#98 【間話】限界魔法少女♡リミキュア! あるいは、リミとリミナの恋。
間話です(ง ˶ˆ꒳ˆ˵ )ว
本錯のあ間話は自由な錯風でお送りいたします。
今回はリミちゃん目線のお話です。
――〝限界魔法少女♡リミキュア!〟とは、二〇三三年 二月より各種配信サイトにて放送される少女向けアニメであるっ!
※もちろん未来は変わることがある。
トー横を中心に徘徊する家出学生・リミナはある日、ストゼロ一缶で一時間ほど魔法少女に変身する不思議なちからを得る。
社会の闇から湧きでる怪人たちを殲滅する〝リミキュア〟となった主人公は、彼らとの激闘を通じ、社会に対する不信感を募らせながらも成長していく――。
みんなからリミちゃんと呼ばれる私の名前は、この作品から拝借したものだ。本名は……ないしょ!
自分のことを「あちし」って呼ぶのも、キャラ作りのためにやってる。だってそっちのほうがカワイイもん。
カノンちゃんにデザイン企画書を提出すれば好きなお洋服も着れるし、髪のいろも瞳のいろもこの世界では自由自在だ。すべてピンクで染めるのだ。
八歳のときにこっち側にやってきて、十二歳の女の子の身体に入りこんじゃったときはビックリしたし怖かったけど、今ではこの世界が気にいってる。
時間は巻きもどるから歳はとらない。それでも中身は立派なオトナなんだ。
自分が老いるとどんな外見になるのかも知ってる。ボスの周期は長かったからね。
この世界にも悪い奴らはたくさんいる。
戦うのは上手じゃないけれど、私もリミキュアみたいにみんなを守れる存在になりたい。
そんなことを考えていたとき、カメラの魔法がボスに見込まれたんだ。
そういう経緯で私はカメラマン兼、暗殺者になった。
ここ最近は任務もなくて、気が向いたときに旅の景色を撮影するときにしか使わないけど。
魔法少女とはほど遠いけど、そこはカワイイものを集めればきっとなんとかなるよね。
「ぶもあっ!」
馬車を引いてる霊獣さんが、いきなりおおきな声で吠えた。
ぐーすか寝てたおにーちゃんが重たそうなまぶたを開く。
窓から顔を覗かせてみると、目的地が目視で確認できた。
「わあ……おにーちゃん! コペラ村だよー!」
「ぐおっ!」
嬉しくなってついおにーちゃんを引っぱたいてしまう。
手加減したつもりだったけど、その痛みに苦悶の表情を浮かべておにーちゃんは飛び起きた。
「見て見て! なつかしい――なつかしい?」
久しぶりに訪れるその村は、なんだか様子がちがった。
まるでハロウィンみたいだ。どんよりしていて、樹木がやけにひねくれているように見える。家も違法建築みたいだし。
「コペラ村ってこうやったっけ……」
「なんかちがう!」
霊獣さんも臆病だから歩幅がみるみるうちにちいさくなっている。もうこれ自分たちで歩いたほうが早いな。
背の高い草が生い茂るところにキャビンを運んでもらって、霊獣さんは召喚書のなかにもどっていった。いつもお礼にナデナデしてあげてるから、満足げな表情だった。
荷台をひらいて生活用品の入ったかばんを背負うと、おにーちゃんは光学迷彩の生地でキャビンを覆いかくした。
ここに置いておくほうが村に停めておくより安全なのだ。金銭面でもお得だったりする。
「おっしゃー。ほな行くかー」
「おー!」
私たちは宿屋に向かった。二日ぶりの停泊だ。いっぱい寝れる。
自分で言うのもおかしいけど、私たちの格好はかなり奇抜だ。おにーちゃんなんか、黒い光沢のあるライダースーツに紺のジーンズ、それにホタルのひかりのような髪。
そんなもの本来、この時代にはない。
目つきも悪くてすぐにガンつけるから、案の定見張りの兵士に止められる。いつもどおりだ。
憲兵のギルは私たちのことを知らない。
でも私たちは彼のことを知っている。なんども話したことがある。だから敵対はしない。
彼は真面目で、信頼できて、そして若いお嫁さんと娘さんがいて――。
「お前たち随分と珍妙な格好だな。どこから来た?」
「オルキナ。何日かは滞在するつもりやからよろしくなー、ギルさん」
「……どこで名前を?」
私はため息をついた。このやりとりも何度目だろう。
このあとおにーちゃんは適当に風のうわさだなんだと言って彼を称賛し、ご機嫌になったギルは私たちをとおしてくれる。
――チョロい。
「それよりこの村の様子はどないなってん。前来たときはこんなんじゃなかったで?」
「うちの村には北のカナン村から霊体モンスターがよく遊びにくる。有名な話だぞ?」
「あれーそうやったっけ」
おにーちゃんはお茶を濁しながらも変わり果てた村の様相に訝しげな視線を向けていた。
私も同じ気持ちだ。
――これは、ゆがみすぎてる。
勇者の持つ魔本は、人々の常識なんてたやすく変える。北のカナン村とかいう場所も知らないし、これほどの変容ぶりは魔本の事象改変能力が広範囲に及んだ証拠だ。
「あいつ、なにを書きやがったんだ……」
マヤおねーちゃんが心配になり、私は下唇を噛み両手を握りしめてつぶやいた。
憎しみのあまり、てのひらに血がにじんでいたことに気づかなかった。
その後私たちは無事に村にとおされ、その足で行きつけの宿屋に向かった。『ホテル・カンコドール』という名前の、ボロい民泊だ。
貧しい一家が経営していて、看板娘の子がそれはもうカワイイのだ。ご飯もおいしいし、勇者はまずやって来ない。
私たちにとってはこの村でいちばん過ごしやすい場所だから、おにーちゃんも去り際にはチップを弾んでる。そういうとこは好き。
「リミちゃん、荷物置いたらすぐ屋敷に向かうで」
「うん。マヤおねーちゃんが心配だ。これは――事件の予感!」
私たちは民泊に着いた。あったかい空気と樹木のかおりにこころが落ち着く。案の定、ごっつい主人は私たちの姿に警戒心を剥きだしにしている。
荷物だけ置いて、早足でマヤおねーちゃんの屋敷に向かった。
*
屋敷の庭作業をしているジンを見かけて、私は遠くから手を振った。久しぶりの再会だ。
「おーい、ジンおじーっ!」
ジンは作業の手を止めて、おだやかな笑みを向けながら手を振りかえしてくれた。無理尊い……。
「お二人ともお久しぶりです。元気そうでなによりです」
「村がエラいことなってるけど大丈夫なん?」
「ええ。積もる話もあるでしょうし、よければおあがりください。マヤ様にお伝えしますので少々お待ちを」
私たちは客室にとおされて、くつろぎながら待っていた。
マヤおねーちゃんと会うのも久々だ。カナおねーちゃんは……初対面だけど、仲良くできるかな。
少しして、優しく扉をあけながら現れたのはマヤおねーちゃんではなかった。
メイド服を着た、銀髪のちっさい女の子。頭には……きのこ。
「えっ、だれ?」
「あ、お初にお目にかかります……。わたくしこのお屋敷で修行中のヘネと申します……。すいませんすぐ視界から消えますので」
これは……事件だ。マヤおねーちゃんの屋敷にこんなカワイイ子が働いてるなんて。犯罪のかおりがする。
ヘネちゃんという子は二人分の紅茶を差しだすと、そそくさと退場していった。
「このお茶うまいな。風味が独特や」
「ほんとだ」
のちにマヤおねーちゃんから聞くのだが、カナン村で採れた甘いキノコから淹れた紅茶らしい。砂糖が入っていないのにはちみつのような味がする。そこはかとない高級感。
これもゆがみから生まれたのかと思いながらも、味を堪能していると、マヤおねーちゃんがやってきた。執務中だったのか眼鏡をかけている。そのうしろにはジンもいっしょだ。
「リミちゃんっ、久しぶり! あとゼノも」
「マヤおねーちゃん、会いたかったよお……」
私たちは互いにハグして、再会の喜びを分かちあった。
それから情報交換も兼ねて、それまであったことを話した。とはいえ、私たちは王都オルキナを拠点に活動していたから大した動きはない。
こうして会いに来れたのはここのところ連続していた〝暗黒の周期〟が明けて〝善の周期〟が久々にやってきたからだ。
勇者が狙われることはないだろうし、ほとんどのひとはボスが魔王だと思ってる。しばらくはゆっくりできそうな周期なんだ。
そして私たちは、カナおねーちゃんの周期で起きたことを知った。
陰気な村のことや、カナン村のこと、ヘネちゃんのこと。
すべてを知ったとき私たちを包みこんでいたのは驚きではなく、真っ暗な夜の海に突き落とされたかのような後悔だった。
「あちしのせいだ。あちし……ボスの邸宅からカナおねーちゃんが逃げるとき、残るって言っちゃった。いっしょにいれば……守れたかもしれないのに」
目頭が熱くなり、咄嗟に両手で目元を隠した。弱さを見せるのはかわいくない。マヤおねーちゃんは「大丈夫よ」と、私のことを元気づけてくれた。
「サーベラスは――強すぎた。貴方に危害が及ばなかったことを、むしろ安心してたと思う。それに最後にはやっつけちゃったんだから。カナはすごい子よ」
でも、そうじゃないんだ。
私たちがカナおねーちゃんを助けたい理由は別にある。だってカナおねーちゃんは――。
「ところで、お二人は今後どうするおつもりなのです?」
ジンに尋ねられ、私は我に返った。
「しばらくは滞在するつもりやで。退屈しなさそうやし。カンコドールの部屋借りてるから、用あったら訪ねてくれ」
「そうですか。承知いたしました」
窓から射しこむ夕陽のひかりが、室内の装飾品に反射する。あっという間に時間が過ぎてしまった。
「長居しすぎたし、そろそろお暇するか。マヤちゃんの元気な姿が見れて満足やわ」
「またいつでも来て。ここのところずっと同じことの繰りかえしで、飽き飽きしちゃうわ……」
マヤおねーちゃんはあくびをしながら愚痴をこぼした。
王都に送る書信なんかは大変だろう。周期が変わったら同じものを書きなおさないといけない。
事件はなかった。この村は相変わらず平和だ。のどかではなく、なんだかジメジメしているけど。
でも〝善の周期〟でこの村の様相は魔本に書かれなかったはず。つまり勇者はこの村に来る前に死ぬことになる。
まあ仕方ないことかもしれない。〝善の周期〟の勇者はよわよわすぎる。ガーディアンに挑んでやられるのかな。
「リミちゃん、また遊びに来てくださいね」
玄関で、ジンが見送るときにそう言ってくれた。めちゃくちゃ嬉しいいいいい。
「もー。ジンおじ、あちしももう子供じゃないんだから。一人のレディとして扱ってよね」
ほんの少し背伸びして放ってしまったその言葉が、まさか事件の引き金になるだなんて、だれが予想できただろうか。
「これは失礼。これからはリミさんと呼ばせていただきますね」
「ガヒュッ――?」
息が詰まるような、吐血するような、名状しがたい声音が私の喉のどっかから鳴った。人間ってこんな音鳴らせるのか。
とたんに弾ける胸の鼓動。
なんだなんだ。全身が急に火照って、熱い。
「どうされました?」
ジンが発する一言一句に、全身が過敏に反応する。こんなこと今までなかったのに。
混乱。なにが起きてるかわからないまま、こころの奥底から這いでようとするのは、もう一人の私。
「ダメ……なんで……? 出てきちゃう……!」
本来ならば名前を呼ばねば目覚めない人格が、勝手に覚醒しようとしてる。
ダメだって。まわりのひとを傷つけてしまう。今そんな状況じゃないでしょうに。
「リミちゃん、どしたん?」
兄貴は黙ってろ。今ジンと会話してんだよ。
……ってちがう。出てきちゃダメー!
「と、止められない……。みんな逃げて……」
私がかろうじてそれを伝えると、私のもう一つの人格――死神のリミナに全身の制御を持ってかれた。かえして。
私はジンに一瞬で距離を詰めると、震える手でジンの胸ぐらを掴んだ。ああ、ごめんなさい。高そうなスーツが。
さすがの彼もおどろいている。されど動じることもない。
「――もう一回」
「はい?」
「もう一回言って」
私は語気を強めて、ジンにお願いしている。
でもそれは責められん。私も私でそれをどこかで望んでいたから。
「……リミさん?」
「んゔっ――!」
身体にちからが入らないまま、私はその場に崩れ落ちた。尊すぎて死ぬ。
ドン引きしている兄貴を他所に、そのとき私たちは自覚した。
私と私は、ジンにこわされちゃったんだ♡って。




