episode.コカトリス
地球で最も古い家畜は、犬とされている。
オオカミを馴化させ、人間のパートナーとした。
農作物を荒らす害獣から、田畑を守るため。
狩猟採集の際の、飛鷹走狗として。
勇ましい立ち居振る舞いは、人間の心強い相棒として、支えてくれたに違いない。
そんなオオカミの格好良い写真を見た後に、柴犬や秋田犬の愛らしい笑顔の写真を見せられ「コイツら、遺伝子似てるんだってよ」と言われた時の、衝撃たるや……
イヤ、まぁ、ヒトとバナナのDNAは五〇%同じって有名なセリフがあるからね。
柴犬がイヌの中で最もオオカミに近いと言われても……
……最もと言われると、納得は、しにくい、か。
ハスキー種の方が、余程オオカミっぽいのに。
遺伝子って、結構いい加減だよね。
イエイヌの起源が解明されることは終ぞなかったが、その後ヤギ・ヒツジ・ブタを、それぞれノヤギ・ムフロン・イノシシから家畜化したことは判明している。
紀元前八〇〇〇年頃の話だ。
その後、紀元前六〇〇〇年頃に、地域によって原種こそ違うがウシが家畜化され、ウマ、ロバと続いていく。
家禽はイヌと同様、いつどこで家畜化されたのかが、イマイチ分かっていない。
一応アジア圏ではあるようなのだが、中国なのかタイなのかインドなのか。
だいたい紀元前七〇〇〇年程前に、インドかタイかで最初のニワトリが生まれて、中国へと渡ったのだろう、とされている。
因みに、この世界で一番最初に家畜化されたのは、ニワトリ――妖鶏である。
もっと言うなら、妖鶏の原種である鶏冠蛇が、家畜として最も歴史が長い。
単純に、他の魔物よりも体躯が小さく、制御しやすかったからだろう。
山のように大きな毀魔馬を家畜化させようなんて、とてもじゃないが、考えられないもんね。
むかしむかし、ほぼ毎日卵を産む鶏冠蛇に目を付けた人がいた。
動物性タンパク質は、貴重だ。
どうにか鶏冠蛇を利用して、食料問題を解決出来ないかと、比較的身体が小さく、御しやすい妖雉を掛け合わせて出来たのが、妖鶏である。
……とされている。
内緒だが、地球から連れて来られたニワトリの遺伝子も入っている。
そうじゃなきゃ、魔物なんて凶暴な生物を飼い慣らすなんて、とてもじゃないがムリ、ムリ。
鶏冠蛇とニワトリは、残念ながら体格差が余りにもありすぎて、直接は交配させられなかったらしい。
見た目はトリだけど、実はヘビの方が本体なので、当然と言えば当然なのかも。
地球の道理が通用しない世界なので、遺伝子的なものは関係ない。
単に交配させようとしても、ヘビが邪魔をして来て、それ所ではなかったのだろうと思う。
そのため、まず鶏冠蛇と妖雉を交配し小型化させ、ヘビ部分を退化させた。
そこにニワトリを混ぜた形だ。
鶏冠蛇は雄鶏に蛇のシッポが生えているビジュアルをしている。
雌雄の区別は、トサカの山部分と、ヘビ部分が偶数か奇数かで見分ける。
持っている毒がメスとオスとで違う上、メスはヘビ部分での攻撃がメインになり、オスはトリ部分で攻撃して来ることが多いので、留意が必要だ。
戦い方が全然違って来るからね。
進化の過程で、どんどん擬態部分が大きくなって行き、鶏冠蛇は本体と尾を合わせて五kgを超える。
その重量を活かした体当たり&蹴りで体勢を崩し、メスはヘビの本体を使い絞め殺して来るか、噛みつきマヒをさせ、ゆっくりと丸呑みしてくる。
当然、飲まれる段階で全身の骨は砕ける。
なのに、なかなか死ねない。
とても辛い思いをする事になるので、飲まれそうになっても吐き出して貰えるように、靴や服にはスコヴィル値の高い品種の唐辛子エキスや、デナトニウムをあらかじめ塗っておくことをオススメする。
オスはトリ側の硬いクチバシでつついて来る攻撃がメインだね。
クチバシは質の高い鏃の材料として、ソコソコの値段で取引されている程だ。
連続でつつかれれば、鋼の盾でも風穴が空く。
油断してはならない。
そしてつつく攻撃が効かないと分かれば、噛み付いて来る。
トリのクチバシに挟まれた所で、なんて笑ってはいけない。
妖鶏しか見たことがない人には驚きだろうが、鶏冠蛇のクチバシの中は、トゲトゲしている。
ガチョウみたいな感じかな。
クチバシの中、一面にビッシリ大小入り乱れた突起が付いている。
なんなら、舌にも棘がビッシリと生えている。
正直、キモい。
なにせヘビが本体なので、一部毒牙になっている。
そのため、ガチョウよりも余程タチが悪い。
ガチョウは、ホラ。
アヒルと似ているから見た目が可愛い分、あの口内の凶悪さが目立つけれど、害はないじゃん。
草食だし。
鶏冠蛇は毒を持ってるし、焦点が定まらない虚ろな目をしているし、クチバシも鋭くて、いかにも凶悪そうなので、可愛げが微塵もない。
その上、肉食。
好物は人間のハラワタだ。
つつく攻撃も、当然腹部を執拗に狙って来る。
鶏冠蛇と戦う前には、胴衣の強化をしておく事をオススメする。
あ、メスと違って辛い・苦い塗料は無意味だよ。
トリの頭部には味覚がないからね。
だが胴回りを執拗に守ったからといって、安心してはいけない。
鶏冠蛇は基本的に、悪食だ。
クチバシの中のトゲトゲを使って、頭蓋骨でも余裕ですり潰して食べる。
しかも野生で長く生きている鶏冠蛇は、人間は頭を破壊したら動かなくなる事を知っているからね。
最近では、頭を潰した後にゆっくりとハラワタを食べる、グルメな個体が発見されて、セオリー通りに倒すのは難しいと判断されているようだよ。
そのため、討伐レベルが引き上げられたそうだ。
人の背丈程まで成長した鶏冠蛇を見たら、オスメス関係なく、逃げることを強くオススメする。
デカい=長生きしてる=戦い慣れてるって事だからね。
死にたくないでしょ?
……とか長々書いたけど、鶏冠蛇の最大の攻撃技は、その視界に全身をおさめた相手を石化させる、魔眼である。
複数生えてるヘビ頭の、一番短いヤツが本体なのだが、普段は隠れているんだよね。
ある程度ダメージを受けた時、本体以外を自切して逃げられるパターンになるか、本気を出して石化させられるパターンになるか。
お互いにデッド・オア・アライブって感じになる。
鶏冠蛇からしてみれば、擬態部分や攻撃をしてくれる他のヘビ頭がいないと、自分の身を守れないじゃない?
その場は逃げ果せても、余程運が良くないと生き残れない。
だけど、魔眼を使うのはとても体力を消耗するらしく、せっかく敵を石化させても、逃げ切る前に力尽きるパターンが多いみたいなんだよね。
精巧すぎる石像の近くに、鶏冠蛇の死骸が横たわっているのは、鶏冠蛇の生息域なら、比較的よく見られる風景だ。
石化しても、あまり時間が経っていないなら、ワンチャン状態異常を解除できる治癒術師に処置をして貰ったり、万能薬をかけたりすれば、元に戻れる。
どれだけの時間が経過したらダメなのかは、流石に人体実験をするワケにはいかないので、不明なままである。
救助された冒険者の証言と、近くに転がっていた鶏冠蛇の死骸の様子からして、二十四時間は余裕で経過しても問題なさそうなんだけどね。
小型の魔物で試した時は、五分程度で石像化してしまい、元に戻らなくなった。
身体の大きさなのか、魔眼も魔力による作用の一つだから、たまたま助け出された人の霊力が多くて、抵抗値が高かっただけなのか。
それすらも、残念ながら分かっていない。
そんな凶暴で残忍な鶏冠蛇だが、卵がホント、絶品なのだ。
どちらかというと、蛇の卵に近い見た目をしていて、歪な楕円型をしている。
生ではさすがに食べられない。
滅菌しても、ムリ。
生だと白身部分に毒素が含まれていて、食べたら呼吸困難に陥って死ぬ。
TKGで食べたら、美味しそうとは思うんだけどね。
思ったし、どうにかして食べようと、画策したことがあるんだよ。
ムリを言って治癒術をかけて貰いながら食べてみたけど、マヒ毒のせいで舌が痺れて、味わうどころじゃなかったんだよ。
だからやるだけ損だし、機会があってもマネしちゃダメだよ。
ヘタな治癒術師だと、回復が追いつかなくて死んじゃうからね。
しかし火さえ通せば何の問題もない。
赤に近い濃厚な黄身と、プルプルの白身が混ざって、ピンク色のオムレツができると、ちょっとテンション上がるよ。
可愛げのない鶏冠蛇から、こんなcawaiiが誕生するなんて! と感動まで覚える。
しかも美味しいし滋養にもいいし、言うことなしなのだ。
まぁ、ただ、とっても魔物らしいエピソードなのだが……産卵から孵化までが、とても早い。
エグいくらいに早すぎる。
卵を見付けて「ヤッター!」と喜んで、次の日の朝にでも食べようと、常温保存をしていたら、孵化してしまう位に早い。
獲れたて新鮮の状態で、その日のうちに調理しようとしても、場合によっては孵化してしまう。
親鶏冠蛇が巣から離れるタイミングじゃないと、卵が獲れなきのがいけない。
親鶏冠蛇が巣から離れるのが結局、孵化する直前ってことなのだろう。
今でこそ周知の事実だが、昔はそうではなかった。
一体、何人の人が犠牲になったのだろうね。
因みに俺は、孵化したての鶏冠蛇の、オスに五回、メスには三回噛まれてる。
あと二回はチャレンジしてもいいかなって思っているよ!
産まれたてだと、トリ部分の形は全然再現できていないクセに、ヘビ部分が毒をシッカリ持っているんだもの。
ビックリだよね。
噛まれても、死にはしないけど……
処置をせずに放っておいたら、多分、ヤバいかな。
そうなるまで放置したことがないから、分かんない。
よい子はマネしちゃ、絶対ダメです。
ごくごくまれに巣に残っている、無精卵の卵を運良く食べれた偉人さんが、「う、うまい! テーレッテレー!」といたく感動し、「オスがいなきゃ孵化しようがないんだし、メスだけ家畜化させたら美味しいもん食べ放題やん!?」とあの手この手で、人間社会に加えようと奮闘してくれた。
そのおかげで、今の妖鶏が誕生したのだ。
ありがたい話である(合掌)




