episode.カバルス
「交易の強化により需要が増えたため、魔馬や妖馬を補充したい」と冒険者ギルドから連絡があった。
魔馬も妖馬も、単核粘凝や妖鶏と同様、家畜化が進んでいる魔物だ。
小さい個体の魔馬は、馬具を装着しその背に直接乗る。
乗馬に用いられる魔物だ。
大きい場合は、荷馬車を引くことになる。
妖馬は魔力は低いが、それを補うためか体格が魔馬よりも立派だ。
そのため農耕具を牽引したり、魔馬では引けない、大きな荷馬車を牽く動力として用いられる。
その力を比べるならば、大きい魔馬二頭でなんとか牽ける重量の馬車を、妖馬ならば小さい個体でも、大人なら一頭でも余裕で牽引してしまえるくらい、かな。
ちなみに、その肉は赤身でとっても美味しい。
砂糖醤油の味付けで、刺身で食べるのがオススメだ。
もしくは生姜醤油でも良い。
生で食べると悪食だと罵られるので、見付からないように、隠れてコッソリと食べなければならない。
背徳感も手伝って、より一層美味しく感じられる。
焼くよりも、煮て食べるのが一般的かな。
醤油や味噌で甘辛い味付けにして、根菜やキノコと一緒にいただく。
近年は仕事のパートナーだからと、死んだ後は手厚く埋葬する人も増えてきているようだね。
食料の確保が容易になったってことだし、良い傾向だと思うよ。
農家にとっては、長年苦楽を共にした相棒とも言えるべき魔馬だ。
情が移るのは仕方がないもの。
だがケガを負ったら、仕事は出来ないのに、病気になりやすく維持費はかさんでいくばかりの役立たずになってしまう。
そのため食糧難の時代は、泣く泣く処分し、飢えて死にたくないからと、その肉を食った飼い主を、多く見てきた。
また失うことが辛いからと、輓獣の採用を辞め、農場を縮小したり、人力で広大な田畑を耕し続け身体を壊してしまった人もいる。
家族を失ったような感覚に陥るのか、メンタルをやられる人は、今でもいる。
時間薬が効けば良いが、そうじゃない人は、一定数いる。
割り切れない人のためにも、やはり耕耘機を造るべきなのかな。
しかし大半の人は、自分の心に折り合いを付けて適切な距離を保ち、別れの時には心に区切りをつけて、魔物を家畜として扱う。
それに樹の妖精のように農作業を積極的に手伝ってくれる、寿命のない妖精もいる。
小数のために機械化を推進してしまうと、精霊の力を借りようとする人が減る。
精霊の力を借りるために霊力を消費し、精霊術を使う。
精霊は人から受け取った霊力を使い、世界を維持する。
人々は人外の力を操る精霊を崇め、感謝し、祈りを捧げる。
精霊はその信仰心によって、存在が保たれる。
そのサイクルを崩してしまったら、世界に霊力が循環しなくなる。
そうすると精霊の数も力も減る。
更に魔物の動きが活性化したり、魔力が溜まってダンジョンが出来たりして、とても危ない。
便利な暮らしを求めて、次世代にそのツケを払わせるような、悪しき歴史は繰り返してはならない。
機械化させるくらいなら、精神的なケアを出来るような医者を育てるべきだな。
回復薬に栄養学の要素を取り入れられるのなら、精神安定や抗ストレス作用を強化する薬を作れるかもしれない。
そんな仮説自体は結構前からある。
食品の安定供給が出来ていないうちから、薬のために貴重な食品を消費するのは違うだろ、ということで後回しにしていたんだよね。
今回の魔馬と妖馬の捕獲によって、物的流通が改善されれば取り組めるようになるかも。
そうなると、また研究施設を建てる必要が出てくるのか。
ソレはどうにでもなるとして、人員の確保と育成の問題も出てくる。
流石にソレは一朝一夕では出来ることではない。
まぁ、おいおいだね。
森の中にでも迷い込んだように、この‘’果樹の丘‘’はその広大な面積の大半が、日陰に覆われている。
本来この丘は、なだらかな傾斜が遠くまで続いている、丘陵の牧草地帯だ。
標高が高いため、日差しを遮るような建造物は付近にはない。
この日陰は全て、高台にある一本の大樹から四方に大きく伸ばされた、木の枝とその葉によるものだ。
この辺りには昔、人里があった。
けれど、魔物の多さや立地の不便さから、廃村となってしまった。
そこで育てられていた果樹が野生化し、土地に溢れた魔力を吸い上げ、魔木と化した。
今はその魔力は浄化され、土地の霊力が安定している。
そのため、魔木となった時の特性を引き継ぎながらも、良質な果物が多く実る、天然の果樹園となっている。
低木のラズベリーのような漿果から、ブドウやアケビのようなツル性の果実まで、全て同じ木に実っている。
魔木って不思議。
その結果、様々な魔物の楽園と化している。
リスクを負ってまで魔物同士で戦うくらいなら、平和的に美味しい果物を食べて、ノンビリ過ごした方が良いよね〜って感じなのかな。
この辺に棲んでいる魔物は、人を見ても積極的には襲って来ない。
土地の浄化が進み、この木になる果樹を食べているおかげで、本来魔力が貯蔵される器官に、霊力が貯まっているのだろう。
魔力を取り込んだ魔物は凶暴性が増大し、破壊衝動の塊のようになる。
逆に霊力を取り込んだ魔物は、穏やかで友好的になる事が知られている。
柔和的な個体の遺伝子を掛け合わせ続ければ、多少魔力を取り込んでも問題の無い個体が増えるだろうと予測されている。
事実今家畜化されている魔物の多くは、そうやって長い年月をかけて人に都合の良いように品種改良をされていった。
犬や猫と同じだ。
畜産魔物の場合は、より生産性が増すことが重要視されているので、性格や気性は置いておいて、乳牛なんかは乳の出る量が、食肉用は肉質の良さが優先される。
お得な要素が次世代に反映されるなら、多少凶暴でも力で押さえつければ良い、って考え方が主流だ。
畜産農家の方々は脳筋が多い。
だが依頼のあった魔馬や妖馬の場合、扱うのは商人がメインになる。
力で押さえつけられる人が、圧倒的に少ない。
頭脳派の人達は、残念ながら腕力を持たない場合が多いのだ。
その代わりに金を持っているから、武力が必要な場面では人を雇って対処しているみたいだね。
果樹の丘に来たのは、遺伝子改変をしなくても、最初から気性が穏やかな個体が多いからである。
他の場所で捕獲した野生種だと、長期的に魔力を抜き、聖水を与える必要がある。
手間やコストを考えると、多少依頼料が高くても、果樹の丘の個体を指定した方が良いのだ。
美味しい果物を食べている分、グルメなのが玉に瑕だけどね。
いくら手間が減るとはいえ、食費が嵩むのは経済魔物としては少々痛い。
だが農村地帯ならではだが、市場には卸せない、虫食いは酷いが味は特別美味しいB級品をエサに出来る。
食事は果樹の丘の果物じゃなければならない、なんて拘りを持っている魔物じゃない限りは、まず大丈夫だ。
ちゃんと過去の経験から、交渉用のエサを貰ってきている。
今朝採れたばかりの、魔馬たちが好むとされている野菜や果物だ。
群れの中で一際大きい個体に近付くと、軽くいななかれた。
すると思い思いの学校でくつろいでいた魔馬たちが起き上がり、別の場所へとゾロゾロと移動を開始する。
敵認定されてしまったのだろうか。
逃げられると、困るのだけれど。
だが一定の距離を置いた所で、皆脚を止めた。
今まで、こんな現象は起こったことがない。
どんな意味があるのだろう。
一匹だけ残った大きな個体は、俺の顔をジッと見詰めた後、また一度だけいなないた。
すると魔馬が五頭、妖馬が三頭、コチラに向かってくる。
そして俺が手に持っていたお土産品が入ったカゴをかすめ取り、中身をムシャムシャと九頭で仲良く食べ始めた。
お土産を食べている個体は、若く身体付きがシッカリしている。
妊娠しているようで、お腹が大きな個体も二匹いる。
つまり、俺が希望していた通りの特徴を持っている。
人の思考や感情を読み取る能力が高いとは言われて居たけれど、声すら発していないのに、要望が何なのか汲み取ったのだろうか。
だとしたら精霊のように、思考が読めると考えて良いだろう。
しかも考えを理解し、的確にそれに応え、判断することも出来るとなると、さては有奇蹄種って、滅茶苦茶頭が良いな……?
有奇蹄種は魔馬と妖馬の他にも、一角馬や毀魔馬がいるが、どの魔物も確かに頭が良い。
一角馬は額にある鋭い角と、術を使って来ることから家畜には向いていないとされている。
毀魔馬に関しては、神出鬼没で山並みにデカイので、家畜化はどうやったってムリだ。
体格が大きい魔物が多い中、生活圏に溶け込める大きさの魔馬と妖馬は、魔物の中でもかなり小さい種類と言える。
それでも、余裕でトンの重量はあるのだけれど。
部外者がいたら気になってゆっくり食事出来ないだろう。
しばらく離れた所から様子を伺う。
見上げれば、甘く良い香りのする果物が実っていた。
美味しそうとは思うけれど、食べたらココの魔物を全部敵に回しちゃうしな。
果樹の丘に棲まう群れの者以外が木の実を食べると、侵略者とみなされて果樹の丘に棲んでいる魔物が全て一斉に襲いかかってくる。
強い魔物はいないが、数で攻められると手加減をしにくくなる。
そうなると魔物どころか木の実も通り越して、果樹の丘が消滅する恐れがある。
そんなもったいないことは出来ないよ。
収穫をするとしたら、気配隠蔽と透過の術を丘に侵入する前の段階で掛けて、コッソリと頂くに限る。
飛行型の魔物にも、果樹の丘のファンが多いからね。
部外者が近寄って来ないか、見張られているのだよ。
地面に露出した木の根に座ってボーッと待っていたら、土産の甘藍や林檎を食べていた馬たちが、突然争い出した。
噛みつき蹴り合うケンカは、視点が低いため迫力満点だ。
馬に蹴られて死ねって言葉があったよな。
ソレって魔馬達にも適用される言葉なのだろうか。
……されるわなぁ。
大きさも力も、馬とは比べ物にならないのだから。
さて、何を争っているのだろうか。
お土産は気に食わないが、俺と戦うのはイヤだから押し付け合ってる感じ?
食の好み、何年も経って変わっちゃった感じ??
そうではなく、キャベツ――甘藍の取り合いをしているようだ。
牧草地体ではあるが、草よりも果実の方が美味しいから、この周辺に棲んでいる魔物は、口直し程度にしか草を食まない。
だって美味しくないんだもの。
栄養も全然ないし。
甘くないのに美味しく瑞々しい甘藍が珍しく、いたく気に入ったらしい。
食感も味も知らないもの、しかも俺が持参した分しか無いとなれば、あるのは足元に転がってる三つだけだ。
そりゃケンカにもなるよね。
魔物は人よりも本能に従う傾向にある。
理性とか協調性とかを持っていないんだもの。
……イヤ、持っていないと、言われていた。
先程の大きな魔馬の行動を鑑みると、ちゃんと統率の取れた組織的な振る舞いが、魔物にも出来るということだ。
今もボスは威嚇の声を出して場を収めた後、ちゃっかり甘藍を一つ確保しておきながら、争っていた他の馬たちの中から二匹指名して、ソイツらに与えている。
食べられなかったヤツらからは、不平不満は出なかった。
魔物が頭領を置いて、部下を統べ率いる能力を有するとは驚きだ。
相利共生や片利共生のような利害関係もなく、複数種の生物が相互関係を持ちながら同じ場所で生活を送っている、果樹の丘が特殊なのかもしれないけどね。
知恵の実のように、果樹の丘に生える果実に何らかの作用があったりするのだろうか。
果物泥棒が出没した付近にいた魔物が犯人を懲らしめるのなら理解出来るが、果樹の丘にいる魔物総出で襲って来るんだもの。
あからさまな異常行動だよね。
収穫し実験たいけれど……また後日、だな。
ガマン、ガマン。
集まった八頭+ボスを全員連れて行っても良いのだけれど、そうすると群れの個体数が減ってしまう。
そうなれば力関係が崩れて、今魔馬と妖馬が割り当てられている果樹の丘の陣地が減らされてしまう。
そうならないようにと、余った甘藍を食べたボスを含めた三頭はココに残り、魔馬と妖馬をそれぞれ三頭ずつ連れ帰ることになった。
六頭はコレからいつでも甘藍を食べられるんだもの。
そりゃクレームも出ないわな。
俺が再びこの地を訪れた時には、このボスが群れを率いている間なら、甘藍を土産にすれば、若めの良い個体と交換してくれるそうだ。
馬と意思疎通が出来るこの状況をおかしいと思わない程度には、この世界に慣れたのだなと思うと、感慨深いような、ある種の侘しさを感じるというか……
良いことだと思っておこう、うん。
最初は甘藍を植えるように言われたのだけれど、甘藍の原種はブロッコリーのように茎が立派だったり、葉が巻かずにケールのような分厚く硬い葉になったりする野菜だ。
適切に人の手が入らなければ、この瑞々しく柔らかい球体にはならない。
そう説明して断ったら、ではその代わりに、と物々交換を申し出されたのだ。
ありがたい話である。
何よりこの周辺に果樹の丘以外の木本が育たず、草本のみが辛うじて広がっている理由は、この大木が周囲の霊力も栄養も全部吸い取ってしまっているからに他ならない。
魔木だった頃の名残なのだろう。
魔物の死骸を栄養として育っているこの巨木は、この地に住まう魔物が離れることを、良しとしない。
だから風の精霊が種を運ぼうが、鳥が枝をつれて来ようが、根付く前に吸収される。
そして新たな要素を取り入れ、木の下の住民たちを飽きさせることなく、この場所にいたいと留まらせる。
つまり魔馬と盟約を結んだ今、俺は果樹の丘にとって、敵となったワケだ。
自分の大事な住民を、かっさらって行くんだもの。
元魔木なだけあって、意志を持つこの木は恐らく、この近辺で最も好戦的と言える。
熟して落ちた実を、自分で養分にすべきなんじゃないだろうか。
そうすれば、もう少し大人しくなる気がする。
未熟な硬い木の実すら落ちる勢いで、幾つもの枝が襲って来た。
やっぱ、こうなるんだよね〜。
毎回コソッと一匹、二匹程度の少数を、見つかる前にパッと攫うだけだったから、こんな大騒ぎにはならなかった。
だけど流石に六匹も連れて行くとなると、怒られるか。
コレ以上俺がこの場に留まると、迷惑を掛けてしまう。
せっかく良くしてくれたのに、流石に不義理だよね。
お礼の言葉すらソコソコに、瞬時に魔馬と妖馬にヒモを巻き付け、準備をする。
枝が俺に突き刺さる、その寸前。
バイバイと魔物たちに手を振って、依頼主のいる街へと転移した。
実在するお馬さんには、アブラナ科のお野菜(キャベツやブロッコリー等)はあげてはダメです。
馬はゲップが出来ないのですが、アブラナ科は消化の際にガスが発生します。
胃腸が膨らみ腹痛の原因になるほか、腸が膨らみ弾けたり、他の臓器に入り込み捻れたりして、死に至ることもあります。
ふれあい牧場などでオヤツをあげる機会がある際は、指定されたもの以外は絶対に与えないでください。




