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第四章 プロポーズ

恋人イマームとの逢瀬を重ねて約一年。繁栄するハバタルカの地を去らなければならなくなったイマームはエレミアに結婚を申し込みます。

 それから一年近くが経ち、エレミアは十七歳になった。彼女の神秘的な力は、とうとう街中まで知られるようになった。傾きかけたキートン牧師の教会も、彼女の評判のお陰で多くの参拝者が訪れるようになった。次第に寄付金が寄せられるようになり、壊れた建物の修繕や教会に身を寄せる孤児たちの生活資金に割当てられた。今では恥じることの無い一般的な教会に姿を変えていた。マリアーナも前ほど無理な働き方をしなくてもよくなったが、相変わらず仕事については口を閉ざしたままだった。それでも少しずつ笑顔を見せるようになった母親の姿にエレミアは喜びを隠せずにいた。マリアーナもようやく心のゆとりを取り戻し落ち着くことができた様子だ。時折、眉をひそめる仕草が気になるが・・・。


 安堵の中でここ数年を振り返り、エレミアは急激なハバタルカの発展に疑問を感じていた。思えばちょうど少年と出会った頃からこの変化は始まった気がする。それでも初めの頃はまだ良かった。神々の祝福を受けたのだと街中の人々は喜びに溢れていた。しかし一度富を知った人々の心は果てしない欲望を生んだ。自分の利益を守る為だけに他人を陥れ、国中で詐欺や暴力が横行した。権力者たちは快楽に溺れ、酒を浴びせるほど飲んでは傍らに妖艶な遊女を大勢侍らせていた。服の下からはみ出した贅肉が、その生活の怠惰さを物語っている。

 それは法王と呼ばれたソドムも同じことであった。彼にとって今だ手に入らぬものと言えば、せいぜい街で噂の神秘の少女くらいである。財産をすべて奪い、路頭に迷えば向こうから泣きついて来ると思えば三年経っても一向に姿を現す気配はない。この国で思い通りにならないものなど数えるほども無いと言うのに・・・。最近街外れの村で不思議な力を持った巫女が現れたと噂を聞き、ソドムはまさかと思って密偵を放った。―悪戯な運命の輪が再び廻り始める・・・。


 母子はまだ知らないのだ。イザヤの命を奪った者、今の生活に二人を陥れた張本人が西の大神殿の法王ソドムだったことなど。すべてはイザヤが一人で引き受け守ろうとしていたことだ。だがその父は既に命を奪われこの世にはいない。真実は闇に葬られたまま皮肉にも今日まで眠っていたのだ。


 その頃森に向かったエレミアは森の奥で静かに十八歳の誕生日をイマームと二人で迎えていた。最近の彼は時々何か真剣に考え事をしているようだったが、ある日とうとう彼女にこう告げた。

「エレミア。君に結婚を申し込みたい。僕と一緒にこの国を出ないか?」

穏やかな瞳が今日はいつになく熱を帯びている。その眼差しに戸惑いながらも少女は

「こんなお誕生祝いは初めてだわ。」

と頬を赤く染めてうつむいた。少年は少女の手をそっと取ると、もう一度尋ねた。

「君を愛している。」

エレミアは顔を上げると、イマームを正面から見つめた。

「私もあなたが好き。」

答えはイエスだった。森の花が二人を祝福するかのように一斉に咲き乱れた。イマームが森に現れるようになってから、時々こうした不思議な現象を目にすることがあった。特にこの森には一日たりとも花が絶えたことが無かった。まるで水を得た魚のように、色取り取りの花々が毎日競って咲き誇っている。楽園があるとしたらきっとこんな場所を言うのだろうとエレミアはよく思っていたものだ。その反面不安を覚えることもあった。(もしかしてイマームは・・・。)

「でも、お母さんをこの街へはおいていけない。あの人は私を育てるために夜もろくに眠らず働き続けているんだもの。」

不安を打ち消しながら少女は少年に告げた。イマームはしばらく沈黙していたがやがてこう答えた。

「僕はもうこの国にはいられない。これ以上ここに留まり続けるのはこの国にとって良くないから。」

エレミアは彼の話を黙って聞いていた。イマームには告げたくてもはっきり人に明かせない秘密があるようだった。それは初めて会った時からエレミアも薄々感じていた。

「わたしイマームのこと、お母さんに打ち明けてみる。会ってくれる?」

「・・・ああ。何より君の大切な家族だからね。」

少年の笑顔はとても優しかった。

「君のお母さんが望むのなら一緒に行こう。でも一つだけ覚えておいて。僕はこの国に留まることは出来ないということ。そして、この先何処の国にいてもそれは変わらないということ。」

イマームの表情が一瞬寂しげに見えた。エレミアは小さく頷き少年の手をとって答えた。

「それなら三人で歩いて行きましょう。」

この街へ来て以来、イマームがエレミア以外の人の前に姿を現すのはこれが初めてのことだった。二人は母のいるキートン牧師の教会へと勇み足で向かった。これを物陰から見ていた一人の男があった。鋭い目つきに小柄で、痩せてはいたがよく鍛えられた体つきをしていた。年は四十歳前後だろうか。それはソドムが先日放った密偵だった。茂みの中から二人の話を盗み聞いていた男は、急いでこのことを主である法王ソドムに知らせに走った。これがこの先、自分達にとってどんな運命をもたらすのかも知らずに・・・。


 こうして二人はキートン牧師の教会へたどり着いた。母は部屋には居らず、どこかへ出かけているようだ。

「どこへ行ったのかしら。このところ休みに出かけることなんてめったに無かったのに・・・。」

エレミアは拍子抜けしたように部屋の椅子へと腰を降ろした。イマームは微笑を浮かべると、

「気にしなくていいよ。もとはと言えば僕が君に相談もしなかったことがいけなかったんだ。・・・エレミアのお母さんもきっと驚かれることだろう。」

と言って彼女の頭を軽く撫でた。彼の仕草にエレミアはホッとしたものの、一瞬胸に言い知れぬ不安が過った。

(何だろう、胸がドキドキする。)

直感のようなものだったのかもしれない。二人の知らないところで大きな波が彼らに向かって押し寄せつつあった。それはもう、すぐそこまで来ているのだ。

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