夏の夜
ある夏の夜だった。
友達とスカイフォンと呼ばれる、無料通話アプリで話していると、妙な無言の時間が続いたので、深く考えずに提案をした。
「なあ、怖い話しない?」
友達は怖い話が苦手で、会話のきっかけになるかな、程度の考えで断られることを前提で提案したのだが、意外にも彼はこの提案を「いいよ」と乗って来てくれた。
「じゃあ、ネットで適当に探して、1番怖いと思った話を読み上げるってことで」
お互いに10分探し合い、まずは俺から、ということになった。
俺は声を出すのが得意で、歌、演劇、英語等といった声を使うことをすると大抵褒められる。
怖い話は自分も苦手ではあったが、提案した手前、今更引き下がる訳にはいかなかった。
しかし、読み上げることに集中することで、それなりに冷静を保っていられると考えたのだ。
選んだのはぱっと「殿堂入り」という言葉の入った話で、最終的には主人公が殺される話だ。
これに決めて、淡々と声に工夫をいれながら読み上げる。
友達もかなり雰囲気に飲まれたようで、なにも言わず、無言でいる。
途中、今まで動いていた扇風機がいきなり止まり出した。
元からちょいちょい止まる扇風機だったので、寿命かなと思いつつ読み上げを中断し、スイッチをいれる。
再び動き出した扇風機に、絶妙なタイミングだなと少し笑い、再開しようとしたところ、猫が腹の上に乗って来た。
しばらくじゃれてくるので適当に相手をしつつ、邪魔されながらも読み進める。本気で噛んできたあたりでその辺に放り出した。
ずっと無言の友達も、これには和んだと言いながら笑う。
ついに話は終盤となり、自然と声に熱がこもる。初めて怖い話を読み上げたが、まあまあ怖いくらいには読めたのでは無いのだろうか。
ついにオチまでもう少しの量と分かった所で、友達との通話が切れた。
確認してみると、どうやらこっちの電波が悪かったらしく、オフラインとなってしまったようだ。
仕方なく諦めようかと思ったが、無線の電波は最大を表示している。
なんだか不気味になってきた。怖い話を読んでいたということもあり、なんとも微妙な気分だ。
試してみたが怖い話以外のホームページを開くことが出来ず、怖い話のページを消そうとするとホーム画面に戻って消えない。
考えることが面倒になり、暇つぶしで時間が過ぎるのを待とうと怖い話の続きを読む。
結局主人公は殺されて、得体のしれない化け物に食われたようだ。
他の話も読もうとしたが、このページを離れることができず、電源を切ろうとした所で足音が聞こえた。
今夜は家に誰もいないはずで、気兼ね無く友達と話している間に帰ってきたのだろう。
これは願望だったのかもしれない。いくらなんでもタイミングが良すぎた。
いきなり止まる扇風機、読むのを邪魔する猫、そして友達との通信切れ、ネットの謎の不調。
これらは、話を全部読むのを防ごうとしていたのかもしれないという考えが頭をよぎった時、今いる部屋と階段で繋がっている部屋の扉が開く音がした。
何時の間にか猫は消えて、階段をゆっくりと登ってくる音が聞こえる。
長く暮らせば階段の足音で人が特定出来るようになり、急いだ音が母、小さな軽い音が姉、兄は裸足のペタペタという音で、父は不機嫌にドスドスという。
その、どれとも違う遅く、重い音。
擬音を付けるなら
ギィィィ
といった音だ。
怖い話は最後、死ぬことを確信した主人公は、家族や友達にメールを送った後に殺された。
自分に他に出来ることが分からなかったから、爪で音を立てないように、一斉送信で宛先の全員にメールを送る。
階段を登る音は、もう聞こえない。呼んでもいない、包丁を持った血塗れの男が笑っていた。
小さく逃げることもままならないこの部屋で俺にできることは、物を投げる、声を上げて威嚇する、泣き叫びながら逃げようとする。
男は嬉しそうに、「良い声だ」と賛美して俺の腕を捕まえた。
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本文
○○は、読んではいけない。
明日になれば分かると思う。
おやすみ、ばいばい。
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次の日、死んだ少年の部屋では彼の血に染まった電子端末だけが、笑うように震えていた。
実際に自分に起こったことに脚色をして載せてみました。