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非オカルトクラブと、怖くない怖い話

作者: tetu


 和美の通っている大学にはオカルト部という名のサークルがあったが、それは呆れるほどに名ばかりのものであった。飲み会、飲み会、飲み会。つまりはそういう集いなのである。

 友達の奈津子に誘われなかったら、和美だってそんなサークルには入らなかっただろう。和美は勉強こそ不得手だが、品行面では超がつくほどに優等生であったのだ。

 ある日のこと。例によって、そのサークルでは飲み会が行われていた。奈津子は、和美のほぼ反対側に座り、お目当ての先輩に寄りかかって作り物の愛嬌を振りまいていた。逆に和美はというと、嫌いな先輩にアプローチをかけられていて、心底うんざりしていた。

 どうして私はここにいるのだろう。和美はそう思わずにはいられなかった。しかも、これはカラオケ室で行われている二次会なのである。断わることもできたはずなのである。いっそ、部屋を抜けてしまおうか。そんな考えが付きまとって離れなかった。

「せっかくオカルト部って名前なんだから、たまにはオカルト話とかしてみない?」

 そう言ったのは和美ではなく、もっと発言力のある女の先輩だった。彼女は、言わばそのサークルの女王であり、彼女が言ったことは法律であった。

 そんなわけで、皆が順番にオカルト話をすることになり、ようやくサークル名が意味をなすことになった。和美は、なんだか面倒なことになってしまったなあ、と思った。

「よーし。じゃあ時計回りな。おい、ブタ。お前からやれ」

 いちばん年長の先輩がそう言うことで、余興はスタートした。和美の順番はちょうど真ん中で五番目であった。オカルト話なんて何一つ思いつかない。どう切り抜けたものかと、和美は頭を悩ませていた。左には、嫌いな先輩が寄り付いていて、困ったなー、和美ちゃん何かいい話を知らない?、とかなんとか言って、お酒の匂いを漂わせてきた。和美は聞こえなかったフリをした。

 最初の一人が重い体を持ち上げて立ち上がり、右手にマイクを握って話を始めた。和美は、彼の話を参考にしようと必死に耳を傾けていたが、彼が話し終えるときには、真面目に聴いて損をしたと思った。その話は、彼の自堕落な生活の話で、オカルトとは何の関連もなく、挙句の果てに品がなかった。しかも、さらに悪いことに、そんな話に盛大な拍手が沸きあがったのだ。酔いに酔った人間集団だけに為せる技である。

 二人目も、大体は同じようなものだった。和美は、自分が持つ強い酒耐性を恨んだ。奈津子を含む、そこにいる全員が嫌いになった。もう、このサークルは止めて、奈津子とも縁を切ろうと思った。こんな場所は自分には合わない。もっと早く気づくべきだったのだ。

 三、四人目の話が終わり、和美の番が回ってきた。和美は立ち上がったが、そのときにはまだアイデアが固まっていなかった。

「和美ぃー、頑張ってー」

 奈津子が和美にエールを送り、和美はそれに手を振って応えた。和美にとってそれはサヨナラの意味だったが、奈津子がそれを知る由もなかった。和美は右側から回ってきたマイクを受け取り、話を始めた。

「オカルトじゃないけど、怖いと思った話をします」

 和美は、他の全員が酔っ払いだと知っていたので、気負いなしに話した。何となくではあるが、話すことは決まっていた。

「中学のとき、私はバスケ部のキャプテンでした。優勝経験こそなかったけれど、チームはそこそこ強かったと思います」

 へえー、和美ちゃんバスケ部だったんだ。しかも、キャプテン? 凄いじゃない。そんな声が飛び出していた。

「高校では、演劇部に入りましたけど、バスケへの関心がなくなったわけではありませんでした。女子バスケ部が高校に存在さえしていれば、多分そっちに入っていたと思います。私、いまでもバスケが大好きなんです」

 和美は、そこで一息を入れた。あまり反応はなかったけど、一応、みんな聞いてくれているようだった。

「そういうわけで、私はある日、男子バスケ部の試合を見学しに行きました。私の学校のチームは僅差で負けてしまいましたが、あまり悔しさは感じませんでした。相手のチームがとても強かったのにも関わらず、接戦にまで持ち込むことができたからだと思います。選手たちも悔しそうではあったのですが、やはりなんとなく誇らしそうな顔つきでした。

 ところでその日、私は別の1つ試合をも見ることになりました。他の幾つかの学校が、同じ体育館の違うコートで試合をしていたのです。私がその試合を見始めたときには、すでに第4クォーターだったのですが、凄まじいことになっていました。220対4。確かそれぐらいのスコアだったと思います。

 事実、片方のチームは強すぎました。背丈や筋肉のつき方だけをみても、はっきりと超高校級レベルだと分かるほどでした。後から知ったのですが、強い方のチームはK高校といって、県下でも一、二位を争うほどの強豪校だったのです。

 しかし一方で、もう一つのチームは弱すぎました。選手はみな貧弱で、スポーツマンだとは思えないような体つきだったのです。もちろん、プレイ自体もお粗末なものでした。

 残酷な試合になっていました。K高校の選手はシュートを外しませんでした。弱小チームの方は、シュートを打つことさえできませんでした。私は最初、220対4というスコアに目を疑ったのですが、試合を見ているうちに、むしろどうやって4点を入れたのかと、疑問を持つようになりました。

 弱小チームの選手の顔には、惨めさと苦悶の色が出ていました。確かに、相手は強すぎました。しかしそれでも通常のレベルのチームであれば、そこまで酷いスコアにはならなかったでしょう。彼ら自身にもそれは分かっていたはずです。試合を始める前からゲームは終わっていました。私には最後の五分が、とてつもなく長いものに感じられました。シュートが入る。ボールが取られる。シュートが入る。ボールが取られる。シュートが入る。ボールが取られる。その繰り返しだったんです」

 和美はそこで話をやめて着席した。いまさらだけど、飲み会でするような話じゃなかったな、と自嘲した。

 分からない人には、全く分からないのかもしれない。しかし、和美がそれまでの人生において、一番強い恐怖を感じたのは、そのときだったのだ。圧倒的な差、惨めさ、後悔、絶望。あのような経験をすることは、下手な霊的体験よりも恐ろしいものではないだろうか。和美はそう考え、自分は絶対にあんな惨めな状況に陥るものかと、いつも心に誓っていた。

 拍手は起こらなかったが、和美は満足していた。安堵のため息をついて、マイクを左側の先輩に手渡した。これでもう、このサークルとはおさらばだ。そう思うと嬉しくなったので、嫌っているはずの左の先輩に、頑張って、と優しくエールを送った。

 和美にマイクを渡された彼は、プルプルと震えながら立ち上がった。そして話を始めた。

「オレ、その弱小チームのキャプテンだったんだ……」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後の一行、声を出して笑ってしまいました。どういう話で締めるのかな…と読みながらずっと考えていましたが、予想外の結末でした!天晴れ! [気になる点] 恐らく、多くの人がこの結末は予想外なの…
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