episode.形見鷲
保護対象となる魔物を、国が制定するようになったのは、何年前だったか。
単核粘凝が廃棄物の処理に便利だからと増やそうという動きになったのは、随分と昔のことだ。
だがそれ以外の魔物を保護しようと働きかけるようになったのは、比較的最近である。
なにせ魔物は基本的に、交尾をしてから誕生するまでのサイクルが早い。
いくら倒しても数が減らず、むしろ困っていた時代の方が長い。
つまり人類の数が大幅に上昇し、食糧や日々の生活を潤すための手段として、魔物がその対象となって以降。
乱獲が始まり、しばらく経ってからの話ということだ。
だがしかし、単核粘凝と同様、随分昔から一部の地域で保全対象となっていた魔物がいる。
魔面鷲と一般的に呼ばれる、大型の怪鳥だ。
仮面を付けたかのように顔を覆う、黒色の硬い羽毛と、ペリカンのように下のクチバシからノドにかけて、袋状に伸縮する皮膚―― 咽喉嚢があることが特徴だ。
体長は三mをゆうに超え、翼を広げると十mにもなる。
空を飛ぶ魔物の中では、かなり大きい部類に入る。
その大きさから、ドラゴンに間違えられることもしばしばある。
しかも見た目が、黒と赤のツートンカラーだ。
悠然と青空を飛ぶ姿は非常に目立つ。
その上とても格好良い。
なのにも関わらず、意外とウッカリ者な一面があり、そのギャップもあって人気が高い。
様々なものを入れた咽喉嚢から、食事や巣作り用の品を、アチコチにバラまいて行くのだ。
その様子はまるで、ファフロツキーズ現象のようである。
魔面鷲を形見鷲と呼ぶその地域では、例え恋人や子供が攫われても、大人しくその事実を受け入れ、決して形見鷲を憎んではならないと言われている。
敵討ちなんて、もっての外だ。
様々な落し物をしてくれる魔面鷲に助けられた人や集落は、確かに多いだろう。
骨髄を好む魔面鷲は、自分が捕らえた獲物を高所から叩き落とし、飛び散った肉片には見向きもせずに、骨だけを回収する姿が、度々目撃されている。
その残り物は腐りでもしない限り、人間が食べても大丈夫だ。
もちろん、火は通さなきゃだけどね。
他にも日照りが続いていた田畑に、突然大量の水が降ってきたかと思えば、上空に魔面鷲の特徴的な姿があったとかいう話も聞く。
似たような話をよく聞くので、魔面鷲のうっかりエピソードに助けられた人間は、結構いるようだ。
しかしソレだけで、率先して守ろうとすることはない。
なにせ相手は、凶悪な魔物だ。
本来何人もの被害が出たら、いくら保護対象の魔物と言えど陳情が重なれば、場合によっては討伐対象になる。
なのにその地域では、そうはならない。
そもそも陳情が上がって来ないからだ。
なぜそんなことになるのか。
魔面鷲の、巣を見れば分かる。
魔面鷲の習性なのだが、非常に珍しいことに、何世代にも渡って同じ巣を使い続ける。
時には修復し、時には拡張しながら、何十年、何百年と同じ巣を大事に使う魔物なんて、魔面鷲以外には聞いたことがない。
リサイクルやリユースの概念が、魔物にもあるだなんて驚きである。
そんな魔面鷲だが、ある日突然、親も祖父も高祖父すら超えた、はるか昔から受け継いできた巣を、突然手放す。
理由は、分かっていない。
その地域が気にいれば、存外近くに引っ越すようだが。
その主のいなくなった巣を覗き込むと、‘’形見‘’鷲と呼ばれる理由が、よく分かる。
魔面鷲の巣に使われる巣材は、木の枝や自身の羽はもちろん、ボロボロになった布や掃除道具のハタキみたいな、人間の生活用品が使用されていることが多い。
ヒナのエサにしたのであろう、ヒトや魔物の小さな骨なんかも同様に、巣の中に転がっている。
その巨大な巣を丁寧に下ろして解体をすると、とても興味深い。
何十年、何百年と継承され続けただけあって、その時代ごとを紐解くヒントになり得るものが、数多く眠っているのだ。
世代を超えて同じ魔物を好んで食べたのだろうと思わせる程、山ほど出てきた妖兎の残された骨なんかは、組み立ててみると、何百年も前の妖兎はかなり巨大だったことや、後ろ足の骨が今よりも短く、細いことが分かる。
つまり、魔物の進化の過程が、ひとつの巣から伺えるのだ。
更に人間社会から失敬して来たのか、攫ってきた人が身に付けていたものなのか、織物や履物の類から、人類史も垣間見える。
丁寧にひとつひとつ、巣の中に遺された頭蓋骨を回収し、近くの街へと届けた。
その他の貴金属類を含めた、人の手によるものであろうものは、全て回収し、元の持ち主に返さなくてはならない。
依頼じゃなかったとしても、さすがに墓荒らしみたいに、横から無関係の人間が遺品を横からかすめ取るなんてマネはできないよ。
集会場に広げられた品々は、街に書き留められ保管されていた行方不明者の特徴と照合され、血縁者が判明した人は、その人たちのお墓に入れられる。
判らなかった場合は、共同墓地に手厚く埋葬された。
攫われた人々は、こうやっていつか、必ず返される。
遺された人々には、結構な金額になるオマケ付きで。
他の魔物に襲われたら、骨も帰って来ないし、ヘタをすれば、集落が丸ごと襲われる。
魔面鷲はその大きさもあり、大魔熊のような巨大な魔物でも、空から攻撃できる分有利なため、大抵の魔物の天敵として認知されている。
そのため魔面鷲が巣を構えた近隣地域は、魔物の食害が非常に少ない。
ある意味守護をしてくれているようなものだから、そりゃ保護をしよう、傷付けてはいけないという動きにもなるわな。
巣が回収された後は、言い伝えられた祖先の話に花を咲かせ、過去の遺物に夜通し盛り上がる。
そんなことを繰り返して来たから、この地域の人たちは、魔面鷲のことを、形見鷲。
そう呼び、保護を呼び掛けるのだ。




