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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第二章 魔王の章
94/110

#94


 七色のひかりに包まれたトンネルのような空間を、カナは(ただよ)っていた。

 そこには上も下も、西も東もないのかもしれない。


『カナ――』


 おぼろげな景色をぼんやりと眺めていたとき、だれかが名前を呼んだ。聞き覚えのある男の声に、こころが休まる。


『カナ、しっかりしろ』

「ハイド……? そうだ。わたしどうなった!」


 ようやくカナは我に返った。意識を取りもどしたわけではない。いまカナは、現実で眠っているのだから。

 そのひかりのトンネルは、まさしく史録のちからに吸いこまれるときに通過する場所だった。


『カナ、進むんだ』

「うん!」


 ハイドの声が背中を押した。

 走るわけでもなく、泳ぐわけでもない。

 トンネルの向こうに行こうという意志が、意識をそのさきに運んでいく。


 行ける。たどり着いてみせる。

 

『あれがゲートだ。まちがいない』


 ひかりのさきには、空間の層が積み重なった奇妙な領域があった。得体の知れないまばゆいエネルギーが、無作為にほとばしる。プラズマというものだろうか。


「突っこむよ!」


 ひかりのなかを勢いよく駆ける。あるいは落ちる。

 どれくらいの距離を進んだかも、どれくらいの時間を進んだかもわからない。

 すべてが曖昧な空間を、カナはひと思いに突っきった。


 やがて肌に冷たい風を感じる。


「はあっ!」


 カッと目を開けると、そこにはのどかな自然の風景が広がっていた。

 場所はわからない。ただ地平の果てには――見覚えのある〝解放の渦〟が座していた。


「帰ってこれたっ! ……けど」


 すぐに問題に直面した。

 そこは天高いおそらの上だったのである。つまり寒い。空気がうすい。

 上と下があり、重力がある。

 ――つまり、落ちる。


「うわああああああああああっ!」

『カナ、落ち着け! 我を召喚しろ!』

「も、(もな)(もな)……!」


 パニックのなか、カナはもなもなしている。

 こころにひびく声を頼りに、なんとかハイドを召喚した。

 浮かびあがった魔法陣は落下の慣性を受けておらず、速攻でどっかにいった。


「まずいな、間に合うか……」


 無事に召喚されたハイドは反重力の結界でカナを保護し、なんとか生きたまま着地することに成功した。


「し、死んだと思った……。ありがと、ハイド……」


 まさか人生初のスカイダイビングが命綱無しとは。

 呼吸を整えてから立ちあがり、ゆっくりとあたりを見渡す。すきとおったあおい空に、丘の向こうまでつづく静かな草原。


 自分が見ている景色が夢なのか現実なのか、カナにはわからなかった。

 この世界には無いはずの私服の生地の感触。

 ぬかるんだ土を踏む靴底に伝わるかすかな不快感。

 どちらもまるで本物のようだ。


「どうやら、帰ってこれたようだが……」

「渦がある。どっちに向かってる?」

「動いてはいないようだ」


 魔王の資格がもとにもどってしまったのだろうか。しかしあれは〝魔導具〟のように、位置や状態が変わればそれが保持されるはず。


 そうでないのなら、考えられることはひとつしかない。


「過去の周期に飛んできたの……?」


 ともすれば、目標が達成できたことは素直に喜べないだろう。

 なぜなら、この世界にカナを知る人物は勇者ひとりしかいないということなのだから。



 *



 ひとまず、ほかの〝自覚者〟を見つけるためカナたちは近くの村を探すことにした。


「カナ、薬は?」

「…………」


 ハイドに問われ、無言で青ざめる。

 冷や汗の滝。言われなければずっと忘れるところだった。


「落としたのか……」

「だって空から落ちるなんて思わなかったもん!」


 幸いにも小瓶ならばこの平原で目立つはず。陽が沈む前になんとしてでも見つけなければならない。闇の渦がこちら側に動きはじめても終わりだ。


「望み薄だな」

「ものを探す魔法をちょうだい!」

「無い。だがひかりの反射を捉える魔法を空に飛ばせばなんとかなるかもしれない……。草葉の陰に隠れていたら無理だが」


 やってみる価値はあるということで、魔法による探索はハイドにまかせた。

 カナは地面担当だ。雑草掻きわけ、右往左往。そう簡単には見つからない。小瓶に対して平原が広すぎる。


 一時間ほど探しまわってハイドがひとつ見つけてくれたが、残るひとつが見つかることはなかった。


「よかった……割れてなくて」


 夜空のようないろのキラキラした液体が入った小瓶を、慎重に手にとる。金の装飾こそされているものの、容器はガラス製である。やわらかい地面に落ちて割れなかったのは不幸中の幸いだ。


「我が保管しておこう。カナに持たせるのは不安だ」

「うぐ……わ、わかった……」


 残るひとつは歩きながら探すことにして、カナたちは渦の中心に向かいながら、ひとの集まる村を目指した。


 その途中、平原のど真ん中に見つけたのは簡易テントが並べられてつくられた遊牧民の集落だった。

 魔物に対する柵に囲まれているものの、規模はちいさい。そこまで人数は多くないのがわかる。


「あれは〝キャラバン〟だな」


 ハイドの推察にカナは思いだす。

 〝自覚者〟たちのなかには、勇者の活動に合わせて旅をする一団があるのだ。


「なら……情報収集できるかも」


 そう思いたち一歩を踏みだそうとした直後である。

 視界がくらみ、カナは転倒しそうになった。

 咄嗟にハイドが身体を支えるものの、その姿すらすでに曖昧だ。


『カナ……?』

『やばい、これは……この感覚は……』


 夢から醒める。

 強いちからに精神が引っぱられるような感覚に、カナはもはや立っていられない。

 この世界の摂理が、カナという異分子を排除しようとしているのかもしれない。


(そんな、まだなにもできてないのに……)


 史録に吸い込まれるときとはまるでちがう。

 ちからがつよすぎて抗うことすらままならない。


『カナッ――!』


 ハイドの叫びを聞くと同時に、カナの身体はひかりの破片になって散らばった。



 *



「はあっ!」


 カナは飛び起きようとしたが、頭の機械が引っかかって止まった。ブチッといったからちょっとこわれたかもしれない。


「カナちゃん、調子は?」


 千条教授が駆けより、カナに尋ねる。

 麻酔の影響かうまく頭が働かず、メルヘンな幻覚が見えている。キラキラな夜のメリーゴーランド。


「遊園地でたわしがエビフライ……」


 しばらくのとき、カナは休むことになった。


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