと素延べした際の切っ先が曲がるのだ。その為、炭の中でも柔らかいと言われる赤松の炭が最も好まれる。



 じぃっと炭を睨みつける。

 見ているだけで良し悪しなど宗近に分かるものではない。炭は火力が弱いのは論外として、強すぎてもいけない。いつもの心地でふいごを使えばたちまち強い火が上がって鉄が蕩ける所か、融けてしまう。火を操ってこその鍛冶だが、火を繰る為には細々とした手間が必要だ。

 鍛冶の世界には『炭切り三年』という言葉がある。鍛冶場で働く事になった新弟子は槌で鉄の打ち方を覚える前にまず炭切りを三年せよという事だ。これは、丁稚はまず雑用をして親方に仕えよという意味であるが、それ以上に鍛冶にとって重要な火を操る為の術を覚えよという意味でもある。ヤニの多い皮の部分を落していなかったり、切った炭の大きさが不揃いであったりするといつもと同じ頃合いで風を火床に送ろうとも火力は一定にならない。理想の刀を打ち上げる為には炭一つ切るにも丁寧な仕事が要求される。


「おぉ、これはこれは、ムネチカさん」

「ん、大将か、いつも世話になってる」

「いえいえ、こちらこそ。今日はどうなされました? 炭の納入にはまだ日がありますが、使い切りましたかな?」


 商売人らしい笑みではあるが、相手の懐を探るようなまなざしではなく常連に向ける温かい笑みを浮かべて店主が奥から出てきた。さもあらん、なにせ宗近がこの都市一の炭の使用者だからに他ならない。

 魔力が電気の代わりに人々の生活に密着に関わっているこの世界では炭の需要は少ない。現代と同じく、魔術によって家のコンロは火が付き、野外での焼き肉などでも魔術の火が便利だと炭が売れなくなっていく一方である。炭焼などで肉を焼く屋台や小料理屋はあれども、毎日湯水のごとく炭を使う宗近とは比べるまでもない消費量だ。月にトン単位で購入していく宗近はこの炭問屋にとっては上得意。満面の笑みを浮かべて対応するのも納得である。


「大将。いつも仕入れてる窯元で代替わりでもしたかい?」

「後日、その事でお伺い立てするつもりではありましたが。この前お渡しした炭はまだ代替わりの連絡が入る前の物だったのですが、よくお分かりで」

「あぁ、ちと炭の火が違うと思ってな。そうか、代替わりしたか…………」


 その情報で宗近は少し思案した。

 同じ窯元であろうとも職人が変われば炭は変わる。代替わりがしたと名言されたのならば、場合によっては別の炭だと思わねばならない。炭が変われば無論、火の起こり方も変わる。炭にする木の選び方が違えば当然の事、焼き具合によっても炭の火力というのは変わってくる。炭の扱いには当然、刀工というモノは敏感だ。


「窯元を変えられますか?」

「そう…………だな。取りあえず代替わりした後の炭と、大将がオススメの窯元のを二つ、三つ。そいつを十キロほどでいいから卸してくれるか?」

「承知しました。お厳しいですな、ムネチカさんは。他に卸す方はあまりお気になさらないのですがね」

「炭が変われば、鉄の表情も変わる。鉄を毎日眺めてるんだ、それぐらいは、な」


 それが出来て当たり前。そう当然のように言い放つ宗近の姿は間違いなく職人だった。


「私を放り出して炭を眺めていた理由は、それだと」


 背後からぬぅっと不機嫌さをにじませた声をかけられ、心臓が止まりそうになった。振り向くといつもの無表情のように見えながらどことなく拗ねている様に見える。


「いや、仕方がないだろ」

「えぇ、分かっています。ムネチカさんは鍛冶に関する事になると他に目が行かないことぐらいは分かっています。えぇ、生活費に困窮する位に」


 一回り近く年下で、年頃の娘の拗ね具合にどうした物かと思って周りに助けを求めると炭問屋の店主はすでに姿を消し、八百屋のおばちゃんは別の客との会話に夢中になっていた。どうしたものか…………









「こんな事で私が許すとでも?」

「頬にアイスつけて言う台詞じゃないと思うぜ」


 次は肉が必要だと別の商店へと向かう途中でアイス屋を発見。即座に購入し、ディメアへのご機嫌取りにと奉納する。四年の付き合いでディメアが甘味の中でもアイスを特に好むのを宗近も知っている。その弱点をついたおかげか、不機嫌さは消えいつものように無表情に――ちょっと目じりが下がっていて機嫌がいいのが分かる。


 チョロイという訳ではなく、本気で怒っていなかったと見るのが正解だろう。以前、宗近が本気で怒られた時は一週間ほど、ゴミでも見るような目を向けられ続けた。


 安堵をしながら歩いていると目的の肉屋よりも先に武具店が目に入った。親方の工房で幾度か聞いた名の店名である。他の人間が打った剣を見れば最近のスランプの脱出の切欠になるやもと、ディメアに断りを入れて入店する。凄く渋い顔をされたが。



 店内は武器の分類ごとに整頓されており、とても見やすい。いい店だ、と言葉には出さず内心で褒める。


 主流であるトゥハンドソードやツヴァイハンダー、クレイモアなどの両手直剣が店に入ってすぐ目に着く場所に飾られている。その横には両手直剣よりも実用的なハルバード、バルディッシュ、変わり種として方天戟などの長柄武器も丁寧に並べられている。その更に横には片手直剣に分類されるバスタードソードやブロードソードなど地球史における年代や地域などぶっ飛ばして様々な剣や長柄武器が並んでいる。


 一つ一つ、手に取って地肌を眺め、重心を確認する。どれもこれも丁寧な仕事で仕上がっている良品ばかりだ。いい店だ、再度思う。


「好きですね」

「刀だって剣の一種だからな。それに、ここにあるのは魂が込められてる。飾る為じゃなくて使う為に、あるのばかりだからな」


 この店に並べられている剣は篭もっている情念が違うのだ。剣とは遊び半分で造り上げる物ではない。敵を殺す為に、立身出世する為に、時に誰かを守る為に。鍛冶師が一本一本に魂を込めて作っているのだ。作る物も、鍛造工程に違いはあれどもそこに込めている情熱は同じ。

 博物館に飾られた、憐れな武器ではない。二度と仕手と巡り合う事はなく魅せる為に飾られる武器とは違うのだ。仕手と共に生き、時に仕手を残して先に逝き、時に仕手に残されて次を待ち、時に仕手と共にその命運を終わらせる。これからそんな生を歩む、無機物に言うのはおかしな話だが――生命力にあふれた剣達だ。


「私には何が違うのか分かりませんがね」

「そりゃ、千里眼持ちのお前が前線に出るような事がある訳ないだろ。退屈なら、先に肉屋に行ってきてくれ」

「…………はぁ、どうせ呼びに来るまで眺めているんでしょう? 遠回りになるので待ちますよ」


 仕方ないと言いつつ優しい目で見てくるディメアに助かると声をかけて再び剣を見る事に集中する。


 この武器屋は一級品しか扱っていないのかどれもこれも状態も具合もいい。値段も法外な値段ではなくある程度貯金のたまった冒険者であれば手の届く範囲に収められている。

 値段としてはハルバードなどの長柄武器が最も高く、その次に大剣、その少し下に片手剣という具合になっている。本来、大剣というのは相当な量の鉄を使い炭も使う。その為、片手剣より少しだけ上の値段という事はないのだが、需要が高く生産する数も他の種類の武器と比べて桁違いなので廉価な品となっている。また、傷やゆるみなどが研ぎで消し切れなくても二級品として販売される。これは武器が観賞品などではなく消耗品として扱われているからに他ならない。五十年、百年を考えれば傷に残った水分を拭いきれずに錆を生じさせるが、十年も使えば廃棄される消耗品扱いであれば多少の傷やゆるみは値段との兼ね合いで目を瞑る。

 その為、鍛冶師としても値引かれるとはいえ金になるからにはどんどんと二級品であろうとも放出するというサイクルが出来ている。無論、一級の剣匠などは二級品など世に出さずブランドを保つようにしているが。




 一つ一つ丁寧に武器を見分して、壁に丁寧に飾られた一つの大剣が目に入った。スニフの持つ大剣と比べれば些か小さいが十分に大剣の範疇に入るソレ。剣身に刻まれた三つの魔法陣。他の大剣と比較して桁一つは違う値段。間違いなく魔剣である。


 姿形に気品がありながらも歪みなくすらりとした剣身、丁寧に彫られた魔法陣。何をとっても一級品と一目で分かる品である。



 魔剣――――魔剣の作用と宗近が切断した刀はある意味で似ている。魔剣の中でも刻まれた魔法陣によっては炎や氷を出す物も無論、ある。

 だが、魔剣は当然の如く剣身に魔法陣が彫られているが宗近の刀には当然そんなモノはない。そして宗近の刀は己の魔力や魔石などを必要としないという点が大きく異なる。機能面は似ているかもしれないが使われている技術の根幹が違う。


 宗近がことごとく切断した刀は武器として完成している魔剣と違って失敗作であり、不良品である。



 己の魔力や魔石を使わずに、魔剣と同等の力が発揮できるのならばさぞ素晴らしい武器かと思うかもしれないが…………そんな事はない。製作する武器とは製作者の想定の範囲内か、想定の延長線上になければならない。宗近が作った刀は想定の延長線上どころか、斜め上の方向というよりも別次元に跳躍している。これではいけない。


 自動車で例えると、軽自動車を作ったはずなのにアクセルを踏み込んだら空を飛んだ。それ位にかけ離れた代物になっている。

 自動車が空を飛ぶのは浪漫ではある。浪漫ではあるが、それは確かな技術の元に生み出された物でなければ空飛ぶ自動車として完成品とはいえない。

 アクセルを踏み込めばどれ程の速力が出るのか、ブレーキを踏んで失速した途端に墜落しないか、出力に耐えきれずに空中分解しないか、そもそもどのような原理でこの自動車は飛んでいるのか、何かの拍子に爆発しないか、燃料はどれだけ持つのか、あれ? そういえばこの車、ガソリン入れてないのに動いてるんだけど!? ガソリンではない正体不明の動力である以上、使用し続けた場合の副作用も分からない。ガンにならないかとても不安だ。


 と、何もかも分からない状況である。原理が理解しきれていないが故に、当然修理など出来ない。同じものを作れと命じられても偶然に頼るほかない。果たして、こんな車を通勤や休日のドライブに使いたいと思うだろうか? 答えは否である。信用のおけないモノに命を預ける事など出来るはずもない。

 そして、厄介な事に車と違って宗近の刀は分解する事が出来ない。真っ二つにして調べてもただの鉄であった。原理を理解しようにも分解によって得られる情報が皆無という状況。ファンタジーといえども――否、命の値段が軽いファンタジーであるからこそ、信用のおけない武器を売りに出す事は出来ない。宗近の刀が暴発して人死にでも出れば、殺されても文句が言えない。故に、何も分からない内に売る事は決してしてはならない。

 真っ二つに破壊せず色々と調べてから売ればいいと思うかもしれないが、己でも調査するには危ないと思うモノを人に頼むのは実に酷い話ではないだろうか? 金を払ってスラム民に試してもらうという手段もないではないが、生憎と機械を買ったせいでまたカツカツ。試す事は出来ない。

 また破壊したことにしてもそうだ。自分で手におえない代物を盗まれて悪用された場合、どう責任を取ればいいのか。無論、罪を犯した人間が悪いが盗まれた方も悪いと認識されないとは限らない。


 武器というモノを制作して売るからには責任が付きまとう。これは職人にとって当然の事だ。高値で売れそうだから、便利そうだからと安全を保障できない物を売る事は決して出来ない。

 それが職人としての矜持、心意気というモノである。



「行くか、ディメア」

「冷やかしだけとは、さすがです。ムネチカさん」

「褒めてるのか? それ」

「無論、褒めていません。先程からこの店の店主が睨んでいますから」

「…………すぐに出る。はぁ、魔剣は研究資料として欲しいっちゃ欲しいが、無い袖は振れないからな」

「高いですからね、魔剣は」


 はぁ、とため息をついて魔剣から目を離す。いくら眺めていた所で宗近の刀の失敗の理由は分からない。スニフの大剣で散々使用感の違いを研究したのだ。今更である。


 鉄を代え、炭を代え、鍛え方を代え、これ以上何を変えれば満足できる刀が仕上がるのか。まだ、宗近の試行錯誤は終わりそうもない。














「いや、美味かった。片づけは俺がやるから、送っていくぜ」

「え?」


 食後のまったりとした時間を過ごした後――夕餉の内容は至って普通で、唐辛子がふんだんに使われた料理ではなかった――唐突に告げられた言葉にディメアは固まった。刀を打つ事に魂を捧げ、それ以外に一切興味のない男が、一体どういった風の吹き回しだろう。宗近が年頃の娘に対して気の利いた行動が出来る訳がない。まさか――――


「偽物?」

「いや、俺もこれから外に用事があるだけだ」


 訝しむと、まだ納得のいく答えが出てくるが…………

 男が夜中に出ていく理由は大抵二つだ。飲みに行くか、それとも女を抱きに行くか。それともその両方か。宗近とて男だ。性欲を覚えない筈もない。一人やもめで恋人がいるとはディメアも聞いた事がない。ならば、解消するのに当然行き着く先は娼館しかない。その事を理解は出来るが、納得が出来るかどうかは別である。


「ほれ、暗くなりすぎる前に行くぞ」

「…………それは、なんでしょう?」


 先をせかす宗近の姿は夜の街を出歩くにしてはあまりにも不可思議な格好をしていた。巻き藁を二本背負い、腰には白鞘に入れられた刀が一口。明らかに、夜の街を歩く格好ではない!


「あ? 見て、分かんねぇか?」

「いえ、物は分かるのですが…………何故、夜の街に出かけるのにソレらが?」

「街ぃ? これから山に行って試し斬りしてくるだけだが?」


 アァ、この男、性欲すらも刀に捧げているのかもしれない。という疑念がディメアの中に芽生えるのもおかしな事ではない位に清々しい宣言だった。


「それなら、いいのですが。何故、山に」

「ちょいと思う所があってな」


 どこかアンニュイな顔で宗近は刀を眺めた。それも仕方がない。この前打った刀は斬撃が飛んだともなれば対策も必要だ。宗近の工房は郊外にほど近いが、周囲は住宅地。裏庭も道路を挟んで人の家が建っている。その中で刀から発せられる謎の力が暴発して民家に被害が出ては事である。斬撃が飛んだのは今回が初めてだったが、良く考えると炎とか氷とか雷撃が間違えて隣家に襲い掛かっていた可能性もある。今更だが、ぞっとする話だ。


 人に被害の及ばない森で試し斬りをするのは実に妥当な判断である。


「まぁ、ついでだから気にすんな」


 ポンポンといつもの調子でディメアの頭を撫でて、夜の帷が落ち始めた町を二人は歩いた。














 その夜、極光が空を突き抜けた。

 雲を払い、夜を引き裂き、影を消し去る光の筋。空を突き抜けどこまでも進んでいく極光。ある者は神の威光の様に眩しく清冽な光だったと言い、ある者はエイダーが降臨したかのように力強く、なすすべもない破壊の力だと言った。

 夜遅いとはいえ街の近郊で起こった珍事。夜を徹して原因究明の為に多くの人々が山野を駆け巡ったが、原因は分からずじまい。


 その夜、意気消沈した姿で家に帰った宗近は今夜試斬したばかりの刀をへし折った。


どこぞの英霊が持つ星の聖剣の如き力を宿した刀 防衛体制がない都市であれば一撃で消し飛ばし、エイダーのブレスと真っ向から打ち合っても競り負けない程の威力を持つ 状態:修復不可能な破損

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