13.覚えがないからしかたない
前回の前書きで何書いたか覚えてないのはマズイですよ作者さん
義母が自分の回答にまた思想を深めている姿を見て、リリーベルは理由を尋ねようとした。だが刹那の内に気持ちを翻した。
それを聞いたところできっと答えてはもらえない。詳細を明かせない確認だからこそ、義母は副官と共に学園を訪れたのだろう。
食事の皿は殆ど空になり、紅茶も半分ほどになった義娘は少女らしい表情を浮かべる。昼休みは長く設定されているので、会話を楽しむ時間は十分にあった。
「お義母様、今日のお仕事はもうおしまい?」
切り替えて問い掛ければ「いいや」とイルゼカインは答えた。
「昼休みが終わったら学園長と少し話をして、その後で王城に戻る」
「大変ですね。ところで、学園に来られる時に何かあったのですか? ゼクストールがゲアハルトの機嫌を気にしていて」
リリーベルの質問に彼女は瞑目する。
「少し確認したい事項があって、特別養護教諭に面会したんだ。その時にゲアハルトが『エルフ』と呼ばれてしまった」
その瞬間鋭い舌打ちを響かせた副官は仏頂面でパンを食べ続けていた。怒りがぶり返しているらしい。
忌まわしい迫害と虐殺の歴史を持つ異種族出身の男は、次にスープのベーコンに齧りつくとあっという間に胃袋に納めてしまった。
彼の遍歴と悪行を大まかに把握している娘は何とも言えない表情になる。
「なんというか、まあ、お気の毒にね。特別養護教諭、というとあの外来種ですか? お義母様」
「大丈夫でした?」と彼女は気遣うが、イルゼカイン本人は首を傾げていた。
「なぜ?」
「なぜ、って、あの外来種は…………」
義娘は言葉を濁す。イルゼカインは少し考えて、彼女の懸念を理解した。
「大丈夫だよ。私には全て覚えのないことなんだから。ロマスク公爵もそうだが、こちらが覚えていないことをいつまでも気に病まれても困る。謝罪されたところで、私は何も覚えていないのに」
溜息交じりに義母がそう言えば、リリーベルは唖然として、それからクスクスと笑った。ゲアハルトも意地の悪い嘲りを芸術品のような相貌に浮かべる。
「本人に言っても通じてなかったよな、それ」
「やだ、それ本当? 厚かましいにも程があるでしょ」
感情の機微をいまいち掴めないイルゼカインでも、二人の漂わせる和やかな雰囲気には陰湿な感情が混じっていることは分かった。普通の人間なら嫌な顔をしたり諫言したりする。
だがそんなことさえ未だに理解していない彼女は、昨日辺りから考えていた疑問を投げ掛けてみることにした。
「ずっと考えていたんだが、どうしてロマスク公爵は未だに未婚のままなんだ? 外来種と恋仲になった、というように聞いていたんだが」
本当に不思議にそう思って彼女は副官と義娘に聞いてみたのだが、二人は余計に笑い出してしまった。
こうなると、イルゼカインはそれが納まるまで待つしかない。「人間、ちょっと難しい」と仮面の下で遠い虚空を見る。苦笑しながらイースが新しく紅茶を淹れてくれた。
ひと頻り笑った後で、リリーベルは「殆ど想像ですけど」と先に断って教えてくれた。
「公爵閣下はお義母様に引け目を感じている、というのが……そうですね、半分くらいあります。もう半分は『臆病者』だからでしょう」
「おくびょうもの」
「罪の意識はあるんです。変に弁明したり、勝手に『許された』と勘違いしたりしない分マシなのでしょうけれど……結局、他人から責められるのがお嫌なんでしょう。保身に走る臆病者のくせに、悲劇の主人公気分でいるんですよ」
薄暗い笑みを浮かべた、うら若き乙女による解説を聞いて、得心がいったようにイルゼカインは頷く。実際はあまりよく分かっていない。
パンの最後のひと切れまで食べて満足したゲアハルトも嘲りに加わった。
「あの女はあの女で立場も後ろ盾もないだろうからな。"昔のお前"から寝取った男は腰抜けだから頼りにならねェし、かといって自分じゃ何もできない。むしろこの十八年間、よくものうのうと生きてきたもんだ」
「本人達はそれが贖罪になると思っているのよ、ゲアハルト。人間の一生は短いから、それが罰になることもあるの」
「へー。ならさっき殺さなくて正解だったな」
「別に殺しても良かったんじゃない? あの外来種、見てるとイライラするから嫌いなのよね」
辛辣な義娘の言葉をイルゼカインは今更ながら義務的に窘めた。
「リリーベル、角が立つような物言いはよくないよ」
「ごめんなさい、お義母様」
そう返して、リリーベルは唇を尖らせる。
「でもね、話したことも二人きりになることもないのに、私に怯えてずっとおどおどしていてとっても不愉快なの」
「そうか。彼女の講義は受けていないのか?」
「受ける必要がないものですから。ヘルロンド家の図書室で彼方の知識や外来種の身体構造は覚えましたし、医術も別の講師の講義内容が興味深くて」
「確かに医術の講義は選択肢があるな。それを除いて、女史の講義は人気があるか?」
「どうでしょう、受講者は数人程度だったかと」
リリーベルはこてん、と小首を傾げて可愛らしい口で毒づいた。
「学園長も大変でしょうね。一定の実績がない講師は馘首にできるのに、ロマスク公爵が寄付で養っているから安易に追い出すこともできなくて」
義理の娘の言葉にイルゼカインは何かを確信して頷いた。
「生徒達は彼女の状況を殆ど知っているようだな」
「防止対策として親が事前に教えておくのだと思います」
ゲアハルトが「悪い虫対策だな」と笑ったところで鐘が鳴る。長い昼休みの終わりを知らせる鐘だった。
監査官は席を立つ。副官もそれに倣った。
「それでは、私達はそろそろ行くよ。午後も頑張りなさい、リリーベル。見送りは不要だ」
「はい。お仕事頑張ってくださいね、お義母様」
イースからそれぞれ外套を受け取って身なりを整えた二人は談話室を後にすることにした。
ゲアハルトが扉に手を掛けたところで監査官は振り返って義娘を見る。
「リリーベル、シーナ・ヨーギと王太子にはこれまで以上に注意を払いなさい。ただし近付くな」
義母の言葉に少女は一瞬戸惑う。しかし即座に頷いた。
「かしこまりました、お義母様」
リリーベルの従順な態度にイルゼカインも頷き返す。そして今度こそ談話室を出た。
「面白い!」と思ったらコメント欄で好きな深海ザメを教えてください。ちなみにワイはオンデンザメです。




