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8.監査業務は気が抜けない

労働って辛いね!

次回から毎週金曜日を目処に1話ずつ更新していく予定です。

突然修正することがあります。

 監査業務は朝礼の鐘が鳴り終えるのと同時に始まる。対象は王族や宝物庫、王領、宮廷に置かれた各部署の月次管理帳簿、それを一つの帳簿に纏めている大帳簿、処理された会計書類、付随する契約書や議事録、書簡等々多岐にわたる。

 監査官は昨年度末から今月までに付けられたそれ等の書類をひと月半掛けて全て確認していく。

 大帳簿への集計に誤りはないか、管理帳簿に漏れはないか、不自然な会計はないか、数字に、規則に、間違いはないか。

 それをイルゼカイン以下二十二名全員で確認し、王と各大臣、各部署に報告して裁定するのだ。

 草原の民出身である侍女達は王国語とは異なる言語を母語としていたが、イルゼカインの配下となった時から教育を受けている。そして毎年侍女として同行させるのは侍女達の中でも選りすぐりの娘達だった。

 彼女達には官吏と同程度の能力があり、読み書きに不自由はない。護衛である男達も同じだった。

 広い舞踏室に並べられた机に積み上げられている羊皮紙や紙の束を前にして、彼女達は無言で片っ端から検算していく。室内に響く激しい雨垂れのような音は侍女達が弾く算盤から出ていた。

 護衛達もまた同じく机に向かって検算することもあれば、次から次へと書類を運び込んでいたり、新たに必要となった書類の貸し出し依頼をしに向かったりと忙しなかった。

 王宮の官吏達はいつ監査官からの使いがやって来るのかと怯え、追加の提出を求める手紙を携えた彼等が現れると今にも死にそうな顔で用意するのだ。

 イルゼカインとゲアハルトは彼等から上がってきた検算と帳簿を付き合わせて確認するのが主だった。

 一週間、二週間と続けていけば、王宮の一年間がどのようなものであったのかが朧気ながら見えてくる。大抵は似たような輪郭だが、今年度は少しおかしかった。



 イルゼカインが明確に違和感を覚えたのは監査が始まって三週間以上が経った時だった。

 月毎に纏められている大帳簿は、検算を行うために並んだ机の島々からは少し離れたところにある長卓の上に時系列順で置かれている。それぞれの大帳簿の傍には彼女やゲアハルトの注釈や要確認の有無を書き留めた手控えが散らばっていた。管理帳簿の計算を纏めた紙や気になった請求書、納品書もその中に含まれていた。

 並べられた大帳簿の、春から初夏頃に掛けての数冊の前でイルゼカインは顎に片手を当てて頭を少し傾けた。人間が困惑を示す時にする姿勢を取れば、言語化のできない不明瞭な感覚を口にせずとも感じ取ってくれる他者が手助けしてくれると彼女は学習していた。

 やはり当然のように、その隣で侍女に頼まれて王領代官の悪筆を解読していたゲアハルトが気付いた。

「イルゼカイン? 何かあったか?」

「何か、というほどでもないんだが……この頃から少し違和感がある」

「違和感?」

 ゲアハルトは解読していた書簡をひとまず侍女に返し、星斑に焔が遊ぶ目を並ぶ大帳簿へと向けた。検算の走り書きなどを簡単に確認する。数字の乖離は特に見られないし、不正をしているようなところは一見して無かった。

「俺には、特に問題ないように見えるが?」

「うん。だから困ってる」

「もう少し詳しく言ってくれ。具体的には何に引っ掛かってるんだ?」

 副官に重ねて問われる。イルゼカインは金色の瞳を虚空に彷徨わせて思考した後、手袋に包まれた指先を昨年五月の大帳簿の、ある箇所を示した。

「二つあるんだが、まずはここだな」

「…………寄付金?」

「私に覚えがないだけかも知れないが、余程のことがなければこの金額はそうそう大きく変動しない。しかし新しい寄付先といった要因が見当たらないのにも関わらず、この月のみ他の月の金額より五割近く多い」

 確かに示された金額はどの月よりも高かった。ゲアハルトは大帳簿の傍にある寄付先の一覧を確認するが当て嵌まるような点はない。一覧にある孤児院や神殿、教会、修道院などの名前は殆ど変わっていない。

 別の一覧にあるのは王立学園、個人で魔法や結界の術式を開発している個人の魔術師、劇団や歌劇場、芸術家、等々。こちらも変わりはない。

「言われてみれば確かにそうだが、問題自体はないんだろう? 現にお前が気にするまで誰も気に留めなかったわけだし。無事に大帳簿へ記入されてもいるし」

 個々の金額の確認をしながらもゲアハルトは彼女を支持しかねていた。副官の指摘は尤もであり、だからこそイルゼカインは言語化できない違和感を抱いていた。

 うんうんと唸るイルゼカインは「やはり当事者に聞くしかないか」と呟く。副官は寄付者の欄を確認していく。

 一番金額が多いのは勿論王族名義ではあるが、どの月も同じ金額を寄付している。大臣や官吏の名前があるページに移る。やはり殆どは毎月同じ金額だった。

 しかし、大きく金額が変化している人間が一人だけいた。

 "【王立学園】寄付者:儀礼厩舎長ノアベル・アレルクス・ロマスク・オートピア"

「…………おい、イルゼカイン。お前は今、コイツに話を聞くって言ったのか?」

 美しい顔に激しい嫌悪の皺が寄って凶相となったゲアハルトが唸り混じりに問い掛けた。

 王立学園への寄付は学園長や学科長という個人宛で行われ、それぞれで管理している予算にそのまま上乗せされる。

 ロマスク公爵の寄付先は「王立学園特別養護教諭キサラギ・サクラ」とあった。

「正確には二人だ。誰か、儀礼厩舎長と学園に要請状を出すから返事を聞いてきてくれ」

「本気で言ってんのか? なあ、おい」

「嫌なら同席しなくていいよ、ゲアハルト。お前がいたら便利だが、嫌なら別に構わない」

 侍女の一人から家紋入りの便箋を受け取ったイルゼカインは、魔法で宙に浮かせたペンを走らせ始める。傍らの副官は不機嫌さを滲ませて彼女に言った。

「お前本人が会う必要はないだろ。俺が尋問すればいい」

「何が気に入らない?」

「ゴミ共のためにお前の時間が消費されることが気に入らない」

 男の言葉にイルゼカインは瞑目する。やり取りの間に文章を綴り終えたペンは机の筆壺へと戻った。

 二枚の便箋はそれぞれ折り畳まれ、二人の騎士がそれぞれ持っていた封筒に自ずから入る。溶けた赤蝋と印章もまた宙に浮かび、監査官からの要請状であることを示す封蝋が押された。

 騎士達は上司の片割れに睨まれながらもそそくさと出て行く。「ゲアハルト」と無感情な声に呼ばれた男は眉間の皺を和らげることなく応答した。

「なんだ」

「私は何も覚えていないし何も感じない」

 揺らぎさえない黄金の瞳を苦々しげに見返すゲアハルトは、「それをカス共に"赦し"と勘違いされそうだから嫌なんだ」と吐き捨てるのが精々だった。

「面白い」と思ったらコメント欄で好きなハヤカワSF文庫を教えてください。ワイは「虐殺器官」(伊藤計劃 著)です。

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