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10.惹かれる理由が分からない

ぼやぼやのうろ覚えじゃない分良いよね!

突然修正することがあります。

 朝日がゆっくりと山陰から顔を出し始めて王都を照らし出す。ここ数日は雪が降っていなかった。

 王城から学園へ続く大通りは早朝のために人影は少ない。モーラ達は融けかけてまた固まって泥と一体になった雪道を煩わしげに進んでいく。

 人目の少なさに加えて、異形の騎獣は認識阻害の術式が施された面布を被っているので騒ぎになることは無かった。

 城を発って三十分もしない内にイルゼカイン達は高い石塀に囲まれた王立学園の正門に到着する。護衛としての騎馬兵達は城に遺したままなので、監査官と副官のみの来訪だった。そのため今日の彼女は視覚的な威圧を誇示する板金鎧という出で立ちだった。

 門前にある衛兵の詰所で受付を済ませて武器を預けると、学園長への挨拶に向かう。馬車とモーラ達、馭者役の死体は衛兵の案内に従って生徒の立ち入らない区域に置いていった。

 学園長は格式高い厳粛な学園長室で彼女達を待っていた。挨拶もそこそこに「当日になって申し訳ありませんが」と断りながらイルゼカインは郵便簿、寄付関係の帳簿を提出を求めた。

 学園長は"快く"貸し出してくれた。

「…………何か、あったのですか?」

 老練な魔術師として名を馳せている学園長が恐る恐る尋ねる。監査官は安心させるように、努めて優しく「少し確認したいことがありまして」と答えた。

 残念ながら仮面越しでは伝わらなかった。



 応接室を借りて、イルゼカインとゲアハルトは郵便簿と帳簿を確認していく。二人は互いの分担が終われば手元にあるものを入れ替えて再確認をする。必要な部分の複写も行い、相手に誤りが無いことを繰り返し確かめて、彼等は顔を見合わせた。

「拙くないか? これ」

「ああ、拙いな。非常に拙い」

 ロマスク公爵からキサラギ特別養護教諭宛に送られている寄付金額は一年を通して変わっていなかった。つまり、公爵が増額した分の金が丸々そっくり、無かったことになっている。

 ゲアハルトが唸るのもイルゼカインが腕を組んで俯くのも仕方ないことだった。

 イルゼカイン達は公爵の言葉に嘘が無かったことを知っている。それを鑑みると「寄付金の増加分だけを抜き去った」という推測が成り立つ。

「つか、『花束』ってなんだよ。あの腰抜けは毎回送ってんのか?」

「分からない。王城の記録には無かったが」

 寄付金の増額が問題視されていなかったのは、ロマスク公爵と特別養護教諭が種の分かち難い仲であると周囲に思われているからだと監査官は考えていた。

 手紙は公爵の聴取後に郵便簿を確認して相互の受け取りがあったことを確認している。花束も贈っているのであれば郵便簿に記載されるはずだ。しかし何度記憶を反芻してもその記載はなかった。

 腕組みをして唸るゲアハルトが彼女に尋ねた。

「イルゼカイン、金が無くなるのはどのタイミングだと思う?」

「そうだな……やはり衛兵から事務部へと受け渡される以前だろうな。事務部が受け取れば帳簿に記録されるだろうし」

「銅貨と鉄貨の細かい分を抜いて、増額分を含めた寄付金は銀貨三千枚。全額が金貨に両替されていても両手持ちの長木箱に収めて運ぶ額だ。懐に収めて『知らぬ存ぜぬ』はできない」

「衛兵がやるとは思えないな。彼等は違反すれば即座に実罰が行使される魔法の誓約書を学園と通して王と交わしている」

 魔法の誓約は特殊な術式を書き込んだ書面に取り決められた遵守事項を記載し、従う側が魔力を込めた墨で署名することにより発動する。当事者が死亡するか、誓約書が破棄されない限りその誓約は効力を発揮し続ける。

 誓約には期限を設けることもできた。ゲアハルトも受付の際に、「当日に限り学内への立ち入りを許可するが学園への不利益になる行為を禁ずる」という簡易な誓約を結んでいた。

 イルゼカインは入学時に署名した誓約書がまだ保管されているので必要なかった。

「職員全員は誓約書のお陰で全員シロだ。職員への成り代わりも誓約書で防げるか?」

「うん。誓約書を交わしていない者が立ち入ることのできる場所は構内の端にある侍女達、従者達の待機室までが限界だ。それ以外の区画に立ち入れば、結界が異変として通報するようになっている」

「侍女と従者も無罪か? 主人のガキに命じられたらやるだろ?」

「学園の中を歩き回る専属侍女は生徒が入学する時に合わせて署名するし、生徒の誓約は予め侍女と保護者以外の存在を学内に連れ込まない旨が記載してある。保護者の場合はやはり期限付きの誓約に署名させるか、二十年以内の卒業生であれば入学時の誓約書が効力を発揮する」

 二人の推測が立ち止まったところで、鐘が二限目の授業が終わったことを告げた。キサラギ特別養護教諭と約束していた面談の時間までもうすぐだった。

 「ひとまず行くか」と言うゲアハルトの言葉に彼女は頷いた。複写した書類を彼に預け、応接室から出る。ゲアハルトはその後ろに続いた。帳簿の返却は係員に任せた。



 古びた人気のない長い廊下をイルゼカイン達は進んでいく。

 学園は自分でどの講義を受けるのか選択するようになっているので、教室の外にいる学生達の姿があちこちに見受けられた。

 反対に、緊急避難通路として使用される通路区画のように人払いの結界が張られている場所や、備品庫、廃棄品保管室など用がなければ立ち寄らないようなところには人気がない。

 入り組んだ学園内のそうしたところを歩くようにと、二人は学園長から頼まれていた。

特に何の感慨も無く進んでいくと、中庭に面した回廊に当たった。

 ふと、彼女は連なる大窓の外を見る。この時間の授業を選択していない生徒達が思い思いに過ごしていた。

 中庭は四方を棟に囲まれていて、雨避け、雪避けの結界が張られているために青々とした芝生が地面を覆っていた。結界には温度が一定になる効果も付与されているため、庭に出ている生徒達は防寒着を着ていない。

 庭の中心に大木が聳え立っていた。その根元に設置されているベンチに、イルゼカインの知っている顔が座っていた。

 義娘であるリリーベルの婚約者である、王太子フィアベル・ルミナント・アントピアだ。

 美しい青年の隣にはぼんやりとした、地味で凡庸とした顔立ちの少女が寄り添って座っていた。垢抜けない赤い髪の少女のことをイルゼカインは何も知らなかった。

 つい立ち止まった彼女はしげしげと、王太子と少女、そして二人を囲んで談笑している側近候補達を眺める。諫言する立場にある彼等がルミナントに何も言わないのを見る限り、少女とは公然の関係ということになる。義娘の姿はどこにもなかった。

 外界を知覚する機能と感性を喪失して久しいイルゼカインだが、他者の美醜を査定する一定の基準は備えていた。

「…………王太子は、ああいう顔のぼやけた女が好みなのだろうか。世間的にはリリーベルのように目鼻立ちがはっきりとしていて賢そうな容姿を美しいと判断すると思うのだが」

 彼女の言い草に「とんでもねぇ親馬鹿だな」と笑ったゲアハルトは談笑する青年達に目を向ける。そして変な顔をした。

「あァ? なんだありゃ?」

「ね、リリーベルのほうが可愛いだろう?」

「ハイハイ親馬鹿できて偉いなイルゼカイン。でもちょっとアレは、」

 ゲアハルトが言いかけたところで、赤髪の少女が二人に気付く。途端に彼女は怯えてルミナントの胸に縋り付いた。見目麗しい青年達は慌てふためき始める。

「あ」

「絡まれても困るからさっさと行くか」

 二人は面倒事になる前に特別養護教諭に割り当てられている教官室へと急いだ。



 三限目の始まりを告げる鐘が鳴る。

 イルゼカインとゲアハルトはなんとか無事に教官室の前までやって来た。扉の向こうから物音が聞こえ、誰かがいることを察する。

 副官がノックしてみれば、女の声で応答があった。

「はい、どうぞ」

 扉を開ける侍女はいないらしい。ゲアハルトはそういうものなのかと思ってドアノブを捻った。

 扉を開けた先には質素な室内と、車椅子に乗った若い女がいた。彼女の背後にはローテーブルと三人掛けのソファが見える。テーブルの片側に座席がないのは車椅子のためだろう。テーブルの上には人数分のティーセットと菓子が置かれていた。

 栗毛色の長髪を緩く編んで垂らした女は瞳が黒く、顔立ちのせいか成人しているはずなのに幼く見える。着ているのは生徒のものとは色違いであるが、学園から支給されている制服だ。ブランケットが掛けられている膝にはその先が無かった。

 副官が確認のために問うた。

「特別養護教諭キサラギ・サクラ、本人で間違いないか?」

 彼は「はい」か「そうです」以外の答えを求めてはいなかったが、聞かれた女は頬を赤らめて呆けたままだった。ゲアハルトを見上げた彼女は美しい男に見蕩れながらも何かに気付いて呟いた。

「…………『エルフ』?」

 その単語が尖った耳に届いた途端、室内に重苦しい殺気が立ち込めた。彼の特徴的な真珠色の虹彩に踊る炎が激しく揺らめく。ミシミシと、緊張感が女の全身を圧迫する。

 激しい怒りに満ちた声が、美しい男の唇から這い出した。

「下賤な貴様等の呼び方でこの俺を呼ぶな、穢らわしい劣等種風情が」

 武器が無いためにその手で縊り殺そうと一歩踏み出したゲアハルトを前に、女は顔色を失って震えることしかできなかった。襲いかかる恐怖に冷や汗を掻き、薄い肩は小刻みに震えている。悲鳴さえ上げられぬほどに恐怖していた。

「ゲアハルト」

 副官の手が彼女の首に掛かる前にイルゼカインは呼び止めた。彼の背後に立つ監査官は繰り返し名を呼んだ。

「ゲアハルト。聞くべきことを聞く前に殺されると私が困る。やめてくれ」

 無感情な声に呼び戻された異種族の男は伸ばしていた手を引っ込めた。忌々しげな舌打ちをして、半身引いて自分の主人に女を示す。

「当代、この女は身元確認に応じませんでしたので人違いかと」

 外面用の弁えた態度で平然と宣う副官に代わり、イルゼカインが女に騎士礼をして非礼を詫びた。

「婦人、私の副官が失礼した。ただ、『エルフ』という呼び名は人間族による迫害時代のものなんだ。それだけは気を付けて頂きたい」

「あっ、あのっ、ご、ごめんなさいっ、ほん、ホントに……」

 彼女の言葉に監査官は「学園では選択式の外国古史演習で軽く触れる程度だったはずだ。仕方ないことだ」と頷いてから言葉を続けた。

「申し遅れた、王家専属財務監査官イルゼカイン・エルドリーザ・ディグレンゼ・ヘルロンドである。この度は面談を快諾して頂き感謝する。特別養護教諭の、キサラギ・サクラ女史で宜しいか?」

 イルゼカインは室内に足を踏み入れる。女は様々な感情が複雑に入り交じった顔で頭を下げた。

「い、いえっ、こちらこそ、失礼しました。私が、キサラギ・サクラ、です…………あの、お久し振り、です。イ、イルゼカインさん」

 黒い板金鎧と上顎までを隠す仮面を纏い、嗄れた声で話す女を、サクラはすぐに受け止めることができなかった。

 黄金の双瞳には何の感情もない。サクラの記憶にある真っ青な、氷河の底のようなあの瞳ではない。低く嗄れた男のような声には人間らしさがない。「外来種」と自分を呼んだ柔らかく美しい声ではない。

 二十年近く前に自分を叱咤し、激励し、その席を譲ろうとした美しい少女と眼前の人物が同じ人間だとは、彼女には到底思えなかった。

「座っても?」

 監査官にそう尋ねられて、サクラはソファへの着席を許した。

「知らない、というわりには彼が『アルヴ』の出身だと言い当てていたな。王国内では特徴はおろか、種族名を知らない人間のほうが圧倒的に多い。彼を遠い異国の放浪民だと紹介してもあっさり信じられてしまうほどだ」

 男から書類の束を受け取ったイルゼカインは彼女を眺める。対面にいるサクラは襲いかかる過去の記憶と悔恨に抗いながら答えた。

「わっ、わっ私のいた、世界では、その、同じ呼び方をする種族のキャラ……えっえっと、物語の登場人物が沢山いたんです。耳が長くて、尖ってて、すごい美形っていう……そういうキャラは大抵、肌が白かったりしましたけど…………」

 サクラは、イルゼカインから離れて扉の傍に立った副官を気にしながら言葉を選ぶ。その解答に監査官は彼女の知識量を何となく察した。

 この外来種は人間族以外の存在についてあまり知らないのかもしれない。ゲアハルトの外見的特徴はアルヴ種の原種特有のものであることや、多種族との混血が進んで肌の白いアルヴ種が産まれるようになったことなど、この外来種はきっと知らないだろう。たしか、迫害以外で白アルヴ種の数を減らした要因はゲアハルトだったか。

 特に広げるような話でもない、うろ覚えの寝物語を思い返しながらイルゼカインは頷いた。面談相手が緊張で今にも気絶しそうなので、雑談でどうにか和らげられないかと彼女は内心頑張っていた。

「ああ、流浪者の世界ではそういう形で知られているのか。知らなかった」

「きょっ! きょ、今日の面談は、寄付金のことで、聞きたいことがあるって」

 必死で世間話の話題探しをしている監査官だったが、サクラは青い顔をしながらも自ら本題について切り出した。

「私、ちゃんと報告してるはずです。出費は全部申告してるし、特別に何か買ったりしてないし…………」

 震える手で、養護教諭はポットを手に取る。既に湯が入っているらしく、飾り気のない白い陶器のポットから揃いのカップに熱い紅茶が注がれる。

 二人目の分が注がれる前にイルゼカインは断った。

「申し訳ない。規定で我々は訪問先での飲食が禁じられているので遠慮させて頂きたい」

「あっご、ごめ、ごめんなさい。イルゼカインさん、よく紅茶を飲んでたから、好きかなって」

「そうなのか。いや、謝罪は不要だ。気遣いをありがとう」

 過去の自分は恐らく茶を飲んで誤魔化すか時間稼ぎをしていたんだろうな、とイルゼカインは思った。父からは「以前のお前も嗜好品に興味を示さなかった」と聞いていたからだった。

 音声記録の準備をして、複写した書類をテーブルに並べた監査官は改めて眼前の特別養護教諭を眺める。怯える童顔の外来種にやはり覚えはなかった。

 この女のせいで過去の自分は火に呑まれたなのだと父親から教えられたが、だからといってイルゼカインは特に感想が浮かばなかった。煮え滾る憎しみと怒りを飲み込んで、それまで「聖女」と周囲に持て囃されていた彼女に治癒の奇跡を懇願したが拒絶されたと父親から教えられても、やはり何の感想も抱かなかった。

 イルゼカインにとっては何の感情も抱かない外来種でしかなかった。

「女史の言う通り、寄付金の件で尋ねたいことがあって今回の面談を依頼した。それでまず確認するが、儀礼厩舎長であるロマスク公爵と面識はあるか?」

 彼女の問いに対してサクラの顔が強く強張る。合わせた歯が軋んで鳴る。濁流のように記憶が押し寄せて、恐怖に意識が飲み込まれそうになる。

 人を見捨てたこと、見捨てた人が生きていたこと、その人の父親に死ぬほど痛いことをされたこと。それを思い出すだけで言葉が出なくなる。

「キサラギ女史」

 氷河の虚から響く声によって、サクラの意識は現実に引き戻された。

「はっ、は、ぅ、は、はい。めんしき、面識、ありますっ、むか、むかし、同じ学校に、通って、そっそれ、それ、で、」

「直近では?」

「えっ? えっ、えっ、な、ない、ないです」

「なるほど。では、手紙などのやり取りは? 何か贈り物を受け取ったり、学園を経由しない形で遣り取りをしたりすることは?」

 監査官の問い全てにサクラは心当たりが無かった。それが表情に現れていたのか、対面の女は思案しながら首を傾げる。

「本当に、ロマスク公爵とは学園以外で関わりがない?」

「そ、そうです……きっ、寄付は頂いてますし、その時にてが、手紙を貰って、御礼状を書いてます、けど……あ、ああと、学園行事、で、お、王様の馬を、彼が曳く時、ぐらいで」

 サクラが嘘を吐いていないとイルゼカインは確信している。嘘を吐いているなら、無知さ故に呼ばれた忌まわしい名によって激怒している男が自分の頭に囁いてくるはずだ。

 単純に怒りで仕事を忘れていて教えるのを忘れているだけかも知れないが。

「アッ、アレ、あっ、ロ、ロマスク公爵、様、が、どうか、したんですか?」

 養護教諭は自身の命綱である元王太子がこの面談の原因であると察したらしい。恐怖を抑え付けながらイルゼカインに尋ねる。

 問われた彼女は部分的にその疑問を肯定した。

「大帳簿上で公爵の寄付金額に記載の誤りがあったようで、念のため詳細の確認をしている。それだけだ」

 監査官の答えを聞いて、今初めてサクラは安堵できた。緊張が解けて長く息を吐いて脱力してしまう彼女を、イルゼカインは無感情に眺めていた。

「その寄付金の金額に不備があったのは五月の分だ。公爵から受け取る毎月の寄付金には変動がない。それは間違いないか?」

「は、はい」

「寄付金と共に渡される手紙に特別な変化があることは?」

「いっいえ、いつも、同じで、季節の挨拶とか、最近の話題とか、とっ特に、何か、とっとく、特別、話すようなことは」

 嘘ではない。それが分かるから、イルゼカインは養護教諭の解答によって手詰まりになっていくのを感じていた。もう聞いて意味のあることはないだろう。

 やはり第三者が二人の遣り取りに入り込んでいると、彼女は判断した。

「五月の手紙も?」

「そ、そうです。何にも……あ、お、おは、お花が、はな、花束が、一緒に」

「花束……どんな花束を?」

「たったぶん、どこか、で、摘んできたみたいな、はじ、はじめてで、そ、そんな高くないような、おっお花で、箱の、中に」

「箱とは、寄付金を運搬するための箱か?」

 イルゼカインが尋ねると、サクラはこくこくと頷く。

「箱は開封された状態で運ばれてくるのか?」

「なか、中身の、あっ安全性を確認、しっしなくちゃいけない、きっ、きまっ、きまり、なんです。しゅ、守衛さんが、うけ、受け取って、開けて」

 養護教諭の答えを聞いて、監査官は一度質問を止める。少しの間思考してから再度口を開いた。

「寄付金以外で、女史宛の荷物は誰によってこの部屋に運ばれる?」

「えっえっ? は、運ぶのは、しっ、しゅ、守衛さん、とか、は、春からはたまに、せっ生徒会の、女の子が……じっ、事務室で、ゆ、郵便簿を付けてから、だけど」

「なるほど、なるほど。ありがとう、よく分かった」

 監査官は知りたいことを知り得た。面談を切り上げて、資料や録音貝殻を仕舞う。

「協力、感謝する。質問は以上だ。これで失礼する」

 立ち上がった彼女をサクラが呼び止めた。

「ま、待って!」

 イルゼカインの視線が無感情に養護教諭を見下ろす。見上げるしかない女はいつまでも怯えを拭えない。それでもずっと言わなければならないと思っていたことを口にした。

「――――ごめんなさい。あの時、貴方を見捨てなければ、」

 勇気を振り絞った外来種の謝罪を彼女は手を上げて止める。

「申し訳ないが、キサラギ女史。私には覚えがない。この姿になる以前の記憶がないんだ」

 「だから謝罪をされたところで受け入れることもできない」と、それだけ告げてイルゼカインは副官を連れてその部屋を出た。

 サクラは後を追わない。

 三限目の終わりを知らせる鐘が鳴る。

「面白い」と思ったらコメント欄で好きな角川ホラー文庫を教えてください。ちなみにワイは「怪物晩餐会」(井上雅彦 著)です。

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