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第15話 塩結晶の果実飴と見下したような拍手

「本当にやる気ですか、健太!」「正気か、小僧!」「健太殿の考え、興味深いな…」

 俺の背後で、魔王様、将軍、人間王が三者三様の反応を見せている。そして、巫女様のリラさんに至っては「ああ、女神様…どうか、この蛮行をお許しください…」と、天を仰いで祈りを捧げていた。


 カオス。まさにカオスだ。

 だが、もう後には引けない。俺は、この巨大な石の塊――ゴーレムさんと、料理で対話すると決めたのだ。


「(見てろよ、カイ…。あんたの言う『論理的』なやり方じゃ、思いつきもしない方法で、この試練を乗り越えてやる!)」


 俺は、内心でライバルへの対抗心を燃やしながら、調理を開始した。

 まず、旅の道中でリラ様に教えてもらい、採取しておいた甘酸っぱい香りのする赤い果実「陽だまりベリー」を取り出す。そして、小さな鍋を手に、おもむろに「ため息の塩湖」の湖畔へと向かった。


「健太殿、何を?湖の水でスープでも作るのか?」

 ガルバス将軍が、不思議そうに尋ねる。

「まあ、似たようなものです」

 俺は鍋に湖の水を汲み、携帯コンロで火にかける。そして、湖畔に転がっている塩の結晶を、次々と鍋に投入していった。水が沸騰し、塩が溶けていく。さらに塩を加え、もうこれ以上溶けないというくらい、飽和状態の濃い塩水を作り上げた。


 リラ様が、怪訝な顔で尋ねる。

「…健太。それは、ただの塩水です。それで、一体何を?」

「見ていてください」


 俺は火を止め、塩水が少し冷めるのを待つ。そして、用意しておいた「陽だまりベリー」を、一本一本、その濃い塩水にそっと浸し、ゆっくりと引き上げた。

 すると、どうだろう。

 ベリーの表面に、瞬く間にキラキラと輝く、虹色の塩の結晶がドレスのようにまとわりついていくではないか!


「これは…!」

「綺麗…」

 ゼノ様とアラン王が、思わず息をのむ。


 俺は、ニヤリと笑った。

「このゴーレムさんは、塩でできている。その体を砕くような真似は、失礼にあたる。だから、敬意を払うんです。その体の一部である塩で、最高のオシャレをさせてあげる。これが、俺なりの『挨拶』です」


 俺は、巨大な葉っぱを皿代わりに、完成した宝石のような「塩結晶の果実飴」を、眠るゴーレムの足元にそっと置いた。

「さあ、どうぞ。俺からの、贈り物です」


 シーン、と、塩湖に静寂が戻る。

 数秒が、永遠のように感じられた。リラ様が「やはり、無駄でしたね…」と呟きかけた、その時だった。


 ゴゴゴゴゴゴ……。


 地響きと共に、ゴーレムがゆっくりと動き始めたのだ。その石の眼が、青白い光を灯して、俺たちを、いや、足元の果実飴を見下ろしている。

「来たぞ!構えろ!」

 ガルバス将軍が、戦斧を握りしめる。


 しかし、ゴーレムの巨大な石の腕は、俺たちを薙ぎ払うために振り上げられたのではなかった。驚くほど繊細な動きで、巨大な指先が、キラキラと輝く一粒の果実飴をつまみ上げたのだ。

 そして、口があるであろう部分へと運び、ごくり、と飲み込む。


 その瞬間。

 ゴーレムの全身から、虹色の光が、ぱあっと溢れ出した!

 ゴゴゴ…という地響きは、どこか満足げな、ため息のようにも聞こえる。

 やがて、ゴーレムは自らの胸に手を当てた。すると、その中心部から、一際大きく、美しく輝く「虹色の岩塩」の塊が、ゆっくりと分離し、ことり、と俺たちの足元に転がってきたのだ。


 役目を終えたゴーレムは、満足げに一つ頷くと、再び静かな眠りについた。


「…やった!」

 俺が歓声を上げた、その時だった。


 パチ、パチ、パチ…。


 場違いな、どこか 見下したような拍手が、背後から聞こえてきた。

 そこに立っていたのは、寸分の乱れもない仕立ての良い服に身を包んだ、銀髪の青年。その涼しげな瞳は、俺の料理を、まるで実験動物の行動を観察する科学者のように見つめていた。


 間違いない。こいつが、カイ…!


「なるほど。それが君の答えか」

 カイは、優雅な仕草で俺に近づいてくる。

「飽和水溶液からの再結晶化。初歩的な化学理論の応用だね。甘味と塩味という単純な味覚の対比で、原始的な快感を誘発するとは。面白いアプローチだ。だが、あまりに場当たり的で、再現性に乏しい」


 彼は、俺の成し遂げたことを「原始的」で「非効率」なショートカットだと一蹴した。

 俺は、カッとなって言い返す。

「料理は、科学実験じゃない!相手の気持ちを考える、コミュニケーションだ!」


 すると、カイは、初めて心から面白そうに、フッと笑った。

「コミュニケーション、か。それも結構だが、僕は完璧を求める。このゴーレムは、たまたま君の『おままごと』に付き合ってくれただけだ」


 彼は、踵を返して歩き出す。

「次は、『気まぐれ妖精の森』で会おう。そこの住人たちは、君の言う『コミュニケーション』とやらが、いかに無力か教えてくれるはずだ。せいぜい、頑張りたまえよ。――二番手くん」


 その言葉は、チクリと、だが確実に、俺のプライドを抉った。

 手に入れた「虹色の岩塩」の輝きも、少しだけ色褪せて見える。俺は、姿を消したカイがいた場所を、ただ唇を噛みしめて見つめることしかできなかった。

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