第二幕〜霊界の独裁者〜
オイラ達のシマに突然一人の幽霊がやってきた。先ほど、唯のことを匂いで生きていると判別できたように、幽霊もまた、最近この世界に来た者なのかを判別することができる。あいつはどうやら最近この世界にやってきた幽霊だったようだ。
オイラ達に挨拶もせずに入って、辺りを見回すように奴はシマの中を歩いていた。
見兼ねたオイラは人を連れて彼に話しかけてみることにした。
「アンタ誰?」
「?」
「言葉わかる?アンタは誰なんだ?」
「わ、私は……」
彼はなかなか自分の名前を口に出せない。そこから見ても彼が最近幽霊になったばかりの者であることは明白だった。獣はどうだか知らないけど人間は死んで幽霊になってすぐは生前の頃の記憶を思い出すことができないんだ。
「私の名は……三条院貴信だ。東京で有名企業の社長をやっていた…」
「有名企業?」
「社長?」
「東京?」
オイラ達は全員揃って首を捻った。三条院が言ったどの単語もオイラ達には初耳だった。
「東京とはどこのことだ?」
「さぁ…?知らないな」
「わしは知っとるぞ。確か、江戸とも言って日本で一番栄えている場所だ」
「そうなのか?そこの有名企業の社長……つまりは城主みたいなものか?」
オイラ達が小声で話していると、三条院は狂ったように叫びだした。
「あぁ、どうして私はこんなところにいるのだ!?家族に会いに行っても家族は私のことを無視する。会社の連中も得意先も皆、同じ反応をする!それに、どうして私は墓場にいるとこんなにも落ち着くのだ!?」
どうやら幽霊になって本当に間もないらしく、自分の状況整理ができていないようだった。しかし、ここまで取り乱す人も珍しかったね。ともあれ、そろそろ明け方も近かったので、子供達が目を覚まさないようにオイラは小声で三条院に自分が幽霊になったということを教えた。すると、三条院はますます混乱して――
「幽霊!?つまり私は死んだということか!?」
「まぁ、そういうことになるかな」
「なぜ?私が?いつ死んだというのだ!?まだ社長になって一年しか経っていないというのに。ようやく腐れ爺どもを追い出して社長になれたというのに、死んでいるだと!?」
いくら落ち着かせようとも、効果がなかったのでオイラは奴の生前の記憶を探った。
「おじさんが死んだのは半月ほど前。死因は……酒を飲んだ後に鉄の馬のようなものに引かれたということだけど、何か身に覚えはない?」
「はっ!東京に牧場なんてあるわけないだろ!第一、鉄の馬なんているわけが…」
三条院はそこまで言うと、急に何かを思い出したかのように頭を押さえた。
「半月ほど前といえば、私はちょうど外国企業の社長と会合を開いたときか?確かに、会合が終わった後の記憶は曖昧だ。家に帰った覚えがない。いやしかし、それは酔っ払っていたからで…」
そして今度はオイラの顔を見ると、また思い出したようにぶつぶつとつぶやいた。
「そういえば車のことを鉄の馬とも比喩するな。もしや私は帰る途中に車に引かれてそのまま…」
ぶつぶつとつぶやく三条院の顔が真っ青になっていくのがわかった。
「なんと言うことだ!そんなしょうもない理由で死んだというのか!?せっかく、せっかく社長の地位を手に入れたというのに!?これからあの会社は俺のものになって、俺が好きに動かせるチャンスだったのに!」
三条院は完全に興奮していた。
「!?」
興奮した三条院に気をとられて気がつかなかったけど、空は完全に白みがかっていた。三条院の体がゆっくりと消えていく。
「私は、私は諦めないぞ!何としても、あの会社を…!しかし、それがかなわなかったとき、私はお前らを……!」
まるで断末魔の叫び声とでも言うかのように三条院は最後にそれだけ残して明るくなってきた辺りに溶け込むように消えていった。
「いったいなんだったんだ?」
オイラ達は互いに首をかしげながらも、時間が迫っていたのでその時は床についた。
それから数日経った後、三条院は再び挨拶もなしにオイラ達のシマにやつれた表情でやってきた。そして、シマの中心辺りでおもむろにこう叫んだのだ。
「よぉ〜く聞くがいい、ここの幽霊ども!今日から私がこの世界の支配者となる!大人しく降伏するならよし!歯向かうのならば、徹底的に打ちのめす!」
オイラ達は彼の言葉に何の恐怖も抱かなかった。つい数日前にこの世界に来た奴にそんなたいそれたことできるはずがないと確信していたからね。代表してオイラがそのことを三条院に告げにいったんだけど、その時に初めて気がついた。彼の周りに大勢の同胞達がいたことに。奴はシマの幽霊達を全員集結させて、オイラ達のシマに乗り込んできていたのだ。
「ふっふっふ、それだけじゃないぞ影丸」
すっかり幽霊の能力に慣れたのか、三条院は自己紹介もしていないオイラの名前を口にした。
「いかに死んだ時代が違えども、生き物は己のよくというものを捨てられないのだ。私がこの世界を支配した暁には、お前達の望むものを何でも用意してやると言ったら簡単に我が軍団の一員となってくれた」
「何てことを…。お前ら、目を覚ませ!」
必死に叫ぶオイラの叫びも空しく、三条院は愉快そうに笑っていた。
「無駄だ。大企業の営業からのし上がってきた私の話術テクニックは死してなお健在だ。恐れ入ったか!お前達も気が変わったらいつでも、我が傘下にひざまずくがいい!」
三条院は高らかに笑うと、同胞の軍団を連れて去っていった。
三条院との争いが始まったのはそれからだった。オイラ達のシマは偶然だったのかわからないが、三条院に組する者は誰もいなかった。しかし、そのおかげでこのシマは度々狙われ、大勢の犠牲がでた。
オイラ達は話し合いを何度も開いた結果、ある結論に行き着いた。生きているにしろ死んでいるにしろ、現代を生きる人間ならば三条院の考えを理解でき、説得できるのではないか、と。




