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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第二章 魔王の章
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#97 幻想と希望の旅へ


「ここはどこ?」


 あたりを見渡しても、土地勘のないカナにはそこがどこだかわからない。


「……我もわからない。だが闇の渦はないはずだ」


 ハイドは柄にもなく思いつめた表情をしている。


「……どうかしたの?」

「カナ……もしも仮に〝運命〟というものが実在するとしたら、いったいどんな姿をしているのだろうか?」


 やはり、彼にしては珍しく哲学的な問い。理知的であるが、合理的ではない。

 どうしてそんなにさびしそうなんだろう。


 ハイドのこころに触れてみると、そこは不安と恐怖が嵐のように渦巻いていた。


「文系にむずかしいこと聞かないでくれる。……でも日本人的に考えるなら、万物には神さまが宿ると言われるから――なんらかの動物だったりするんじゃない?」


 済ました顔で小馬鹿にされるかと思ったが、ハイドは暗い表情のままである。


「なるほど……」


 しかもどこか肯定気味な発言に、ついにカナは彼の頭のネジが飛んでることを自覚した。


「ちょっと、まじでなに見たの? ハイドらしくない!」

「我は――我が見たのは、周期の(うつ)ろいだ」


 そう切りだし、ハイドは自身が見たものを語った。


 世界が渦に飲まれ消えたあとのことである。


 宇宙が閉ざされても意志は残留する。とくに古代人の思念の集合である彼は、閉じたあとに身体を再構築することができたのだ。


 理論上では再構築したところで即座に崩壊するはずだったが、実際はそうはならなかった。

 未知の現象ではあるものの、計算にまちがいは付きものだ。ハイドはそれを好機と捉え、興味のままにすべてが消された空間に降りたった。


 そして周期と周期のはざまにあるものを視認したのだ。


「はざまにあるもの……?」


 それこそがハイドの混乱の原因だった。


「我が見たのは時空のうねりだった。かいつまんで言えば――高次元の物質か、あるいは現象だ」


 古代の叡智をもってしても理解のままならぬ景色が、そこには広がっていたらしい。

 そしてそれに干渉することで遠いさきの周期をえらび、転移することができたとハイドは説明した。推測では過去にも飛べるようである。


「好きな周期にいけるようになったってこと?」

「……ああ、そうだ。ここは――勇者の目線では〝暗黒の周期〟の果てになるはずだ」


 つまりここでリュウの自殺を阻止すれば少なからず〝暗黒の周期〟は終わりを告げる。

 勇者の資格を継承する方法を見つけ、彼をもとの世界にもどすことに専念できる。


 喜ばしいことのはずなのに、ハイドにとってはそうではないのがその様子からわかる。


「ハイド、あなたがなにに悩んでいるのかわたしに教えて。ちからになりたいの。だから……できればわかりやすく」


 ハイドの手を握り彼の目を見つめてそう頼むと、彼はかすかにほほえんだ。


「整理できていないことも多いが……たしかなことがひとつある」

「うん」

「この周期には出口がない」

「ほう」


 カナが完全に理解できたのはそこまでだった。あとは雰囲気だ。


「つまり、最後の周期だ。おかしくないか。まるで、この周期では勇者も魔王も死なないことがはじめから決まっているようではないか。それが不気味でならない。禁忌に触れてしまった気がしてならないんだ……」


 ハイドの不安の正体は、確定してしまった未来そのものだった。


 かつてないほどに思考をめぐらせているのか、彼は服が土で汚れることもいとわず地に膝をつき、苦悶の表情を浮かべながら頭をかかえていた。


「そっか。だから〝運命〟のことを聞いたんだね」

「ああ。辻褄が合わないこともある……」


 とはいえ、こんな平原のど真ん中にとどまっていれば余計に疲弊してしまう。日中ではあるが遮蔽物のない草原に吹く風は肌寒い。


「ひとまず、どこかで休める場所をさがそう。そこでゆっくり考えよう」


 カナが諭すとハイドはうなずき、ゆっくりと立ちあがった。


「考えを整理したい。カナ、今日はもう現実にもどれ」

「ええっ!」

「初日なのもある。現実に悪影響がないのか知っておきたい」


 そういうことならばとカナは渋々了承し、まどろみのなかにもどった。



 *



 翌朝。カナはいつもどおりにスマホのアラームで目覚めた。夜更かしもしなかったし、体調は上々といったところだ。


 まるで明晰夢を見ていたようだが〝エリュシオン〟での記憶もしっかり残っている。異世界との交信が可能になったことはあとで千条教授に連絡するとして、カナは学校に行く支度をはじめた。


 金曜日だから気だるさもあるが、それを乗り越えれば三連休が待っている。そう考えれば身体もかるいかるい。


「おかーさん、おはよ」

「おはよう……」


 母は昼食の弁当を作っているところだった。見るからに眠そうだ。器用にも目をつむりながら卵焼きを作っている。


「どうしたの。すごい眠そうだけど」


 母は一瞬、身体をこわばらせ、背筋をぴんと立てた。

 数秒の思考ののち、隠さずに話すことを決めたらしく正直に答える。


「その……昨日はちょっとハッスルしちゃって……あなたももうわかるでしょ」

「ふーん……。ハッスル……」


 言葉の意味するところをカナは知らず、ヨガでもはじめたのかなと自身を納得させてしまった。悲しきかな、彼女には無縁の話なのである。


「そっちの部屋まで聞こえなかった?」

「あー、わたしすぐ寝たから」

「そう? ならいいんだけど……」


 このとき久しぶりに再会した自身の父がまさか寝室で干からびているだなんて、カナは知るよしもなかった。


「なんだかご機嫌だね」


 単身赴任で遠方にいる夫がいっしょにいるのだから、当然か。

 自分にもいつか――と考えると真っ先にハイドの淡白な顔が浮かび、たまらずカナは赤面しながら首を振る。


「ふふ、ミートボール一個多くしとく」

「おおっ……」


 その一方で子供じみたことで喜ぼうとする自分に、なんだか呆れて肩を落とした。



 *



 いつもどおりの時間が過ぎ、その日の夜。


「よし、寝る。おやすみ!」


 カナの宣言に、両親はぽかんとした。まだ夜の九時だ。あまりにも健康的。


「え、早くない? 金ロー観ないの?」

「それもう何度も観たし。夜更かしは、お肌の大敵なので。それじゃ」


 それだけ言い残し、カナは自室にもどった。ベッドに仰向けになり布団をかぶる。あとは寝るだけ。

 ――目を閉じて無心になれ。全神経を集中させて考えろ、羊は何匹いる。


『カナ、観なくていいのか』

『あんたまで言うんかい! オチわかってるからいいよ!』


 こころがごたついて眠れなくなったカナは、スマホで動画を観ることにした。

 ぜんぜん知らん言葉を話す外国人のぜんぜん知らんゲームのプレイ配信を視聴することで、ものの数分で眠りに落ちた。知るひとぞ知る入眠テクだ。


 そうしてカナはふたたび〝エリュシオン〟にやってきた。

 先日とちがいハイドもすっきりした顔つきをしている。


「ここは……」


 何気ない自然の景色だが、そこには見覚えがあった。

 コペラ村の近所だ。ハイドが一晩で移動したらしい。粋な計らいだ。もういちどマヤに会えるのだから。


「カナ、わかっているとは思うが……」

「うん。今のマヤは――いや、今のみんなはわたしのことを知らない」


 迷いは残っていた。ハイドがいっしょにいれば誤解はすぐに解けるだろうが、きっと警戒の眼差しは向けられるだろう。悲しみに打ちひしがれたとき、自分は彼女に笑顔を向けられるのだろうか。


 ――いや、要らぬ心配だ。


 カナはマヤをだれよりも信じている。きっとまた友だちになってくれるはず。


 確信を胸に駆けだす。見張りのいない村の北側にまわりこんで、雑草の茂る急勾配(きゅうこうばい)な雑木林を無心で進んだ。


 見慣れた獣道を見つければ、屋敷まではもうすぐだ。


「カナ、気をつけて進めよ」


 黒猫になって追いかけていたハイドが警告をする。


「だいじょーぶだよ。このへんにこわい魔物はもういないから」

「そうじゃない――」


 それまでは何事もなく進めていたからこそ、カナは忘れていたことがひとつあった。


 ついに屋敷の裏手にたどり着く。変わらずおだやかな景観に、カナは涙しそうになった。感動はあとだ。


 周辺の茂みに身をひそめながら表側へと迂回する。彼らにとっては見ず知らずの者だから、下手に敷地に踏みこむのは危険だった。


 ちょうどそのとき、玄関からマヤが出てくるのが見えた。


「マヤ――」


 嬉しさのあまりうわずっていた呼びかけは、屋敷から響くおおきな声にさえぎられてしまう。


「マヤっ! ひとりで行かないでよ、危ないから!」


 マヤの背後から現れたのは、とても綺麗な金髪を揺らす、所作のひとつひとつが大胆なエルフの少女だった。


「あ……――」


 カナは咄嗟に木の影に隠れてしまった。

 瞬間、理解する。ハイドの言おうとしていたことも。


 マヤはもう、ひとりではないのだ。

 隣にいるべき友がいる。


「裏手に張った罠の反応から察するに、人間だよ。それもかなり近くまで来てる」

「だからそれを確かめようとしてるんじゃない」

「あたしがやるって! セネットに怒られるんだよ……」


 仲睦まじい会話が聞こえてくる。

 さびしくもあるが、こころのどこかで和やかな気持ちになっていたことを自覚する。


「わたしはもう、ここにいるべきじゃないね」


 魔王という(はく)がついてしまったが、借りていたものはしっかり返した。

 それがわかっただけでもここに来た意味はきっとある。

 ほほえみながら独り言のようにつぶやいて、ふたたび茂みのなかを駆けだした。


 フリルと草が擦れる音を、エルフのカナは聞き逃さない。


「そこ! 気配がある!」


 俊敏な動きで距離を詰めるが、そこにはすでにだれもいない。なんだか奇妙な黒い(すす)だけが、かすかに空気に舞っていた。


「だれかいるの?」

「……いない。おかしーな……?」


 マヤの問いに、エルフのカナは首をかしげるほかなかった。



 *



「つよくなったな、カナ」


 村の郊外まで転移したのち、ハイドが仰々しいことを言う。心配を隠せていないのがほほえましい。


「そう?」

「悲しくて泣きじゃくるかと思ったぞ」


 たしかにさびしい気持ちはある。

 されど自分には成さねばならないことがある。そんな決意のほうがつよかったようである。


「いや、もちろんショックだよ。でも目の前のことに集中しないとって思ったら、自然に涙も引っこんじゃった」


 マヤたちも勇者をもどすという目的は同じだ。ともすればいずれまたどこかで会うことになるだろう。


「そうか。ならこれからどこに向かおうか」

「まずは勇者さんが死ぬのを止める。探しにいこう、ハイド」

「ああ。キミが、それを望むなら――」


 ハイドはうなずき、コペラ村を背に二人は新しい道を歩みだす。

 この世界に来たばかりのときに抱えていた漠然とした恐怖は、気づけば嘘のように消えている。


 たしかな希望をてのひらに、(ケイ)とハイドのながい旅路がこうしてはじまった。



 第二章 終

ここまで読んでいただきありがとうございます(ง ˶ˆ꒳ˆ˵ )ว

第二章はここまでとなります。

#97〜100で間話、#101でこれまでの簡易的なあらすじを公開し、第三章は#102から連載予定です。

引き続き応援よろしくお願いします(ง ˶ˆ꒳ˆ˵ )ว

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