第四幕〜ラストダンジョンへ〜
「これでしまいか?」
「みたいだね」
殿様と影丸は静かに自らの武器を鞘に収めた。
「キュ〜ン…」
太吉が心配そうな表情で唯に歩み寄った。
「唯、大丈夫?」
下を向いて荒い息を吐き続ける唯に影丸も心配そうな顔を見せる。
「大丈夫……じゃないかな。アハハ、運動は得意なんだけどなぁ」
笑う唯の顔は少し弱々しかった。
「あれだけの数がいたのだ。戦いなど経験したことのない娘がここまで耐えられたのは逆に褒めるべきところだ」
「そうだね。少し休憩してから先に進もうか。時間はまだある」
「……ありがと」
唯はやはり弱々しく言うだけだった。
両親にこう言われたら絶対に反発しているところだが、なぜだか今の唯には影丸の言葉が優しく受け止められた。
深夜二時を回り、完全に静まり返った隣町は街頭の明かりもほとんどなく、それが返って唯の心に恐怖を産んだ。
中心街から離れた墓地はもっと静かだった。
道路の脇にあるそれは夜中に見ると現実から隔離された場所のようにも見える。
(昼間だったら絶対排気ガス臭いんだろうなぁ。こんなところで幽霊達は息苦しくないのかな?)
「幽霊にそんなもの関係ないよ」
前を歩く影丸が顔だけ後ろを振り返り言った。
「骸骨やゾンビは形があるから結構苦しそうだけど」
「そっか。幽霊は実体がないものね」
唯は納得しつつ、しかし影丸には触れることに疑問を抱いていた。その問いには数時間前に殿様が教えてくれてはいたが。
(幽霊でも長く生きれば、いろんなことが起こるものなのね)
懐疑心を抱くと同時に半ば呆れもするその能力。そして、そんな幽霊たちと普通にコミュニケーションを取っている自分。いまだに自分に霊感があるなんて信じられないし信じたくもない。でも――
「雑念はよすがいい。ここは既に敵のふぃーるどだ」
「和製英語だね、殿様」
「上に立つ者は常にインテリジェンスでないとな」
その英語の使い方も間違っているし、唯に注意を促した殿様も思いきり雑念を考えているじゃないか。唯はそう思いつつも決して口には出さなかった。まぁ、生きる者の思考を読める彼らにはばれるとは思うが。
無人の道路を悠々と渡り、反対側の墓地の階段を上る。
「何よ。誰もいないじゃない」
墓地に入った途端、先ほどのような手厚い歓迎を受けると思っていた唯は墓地のあまりの静けさに少し拍子抜けした。
「奴らのテリトリーはこの先さ」
影丸は静かにそう言うと、墓地の先にある細い林道を指した。
影丸の後について歩いていくと、その先には古風の洋館が建っていた。
「墓地の近くに家を作るなんていい趣味してるなぁ…」
率直な感想がポツリと漏れる。
「おかしいな…」
洋館を見上げながら影丸がつぶやく。
「何がおかしい?」
「いつもならこのシマの幽霊達がすぐに出てくるはずなんだけど…」
「あらかた先の戦闘で倒してしまったからではないか?」
「あいつの軍勢はそんなものじゃなかったはずだけどな…」
「まぁいいや」と影丸は、特に警戒した様子もなく洋館の扉に手をかけた。