第三幕〜孤独な女主人〜
殿様蛙(の幽霊)の殿様に連れてこられた場所は、林の奥にぽつんとある一軒のぼろ小屋。
「やァ、とのさま。いらっしゃイ」
片言の日本語で迎えてくれたのは唯が影丸達の墓地で見た骸骨と似ていた。
「そりゃあ人間骨になってしまえば皆おんなじだよねぇ」
影丸がさも当たり前のことを頭の中で思っている唯に軽くツッコミを入れる。
「でも、私は他の骸骨と違う部分があるでショ?」
「う、うん…」
唯は小さく頷いた。
確かに、この骸骨には普通だったらまず抜け落ちるはずの髪が残っていた。
「中途半端に焼け死ンだからかナ。気がついたら髪だけはちゃんと残っていたんダ」
女の骸骨は白い骨の手で自分の髪を触る。
「でも、やっぱり生きている君には怖い存在だよネ。こノ髪が余計にそうさせたかナ?」
骸骨は冗談で言ったのだろう。特に表情を変えることなく、カウンターの内側に立った。
「さァ、何がご入用かナ?」
「ここって雑貨屋さんだったんだ」
「そうみたい。オイラもこんな店があるなんて知らなかったよ」
「影丸さんにも自分のシマがあるように、ここが私のシマなんダ。たった一人のネ」
「寂しくないの?」
唯が小さな声で尋ねると、骸骨は『寂しいヨ』と答えた。
「でも、よほどのことがない限りシマからは出なイ。私一人じゃどこへ行くにも危ないかラ」
「そうなんだ…」
唯はつぶやくと、フッと表情を緩めて女骸骨の前に立った。
「貴方、名前はなんて言うの?」
「名前?もうすっかリ忘れちゃったよ。一人で生きていくのに名前なんて必要ないからネ」
「じゃあ、あたしが貴方の名前を決めていい?」
「エ?」
「じゃあねぇ……麓奈さんってどうかな?」
「れいナ?」
「そ。貴方の髪の毛ってほんとに綺麗だから。最近の人ってあたしと同い年くらいの人でも髪を染めたりするんだ。髪を染めると痛んじゃうのにね。貴方の髪はそんな人達とは比べ物にならないくらい綺麗」
「綺麗……カ。しばらく忘れていた言葉で、もう無縁だと思っていたけど、久しぶりに嬉しいって思ったヨ」
「気に入ってくれた?」
「うん!」
「じゃあ麗奈さん!麗奈さんの生きていた頃の話を聞かせて」
「ええ、いいわヨ」
「急に言葉遣いが女らしくなったね」
麗奈の嬉しそうな表情を見て、影丸が怪訝そうに言うと、殿様は「女というのはそういうものじゃ」と納得したように何度も頷いた。
「蛙の世界でもそうなの?」
「よきかなよきかな」
「一人で満足そうな顔してるなよぉ」
「ところで影丸、お前が何をしでかすか麻呂の知ったことではないが、今を生きる娘と二人で旅をするのは少々危険なのではないか?」
「そんなことないぜ。唯のほうがこの辺りのことはよく知っている」
「そういうことを言っているのではない。もし、あの娘を危険なことに巻き込むつもりなら守るための人手が必要になるのではないかと言っておるのだ」
「殿様は人じゃないけどね」
「やかましい!それでどうなのだ?手助けはいるのか、いらぬのか?」
「う〜ん、来てくれるとありがたいよ」
「よかろう。太吉も今宵限りお主に貸そう。手荒に扱うなよ?」
「大丈夫だって。少なくとも飼い主よりかは懐かれてるからさ」
「なぁ、太吉〜」と影丸は太吉を抱き寄せた。太吉は相変わらず嬉しそうに「キューン」と鳴いていた。
「ふん。相変わらず減らず口ばかり叩くわ!ほれ太吉、行くぞ!」
殿様は影丸から強引に太吉を奪うと、そのまま虚空に消えていった。
「さぁて、勝負はこれからだ」
楽しそうに談笑している唯と麗奈を見つめながら、影丸は小さくつぶやいた。