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#5 影鎧、目覚める

 翠嶺城すいれいじょう/第3格納庫──


 低く唸る発令音。 金属の床を踏み鳴らす足音が、錯綜する。

 玉のようなユニットが、ハイエルフの背中に挿入される。

霊嚢れいのう魔房まぼう内固定。テイマー、操霊椅子そうれいいす着座」


 隊員たちが一斉に駆け出し、ハイエルフの魔房──操縦席に飛び込む。 点灯するスイッチ列。即座に、ハッチが閉じた。


重炭化凝縮燃剤カーボナイドリキッド、注入開始」


 機体背面に伸びたアームが、音を立ててタンクを接続する。 黒く粘る液体が流れ込み、装甲の奥へと吸い込まれていく。 本来、霊弦霧で駆動するこの機体は──今、化学の炎で無理やり目覚めさせられようとしていた。


 シート背部が展開し、ヘッドレストが操縦者の頭部を包み込む。


「重炭化凝縮燃剤注入、完了。人工霊導炉、着火準備」

「点火レイテンシ、0.6秒。人工霊圧、出力安定……いける!」


 展開したモニターに、ステータスが次々と表示される。


「霊嚢内ティム・エルフの半覚醒を確認。拒絶反応──微弱」


 「ようやく起きたんだろ、オゥガ・モデル……!  頼むぜ、ティムエルフの嬢ちゃん。  同族殺し──見せてくれよ!」


 モニターに情報が走る


《ハイエルフ起動コード認証──完了》


《機種番号:H-HE-0003 オゥガ・モデル 【影牙えいが】起動開始》


《ティムエルフ同期率:71%……機体制御 安定》


 暗い格納庫の中で、静かに目を灯す──人類製のハイエルフ。

「目標地点、工場区画。敵性ハイエルフの存在可能性あり。作戦開始」

 機体が唸りを上げる。


 ……誰が搭乗しているのかはわからない。


 けれどそれは、確実に──殺しに来ていた。


 ***


 工場区画へ向かう途中──


 霊核共鳴室コクピット

 軋む椅子と太ももに、背を預ける。微かな震動。


「──戦争よ。人間と、私たちエルフとの」

 ヘイラさんがぽつりと言う。


「もう五十年も。意味なんて、とっくになくなってるわ」


 振り返るでもなく、ただ視線の先にある風景を眺めながら。

 その口調は、まるで他人事みたいに静かで――けれど、深く染みていた。


「私たちは、捕まった同胞エルフの救出任務中。

 ……あなたを拾ったのは、偶然じゃないわ。エルサインの子が、呼んだの」


 揺れが止んだ。空気が、静かに沈む。

 到着したのか。


「遅い到着ですね、姫様」

 映像の隅、通信ウィンドウに映る黒髪の少女。

 その正面には、翡翠の機体。


 ──あの子。乗っているのか。


「ミナラ、この倉庫への侵入はどうやって?」

 ミナラ、というのか。その少女が答える。


「エルサインの子たちが排気口から。捕虜たちも中にいました。回収済みです。扉は閉められたあと、自動でロックされたようです。」


「ふうん、つまり入れないってことね」

 ヘイラさんはつぶやくと、機体を一歩踏み出させる。

「なら、開け方は一つよ。クルーザ=ナハール展開──"衝撃杭剣(ヴァルザ=ゼア)"、使うわ!」


 そう言い放つやいなや──

 ヘイラさんの機体、前腕下部のユニットが映像の向こうで反転を始める。

 装甲を割って、銀の杭が突き出された、その瞬間──

 ズドン!

 扉が爆ぜるように、吹き飛んだ。


「開いたわ」

 ヘイラさんが、ふふん、と得意げに笑う。


「………………」


 もう誰も、何も言わなかった。


 ***


 へイラさんの腕に抱えられたまま、機体の胸元から滑り降りる。

 脚がついた瞬間、足元がわずかに軋んだ。床は冷たく、重力が妙に強く感じる。


 目の前には、巨大な穴の開いた扉。

 爆風で歪んだ金属片が、いまだに燻っていた。


 倉庫の奥。薄暗い空間に、重い空気が沈んでいる。

 熱気でも湿気でもない、別の“何か”が、そこには漂っていた。


 黒髪のエルフの少女──ミナラさんが、無言で先を行く。

 僕達はその背中を追い、沈黙の中を歩く。


 やがて、たどり着く。

 巨大な、棺のような──何か。


 近づくと、それには梯子が取り付けられていた。

 ミナラさんにうながされるまま、僕達は静かにそれを登っていく。


 ……ミナラさんのお尻が、妙に近い。


 視線をそらしながら、それでも梯子を登っていった。

 登りきって──


 そこに、機械の巨人が、眠るように横たわっていた。


 仰向けに、静かに。


 見えたのは、その“顔”。


 ミディアムグレイの頭に、半透明のダークグレイの仮面。

 表情も、目も、口もない。無貌のそれ。

 けれど──


 見られている気がした。


 そのまま、呑まれる──。

 何かに、見られてる。違う、見透かされてる……?


 ……視線、無いのに。なのに。


「それ、貸して」


 舌足らずな声。割り込んできた。

 意識が、切れた。戻った。


 ミナラさんだ。手を差し出している。


 僕が持ってた巻物……それか?


 戸惑う僕に、

「ミナラでいいよ」

 と、ぽつり。視線は、逸らさない。


 ……ミナラ。


 無言で渡す。

 彼女──ミナラは、それを受け取った。


 開く。慣れてる。いや、慣れすぎてる。

 指が滑り、走る。文字を追う……違う。

 読んでない。感じ取ってる……?


「これ、見てください。姫様たちも。この──擬導紙ぎどうし


 ミナラが、ぽつりと。 巻物の端をめくる。指先、迷いがない。


 紙じゃない。

 光を透かす、半透明の素材。繊維のような、ガラスのような──。


 浮かび上がる、図。

 線。構造。文章。何かの……説明?


 それは──


 目の前にある巨人の、体の中身だった。


「ハイエルフも真似するなら、こっちも真似ってわけですか……」


 呆れたような声。

 銀色に近い髪の、女の人――セリラさんだった。


 あの巨人、ハイエルフって言うんだ。


「うちの霊導紙(レイル=ペラナ)のほうが、透明度も、質も上ですしねぇ」


 今度は深緑の髪のリュラさん。隣で、ため息まじりに言っている。


「ま、セキュリティがないのは、楽でいいわね」

 リュラさんが巻物の端を摘みながら、軽く笑った。

「これ……翻訳機の使い方だけじゃなかったの。ここの一文──」


 へイラさんの指先が、巻物の一節をなぞる。


「この機体、人間だけで動かせるみたいよ」


 そして、まるで何かを確信したように、拳をぎゅっと握りしめる。

「……やっぱり、私たち、間違ってなかった。捕虜奪還は……意味があったんだわ!」


 その目に、かすかな光が宿っていた。


 みんなが喜んでいるのは分かった。

 けれど――僕には、何の話かさっぱり理解できなかった。

 それでも、その空気だけは、妙にまぶしくて。


「……それで、僕はどうすればいいんですか?」


 気づけば、口にしていた。誰にというわけでもなく。

 なのに、返ってきた声は──


「乗ってもらうわ。これに」


 へイラさんが、さらりと。

 けれど僕の中では、その一言で、時間が止まったように感じられた。


 乗る? 僕が? これに……?


「その前に、まずは私が試してみるけれど」


 そう言って、僕の頭をぽん、と撫でる。

 優しい手のひらが、恐怖に引きつった思考を無理やり押し戻す。


 ……なのに。


「──わかってしまったわ!」


 一転。はじけるように叫ぶ。

 へイラさんの目が輝く。まるで、何かがつながったように。


「ミルネ・リヴィ! ミルネには、異世界から転生してきた異人ダークエルフとして──英雄を司る"勇者"をやって頂戴!」


 びしっ、と僕を指さすその仕草は、どこまでも真剣で、どこまでも楽しげで。

「──って、つもりだったんでしょうね、ここの人間は」


 へイラさんは肩をすくめて、笑った。

 乾いたような、けれど優しさを滲ませた笑みで。


「あらかじめ用意しておいたってわけ。『救世主様専用』って書かれた、親切設計の棺桶を。神の代行者、英雄、救世主……なんでもいいわ。そう名付ければ、誰かが勝手に戦ってくれると思ったのよ」


 僕は何も言えずに、ただ彼女の顔を見ていた。


「……これに乗って、エルフを殺す……それが“正義”ってこと?」


 吐き出した瞬間、自分の声に、震えが走った。


 へイラさんは、一拍置いてから、肩をすくめた。


「さあね。それを正義だと思うなら、そうなんじゃない?」


 あっさりと、軽く返される。けれど──


「でもね。誰かの神話の続きを生きるつもりなら、自分で意味くらい、書き換えなさい」


 視線の奥が、鋭く光った気がした。


「この子、動きますよ!」

 ミナラがはしゃぐように言う。


「灯は入ってるようね。なら……」


 ヘイラさんは、仰向けの巨人に空いた胸の穴へと身を沈めるように潜り込んでいった。


「ギャッ!」

 低く、鈍い音。

 ヘイラさんの声だ。

 ……頭、ぶつけたんだ。


 静寂。

 何も言えず、何も言わず。

 ミナラが、そっとため息をついた。


「なにやってるんですか、姫様……?」


 冷たい。けれど、どこか慣れてる口調だった。


「なんて狭さなの! 私では無理だわっ!」

 へイラさんが頭をさすりながら、声を上げる。

 口調は強気だけど、目元がほんのり潤んでいた。


「……これは、さすがに私でも無理ですね」

 比較的小柄なミナラが、後ろを振り返る。困ったように、でも少しだけ笑って。


「はい、次。ミルネくんの番ね」

 リュラさんが、にこっと笑いながら僕を指差す。



 ──えっ、僕?

 確かに「乗ってもらう」って言われたけど……でも、まさか今!?


 皆の視線が、いっせいにこちらを向く。

 ミナラが無言で一歩よけて、通路をあけてくれた。

 リュラさんはニコニコしてる。セリラさんは……なんだか楽しそうに腕を組んでる。

 そして、へイラさんは──


「頼んだわ、勇者ミルネ・リヴィ」


 どこか、誇らしげに。


 ……逃げ道、ないじゃないか。


「うわ……狭っ」

 仕方なく、僕は巨人の胸の穴に潜りこんだ。

 金属の匂いと、ほんのり残る熱気。背中に誰かの視線を感じながら、暗いコクピットの奥へ。


 やや硬めで、少し大きめの椅子に腰を下ろすと――

 不思議と、懐かしい。なんだこれ。けれど。

 ……こういうの、乗っちゃうやつなんだ、僕。


 スティックは斜めに配置され、腕の曲げ伸ばしにぴたりと追従する。

 手のひらを滑らせれば、指だけで動かせる位置にダイヤルやボタンが並んでいた。

 足元には、ほんの少しだけ届かない金属のペダル。


 でもそれらは、僕が座った瞬間──

 まるで生きているかのように、じわりと形を変え始める。


 椅子の角度が、身長に合わせて傾き、

 スティックの長さが、ちょうどよく縮まり、

 ペダルが、つま先に届くまで、静かにせり上がってきた。


 まるで、「乗るべき人間」が決まっていたかのように。

 まるで、「君を待っていた」とでも言うように。


 ……ぞくり、と背筋が粟立った。


「……いけるようね!」

 へイラさんの声が、どこか嬉しそうに響いた。

 嬉しそうで、誇らしげで――でも、少しだけ寂しそうな。


「重炭化凝縮燃剤の注入も完了。霊核ルートも安定しています。……あとは、点火するだけです」 ミナラが手元の擬導紙を確かめながら、抑えた声で告げる。


 僕の背中に、じっと刺さる視線。

 ……怖い。これ、本当に僕に?


「僕に……できるの? 魔力値が低いって、言われて……ろくに教育も受けてないし……」


 呟いた。いや、漏れた。

 誰に向けてでもなく、でも皆に届いてしまったような声で。


 すると――


「だ・い・じょう・ぶ♪」

 リュラさんが横から伸びてきて、僕の肩をぽんぽんと叩いた。


「乗れるように、作ってあるって話じゃな〜い。ミルネくんなら平気平気」


「そうでなければ、ここで拾われたりしてないわ」 セリラさんも、いつのまにか隣に立っていた。


「それに、今さら引き返すなんて、もう無理よ?」 へイラさんが、にっこり笑う。

 けれどその笑顔は――僕を押し出す、覚悟の笑みだった。


「魔力、魔力……ね」

 リュラさんが肩をくすめる。笑ってるけど、ちょっとだけ冷たい。


「空気中にある霊弦霧を同調させて操るのが霊導力で──」


 ミナラがぽつぽつと言いかけて、それを止めずに続けた。


「人間が作った特定の紋様の入った物体に、霊弦霧を通して変換して、拡張していく。その機構でやっと"魔法"って呼ばれてる。だから"魔力値"っていうのは、結局その変換効率の数値化にすぎないわ」


 そして、ちらりと僕を見る。


「でもね、それって"教育"された人間用の話だから。あなたには、あなたの"起動条件"がある」


 ──"教育"されてないから、乗れないんじゃない。

 "教育"されてないから、乗れるのよ。


 そんなことを、彼女の目が言っていた。


 そして――巻物を渡される。

 ……これ、使うの? 僕が?


 ミナラがうなずく。

「右の肘掛け。そこに挿し込んで」


 言われた通りに、手元を見る。

 椅子の右肘──そこだけ、ほんの少しだけ段差があって、巻物の幅と、ぴたり合う溝がある。


 ためらいながらも、巻物を差し込む。


 ──カチリ。


 音がした。中で何かが噛み合った。

 まるで、ロックが解除されたような。そんな手応えだった。


深翳しんえい──」


 コクピットの中から、低く、機械的な、けれどどこか人の声にも似た音が響いた。


 一瞬、時間が止まる。空気が揺れる。

 ヘイラさんが、眉をひそめる。


「……今の、聞こえた?」


「起動のための音声認識でしょうね」

 ミナラがすぐに応える。声にわずかな興奮が混じっている。


「声は、録音でしょうが……」


 リュラさんがぽつり。


深翳しんえい──」

 もう一度、声が聞こえる。


「──静寂の底、霊弦霧れいげんむの波に抱かれて眠る影よ。」

 ──え?

 困惑するより先に、僕の喉から、発される声。


 口が、勝手に動いていた。

 僕の声。なのに、僕の意識とは、わずかにずれている。


残裂ざんれつ

 再び機械の声。


「──軋むは機構、呻くは霊核、狂気に似て、ことわりにあらず」


 喉が震え、声が続く。

 思考のすき間を縫って、知らない言葉が、流れ出す。


 止まらない。

 止められない。

 止めてはいけないと、本能が告げていた。


 君たちは、異世界からの召喚者である──。


 誰かの声が、頭の奥で響いた。 記憶の中の言葉。夢で、誰かに言われたような気もする。


 理解が流れ込んでくる。

 この巨人の動かし方を。

 骨と血の奥底に、刻み込まれていたかのような感覚。

 考えるよりも早く、身体が知っている。

 手の動かし方も、視界の切り替えも、起動手順すら──。


 まるで、「誰か」になっていくような感覚。

 これは、教育じゃない。記憶じゃない。

 ――刷り込みだ。


天墜てんつい


「──堕ちしことわりを抱き、我は地を穿つ剣とならん。」



 コクピットが、応える。

 ヘッドレストが変形し僕の頭を包み込む。


 そして、音──低く、沈むような、けれど確かな──点火の鼓動。


「霊導炉、点火」


 ミナラが、息を呑んだ。

 リュラさんが、ぞっとする声で呟いた。


「……本当に、動いた……」


「動かせる……! 人間だけで……!」


 へイラさんが震えるように言った。


 それでも、僕の口は止まらない。

 ──終わらない。

 これは詠唱ではなく、起動そのもの。

 この機体の「名」を刻むための、誓約だ。


「「堕罪だざいの咆哮をくさりに換えよ楽園を焦がした審罪しんざいの使徒。滅界めっかいの鍵をこののど元に刻め。今 罪核ざいかくは開示され幽玄なる審断しんだんを今ここに刻まん……」」


 いつの間にか、機械の声の僕の声がユニゾンする。


 僕の頭を覆ったものがモニターとなって情報を表示する。


《ハイエルフ起動コード認証──完了》


《機種番号:H-HE/AZ-002オゥガリィ・モデル 【影鎧えいがい】起動開始》


《人工精霊同期率:63%……機体制御 安定》


 関節が熱を帯びる。

 胸部のスリットが、白い霊光を放つ。

 背面の重心ユニットが、音もなく浮上する。


 起動完了。


「起きた……!」


 誰かが、そう呟いた。


 半透明の無貌に、黄色い光が、静かに灯った。


 ヘッドレストから投影される視界──

 確かに“目”が、開いた。


「立たせられるの!?」


 外から、ヘイラさんの叫ぶ声が飛び込んできた。


「やってみます!」


 ハッチはまだ開いたままだ。だから、叫んで返す。

 この声が震えていないと、誰が証明してくれる?


 腕のスティックを握りしめ、足をペダルへ。

 身体が、勝手に動いていた。


 僕の返事と同時に、ヘイラさんたちが一斉に飛び降りる。

 その気になれば、彼女たちに梯子なんて必要なかったのだろう。


 ――僕に、合わせてくれたんだ。


 左右のスティックを、前に──


 ぐっ、と押し込む。


 同時に、ペダルを踏み込む。

 低く、機構が震える音。


 ……そして、


 視界が、回転する。


 ゆっくりと、けれど確かに、地面が遠ざかっていく。

 棺の床が沈み込み、鉄骨の梁が見下ろせる高さへ──


 白と、ミディアムグレイと、赤に彩られた巨人が


 ──立ち上がった。


 全身を、捩じるように振りながら──


 白亜の巨体が、ゆっくりと、起き上がる。


 ぎぎ、と低く響く音。骨のようなフレームが軋む。

 その動きに合わせて、僕の身体にも負荷がかかるような錯覚。


 膝裏の装甲が展開し、腰の装甲がスライドし、

 前腕のプレートがわずかに左右にせり出す──


 まるで、僕の“関節”が開いていく感覚。

 拡張と収縮を繰り返しながら、可動域を確保し、重心を調整している。


 ……分かる。


 重い。けれど、それでも“動ける”。

 僕の意思と、この機体は、確かにつながっている。


 モニターに、淡く浮かび上がる文字列。

 位置情報──


《アクシオン連邦・サンティアラ自治区・サンクリオ》


 ……どこだ、それ?

 頭の奥で、情報が繋がっていく。


《研究施設No.5付属工廠区画》

 その一部。今、僕がいる場所。


 翠嶺城すいれいじょう──

 確か、そう呼ばれていた。ヘイラさんとレグルス・エルナの霊核共鳴室で聞いた名前。


 あそこが、この機体の、発掘された場所。

 ここが、その「心臓部」。

 ぼんやりとした海岸線。熱帯の緑。

 地図データが、中米あたりを指していた。


 前方を見ているのに、後ろの気配が視界に入る。

 いや、視界というより……知覚?

 奇妙だ。でも、すぐに慣れる。

 こういうものだと、身体のほうが先に納得していた。

 カチリ。と首元から音。

 僕の首を、金属の輪がロックしていた。

 頚椎を守るための機能なのだろう。

 けれど、どこか首輪みたいで──。


 ……嫌じゃない。

 けれど、自由ではないって、すぐにわかる。

 これは「守る」ための拘束で、

 同時に、「逃がさない」ためのそれでもあった。

 機体が、僕の動きを学習しているのがわかる。


 僕の癖。僕のリズム。

 この身体を“覚えられていく”感覚。

 まるで、飲み込まれていくみたいに。


 僕の視界の端に、彼女たちが映った。


 ヘイラさんは腰に手を当て、何かを指示している。

 その隣では、セリラさんが静かに頷き、

 そしてミナラが興奮気味に、まくし立てるように話しかけていた。

 リュラさんは……こっちを見て、手を振ってる? 本気?


「──ですから、あの機体! 構造がおかしいんですってば!奥にもう一つありますからそのまま持ち帰りたいんです!」


 ミナラの声が、抑えきれない熱を孕んで響く。


「反発魔法と滑走魔法で制御された、摩擦を無視できる関節構造は明らかに人間由来のものです。

 でも……でも、それと連動して可動する霊導滑装甲《エルファ=ノア》の配置とスライド機構は、どう見ても私たちエルフのハイエルフと殆ど一致していて……!」


 セリラさんは黙って聞いている。


「独自進化って言えば聞こえはいいですけど、これ、もはや模倣どころじゃ……!」


「そうね。模倣というより……これ、まるで……」


 セリラさんが、少しだけ呆れたような、けれど真剣な声音で返す。

 ──先祖返り。


 機体の集音機能を通して聞こえた、セリラさんのその言葉に、背筋がざわつく。


 まるで、今の僕自身を──

 この身体を──

 見透かされたような、そんな気がした。


 けれど、怖くはなかった。

 むしろ……どこかで、納得していた。


“そうだ。これは戻ることなんだ。

 何かを継いで、何かをやり直すことなんだ。”


 わからないけれど、わかる。


 この巨人は、過去の残滓。

 けれど、僕が乗って動かすことで、過去ではなく「今」になる。


 彼女たちに、なにか言おうとした――その時だった。


 ──キィィィィンッッ……!!


 耳をつんざく警報音。

 一瞬で、空気が張り詰めた。

 モニターの奥に、かすかに影が映る。歪んだ輪郭、赤い光……。


 敵味方識別──不明。

 所属信号──未登録。

 警戒レベル──最大。


「識別コードなし。機影、接近。数……三、いや、四!」


 ミナラの声が、怒鳴り声のように響く。


「識別できていない!? あの機体、味方コードの認証すら入ってないの!?」


 ヘイラさんの叫びに、僕は、ただ息を呑むしかなかった。


 この機体は……敵も味方も、何も知らない。

 ただ、“動くために起きた”。

 それだけ。


 でも、だからこそ──


「だったら、僕が決めるしかないんだ……!」


 歯を食いしばり、スティックを握り直す。


 ヘイラさんが、鋭い声で何かを叫ぶ。


 その場にいた皆が一斉に動いた。


 セリラさんは、無言のまま指の端末を操作しながら、すでに駆け出している。

 ミナラは、巻物の束を抱えたまま、滑るように隣の格納スペースへと走っていく。

 リュラさんは──やっぱり、こっちを振り返ってウィンクしてから、跳ねるように駆けていった。


 皆、迷いのない動き。

 戦う準備が、もうできている。


 ……僕だけが、置いていかれる。


 でも──


「行くんだね……みんな、あれに」


 彼女たちが走っていく先、そこに並ぶのは4機の巨人。

 それぞれ色も形も違う、けれど同じ意思を宿す兵装体。


 ハイエルフ。


 これが、彼女たちの――本当の姿なんだ。


 異世界の空が、戦いの幕を開ける。

次回予告 影鎧、駆ける


 瓦礫の街に響く、金属の咆哮。

 初めて握る操縦桿は、恐怖と迷いを飲み込み――ただ一歩を踏み出すためにある。


 灰色の巨影、迫る銃口。

 探し当てたのは、漆黒の魔法陣が編み上げる刃――黒紋刃。


 踏み込み、叩き込む。

 焼き裂かれる胸甲、崩れ落ちる影鋼。

 だが戦いは、まだ終わらない。


 次回、


 聖弦のレクイエム 〜異世界転生したら記憶喪失のショタになって エルフのお姉ちゃんに誘拐されて心中する話〜


「影鎧、駆ける」


 異世界の空が、戦いの幕を開ける――!

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