episode.エクス
装蹄師が蹄鉄を嵌められないって、どういうことだよ!?
果樹の丘から魔馬と妖馬を連れ戻った俺は、早速依頼主へと届けた。
だが「コレでは、蹄を保護するための蹄鉄が嵌められない。即使える状態じゃないなら、依頼完了には出来ない」とごねられた。
そんな所まで面倒を見なけりゃならないのかよ、とは思った。
それに俺は金のために、この依頼を受けたのではない。
このままコッソリ放牧場に置いていこうかとも一瞬思った。
だがそれでは、若くて将来性のある若者を送り出してくれた、魔馬の群れの長に申し訳が立たない。
何より慣れた生活を手放し、遠路はるばるついてきてくれた、この子たちにも悪い。
魔物に感情移入をするなんて、と笑う人もいるが、大人しい魔物は動物やペットとそう変わらない認識でいる。
魔物だって意思疎通が出来るし、芸を教えることも可能だ。
手綱や鞭による、静止や加速を教えれば、覚える知能がある。
エサを与え世話をすることで、信頼関係が生まれる。
そうじゃなければ、魔馬たちを荷牽きには使えない。
家畜として絆を構築できるのだ。
ペットのように思っても、良いじゃないか。
せっかく繋がった縁なのだから、大切にして貰いたい。
そう思い、依頼主が利用している装蹄師を聞き出し、訪ねることにした。
自分の生命線ともなる脚を託す相手を、コロコロ変更されたら魔馬たちのストレスになるだろう。
無事引き取られた時のことを考えて、行動したい。
……だが、その装蹄師に、六頭に蹄鉄を嵌めて欲しいと頼んだところ、ムリだと断られてしまった。
「野生の魔馬たちは蹄が硬いんだ。
そんな伸び放題の蹄を切ろうとしたら、道具がイカレちまうよ」
「まだら模様の、い〜い子なんだけどなぁ……」
連れて来た魔物を見上げる職人は、困った顔で理由を説明してくれた。
ふかふかの土と牧草が広がる果樹の丘で育った魔馬と妖馬の足元は、くるんとループを描いた長音符のように円を描いている。
自然に削られることなく、伸び放題だったせいだ。
人間の生活に寄り添ってくれてはいるが、魔馬たちとて他の魔物と同様、色んな部位が武器や防具、生活用品に加工される位に頑丈である。
しかも果樹の丘出身の彼等は栄養状態がすこぶる良いので、飼育されている個体と比べると、蹄が物凄く硬い。
蹄は人間でいうところの爪である。
人間と同様、整えねば日常生活に支障が出る。
必要な栄養素が低いのに、タンパク質や炭水化物が豊富なエサを与えられるために、家畜化された魔馬たちは頑丈な角質組織が形成出来ない。
そうなれば蹄葉炎を初めとする病気を引き起こすリスクが出てくる。
しかし蹄鉄を嵌められればその心配は減るし、手入れも楽になる。
それと畜舎の床に残留してしまう、尿に含まれるアンモニアが蹄の主成分であるケラチンを加水分解してしまうのを防止するために、蹄鉄は必須となる。
自然下ならば、普段過ごすところと餌場、寝床は全部別に出来ただろうが、どうしても人間に飼われるとなると、敷地に限りが出来てしまう。
臭気が酷いとは思わなかったが、依頼人の畜舎とて同じだろう。
だから蹄鉄が嵌められていないと受け取れない、と言ったのかな。
「道具さえあれば、何とかなる?」
「道具は最低。
こんな伸び放題の蹄は見たことがないから、何があるか分からん。
裂蹄させてしまったらコトだし、内部で蹄葉炎や蹄叉腐爛を起こしていたらと思うとなぁ……
司祭様についててもらわにゃならんだろう」
蹄にヒビが入ったり、割れたりしてケガをさせたらいけない。
手入れされていない蹄だから、蹄の内部で血液循環が悪くなっているかもしれない。
また蹄底部分から汚物や病原菌が入って、化膿したり腐敗していたりする可能性だってある。
腐敗が進めば肉や骨にまで達して、歩行に支障が出る。
最悪、脚の切断が必要になる。
そうなれば、経済動物としての役割が果たせなくなるので、可哀想だが食肉行きだ。
斑模様だと褒められたように、連れて来た魔馬たちは栄養状態が非常に良い。
有奇蹄種に分類される魔物は、健康状態が良好だと身体に模様が現れる。
通称‘’栄養模様‘’と言われていて、縞やドット、格子などの模様が背中や臀部を中心に浮かび上がる。
斑模様が全身に及んでいるこの子たちは、ものすごく健康体ということだ。
食事以外にも、ストレスが溜まっていないとか、胃が健康であるとか、色々な条件がある。
人の手が入っている場合は、ブラッシングを欠かさずしているか、歯の健康――噛み合わせや虫歯のような問題がないかも、関係しているらしい。
依頼主が所有している魔馬たちは、目を凝らせば何匹か薄く部分的に模様が描かれているな、と気付く程度だった。
果樹の丘から連れて来た子たちのように、クッキリと模様が出ているのは珍しいようで、装蹄技師の二人はしきりに褒めて、撫で回している。
有奇蹄種が好きなんだな。
痛々しそうな目で蹄を見ているし、どうにかしたいが難しい。
そういうことなのだろう。
「道具は俺が用意するよ。
それと司祭を呼ぶ意味は、治癒術が使えるからって認識で合ってる?
もしそうなら、俺が使えるから問題無いよ」
「おやアンタ……精霊教の方だったんかい」
「イヤイヤ。
そんなワケがない」
思わず語尾に草を生やしそうになった。
俺の出で立ちは、冒険者のソレだ。
あんな跳ね返った泥が気になって、舗装されてない道を一歩も踏み出せないような、真っ白な修道着なんて着てられないって。
治癒術を使える人の多くは、精霊を信仰している宗教団体に所属している。
そう勘違いされるのも仕方ないが、格好で察して欲しかった。
蹄の形に整えるため、まずは余計な部分を切り落とす作業だ。
鉄筋カッターのように巨大なニッパーを用意したが、カーブやクルリと円を描いている部分が硬すぎる上に厚みがあって、うまく切り取れなかった。
そのためお次は、ノコギリを用意した。
ケガをなるべくさせないように気を付けるし、させたとしても即治すから安心してくれと説得したお陰で、凶悪な見た目の道具を前にしても、魔馬はとても大人しくしてくれている。
目の前で血が噴き出すレベルで腕を切り、次の瞬間には傷跡ひとつ残さず塞ぐパフォーマンスをしたので、信用してくれたようだ。
ソレを見て度肝を抜かれた、高齢の装蹄師が腰を抜かしてしまうトラブルはあったけれど、それはまぁ、そのうち治る。
交感神経の働きが強くなり過ぎて、脊柱起立筋への血流が悪くなり、筋肉に力が入らなくなってしまっただけだからね。
ショック状態から立ち直って、落ち着けば問題無い。
そのままギックリ腰になったら、ちょっと危ないけど。
もしなってしまったら、責任もって治癒するよ。
急性腰痛症の大半は、ようは腰の捻挫だからね。
治癒術で治せる。
コレが椎間板ヘルニアだったり脊柱管狭窄症のような背骨の病気だったりしたら、また話が変わってくる。
その時は大人しく、精霊教会に通って欲しい。
神秘石製のノコギリは、面白いくらい軽い感触で硬い蹄を切断できた。
付与素材として売れるからと、なるべく大きな塊にして欲しいと二本目を切ろうとした時に言われたので、馬に不慣れな俺がやるよりも良いだろうと、若い装蹄師に任せた。
どこまで切れば良いのか、馬の痛がる素振りがどんなものなのか、俺には全く分からないからね。
順調に進んでいた作業だが、ノコギリを置き、装蹄師自前の道具に持ち替えたタイミングで、その手が止まった。
「……やっぱ手持ちの蹄刀じゃ、削蹄できねえ」
「蹄を切る道具って、どれ?」
「この削蹄剪鉗で大雑把に切って、こっちの鎌型蹄刀で細かい所を切りそろえる。
その後、蹄鑢で形を整えるんだ。
平らにしないと、蹄鉄が歪んで走りにくいし、落ちやすくなるからな。
あとはそのテッピで蹄叉のゴミを取って、病気が入らないようにする。
蹄の形は、一頭一頭、微妙に違うからな。
ピッタリの蹄鉄を作る技術は、俺にはまだないから親方が形作って、俺は鉄を熱する補助をしてる。
溶けたり歪んだりしない程度に、赤くなるくらいまで熱くするんだけど、これが結構難しいんだ」
自分の仕事に興味を持たれたと思ったのだろう。
聞いてないことまで答えてくれた。
まぁ、全く興味がないと言えばウソになるけど……ゴメン。
そういうつもりで聞いたんじゃない。
「んじゃ、この三本だけ神秘石で創れば良いんだな」
言って手の中に出現させたのは、蹄を切る二本と、ヤスリがけをする一本と紹介された道具と、形が全く一緒の道具だ。
若い装蹄師は目も口も大きく開けて驚くが、自分の相棒ともいえる道具たちよりも、遥かに切れ味の良い新入りに魅了されてしまったようだ。
すぐに職人の目になり、作業に戻った。
奇声を上げながら、次々に蹄の形を整えていく。
師匠である年寄りの装蹄師が腰の違和感から復活し、蹄鑢の掛け方が甘い所を指摘する。
そしてやはり削り心地が全然違うヤスリにテンションがダダ上がりしたらしく、変な笑い声を上げながら、あっという間に護蹄を終わらせた。
スイッチが入った職人の集中力って、スゴいね。
蹄鉄を整える作業とか、もっと時間が掛かるもんだと思っていたんだけどな。
風の精霊術を使って魔馬の脚を負担なく浮かせ、火の精霊術を使って直接蹄に鉄を宛てながら形を整え、そのまま接着をしてしまった。
蹄が熱を伝えにくい性質があるとは言え、真っ赤になった鉄が押し付けられている様子は、非常に痛そうに見えた。
馬と違って、ズレ防止の鉄唇は装着しないんだな。
落ちないように、釘は打ち込んでいたようだけれど。
余分な蹄が落とされ、整えられたことで、歩きやすくなったのだろう。
作業小屋に併設されている、決して広くはない放牧場に連れて来られた護蹄された魔馬と妖馬は、最初こそ恐る恐るといった雰囲気で歩いていたが、慣れると飛び跳ねたり、リズミカルに走ったり、とても楽しそうにはしゃいでいる。
狭いせいでぶつかるが、さすが魔物。
衝突した反動で転びはするが、お互い何も気にせず、また走り出した。
「この姿を見る瞬間が一番、この仕事やってて良かったって思うわ」
「ほんと、いい顔してますもんね」
良い顔してるって言うなら、アンタ等二人もそうだけどね。
思うが言うのも野暮だろうと思い、胸の内にしまっておいた。
「六匹の装蹄でいくら?」
「ああ、あそこの親父とは、年間契約結んでんのよ。
だからアンタからの支払いはいらんよ」
「ただ……この道具、いくらで譲ってくれます?」
言って若いのがおずおずと差し出して来たのは、神秘石製のノコギリと鎌型蹄刀、削蹄剪鉗に蹄鑢の四本だ。
どさくさに紛れて借りパクしないとか、偉いなぁ。
まぁ、買おうとしても、買える物じゃないもんね。
神秘石って口にしてしまっているし、どれだけの価値か具体的には判らなくても、とんでもない代物だとは察しているのだろう。
なにせ超絶希少金属だからね。
神秘石って、どこで採掘出来るんだろうな。
鉱脈と呼べる程の量が採れる山が、未だに見つかんないんだよね。
値段を付けようとしたら、この程度の小さな道具でも、多分この人たちの生涯年収じゃ足りない気がする。
「また野生種の装蹄をしなきゃいけない時に必要だろ?
果樹の丘の長が、定期的に若いのをくれるって言ってくれたしさ。
その時にでも使ってよ。
俺はあっても、困るだけだし」
馬には乗らないし、職人になる気もない。
せっかく創ったのだ。
壊してしまうくらいなら、有効活用してくれる人が管理するべきだ。
交易を盛んにするためには、魔馬や妖馬が相当数必要になる。
その一助になるのなら、俺の役割を考えても、コレくらいはしておかなければ。
「あぁ……むしろ、もう一本ずついる?」
「いやいやいやいや!
技が身につかんうちに、こんないい道具を使ってしまったら、技術が廃れてしまう!
普通の道具で歯が立たん、野生種限定で使うなら、これで十分さね」
若い方は舌打ちするような顔をしたが……まぁ、職人技となれば、そういう面があるのだろう。
良い技術者が好い道具を使えば鬼に金棒と言えるが、道具ありきの技術しか身につかなかったら、宝の持ち腐れも良いところだ。
能書筆を選ばずとも言うし、技術を身に付けなければ、道具の善し悪しの判断も出来ないのかもしれないと思うと、やはり基礎は大切ってことだよね。
うぅん……
俺ももっと頑張らなきゃなぁ……
使える能力が強大過ぎて、中身が伴ってないからね。
精進あるのみである。
前話にも書きましたが、実在するお馬さんには、アブラナ科のお野菜(キャベツやブロッコリー等)はあげてはダメです。
繊細な生き物なので、無遠慮に近寄ったり触れたりするのもダメですよ。




