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第5話 暴走魔力と最後の賭け

「…これは、今までで一番美味いかもしれん」


 ボルカン直伝の調理法でアクを抜いた「涙ダケのクリームスープ」。それを一口飲んだゼノ様が、ポツリとそう呟いた。その言葉に、俺は天にも昇る気持ちだった。

 それからのゼノ様は、まさに絶好調だった。滞っていた政務はみるみる片付き、臣下への態度も軟化。城の雰囲気は、俺が来た頃とは比べ物にならないほど明るくなった。


 すべてが順調、のはずだった。

 だが、俺は日に日に強くなる不安を拭えずにいた。


「(最近のゼノ様、輝きすぎじゃないか…?物理的に)」


 そうなのだ。玉座に座るゼノ様の体から漏れ出す魔力の光が、明らかに強くなっている。以前は蛍の光のようだったのが、今ではサーチライト級だ。夜など、部屋の明かりがなくても書類が読めそうな勢いである。

 元気なのはいい。だが、これは例えるなら、スマホのバッテリーが100%を超えて、なおも充電され続けているような状態なのではないか?そんなことをすれば、普通は――。


 そして、俺の嫌な予感は、最悪の形で的中する。

 その日の昼食は、俺が腕によりをかけた栄養満点のフルコースだった。メインは、魔界の猪「鎧ボア」のヒレ肉を使ったカツレツだ。サクサクの衣に、特製のデミグラスソース。今のゼノ様なら、これくらいしっかりしたものでも大丈夫だと思ったのだ。


「うむ。これも見事なものだ、健太」


 カツレツを綺麗に平らげ、満足げに息をついたゼノ様。

 その瞬間だった。


 バチッ!と、空気が弾けるような音がした。

 次の瞬間、ゼノ様の体が、もはや光としか言いようのない、まばゆい輝きに包まれた!


「ぐっ…あ…ッ!か、らだが…熱い…!」


 凄まじい魔力の嵐が謁見の間を吹き荒れる。カーテンは引きちぎれ、食器は粉々に砕け散る。ゼノ様は胸を押さえて苦しみだし、玉座からずるりと崩れ落ちた。


「魔王様!」「何事だ!?」

 城中が大パニックに陥る。そこへ、地響きを立ててボルカンが駆け込んできた。

「この凄まじい魔力は…!魔王様!」

 床に倒れ、荒れ狂う光の中で苦しむゼノ様の姿を認め、ボルカンは絶叫した。

「『魔力酔い』だ!急激な栄養摂取によって、お身体の魔力循環が限界を超えてしまったのだ!」


 その言葉と共に、ボルカンの血走った目が、俺を捉えた。

「貴様のせいだ、人間ッ!!」

 ビリビリと空気を震わす怒声。彼は、怒りと絶望の形相で俺を指さした。

「貴様の作る、あの栄養過多な料理が!魔王様のお身体の均衡を狂わせたのだ!こやつを捕らえよ!魔王様を毒した罪、その命で償わせてくれる!」


「え、えぇぇぇ!?」

 魔女裁判ならぬ、料理人裁判、開幕!?

 衛兵たちが、一斉に槍先を俺に向ける。待ってくれ、俺はただ、ゼノ様に元気になってほしかっただけで…。


「(嘘だろ、俺の異世界ライフ、ここでバッドエンド確定!?)」

 パニックに陥った俺が、衛兵に腕をがっしと掴まれた、その時だった。


「…やめろ…」


 光の中心で身をよじるゼノ様が、振り絞るような声で言った。


「…健太は…悪くない…。彼を…手にかけることは…我、が…許さぬ…!」


 その声が、絶望で凍り付いていた俺の心を、激しく揺さぶった。

 そうだ。俺は何を呆然としている。この人が、俺を庇ってくれている。俺が作った料理を「美味い」と言ってくれた、たった一人の人が、今、俺のせいで苦しんでいるんだ。


(俺が、なんとかしなきゃ!)


 俺は料理人だ!だったら、料理でこの状況を打開する!

 思考を高速回転させる。魔力酔い…力の暴走…。母さんの薬膳ノートに書いてあった!『滋養あるものも、摂りすぎは毒となる。巡りを良くし、過剰な力を穏やかに排出させる食材を…』


 巡りを良くする…?

 脳裏に、ボルカンが普段、苦虫を百匹噛み潰したような顔で飲んでいた、あの真っ黒な薬草茶が閃いた。


「(そうだ、あれだ!ボルカンさんが『魔力の流れが淀んだ時に飲む』って言ってた、あの『鬼哭草』!あれなら、ゼノ様の荒れた魔力を鎮められるかもしれない!)」


「ボルカンさん!」

 俺は衛兵を振りほどき、叫んだ。

「お願いします!あなたが秘蔵しているあの薬草、『鬼哭草』を使わせてください!」

「なっ…!?」ボルカンが目を剥く。「あれは劇薬だぞ!素人が扱える代物ではない!」

「でも、他に方法がないんです!あれで魔王様の荒れた魔力を鎮めるんです!お願いします!」


 俺の必死の眼差しに、鬼のようだったボルカンがぐっと言葉に詰まる。彼の視線が、苦しむゼノ様と俺の間を行き来する。

 しばしの葛藤の後、彼は地を這うような声で唸った。

「……チッ、好きにしろ!だが、もしこれで魔王様に万が一のことがあれば、貴様の命で償ってもらうぞ!」


 それは、最高の脅し文句であり、最大の許可だった。

 俺は厨房へと駆け込み、最後の賭けに取り掛かった。棚の奥から取り出した鬼哭草は、嗅いだだけで気を失いそうなほどの苦い匂いを放っている。これを、どうやってゼノ様に飲ませるか。


「(そうだ、お粥だ…!)」


 米の持つ優しい甘みととろみで、この劇薬を包み込むんだ。弱った体に、優しく、素早く届けるために。

 時間との戦いが始まった。焦げ付かないよう、付きっきりで木べらを動かす。俺の尋常ではない気迫に、他の料理人たちは息をのんで見守っている。


 やがて、鬼哭草の禍々しい黒を、米の白が優しく受け止めた「魔力調整の薬膳粥」が完成した。

 熱い椀を手に謁見の間へ戻ると、ゼノ様の魔力の嵐はさらに激しさを増していた。

「道を開けてください!」

 俺は、肌を焼く魔力の奔流の中へ、ためらわずに飛び込んだ。


「ゼノ様!しっかりしてください!」

 意識が朦朧としているゼノ様の唇に、そっとスプーンを運ぶ。

 一口、また一口と、薬膳粥が彼の口の中へと消えていく。


 すると、信じられないことが起こった。

 荒れ狂う光の嵐が、まるで大雨の後の晴れ間のように、すぅっと穏やかになっていく。ゼノ様の体から発せられていた灼熱の気が引き、その表情から苦悶が消え、やがて…安らかな寝息が聞こえ始めたのだ。


「…おさまった…」


 誰かが呟いた。

 俺は、その場にへたり込んだ。全身の力が、抜けていく。


 静寂を取り戻した謁見の間で、ボルカンは、穏やかな寝顔のゼノ様と、床に座り込む俺を、ただ言葉もなく見つめていた。

 彼の頑ななプライドと、俺への不信感。その両方に、修復不可能なほどの大きな亀裂が入った瞬間だった。


 この日を境に、ゼノ様と俺の絆は、誰にも壊せない絶対的なものとなった。

 そして同時に、俺とボルカン。二人の料理人の間には、以前とは質の違う、より複雑で決定的な溝が生まれることになったのである。

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