穴
穴があった。
昨日まではなかった。
人が一人、入れるくらいの穴だった。
男は覗き込んだ。
底に光が届いていない。
高性能のライトで照らしてみた。
壁はライトの光に照らされている。
だが、やはり底は見えない。
男は石を落としてみた。
耳を澄ます。
音が戻ってこない。
今度は鈴を落としてみた。
やはり、音は戻ってこなかった。
次の日、穴のそばに女が立っていた。
「危ないですよ」
男は注意した。
女は振り返り、ニコッと笑った。
そして、そのまま穴へ一歩を踏み出した。
「あっ……」
男は穴に駆け寄った。
穴の中を覗き込む。
そこには、真っ暗な闇があるだけだった。
その次の日。
穴のそばに家族が立っていた。
父親。
母親。
そして、抱っこされている子ども。
男は嫌な予感がした。
「そこに近寄らないで」
男は声をかけた。
すると、母親が穴に飛び込んだ。
続けて、父親も飛び込んだ。
子どもだけが、その場に立ち尽くした。
男は子どもを保護しようと駆け寄った。
すると子どもは、
「キャッキャ」
と笑いながら、穴の中へ飛び込んだ。
男は穴に蓋をした。
翌日。
穴は大きくなっていた。
蓋は落ちてしまったようだった。
男は穴の周りに柵を作った。
翌日。
穴は柵より大きくなっていた。
男は立て札を立てた。
『危険。近寄るな』
翌日。
穴は立て札の場所まで大きくなっていた。
最初は、人が一人やっと入れるくらいだった。
でも今は、自動車でもすっぽり落ちそうだった。
翌日。
人が手をつないで、穴の周りに立っていた。
十人?
二十人?
男は数えていない。
人々は手をつないだまま、時計回りに穴の周りをぐるぐる回っていた。
一人が足を踏み外した。
その人は、隣の人の手を離さなかった。
隣の人も、その隣の人の手を離さなかった。
手をつないだまま、
順番に、
穴へ落ちていった。
次の日。
誰もいなかった。
。
突然、男は分かってしまった。
穴のそばに男は立つ。
そして、男は一歩踏み出した




