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#2 旋回する霊弦

 轟音が轟き、城が激しく震えた。


「ほら、開いたわ! 兵員輸送箱、通して!私たちはジャンプ。登ったらすぐに――クルーザ=ナハール展開!ルァルア=ゼア、使うわよ!」


 蹴りで砕かれた城門の破片が舞い散り、そこに立っていた警備兵たちは無情にも吹き飛ばされた。

 命は、叫びも残さず奪われた。


 かつて門だったものは、すでに瓦礫の壁と化していた。

 そこへ――兵員輸送箱が、凶器のごとき勢いで突入する。

 石と鉄の残骸を砕き、叩き割り、止めを刺すように空間を貫いた。

 門跡は、もはやただの穴だ。


 その衝撃。そのざわめき。その混乱。

 余韻を裂き、戦場の空気を切り裂いて――

 真紅のハイエルフが、咆哮とともに城壁を跳び越えた。


 20メートルの城壁など、ただの段差。

 空を裂き、鉄と魔力で構成された影が頭上を駆け抜ける。


 続くは、二機のモスグリーンの騎士たち。

 重く、鋭く、滑るように連携しながら、壁を越える。


「捕虜奪還のための囮よ。生かさず殺さず、しかし全力で暴れて奴らの目を奪うがいいわ」

 真紅の姫騎士が命じる。


「「了解!」」

 騎士たちの声がこだました。


 直後、真紅の両腕裏からユニットがせり出し、前方へとスライドする。

 金属が擦れ、銃口が冷たく覗いた。


 ――“クルーザ=ナハール”。

 銃、剣、盾、穿杭、刃――

 五系統の戦術機能を統合した、エルフ技術の粋。

 そのひとつ。圧縮、臨界、開放――霊弦霧れいげんむ

 マナともエーテルとも言われる、高次粒子の奔流が一閃する。


 閃光が奔り、爆風が砦を揺らす。

 石を、鋼を、時間ごと粉砕する高密度の弾幕。


 大砲が弾け飛び、砲座の影が炎に包まれる。

 霊導式撃槍れいどうしきげきそう

 人間の言葉ではそう呼ばれる“ルァルア=ゼア”。


 エルフの言葉で〝連続する光の奔流〟を意味するその名の通り、光は怒濤となって敵陣を薙いだ。


 刹那。

 真紅の鎧の脇を砲弾がかすめる。

 火花が散り、外装の一部が焦げた。


「チィッ……」


 舌打ちと同時、左腕のクルーザを反転。

 滑翅かっしと連動し、空中で機体を半身回転――

 二発目の砲弾を紙一重で躱す。


「ええい、やるわね人間……でも当たらなければ――」


 構え直し、霊導式撃槍を撃ち込む。

 砲座へと、収束された霊弦霧の槍が炸裂。

 石造りの砦が、その一点から崩壊を始めた。



 ***


「こっちもハイエルフを出せ! 使えるやつは全部、屋外だ!」


 怒声が飛び、即座に格納庫の奥から唸るような重低音が響き渡る。

 次の瞬間、薄闇の中から――


 灰色の巨影が、ゆっくりとその輪郭を露わにした。


 人の形を模しながらも、異様に太ましく、重厚な装甲を纏ったその姿は、まさに戦場に立つ鋼の戦士。


「やっぱりいるわね。量産された猿真似が」


影鋼えいこう』――

 エルフのハイエルフ技術を、人類が血と知恵と犠牲で逆解析し、ようやく量産化に成功した“人類製ハイエルフ”――その現行主力モデルである。


 その巨体が、3機。


「敵ハイエルフ、3。迎撃せよ。全機、兵装自由――交戦開始!」


 反発魔法を駆使し、弾頭を撃ち出す魔導加速機関銃――

 人類の技術と魔導工学の結晶が、咆哮とともに火を噴いた。


 影鋼が引き金を引く。

 反発魔法によって高密度に加速された弾丸が、光の軌跡を描きながら戦場を裂く。


 高速連射。

 連なる音が地鳴りと化し、真紅とモスグリーンの三機を追い立てる。


 着地と同時、加速された銃弾の雨が彼らに襲いかかる。

 爆ぜる空気。轟く音。装甲を貫かんとする魔導弾の嵐。


  赤の影が、閃光のように宙を舞う。

 足裏と大気中の霊弦霧との反発に加え、滑翅かっしをわずかに展開し、空中で進行軌道を微調整する。


 刃のように交差する弾道を、髪の毛一本の余地で縫い抜ける。


 だが、後続のモスグリーン機のひとつが、肩を撃ち抜かれた。

 火花が走り、装甲が爆ぜる。


 巨体がバランスを崩し、壁際に叩きつけられる――が、

 即座に脚部を動かして体勢を立て直し、霊導式撃槍《ルァルア=ゼア》を構え直す。


「回避! 立ち止まらないで!真っ直ぐ撃ってくるわけじゃないんだから!」


 赤の指揮官が、味方に警告を飛ばす。

 そのまま滑空しながら、敵の照準の死角を縫うように左右へと展開。


 ――この火力では分が悪い。

 即座に判断を切り替える。近接戦へ移行。


 地を蹴る。

 駆け出す動きはまさに踊るように、機体の質量を嘲笑うかのように軽やか。


 瞬く間に影鋼との間合いを詰め、五機能一体の“クルーザ”を振るう。

 その斬撃ユニット、“クルーザ=ゼア”が閃き、魔導加速式機関銃の銃身を両断した。


「あの赤いハイエルフ……R型か?指揮官の!それにしても速い!…まさか……」


 返す刃で影鋼の装甲を裂き、姿勢制御を崩す。

 その隙に、真紅の機体の足首ユニットが変形。

 強化された蹴撃ギミックが起動し、ねじり込むように鋼の脚を叩き込む。


「おりゃあッ!」


 赤い閃光が、回転と共に鋼の巨体を打ち抜いた。

 その一撃を受けた影鋼は、まるで弾かれた鉄球のように宙を舞い、砦の石床へ叩きつけられる。


 衝撃で床が裂け、瓦礫が飛び散る。

 響き渡る轟音に、兵たちの視線が釘付けになる。


「……あれが、赤いハイエルフ……!」

「"真紅の閃光"かよ……!」


 誰かの呟きが、戦場に染み入るように流れた。


 着地と同時に再び跳躍――

 追撃の機を逃さず、頭上からのクルーザ斬撃。


 刃が装甲を裂き、内部機構を断ち割る。


「この【レグルス=エルナ】を舐めないことね」


 ――その一太刀で、影鋼は崩れ落ちた。




 ***


「セリラ、平気?」


「肩の外装だけ。動作に問題はない。援護にまわるよ、リュラ」


 モスグリーンのハイエルフ同士が、お互いをカバーし合う。

 セリラ、と呼ばれた方のモスグリーンのハイエルフが両腕のルァルア=ゼアで牽制射撃。

 リュラ、と呼ばれた方のハイエルフが突貫。


 右手のクルーザを展開。

 中央から左右にパーツが捻れるようにスライドし、第三形態――“ティラン=アルネシア”へと変形する。

 刃を回転させることで、即席の防壁を形成した。


「クルーザには!こういう使い方も!ある!」


 高速回転するそれは銃弾をはじき返す。


聖域防衛輪せいいきぼうえいりんか! 厄介だぞあれは!」


 魔導衝突を分散・打ち返す、霊弦霧流動制御装置――

 エルフの砦を守るために生まれた防衛兵装。


「なぁにが聖域防衛輪よぉ!」


 もう一体の影鋼が、火花散らしながら魔導加速式機関銃を地面に叩き捨てた。

 背中の剣を無造作に構え、唸り声をあげて襲いかかる。


 鈍重な装甲をまといながらも、その動きは驚くほど俊敏だった――

 接近するモスグリーンの機体。

 左腕のクルーザ=ナハールを振りかぶる。

 鋼鉄の鍔が激しくぶつかり合い、火花が舞う。

 両者の息詰まる攻防に、戦場の空気がさらに張り詰めた。


 裂鉄剣れってつけん

 重さで叩き切るただの実剣だが、戦闘には十分な威力である。


 しかし――


「【アーシュ=リリヴ】だって、これくらい!」


 リュラが叫ぶと同時に、足部ユニットが変形。

 鋼鉄の脚が跳ね上がり、膝裏からの回転蹴りが影鋼の顎下を撃ち抜いた。


「ぐッ……!」


 バランスを崩した影鋼が、その反動で裂鉄剣を手放す。


「こんなもの、防いでしまえばァ!!」


 影鋼が咆哮とともに、左腕を胸元へと回す。

 内蔵されていた折畳式の重装盾が展開され、クルーザの刃を強引に受け止めた。


 鋼と鋼がぶつかる音が爆ぜ、両機の間に火花が散る。


「クルーザ=ナハールを使います!」


 リュラが短く告げる。


 直後、左腕ユニットの刀身が僅かに震え、低い共鳴音を発し始めた。

 エネルギー系統が一瞬だけ点滅し、直後、霊弦霧が収束する音が空気を引き裂く。


 ズッ……という音とも震えともつかない歪みの中から――

 光の刃が発振された。


 刃の輪郭は不安定に揺れ、霊弦霧の制御限界に近い出力が、まるで空間を灼くかのように、じりじりと蒸発音を立てる。


 光の柱ではない。

“殺す”ために研ぎ澄まされた、粒子の刃。


 クルーザ=ナハール――

 その本来の姿が、今、解き放たれる。


「聖剣を使うか! ならこの旧型オゥク・モデルでは駄目だ、撤退しろッ!」


 別の影鋼が、声を荒げて叫ぶ。


 が、その警告は一歩――いや、一秒遅かった。


 リュラの刃を受け止めていた折畳盾の中心から、白い閃光が走る。


 直後、焼断音。

 盾ごと腕が落とされ、影鋼の巨体がよろめく。


 関節部から火花が迸り、切断面からは高温に蒸された霊弦霧が噴き出す。

 反応が一瞬遅れる――それが、命取りだった。


「逃がしません!」


 裂けた左肩の隙間を正確に狙い、クルーザ=ナハールの粒子刃が胸部装甲へと突き立つ。


 その瞬間、影鋼の背中から玉のようなユニットが射出された。

 同じものが、先に撃破された一機からも飛び出していた。


 だが、霊弦霧の奔流が内部機構を焼き尽くす。

 玉の正体を見届ける間もなく、影鋼は沈黙した。


「一機、撃破完了!」

 リュラが小さく息をつく。まだ気は抜けない。


「セリラ、後ろッ!」


 リュラの援護をしていたセリラの背後に、もう一機の影鋼が機関銃を再装填させながら迫っていた。

 だが、それすらも予測済みだったかのように、両腕のルァルア=ゼアが閃く。


「わかっています!」


 霊導式撃槍の粒子弾が連射され、影鋼の装甲を削っていく。

 いくら威力が低いといっても、当たり続ければ冗談にならないダメージだ。


 そのまま間合いを詰め、セリラは右腕のクルーザを展開。

 聖剣が発振され、粒子の刃が無音で輝く。


「――終わりです」


 一閃。

 光の刃が影鋼の胴体を断ち切り、内部の霊導炉が破断する。


 影鋼、爆ぜるように沈黙。

 擱座した影鋼が黒煙を上げる城内。

 何も動くものがないように思えるが――


「ふん、ひとまずここまでね」


 真紅の鎧から、少しだけ含みのある冷たい声が漏れた。


「でも、気を抜いちゃダメよ。敵はすぐ動き出すんだから。私たちの仕事はまだ終わってないわ」


 囲まれても動じず、鋭い視線で周囲を睥睨しながら、次の戦いを見据えている。


「ルァルア=ゼアを使うにも標的がこの小ささでは難しいですね……」


 足元を囲う兵士たちを見ながら、リュラがため息をつく。


「なら、あれを使います。これくらいなら、私一人で十分ですから」


 リュラが凛とした声で言い切る。


「――“クルガ=リネア”を使います。」


 宣言と共に、滑翅かっしが背中へと滑り込むように収まり、

 その代わりに肩と脛の外装がゆっくりと、しかし確実に開いていく。


 まるで生き物が身をよじるように、金属の鎧が割れ、内部の機構が露出する。

 精緻なフィンが毅然と整列し、まるで鋭利な刃のように空気を切り裂く準備を整える。


 その隙間から漏れる赤く輝く霊弦霧の光が、まるで生きた血潮のように脈打ち、機体の鼓動が増していく。


「まずい……魔音砲まおんほうが来るぞ!耳を塞いで伏せろ!」


 機体を囲っていた兵士の一人が慌てて叫ぶ。


 だが、その警告は遅すぎた。


 轟音と共に空気が震え、刹那、深く低い音波が辺り一帯を圧倒する。


 機体の霊弦霧フィンが振動し、赤い光が一層激しく瞬き始めた。


「これが……クルガ=リネアの本領ね」


 リュラの声は静かだが、戦場を切り裂く鋭さを帯びていた。


 キィィイン……と鋭く響いた音が空間を裂くや否や、

 爆発的な高周波の波動が辺りを揺るがせ、兵士たちの耳膜を容赦なく貫いた。


 音ではない、“殺意”そのものが、空間を断ち切った。


 その轟音はまるで鋭利な刃となり、空気そのものを断ち切り、

 残響が戦場に長くこだました。


 赤く輝く霊弦霧のフィンが、心臓の鼓動のように震えながら共鳴の光を放ち、

 異様なまでの存在感を放っている。


 高周波の爆発は鼓膜を貫いただけではない。

 繊細なガラスが砕け散り、古びた城壁も無数の亀裂を走らせ、

 まるでその威力を物語っているかのようだった。


 轟音の震動に呼応して、赤く輝く霊弦霧フィンがさらに激しく煌めき、

 まるで機体自体が生きているかのように鼓動を刻み続ける。


 クルガ=リネア。

 エルフの言葉で“旋回する霊弦の舞踏”を意味するその音波兵器は、まさしく人の言う魔音砲――否、それ以上の威威をもって、戦場を震わせた。


 砕けた城壁に、沈黙。

 音の名残が空に漂い、ただ赤き光の脈動だけが、機体の鼓動と共に、なおも生を主張していた。


 そして戦場は、再び、静寂へと沈んでいく――。




次回予告 邂逅の城塞


召喚、戦闘、そして出会い。

気づけば僕は――異世界の真ん中にいた。


敵も、味方も、まだよくわからない。

でも、確かに“目が合った”あの瞬間、僕の心は、何かを知ってしまったんだ。


次回


聖弦のレクイエム 〜異世界転生したら記憶喪失のショタになって エルフのお姉ちゃんに誘拐されて心中する話〜


「邂逅の城塞」


知らない世界、知らない力。それでも僕は、生きている。

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