第三幕〜登場!天下の大殿様〜
「ほほぅ、ようやくお前も物を食べられるようになったか」
二人の真横から、聞きなれない声が聞こえた。
唯は一瞬さっきのコンビニの店員が追ってきたのかとヒヤリとしたが、そのいでたちを見るや否やその心配は皆無だとわかった。いや、そもそもこんないでたちの店員がいるコンビニには行きたくない。
「殿様じゃないか!」
影丸は懐かしそうに腰をあげた。
「ワンワン!」
殿様の足元に寄り添うように立っていた犬が自分もいると言わんばかりに吠える。
「アハ、太吉も久しぶり。よしよし」
影丸は太吉という名の犬の頭を軽く撫でてやる。
「旅から帰ってきたの?」
「うむ、久しぶりに皆の顔が見たくなってな。諸国の酒とつまみを持って帰った甲斐があった。お前が物を食べられるようになっていたとは」
「驚いたよ。百年前に試したときはまったく食べられなかったのが、ここにいる唯と一緒に飯を食べていたら急に…」
「それはきっと急にではない。麻呂のときもそうだったが、気がつかないうちに食べれるようになっていたのじゃ。何の触れもなしにな」
「そうなのか?」
「幽霊達の全てが、ではないだろうがな」
「そっか…」
影丸は急に真剣な表情になった。
「何を辛気臭い顔をしておる。普通だったらありえないことじゃぞ?生前の時の動作ができるようになるのは。お前は麻呂と出会ったときから物が持てていたからもしやと期待はしていたぞ」
「殿様は気づいてたの?」
「ただの勘に近いがの。ところで影丸よ、シマを抜け出してこんなところで何をしておる?それに、そっちの童は見たところ幽霊ではないようだが?」
「殿様がいない間にちょっとね…」
「見たところ、その童はお前が巻き込んだ感じか?」
「人聞きの悪いことを言うなってば。唯は自分からオイラのところへ来てくれたんだ。なぁ、唯?」
「え?そ、そっちの蛙さんが言ったとおり巻き込まれたの方が正しいと思うんだけど」
唯の話し方はそのいでたちのせいか急にたどたどしくなった。
「蛙じゃと!?童、麻呂を誰と思うておる!?麻呂は平安の世を生き抜いた由緒正しき一族の…」
「蛙の…だろ?唯、気にしなくていいよ。確かにこいつのあだ名は『殿様』だけど、実際には偉くも何ともないんだ。ただの一匹の殿様蛙」
『影丸!お主まで麻呂を愚弄するか!えぇい、ものども!であえ、であぇぇい!!」
一人いきり立つ殿様だったが、唯と影丸の前に立ったのはまるでぬいぐるみのように可愛らしい一匹の犬。
「ワンワン」
「わぁぁん、可愛い〜」
唯は鳴き声に誘われるように太吉のそばにしゃがんだ。
「キュ〜ン」
太吉は唯を襲うどころか、差し延べられた手を優しく舐めていた。
「可愛い〜」
「キュ〜ン」
「こ、こら太吉!何が『キュ〜ン』だ!敵と応戦せんかぁ!」
「太吉って言うんだね。あたしは太吉の敵じゃないからね〜」
「ワン!」
その通りです、と言わんばかりに太吉は一声吠えた。
「太吉はオイラ達のこと好きだもんな?」
影丸も唯に混じって、太吉の相手をする。
「え、えぇ〜い貴様ら!揃って麻呂を無視するなぁ!」
横を走る車のエンジン音と共に、殿様の雄叫びも夜空に響いていた。