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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第二章 魔王の章
92/110

#92


 カナはアパートの駐車場で如月さんを待っていた。銀髪だと目立つのでハイドはいない。


 しばらくすると、身だしなみを整えた如月さんが部屋から出てきた。髭を綺麗さっぱり剃っていて様相がまるでちがう。ソース顔が塩顔に大変身していた。


「お待たせさん」

「えっと、どこに向かうんですか?」

「大学の研究室さ。信頼できるひとに協力してもらおう」


 とのことで、カナはふたたび電車を乗りつぎ、如月さんの出身大学へと向かうことになった。


「カノンさんと如月さんって……恋人、ですよね……」


 電車に揺られているとき、カナは気になったことを尋ねた。

 となりに座っていた如月さんはうなずき、思いを馳せながら自身の過去を語る。


「付き合いはじめたのは大学一年のころだ。となりの席で同じ講義を受けてたときに知り合った」

「へえー、理系カップルですね」

「んだな。婚約までしてたけど……急病になっちまって……」


 彼は歌音の最期を看取るつもりで、入院していた彼女に付きっきりだった。病状が急変し、別れが近くなったある日、歌音はとつぜんに記憶をうしなったと、如月さんは説明した。


 歌音の(わずら)った大病に記憶障害の病状はない。

 精神的なものに起因しているという医師の推測に、当時の彼は納得ができなかった。


「そのときに、入れ替わったんですね……」

「そうらしいな。信じられない話だが」


 亡くなった歌音の手には、不気味なほどに綺麗なあかい本があったという。

 彼女は〝書架〟として転移しているときに現実の身体をうしなって、向こうの世界でカノンとして生きていくことになったのだ。


「カノンさんは向こうの世界とこっちの世界をつなげたがっていました。あなたに会うためだったんですね……」

「なあ、向こうの世界のカノンのことを教えてくれないか?」


 如月さんにうなずいて、カナは知っているかぎりカノンのことや、彼女と向こうでなにをしたかなどを教えた。


 如月さんは懐かしむような表情を見せ「あいつらしいな」と、おだやかな笑みを浮かべながらつぶやいた。


「向こうの世界は、ある人物が死んじゃうと世界の時間が巻きもどります。そんな環境で文明の発展に貢献してるから、すごいひとだと思います」


 きっとそれは並はずれた精神では成しえないことだろう。

 まさか恋人と会うためだったなんて。なんだかこころがほっこりする話である。


「……いまの状況は、見せられねーな……」


 如月さんは歌音の死に耐えきれず、そのまま大学を辞めてしまったらしい。それが三年前。


「……如月さんって、おいくつなんですか」

「二十四だけど……」


 思っていたよりもずっと若くて、カナは変な声を出した。ソース顔のときなんかは、四十過ぎにも見えたほどだ。


 やがて目的の駅に着き、そのままバスに乗って十五分。大学に到着した。


「こういうとこって勝手に入ってもいいんですか?」

「……知らん。まあいいんじゃね」


 アバウトだなあ。

 守衛所のひとと目が合ったがとくになにも言われなかったので、カナは迷いなく突きすすむ如月さんのうしろをついていった。



 *



 学生でごった返すキャンパスを進み、たどり着いたのは理学部の研究室のひとつだった。如月さんはノックをすると、返事も待たずして扉をあけてしまう。


 なかには机とパソコンが置かれたせまい部屋がある。

 壁には見てもわからない大量のメモ書き。

 ホワイトボードにはおおよそ人間が考えたものとは思えないなぞの数式。


「教授ぅ! 久しぶり!」


 して、部屋の奥でひとりパソコンと睨みあっていたのは、三十代半ばくらいの眼鏡をかけた綺麗な女性だった。セーターの上に白衣を着ていて、まさしく科学者のような風貌をしている。


「キサラギ? お前なんでこんなところに? ……アポ取ってたか?」

「取ってない。緊急事態なんだ!」

「帰れ。お前もう大学に籍置いてないだろ。勝手に入ってくるな」

「いいからこれを見てくれって!」


 如月さんが手渡したメモには、おそらくハイドが伝えた数式が書かれているのだろう。教授の女性はそれを見るや、一瞬だけおどろいて、ため息をついた。


「お前の妄想に付きあっているほど私は暇じゃないんだが?」

「妄想じゃない。この子はカナ。そこに書かれてる〝変数〟だ」


 如月さんの紹介に合わせて、カナはおじぎをした。

 変数とはどういうことだろうか。事前に聞かされていない。


「へえ、つまりその子はこれからノーベル賞を総ナメするってことね。それはすばらしいことだ。帰れ」


 教授の女性はまるで聞く耳を持たない。


「論より証拠だ。カナ、変身!」

「ええっ!」


 あまり多くのひとに魔法を見せるべきではない気もしたが、渋々カナは銀髪になった。

 そこまでしてようやく教授は作業の手を止め、口を半開きにしたままふたりを見た。


「……本物なの?」

「見てのとおりさ」

「とんでもないことだぞ」


 カナはこれまで雰囲気で魔法を使ってきたから、理学者目線でそれがどのように映っているのか見当もつかなかった。


 されど、未知のものを目の前にした教授の驚愕だけは手に取るようにわかり、自分がそれだけ重要な局面に立たされていることを実感する。


「だから助けてほしいんだって。名づけて〝チーム・イセカイズ〟! どうする。一枚噛むか、手放すか」


 如月さんは教授の人脈をあてにしている。

 だからこそ、ここで断られれば振りだしにもどるようなものだ。


「あの……わ、わたしからもお願いします……」


 ぺこぺこと頼むと教授はゆらりと立ちあがり、カナのことをよく観察した。身体を触ったり頬を引っぱったり。魔法陣から重力に逆らって煤のようなものが舞いあがっていたことにも注目していた。


「貴方は……魔法使いなの? それとも異星人? あまりにも興味深い。連れて帰りたい」

「に、日本人です……」

「なんで髪のいろが変わったの? 眼もちがうのね。視力はどう? 抜け毛は正常? 体調に変化はある? 普段の食生活は? どうやってできるようになったの?」


 質問の嵐に、カナの思考は熱暴走を起こし停止した。


「教授、ひとりで突っ走るな」


 如月さんのひと声で教授は我にかえり、何事もなかったかのように咳払い。


「……これは失礼。名刺をお渡しするわ」


 教授はいったん席にもどると、机の奥から名刺の束を引っぱりだして、一枚をカナに渡した。

 そこには千条(せんじょう) 遥華(はるか)という名前が書かれている。天文物理学の准教授としてこの大学で研究と指導をしているらしい。


「カナちゃんと言ったわね。私に連絡先を教えてくれる? そこのプー太郎なんかじゃなくて」

「だれがプー太郎だっ! ……否定できねえ!」


 如月さんは頭をかかえて膝から崩れおちた。


 教授に連絡先を伝えると、教授は真剣な顔をしてカナに告げる。


「カナちゃん、いい? これから私たちがやろうとしていることは、口外厳禁。契約書もあとで郵送するから、そのつもりで」


 つまり教授はイセカイズの提案に乗るということだ。

 一歩前進し安堵の息が漏れる。されど、懸念が消えたわけではない。


「あの……ひょっとするとわたし、まだ監視されてるかもしれなくて……」


 カナはニュースで話題の事件に関与していたことを語った。通信の傍受なんかは朝飯前のようなひとたちに狙われているかもしれないのだ。

 漠然とした不安のなかにいることを、教授を信じて伝えることにした。


 如月さんもそれは初耳で、現実離れした話に感嘆の声をあげている。


「大変だったのね。……でも安心して。秘匿性の高いメッセンジャーを使う。不当な請求で情報が漏れることはない」

「それなら……いいんですけど……」


 教授の言葉はこころづよいが、それはカナの不安を晴らすほどのものではなかった。


「キサラギ。お前はこれから会議と検証だ。チンタラしてる暇はないぞ。人手の話、金の話、全部終わらせるぞ」

「わかってるよ!」


 その後、カナは一足先に帰ることになった。冬場の入りだ。すでに陽は沈みかけており、風が冷たい。


「……なんだか、おおごとになってきたね」


 あかねいろの空を眺めながら、カナはつぶやいた。


『そうだな』

「……ねえ、どうしてわたしについてきてくれたの?」

『我はカナの深層意識にいるのだ。選択する権利などない。カナの望む場所が、我の居場所だ』


 鮮やかな紅葉が風に舞う。


 ……もしかして、このまま一生いっしょだったり。

 そんなことを想像してしまい、途端に頬をあからめる。カナは慌ててそれを振りはらった。


 せっかく掴んだ一筋の希望を、(ないがし)ろにするわけにはいかない。


「……ハイド。絶対にもどろうね」


 そして世界の繰りかえしを止めて、リュウ先輩を助ける。

 マヤたちと、後悔しないくらいたくさんお話して、最後の別れを告げる。


『ああ』


 カナは片手をきゅっと握りしめて、空の向こうに浮かぶ夕陽をつかまえた。

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