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「お疲れ様です」
「レジの方はどうだ?」
「控えめに言って大変です。今の大手のレジって殆ど自動になりつつあるじゃないですが、それに慣れている子が多くて現金のやり取りに四苦八苦してます。歳上の方はそうでもないのですが、その辺りが心配です。恐らく、違算は覚悟しておいた方が良いと思います」
ショッピングモールとなれば決済方法は他にもある。クレジット、電子マネー。それからモール独自のポイントシステムなど。グランドオープンなので、全てが皆初めてだ。夕夏もクレジットの決済にそれ程違いはなかったのですぐに覚えられたが、他の決済は厄介だった。しかも、全てがモール管理になる為、細かく規定が決められていて、こちらの裁量で処理ができない。数十円違うだけで報告。クレジットの決済の場合も、なんらかの理由で決済できていなければもっと大変だ。今日一日のクレジット決済から、決済出来ていないレシートを探し出し、報告。忙しくない日は良いが今日のように顧客数が200をゆうに超えている日となると、クレジット決済を探し出すのは容易ではない。頭が痛くなる作業だ。
「慣れるまでは仕方ない。締めは店長もいるだろうが、俺も手伝うよ」
「助かります。キッチンスタッフはどうですか?」
諒がなんだか嬉しそうに口元を弓なりに曲げる。
「ヒーヒー悲鳴上げてたぞ。ここまでの忙しさは流石に予想していなかったらしい。商品がショーケースに留まる暇がないからな。出た瞬間なくなっていくから、みんな怯えていたよ」
まるで鍛えがいがある弟子でも雇ったかのような口ぶりだ。
佑真が苦笑しながら冷静に分析する。
「忙しいのは一ヵ月くらいで、客足は落ち着くでしょうが、今日ので何人か辞めるかもしれないですね」
新規で店舗をオープンさせる際、小売店や飲食店は人が辞めることを見越して多めに人を雇う。何しろ、オープン直後が最も忙しいので、必ず辞めてしまうのだ。一度雇って貰ったのだから安易に辞めるな、というのが世間の風潮だが、職場が合う合わないは必ずある。希望を持って働きに来ても、実際働いてみたら思い描いていた姿と違ったなんてことは大いにある。流石に連絡もなく当日来ないというのは違うが、素直に辞めると言うスタッフを止めることはできない。
「ある程度は想定内だ。どのみちこの仕事を好きにならないと続けることは難しいだろう」
オーナーである諒は経営者目線だからか達観している。だが、夕夏の心境は複雑だ。オープン前から数えてずっと手取り足取り教えてきた。より多くの人に残って貰いたい。長く続けてこの店のマフィンを好きになって欲しい。まだ入口に立ったばかりだ。手放してしまうには早すぎる。
「多くの人に残って欲しいのは本音ですがね」
佑真がフォローするように続けた。
翌日。
「すいませーん! プレーン十個出ます! 追加お願いします!」
レジから飛んだ要請にキッチンが軽快に「はいよー! 追加はいりまーす!」と返事がある。品切れかと思われた商品が素早く補充され、長蛇の客列に安堵のため息が広がる。
今日も相変わらずの盛況で、行列はオープン直後から続いている。
夕夏は朝からレジに入り、行列の様子を見守りつつ、接客に勤しんでいる。レジは二台導入されていて、それぞれマフィンを包む係と、レジ係の二人体制で応対している。
「いらっしゃいませ。お決まりですか?」
「すいません、プレーンとチョコチップとかぼちゃとツナを一個ずつ。後はベリーを2つ下さい」
昨日はお試しで、一個二個と買われる方が多かったが複数買いが目立つようになっていた。
「ありがとうございます。お包みいたします」
品をショーケースから取り出し、包む夕夏の横でサポートしているレジ係の女の子が一個一個種類を確認しながら、懸命にレジを打っていく。
見守っていたお客の女性が、うきうきした様子で口を開いた。
「昨日、買って帰ったんだけど、本当に美味しくて今日も買いに来ました」
「ありがとうございます!」
レジの子が思わずお礼を言うと、忙しない空気にも柔らかなひと時が流れる。接客業で一番うれしい時間だろう。
『ほしの』のマフィンは一つ一つ手作り。メニューも独自で開発し、毎月新しい物に必ず挑戦する。作った物は必ず試食し、自分たちが納得行った物しか店に並ばせない。一般的なメニューから、映えを狙ったもの、素材に拘ったもの、奇をてらった商品まで、間違いなくみんなの口を通ってお客様にお出している。ひとつも自信のない商品は存在しない。だから受けているのだと思うし、ここまで大きくなったのだ。
お会計を終わり、その人を見送ると、レジの女の子は何処か自信をつけて次の方を呼んでいる。こういう繰り返しで続けて行ける子が増えれば良いと夕夏は思った。
結果として、夕夏のいる一週間のうちに辞めたのはキッチン、接客のそれぞれから一人ずつだった。あの忙しさで上々の結果と言えた。聞くところによると、どうも忙しい方が燃えがある人が多かったようだ。
オープンの忙しさを乗り越えられたならば、店員としてのスキルが大幅に向上している証拠なので、平時になっても間違いなく難なく店舗運営出来るはずだ。
一緒に働いたメンバーには酷く惜しまれたが、楽しかったと、まだ忙しさは続くだろうから気を抜かずにと言葉を残して出張を終えた。夕夏としてもショッピングモールは初めてだたったので、なかなか面白い経験ができた。




