第四幕〜霊界の覇者〜
「人は常に欲望を抱いている。まだ幽霊になって日の浅い私にはまだ生きていた頃の記憶を鮮明に思い出すことができる。なんとも忌まわしい記憶だ。最高の地位を手に入れることがどれほど至福なものなのか……君にわかるか?豊川唯ちゃん?」
三条院の私室に乗り込むなり三条院は彼らのほうを振り向くことなく窓辺を見たままつぶやいた。
「ようやく、ようやく私の時代が来たと思っていた。会社の全てが私にひれ伏すとが来たのだと。長い時を中途半端な役職で過ごし、部下と上司との板ばさみ。辛い日々が続くとき、私はいつも心の中でこう念じ続けていた。いつか私が上司の奴らを踏みにじるときが来る、と。やっと、やっとその時が来たというのに…」
三条院は自らをあざ笑うように続ける。
「しかし…」
三条院が初めて唯達の、唯のほうを振り向いた。
(この人が三条院…)
年は唯の両親よりか少し若い程度だろうか。顔は青白くどこか生気のない顔である。幽霊なのだからそれが当然といえばそうなのだが、この人の場合は生前もこんな顔で日々を過ごしていたことが伺える。部下と上司との板ばさみという言葉が唯の脳裏に思い起こされる。そして、背は猫背に近く全身から気力というものがまったく発せられていない。
「しかしだ…」
三条院がゆっくりと続けたので、唯はハッと彼の話に耳を傾けた。
「今の私は死んでよかったと思っている。この世界に来てよかったと思っている。現実社会のような規則にとらわれることのない世界。私が少し助言をしただけで彼らは私の意のままに動くのだ。かつて私が目指していた理想郷は死してようやく遂げられるのだ!!」
「それが、幽霊達の彼岸の望みをかなえるっていう…?」
「その通りだ」
「馬鹿じゃないの三条院さん。そんなことできるわけが…」
「できる」
三条院は唯の言葉を遮って断言した。
「先ほども言っただろう?ここは現実世界とは違うんだ。願いなど少し祈れば簡単にかなってしまうのだ」
三条院の言葉に唯は数時間前、影丸達の墓地で彼らに見つかったときのことを思い出した。
「何だこいつは…」
「わし達と違って匂いがあるな。懐かしい、人間の頃の匂いだ」
「ということは、この童は生きている人間か?」
「そういうことだろう。それにこの童の服装は、奴の服装とかなり似ている」
「現代を生きる童か!?」
「何と…。頭に思い浮かべば思うとおりになるとは…。今更ながら、この世界の滅茶苦茶さには驚かされる」
(あの時も影丸達は話し合いの中で現代の人間が現れればいいと話していた。そして、あたしがやってきた…)
「そういうことだ」
三条院はニヤリと妖しい笑みを浮かべた。
「幽霊としてこの世界に生きられぬまま死んでいったものを呼び戻すこともたやすいのだ」
「三条院!そんなことをすればどうなるかわかっているだろ!?」
「わかっているとも。だが、そう望んだ奴にとっては関係あるまい。どんな姿であれ願った者が還ってくるのだからな」
三条院は何がおかしいのか愉快そうに笑う。
「狂ってるよ…」
唯はわなわなと拳を震わせながら言った。
「貴方は狂ってる!そんなことをして誰が喜ぶの!?貴方の言う理想郷とはまやかしの希望を与えることなの!?」
「何を怒っている?私はそいつのために一生懸命願って天界から戻ってきてもらったのだぞ?民衆の願いを全てかなえる心優しき王ではないか!」
「違う!そんなの間違ってる!あたしは子供だから貴方がどんな社会を生き抜いてきたのか説明されてもきっとわからないと思う。だけど、貴方は間違った人だ!!」
「ならば、どうする?」
「え!?」
「私を消すか?」
「………」
「言っておくが易々と消されるつもりはないぞ?影丸から聞いただけの私を私だと思っているのならそれは大きな間違いだ。この世界に来てから私自身も大きな力をつけた。政治を行う者としての定めと思ってな。やむを得ぬ場合は……武力にて民衆を鎮圧せよ!!」
三条院が右手を天にかざした刹那、彼の手には死神を訪仏とさせる大きな鎌が握られていた。
「唯!!」
「来るぞ!!」
影丸と殿様が各々の武器を手に持ち、臨戦態勢をとる。
「三条院さん、あたしは………。あたしは貴方を許さない!」
唯はポケットの中から短刀を取り出し構えた。
「ハハハ!いいぞ、子供らしい単刀直入な答えだ!ならばその意気込みに免じて大人が社会の厳しさというものを教えてやろう!渇目せよ!!」
三条院は高らかにそう言うと鎌を大きく振り回した。