15.管轄内だけどやりたくない
一難去ってまた一難ぶっちゃけありえない(´;ω;`)
夜が明けて、ゲアハルトから護衛と侍女に業務の追加を告げた。案の定、侍女達の恨みがましい視線が彼に向けられる。文句が噴出しないだけマシだと考えて彼は仕事内容を伝える。
「学園から持ってきた資料を片っ端から調べて、シーナ・ヨーギという女と、その女に関連する人間、魔法による見目の偽装を行っている者を洗い出せ。それと王太子の金回りの詳細を改めて報告しろ。徹底的に浚え。以上だ」
返事もなく、淡々と部下たちは動き始めた。悪いのはここにいる監査官や副官ではないことを、全員が理解しているからだ。
イルゼカインは侍女達や護衛達に手当の割り増しを約束して、ゲアハルトと共に内務大臣との面会に向かった。
この面会は激務で疲れ果てている内務大臣に壊滅的な混乱を齎した。
悲鳴を上げることしかできない大臣にイルゼカインはただただ「事実」と「疑惑」という致命の一撃を入れ続け、結果的に内務大臣の名で憲兵による調査を行うことになった。
ほぼ死にかけの老人に対して淡々と「お悔やみを申し上げる」と宣う監査官は死神のようだったと、その場にいた補佐官や従者は後になって同僚に漏らした。
学園内の捜査と警備の見直しについては内務大臣が責任を持ってやってくれるということなので、イルゼカインはひとまず学園のことを忘れることにする。これ以上考えても仕方がなかった。
昼食を挟み、やって来た憲兵隊長に現状を説明し、青い顔の彼を見送ったところで王太子の歳費について報告書が提出された。
それを一読した監査官の薄い唇からは、重苦しい溜息がずるずると出て行った。
「王太子を処断しなければならない事態になるとは思わなかった……」
「『買ってるモンの元を辿ったら全てヨーギ商会が売ってるモンでした』なんて、どれだけ使う店が偏らないようにしても意味ないよな」
同じ内容の報告書を読んでいるゲアハルトも同じくうんざりとしたように息を吐く。
安全管理と平等の理念により、王族は特定の店や商会を繰り返し利用することは避ける慣習がある。
食料品や被服、宝飾品とったものは王族御用達の店から購入し、それ以外のものは貴族家から献上されたそれぞれの特産品を使ったり、侍従や補佐官などが協議して代理購入したりするのだ。
商人や商会を王族が継続的に利用しようとする場合、店側の経営規模によってはそれだけで利益と危険が許容範囲を超えてしまうことがある。実際にそうした事案が起きたためにこの慣習が生まれた。
その当時、王族の一人が「売り子の娘が親切で感じも良いし、売られている花も綺麗なものだから」と軽い気持ちで繰り返し小さな花屋を使い続けていた。
すると同業者から脅迫を受けたり、王族への取り次ぎを強要する者が現れたりし始めた。そうして、最後には店に火を付けられ、花屋を営んでいた一家は焼死した。
以来、彼等の死を重く受け止めた王家は厳しい審査基準を設けて「王族御用達」を下賜した店を常用するようになった。
しかし「そういう慣習がある」「王族御用達の店がある」というだけで、王族本人が希望すれば「お忍び」として別の店を訪れ、買い物を楽しむことができた。
「お忍び」と言っても、前々日までに侍従へと希望を出し、店側に打診し、安全確認完了後、当日は貸切状態にしてやっと一、二時間程度の買い物をするというものだった。
王太子であるアレルクスは城下をシーナ・ヨーギと頻繁に出歩いていた。そして「お忍び」として、小規模な商店での買い物を他の新でした。
報告書に添付されている一覧は使用された店の名前が並んでいる。同じ店名は一つと無かった。
「侍従が気付かないっていうのも間抜けな話だな」
ゲアハルトが呆れて渇いた笑いを漏らす。イルゼカインは副官に「仕方がないよ」と報告書にある補足事項を示した。
「使われたのは全て第二種型店だ。依頼品を販売するのは一定期間だけ、その場にいる従業員や店主も場所の提供と代理販売を請け負うだけ。大急ぎで調べて安全性を確保するのが精一杯だよ」
王太子がお忍びで城下の散策を楽しんだ際に購入したものは、元を辿れば全てがヨーギ商会が仕入れ、販売したものだった。
シーナ・ヨーギを引き取った男爵が会頭を務める本店での買い物は勿論している。しかしその後は全て第二種型店と呼ばれる店だ。
第二種型店というのは店の陳列棚を貸し出し、販売も代わりに行う業態の店で、手数料などを売上から差し引いた分が依頼した側の取り分となる。
店舗を持っていない商人や、場所を確保できない商会が主な利用者だった。
「ここまで来ると場所貸ししている店も調べたほうがいいんじゃないか?」
副官の進言に、イルゼカインは力なく頷く。王太子の使った金が一つの商会へと流れているのは事実だし、他にも同じような流出経路があってもおかしくない。
だが、その全てを調べようとしたら監査のために用意した人員だけでは絶対に足りないと分かり切っている。
この時点で、監査が終わるまであと三週間も無い。彼女は業務の終わりが限りなく遠いところへ走り去ってしまったような気分だった。
「リリーベルは、怒るかな?」
ぽつりと、イルゼカインは呟いた。彼女が王家の申し込みを断らなかったために、王太子の婚約者となった義理の娘を案じる独り言だった。
ゲアハルトが頬を掻きながら、その呟きに答えた。
「怒らねぇだろ、別に。お前のやること全部に賛成するさ」
「うーん……でもアレは王太子の教材になることを自分の役割だと思っているから、私が王太子を処分してしまうのは悪い気がしてきた」
「空が墜ちてくる類の心配だな。ご大層なことを言ってる甘ったれ娘はお前に褒めて欲しいだけだよ」
副官がそう言えば、イルゼカインは「そうかな? そうなのか」と一旦納得する。
「今更だけどよ、そんなに心配するなら婚約解消を命じればいいだろ。他にも貴族娘はいるんだろ?」
「王家からの申し込みだったからね。その時点で高位貴族達は子女の婚約をある程度纏めてしまったし、他国から貰うにしても古いだけの王国は魅力が無いし」
尋ねられたことに彼女がそう答えると、ゲアハルトは美しい顔に苦笑を浮かべた。
そもそも、シーナ・ヨーギは何故こんなことをしているのか。自分を引き取った父とその家、商会のためにしているのか。法を犯す行いであることなど分かりきっているはずなのに。それほどまでに父親を愛しているのか。
王太子は彼女を寵愛しているが、何も知らないまま、彼女の家の利益になる行動を取っているのか。全く何も気付かないまま、なんてことがあり得るのか。それとも二人は結託していて目的は別にあるのか。側近達も同様なのか。
男爵令嬢を犯人と断定しているイルゼカインはその動機と行動、加えて王太子達について思考を巡らせる。だがやはり分からないので腕を組んだままの姿勢で静止していた。
「どうでもいいこと考えてないで、さっさとその山を片付けてくれよ」
隣で回覧用の監査報告書の草稿を書いているゲアハルトが書面から顔を上げることなく彼女に言う。王太子の交際費を再度調べ始めて三日目。監査官の広い机には報告書が山のように積まれていた。
結局、人手不足については内務大臣に追加の注文を出して解決した。大臣を通して憲兵隊に協力を要請し、今はイルゼカインの連れてきた護衛達と合同で王太子の使った第二種型店を調査している。
今、イルゼカインの目の前に積み上げられた書類は購入品についての詳細を纏めたもので、次は価格と推定原価について纏めたものが届けられる予定である。
「………………よくここまで調べられたな」
「時間が無いから憲兵どもに別件の詐欺を力業で強制捜査に持ち込ませた。次が来る前に片付けてくれ」
「報告書が間に合わないかもしれない」
「間に合う間に合う」
「間に合わなかったら尋問すればいいと思うんだ」
「親父に怒られてもいいならそうしろよ」
先代である父親のことを持ち出されるとイルゼカインは姿勢が少し悪くなる。彼女は父親であるはずのカインシルトが苦手だった。
監査官を引き継ぐにあたって、きちんとした手続きを取らなければいけないと繰り返し教えられた。十八年前に壊れてからイルゼカインは出来が悪くなったらしく、指導の中で娘が計算や書字を誤ると静かに正して、それから押し黙って複雑な顔をしていた。
父親がどんな感情でそういう表情を浮かべているのか、未だに理解できなくて居た堪れない気分になった。
「おとうさんにおこられるのはいやだなぁ」と思うイルゼカインは無表情ながらに顔を引き締めて一枚目を手に取る。読み進め、二枚目にを手に取る。読み進め、三枚目に。その動作を繰り返す。
ひと山片付けるのに午前中いっぱい掛かった。
昼時を告げる鐘が鳴り、侍女達が昼食を用意した。イルゼカインとゲアハルトは各々の机で処理を続けながらの食事となった。
「ゲアハルト、草書はどれくらい進んだ?」
麦と根菜のポタージュをゆっくりと食べ進めるイルゼカインは隣の席にいる副官に尋ねる。彼は分厚く切って焼いたベーコンを茹で卵や酢漬けのキャベツと一緒にパンで挟んだものを食べていた。
空いている手で筆を走らせる男は書面から視線を動かすことなく、「後はお前の確認だけだ」と答えた。
「分かった。後で見るけど、先に要約を聞いておきたい」
彼女がそう言うとゲアハルトは極限まで簡略化した内容を答えた。
「『馬鹿どもの間違いがクソ過ぎるから今すぐ馘首にしろ』を劣等種語で優しく書いてやった」
「そっか。手心を加えて書き直してくれ」
今回初めて草稿を書かせてみた監査官は「来年は自分でやろう」と思った。濃厚なポタージュは匙で掬うともったりとしていて、彼女の倦怠感を現しているようだった。
「お前のほうはどうなんだよ、イルゼカイン。昼前辺りから首がぐるんぐるん回ってたぞ」
「うん? うん、まだ全部見たわけじゃないんだが、購入された物に問題があるかもしれない」
「問題ィ?」ゲアハルトが嫌そうな顔を彼女に向ける。厄介事が増えれば仕事が更に増えるのは困る。王太子と暫定シーナ・ヨーギが脳裏に浮かんだので呪詛を吐いておいた。
副官の機嫌の悪さに特に反応せず、イルゼカインは自分の抱く困惑を教えた。
「購入品は全てヨーギ商会が販売しているものだが、他国からの輸入品だ。しかもセーリュ公国から」
彼女の答えを聞いて、ゲアハルトは首を傾げる。
「セーリュ公国って、国民の大部分を徴兵してディグレンゼに攻め込んだらお前が返り討ちにして、その後は内部崩壊起こしたっていう?」
「うん。前大公家のお陰で屍兵を沢山調達できた。今はセイル大公が先代から代理統治をしているんだが、未だに手工業が再起できたという話さえ無い」
「崩壊前の工芸品とかじゃないのか?」
「その可能性は多いにあるが、そもそも何故セーリュ公国から輸入するのかが分からない。特筆すべき何かがあるわけでもないし、購入品自体も王国内でも売られているようなものだ」
監査官が口にした疑問に、副官は頭痛の予感がしていた。
「…………つまり、外交問題になるってことか?」
「もしくは、外患による攻撃だな」
それを聞いた途端に副官は獣のように唸り出す。イルゼカインは気にせずまたポタージュを掬った。
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