episode.シュケイ
家畜化させる事に成功した妖鶏は、だいぶ小さく、大人しくなった。
しかし比較対象は、海千山千の冒険者ですら「できれば戦いたくない」と口にする鶏冠蛇である。
ニワトリと掛け合わせようが、小さくなろうが、魔物は魔物。
デカいし凶暴。
人の言うことなんざ、聞きゃしねぇ。
しつけなんて出来ないし、気に食わない事があれば、すぐに攻撃してくる。
……ソレは、ニワトリも同じか。
非常に幸運だったのが、そんな人が飼うには凶暴な妖鶏だが、断尾――ヘビ頭を落とすと、比較的大人しくなることが、家畜化して結構早い段階で、子供のイタズラによって判明したことだ。
孵化して間もない妖鶏のヘビ部分を、人間の赤ん坊が掴んでブン回して、引き千切ってしまったのだ。
当然血は出るし、生まれたてで身体も弱いだろうに大丈夫か、大人はハラハラしながら傷の手当をしたけれど、魔物の超再生力により、すぐに傷は塞がった。
ヘビは生えてこなかったが。
どんな後遺症が出るのかと、戦々恐々としながら世話をしたが、コレが特に、何の問題も出なかった。
他の妖鶏にイジメられることもない。
産卵数が減ることもない。
むしろ、卵を収穫する時に襲って来ない!
ヘビを絡ませてくることもない!!
噛まれて死にかけることもない!!!
なんて素晴らしいんだ!!!!!
そう思って家で飼育していた全部の妖鶏のヘビを切り落として、感染症を引き起こして、その家禽農家さんは大量に財産を失うんだけどね。
少しずつ実験すれば良かったのに、一気に全個体を断尾してしまったのだ。
思い切りが良すぎる。
生後五日から十日の間に処理をするのが、最も人間にとって都合がいい。
それ以上経過すると、傷口が化膿して死んでしまったり、病気になりやすくなる。
その有益な情報を共有してくれたことで、お礼として失った分の妖鶏は補填されたそうだ。
死んだ分は食肉として肉屋に卸され、多少なりともお金になったそうだし。
良かったね。
ニワトリと掛け合わせることで退化したものの、妖鶏の元である鶏冠蛇は、ヘビが本体だったんだもの。
魔物としての本能が強いのは、ヘビだったみたいだね。
より凶暴性が失われ、飼育しやすくなった妖鶏は、個人でも飼われるようになった。
残飯でも廃棄される魔物の部位でも喜んで食べる。
ゴミ処理係としてスライムが普及する前は、 妖鶏が衛生面に貢献してくれていたようだ。
さすがにスライムのように人糞は食べてくれないので、下水問題は長年解決しなかったらしいけど。
また、どこからその要素が生えたのかは不明だが、妖鶏は平均して一日に卵を三個は産んでくれる。
多い個体だと、五個とか産む。
滅多にいない、超当たり個体だね。
日照時間と、栄養状態に左右されるが、だいたい六から十時間周期で排卵される。
卵の形は、ニワトリのものに近い。
ただ大量の骨粉や砕いた貝殻をエサに混ぜないと、卵の殻は鶏冠蛇に近い、ブヨブヨと柔らかい感触になってしまう。
柔らかいと妖鶏が踏み潰してしまうし、輸送時に破れやすくなる。
日持ちをさせるためにも、殻は固い方が都合がいい。
海に近い場所に養鶏場を作れば、エサと共に与える塩も入手しやすいし運搬も海路で行いやすい。
しかし広い土地が確保しにくいということで、需要はあるのに、なかなか家禽農家が増えてくれないのが現状である。
若鶏は卵は小ぶりだが、数を産みやすく、老鶏は数は産まないが大きい卵を産む。
どっちの方が良いかと言えば、畜産動物になるので、スコアが良ければどっちでもいいって感じかな。
若鶏でも数を産まない個体は、早々に見切りを付けられ食肉になる。
老鶏は人間用の食肉にするには、身が硬くなってしまっているので、うん、その……妖鶏のエサに混ぜられる。
誰も気にする素振りなんて見せないし、ね?
コストの問題を考えると、仕方ないじゃん??
狂牛病の妖鶏版みたいな病気が出ないか、キチンと観察はしているよ。
鑑定眼を通して視ても、今のところ問題は無さそう。
もう、かれこれ何十代とやっていることだし、大丈夫だと思う。
妖鶏は卵を沢山産むせいか、エサに脂質を混ぜないと、総排出口――ニワトリと同様、フンも卵も同じ穴から出てくる――に傷が出来てしまうんだよね。
だが貴重な油をホイホイ与えていたら、卵の単価が高くなってしまうのだ。
だからって油脂分が足りなければ、ソレはソレで問題が起きてしまう。
苦肉の策の、共食いだ。
致し方ないじゃない。
やらないとどうなるか。
卵が詰まって、死ぬ。
出産って、気合いでキャンセル出来るんだね……
それよりも、総排出口の裂傷って、いわゆる痔じゃん!?
その痛みよりも死を選ぶって、どういう事!!?
魔物なりの、なんか、プライド的なものでもあるのかな。
よく分からん……
因みに家畜化させる最中、鶏冠蛇でも起きた現象なので、ニワトリと掛け合わせたが故に卵の殻が固くなったせいでは、決してない。
妖雉も、一日に何個も卵を産むような習性はないんだよね。
ホントこの性質、どこから生えてきたのだろう。
卵を沢山産む当たり個体ばかりを掛け合わせ続けると、野性味が強くなりすぎる。
そしてまんま鶏冠蛇に先祖返りしてしまう。
なので定期的に、わざとスコアが悪い個体の遺伝子を入れている。
しかも妖雉の遺伝子が入っているせいか、大人しくさせようと精霊術を放っても、効きがすこぶる悪くなる。
特に風の精霊術が効かない。
妖雉は風の魔術を得意とするからね。
そのため妖鶏は機嫌が悪くなると、軽率につむじ風を巻き起こす。
エサが気に食わないとか、養鶏場が狭いとか、そんなストレスの発散方法のひとつとして、だ。
養鶏農家としては頭が痛いよな。
せっかく立派な鶏舎を建てても、一発で瓦礫の山になってしまうんだもの。
対策は幾つか講じられている。
魔術を使わせないために、魔力を吸い取る、小さな空の魔石をエサに混ぜるのだ。
消化吸収されずに、魔力がある程度溜まったら自然に排泄されるし、悪くない方法と言える。
しかし溜まった魔力を使わず、浄化もしなかったら瘴気を放ち出してしまう。
それを理解していなかった一部の家禽農家のせいで、とある村が魔物によく襲われるようになったので、原因を突き止めて欲しいと、要請が入ったことがあったな。
妖鶏が平飼いされている農場に行ってみれば、地面からわんさか魔石が出土して、アタマが痛くなったものだよ。
少々危険なので、最近ではあまり使われていない対策方法だ。
最近主流なのは、霊玉を畜舎に設置して、常に浄化をする方法だ。
畜舎の大きさに比例して、必要個数が変わるため、規模が大きければ大きい程、生産者の負担は大きくなる。
しかしこの方法なら、わざわざフンの中から魔石を探す必要も、それを毎度浄化する必要もない。
霊玉の効果が薄れたら、教会の神官に浄化のお願いをしたり、聖水をかけるだけで良い。
難点と言えば、霊玉は大きさによって、値段が代わることかな。
希少だから仕方がないのだが、盗難のリスクがあるんだよね。
イヤ、ソコは仕方がないと思ってはいけないな。
善良な食を支えてくれる農家さんと、たかだか金程度のことで、ソレを困らせる鬼畜な外道なら、比較するまでもなく、当然前者の味方にならねばなるまい。
仕方がないなんて言葉で許容してはいけない。
コソ泥の対策方法も、考えなきゃだよね。
人間は魔物より頭がいい分、タチが悪い。
そんな養鶏だが、他の畜産魔物と比較すると、割と始めやすい。
農場はある程度の広さが必要だけど、それはどの魔物も同じだし。
鶏冠蛇って意外と魔物の中でも上位種に分類されるからか、病気になりにくいんだよね。
何でも食べるのも、メリットと言えるだろう。
妖鎧牛や魔羊なんかは、家畜化した時に病気になりやすくなってしまったから。
軟骨や脊椎の発育不全が多いから、遺伝的な原因なのだろう。
死産になることが多いのだが、研究個体として提供してくれればいいのに「食べても問題ないから。むしろ柔らかくて超美味しい。奇形万歳」と言って譲ってくれないんだよね。
そのお陰で、原因が全然分からないままなのだ。
そんなものを食べて、後々問題が出るパターンだったらどうするのか。
今のところ、人間の寿命が短いからか、影響が出たという報告は上がってこない。
そのうち、子や孫の代に影響が及ばないかが非常に心配である。
「お、若頭!
よぅ来てくれました」
「……ナニ、その若頭って」
頬にキズある組織に所属したことなんて一度たりともないんですケド!?
「へぇ、賢者様が表舞台に出てこないご隠居、街の長はお頭なら、あなた様は若頭かねって話をみんなで……
お稚児より、マシでしょ?」
「その二択なら間違いなく若頭だけども!
そもそも、変な呼び方すんなってぇの」
「だってあなた、名前で呼ぶの禁止してるじゃないスか。
だからって呼び名が無いと、今回みたいに不便ですし……」
俺が今拠点にしている街は、俺を含めた三人によって運営されている。
一人がこの街の長を務めていて、実権を握っている人物。
今しがたお頭と呼ばれた、俺の幾つだったか歳下の子なのだが、三人の中では一番老けて見える。
街の三代目の長だ。
街の運営から逃げまくってる俺の分まで仕事をしてくれる、とてもありがたい存在である。
一人が‘’賢者‘’や‘’王の権能‘’といった、二つ名が山とある人物。
俺よりも三〇〇歳ほど歳上で、現在存命のヒト属の中でも、かなり長生きしている人物だ。
亀の甲より年の功とはよく言ったもので、人類最強と名高い。
こちらも、俺が巻き込まれ体質が故に持ってくる厄介事の事後処理をしてくれる、かけがえのない存在だ。
んで、俺は面倒事が大が付くほどキライなので、自分の名前は一切出さず、この賢者様の影に隠れてアレコレ画策している。
当然武功の全ては、賢者様の名義で世に知らしめられる。
そのため俺は、腰巾着やら金魔魚のフン呼ばわりされることが多い。
先程この家禽農家のオッサンが言ったような関係と間違われることも、まぁまぁある。
自分で言うのもなんだが、俺は整った顔立ちをしているからね。
そういう役割があるから重宝されているのだろう、と勘違いされることは多い。
賢者様には「逐一訂正しろ」と言われるが、厄介事を押し付けられる隠れ蓑を、手放すワケにはいかない。
これからも、良いように利用させて貰うよ。
そもそも俺の名前は世間的に‘’魔王‘’の通称として知られているので、知っていたとしても、普段から呼ばせないようにしている。
何も知らない人が聞いたら、物騒な事になりかねないじゃん?
なので長く同じ街に住んでいても、俺の本名を知らない住民の方が多い。
基本的に、その時その時で適当な偽名を名乗っているし。
そのため、自分が知っている名前で俺を呼び出そうとしても、一生捕まらない。
周りからしてみれば、不便以外の何者でもないだろう。
連れて来られたのは、新しく建てた妖鶏の小屋だ。
この何十年かで、徐々に人口が増えてしまっているせいで、街は外壁を幾度か拡張している。
「今度こそ増やさない!」と何十年かに一回は主張をするが、繰り返しその言葉を覆してしまっているので、もう誰も信用してくれなくなった。
そしてその度に外へ外へと追いやられるのが、臭いが出てしまう畜産関係者だ。
ストレスによって小屋を破壊されるからと、ずっと平飼いをしていたが、土地も無限にあるワケではない。
そのため妖鶏の品種改良を重ねて、大人しい気質のものを繁殖させ、ついに高密度飼養型の鶏舎が建てられた。
完全に経済動物と化しているな。
だが少々困ったことになっているから相談したいと、冒険者ギルドに要請が入っていた。
俺か、賢者かどちらでも良いからと指名されていたのだが、俺の名前が分からないものだから、呼び出しができなかった。
なにせ賢者はそもそも街にいないことが多い。
近くの城にいるか、自分の家に帰っているか、もしくはフラリと世界を旅して回っているか。
最近は年に一度、数日しか街に滞在しないのだから、依頼主も端から賢者に話を通して貰おうとは思っていなかっただろう。
俺は賢者の代わりに、なるべく街にいるようにしている。
そういう持ち回りなのだ。
あと数年もすれば、今度は賢者が街に駐在することになる。
街にはいるのだが、制式な手続きを取って、門から行ってきますも、ただいまもしない。
目的地に転移術を使って直行・直帰する。
そのため、なかなか捕まらない。
目撃されても物凄い速度で移動する上、見付けたと思ったら突然消えてしまう。
そのため実は、都市伝説の類ではないのかとまで言われているそうだ。
俺はUMAか。
お前ら漏れなく俺に直接助けられただろうに、なんで存在そのものを疑うかね。
家に直接言いに来ればいいのにとは思う。
しかし家のある北東地区は、議事堂や裁判所、国王の別邸があったりする。
日常生活において、関わることのない施設ばかり並んでいるから、近寄り難いと思われているのだろう。
北東地区に立ち入ることすら、尻込みしてしまうようだ。
取って食いやしないのに。
人肉を食べたら長生きするなんて与太話、ホントに信じている人なら、勘違いをされても、仕方がないかもしれないけれど。
畜舎の独特過ぎる臭いを久々に嗅いでしまって、目の奥が少し痛くなった。
断りを入れてマスクで口と鼻を覆う。
街の外れに位置しているため、周囲を気にすることなく、天井を開けて畜舎内を日干しできる。
更に常に風精霊術で空気の入れ替えをしている。
衛生状況は悪くない。
慣れている人には何の問題も無いのだろうが、この独特な感じが、俺は慣れられないのだよ。
排泄物のせいなんだろうなぁ。
良い肥料になるから、スライムを放して食わせるのは勿体ない。
数が多いからどうしたって排泄物は溜まる。
その間に発酵して、独特の臭気と刺激が発生してしまう。
どれだけキレイにしていても、ソレは仕方がない。
コレだけの規模でするんだもの。
毎日掃除をしていても、人間の住居みたいにはならないさ。
「密飼いしている妖鶏は、散歩とかさせるの?」
「いやぁ、この畜舎に入れる選別されたら、しないスね」
雛の時点で、広い空間があると認識すらさせないのか。
その方が知らない分、ストレスにならないか。
運動させない分なのか、目の前の妖鶏は見事に丸々肥っている。
丸焼きにしたら美味しそう、と生きてる姿を見ても思ってしまう俺は終わっているな。
イヤ、可愛いとも思うんだよ?
凶暴さが失われているこの畜舎の妖鶏は、どことなく優しい顔付きをしている。
断嘴されているから、妖鶏特有の槍の穂先みたいな鋭いクチバシもないし、ヘビの尾もしっかり断尾されている。
ただのでっかいニワトリにしか見えない。
触れば羽毛の手触りだし温かいから、布団に入れたら冬場はとても重宝しそう、とさえ思う。
ペットの概念はまだ定着していないが、そのうち、ココの畜舎から初のペット用妖鶏が売られる日が、来るかもしれない。




