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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第二章 魔王の章
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#88 勇者リュウの決断


 菌糸を編みこんでつくった縄で拘束されたサーベラスは、凶獣化が解かれてもとの姿にもどっている。それと同時にあおく燃えていた森のきのこも鎮火した。


 凄惨な戦闘の痕跡こそ残るが、安寧は保たれたと言えよう。シエルはまだ湖の底に隠れたままだけど。

 

 カナはサーベラスを沈黙させたのち、もとのメイド服にもどった。宝石でつくられたバラの杖も、モップにもどっていた。ハイドを召喚しているので髪と目は変わったままである。


 マヤはすごく綺麗だって褒めてくれたけど、変身状態はそれだけでじわじわと魔力を消耗する。こういうところでの節約が大事なのだ。


「ほ、ほんとに起きないよね……?」


 熟睡していてもなお向けられる敵意に、カナたちはおそれをなしていた。魔法を放ったカナですら自信をなくすくらいだ。


 想定どおりなら今日は一晩中眠っているはずだが、これから彼をどうするべきか決めなければならない。


「逮捕するべきよ。彼は脅威すぎる」


 これから及ぶかもしれない危機を鑑みれば、マヤの提案が無難な選択であるといえる。


「この村に彼を封じこめておける機能はあるのか」


 ハイドの問いにマヤは悔しそうに唇を噛む。

 無いだろうなあ。鉄の檻くらいなら簡単に曲げてしまうだろうし。


「……王都くらいにしかないわよ、そんなの」

「ならば塔の管制区を牢として使うのはどうだろうか」

「できるの?」


 ハイドは「ああ」とうなずく。


「古いとはいえ隔壁はどんな魔法にも耐えられる設計だ。最低限の光源と食事さえ与えておけば、過ごせるだろう」


 管制室には仮眠ベッドやシャワールームもついている。水道の管理も必要かもしれないが閉じこめておくには充分な場所らしい。


「ならば屍をさっさと退()かす必要がありますね……」


 いっぱいヨシヨシしてもらって元気を取りもどしたヘネがそうつぶやく。まだこの冥村には多くのゴーストが集まっていない。


 当面の予定は決まり、次は図体のでかい彼をどうやって運ぶかを話そうとしたときだった。


「そういえば、ヘネ。通信機はどこに隠したの?」

「あ……お待ちください。すぐにお持ちします」


 戦いに夢中になるあまり、ローズ公爵と電話をつなげたままであることをすっかり忘れていた。


「いや、わたしもいく。マヤとハイドはサーベラスさんのこと決めといてね」

「うん、わかったわ」


 とはいえ、通信機はさして遠くに隠されているわけではなかった。ひときわ大きなきのこの陰に置かれているだけだ。


「もしもーし……。えっと、ケンさま? いますでしょうか……」


 カナはおそるおそる、声をかけてみる。えらいひとをずいぶんと待たせてしまった。怒られることも覚悟。


『さわぎは落ち着いたようだな。戦の旋律がこちらにも聞こえてきたぞ。怪我していないか、勇者も心配している』


 杞憂だったようである。少しヘンなところもあるが優しいひとのようだ。いや、それよりも。


「勇者さんは見つかったんですか?」

『ああ、今かわろう。ほら勇者、(けい)のプリンセスがお呼びだ』

「ぷ、ぷりんせす……」


 言い方は気になるが、目的が果たせそうなことには感謝せねばなるまい。


『カナ、そこにいるのか?』

「は、はい……」

『公爵から話は聞いてる。現実でなにがあった?』


 カナは現実で起きたことを頭のなかで整理して、リュウに伝える。


 先輩を助けようとしたことが裏目となり〝エリュシオン〟が生まれたことや、現実で危機的状況に陥っている状態でこの世界に逃げてきてしまったこと。


 あとは〝後援会〟が現実で政府とつるみながら悪事を企てていることも。


 リュウはそれを静かに聞いてくれていたが、電話越しにも彼の雰囲気や息づかいが変わっていったことにカナは気づいていた。


「――それで、どうすればいいかなって……。公爵さまが仰ったように、加筆する時間も惜しいだろうし……」

『少し考えさせてくれ』


 思い詰めたような声でリュウは告げる。

 しばらくのとき、会話のない時間だけが淡々と過ぎていった。やけに長い時間、なにをそんなに考えていたのか。


 想像を絶するその答えをカナはすぐに知ることになる。


『――ずっと考えていたことがあったんだ』


 リュウはなにか決意したかのような、先ほどよりも芯のある声でそう切りだす。


「考えていたこと……?」

『いったい僕の身になにが起こって〝暗黒の周期〟が始まるのかだ』


 多くの〝自覚者〟が必死に踏みとどまるよう、リュウに懇願した。文明が推力をうしない、無意味な時間が繰りかえされる。そんな地獄を望む者がどこにいよう。


 されどリュウも、自分がそんなふうに自殺を繰りかえすようになるなんて想像すらできなかった。だから彼らの声には納得もいかないままに「わかった」と(さと)すほかなかったのだ。


『僕はクズだ。自死を繰りかえさなければならない事態に陥るくらいなら、そうならないための殺戮(さつりく)をえらぶはず。だからずっと疑問だった。アルレンかだれかに洗脳でもされるのかとたかを(くく)って生きてきた』


 ミラもときおり記憶に関する魔法を使ってくるものだから、精神への干渉に対する耐性は必要以上に高くなっていたようである。


『でもちがう。――ようやく答えがわかったよ』


 達観した様子で、リュウはつぶやく。それから聞こえてくるのは、金属をこするような音。


『待て勇者、なにをする気だッ!』


 必死に止めようとするローズ公爵の叫び。

 緊迫感にとらわれ、荒れくるうリュウの息づかい。


『カナ、きみは本にとらわれちゃダメだ。――後悔のない決別を』


 カナが最後に聞きとどけたのは、勇者のひとつの決断だった。


『やめろおお――』


 ローズ公爵の叫びは、なにかがこわれるようなとてつもなく不快な音にかき消される。

 通信はそのまま途絶えた。おそらくだが、プリ村はもう消えた。


「うそ、でしょ――?」


 自身をもとの世界にもどすたったひとつの方法があったことに、カナはそのときになって気づく。その手段までは考えたくもない。


 答えあわせをするかのように、聴きたくもないような地響きの音が地平の果てから鳴りはじめた。

 凍りついたカナの思考に、ひとつの現実が鋭利な刃物のように突きつけられる。


 勇者リュウは、自殺した。



 *



 カナはマヤのいるところに駆けだしていた。ヘネも絶句しながらそのうしろを追従する。


「マヤッ!」


 呼ばれたマヤはきょとんとしながら振りむいた。まだ地鳴りの音に気づいていないようだ。


 必死にマヤを抱きよせて、自身のこころを落ち着かせる。


「カナ……どうかしたの……?」

「勇者さんが、死んじゃった……」


 マヤは恐怖に打ちひしがれて言葉をうしなった。

 世界が閉ざされようとしている。それを知覚するや、みるみるうちに青ざめていく表情。


「な、なんで……」


 カナとて想定外の事態である。混乱して泣くしかない。

 論外だと思っていた方法でカナは助けられた。エルフのカナだってひとりで無双して自宅に帰れたかもしれないのに。


 その可能性に賭けずして、勇者は死をえらび、カナをもとの世界にもどそうとした。


 周期のはじまりからものの三時間ほどで閉じはじめる世界に、すべての〝自覚者〟が予感してしまうことがひとつある。

 これが〝暗黒の周期〟のはじまりなのだ。


「シエルッ! 出てきて!」


 カナは湖に向かって呼びかけた。必死な声は山一帯にこだました。


「……っ!」


 シエルはすぐに岸にあがってきてくれた。

 カナのいるところが閉じる世界の中心だ。逃げ場がなくて、シエルは怯えている。


 初めて会ったときもこんな気持ちで逃げていたのだとしたら、あのとき助けて本当によかった。


 服がべとべとになるのもお構いなしに、震えるシエルを抱きよせる。


「みんな、ごめんね……。いきなりだけど、これでお別れなんだ……」


 カナは受けいれがたい現実を、みんなに明かした。

 時間がどれだけ残されているのかわからない。


「お別れって……もう会えないってこと?」


 こころのどこかではわかっていることを、マヤはたしかめようとする。


 カナは弱々しくそれにうなずいた。涙が止めどなくあふれて、声が出せない。

 言わなきゃダメだ。一生後悔する。


「ヘネ。ちゃんと村の運営がんばるんだよ。シエルのことも気にかけてあげてね……」

「もちろんです。我が主人(あるじ)……」


 ヘネはこれまでで一番頼りがいのある様子で、うなずいた。


「シエル。臆病なことは罪じゃないよ。あなたにはあなたの良いところがきっとある。それがあなたの強さになることを忘れないでね……」

「…………」


 シエルは抱きつくちからを強めることでそれに応えた。


「マヤ。あなたはわたしの最高の友だちだよ。わたしと……出会ってくれてありがとうね。友だちになってくれて、本当にありがとう……」


 言いたいことは山ほどあるのに、それら全部を伝える言葉が見つからない。

 帰りたくない。離ればなれになりたくない。


 カナたちの望みを儚くも粉砕しようと、容赦を知らない破滅の音が少しずつ(せま)る。


 時間が巻きもどったから日記も渡せない。きっと白紙にもどって、本棚のどこかに眠っているだろう。


 世界の仕組みが恨めしい。でも、それに助けられたことだってある。文句を言う資格などない。


「カナ、安心して」

「え?」

「わたしはいずれ世界でいちばんの魔法使いになるのよ。いつか絶対、宇宙を飛び越えて貴方に会いに行く。だから待ってて」


 マヤは精一杯の笑顔を向ける。

 カナも負けじと、それに応えた。お互い、泣いてるのか笑ってるのかはっきりしない。顔がぐちゃぐちゃだ。


「うん……! 待ってるから。絶対に忘れないから……!」


 ――ずずず。

 地鳴りはついに、マヤの耳にも届きはじめた。直後、震えだす彼女の姿に、刻限が訪れたのを自覚する。


 勇者が渦を引っ張って動くのとはわけがちがう。存在意義をうしなった世界は、目まぐるしい速度で閉じている。空の向こうから、闇がやってくる。


「カナ、そろそろ……」


 ハイドの言葉にうなずいて、カナは魔法でみんなを眠らせた。


「ハイド、お願い」

「ああ……」


 ハイドも魔法で、カナを眠らせる。

 カナはもとのエルフの姿にもどり、召喚魔法が途切れたことで、ハイドはカナのなかへと消えた。


 ――ああ。遠のいていく。


 薄れゆく意識のなかで、カナはいつまでもマヤたちのことを想っていた。

 こわいことも多かったけど、人生でいちばん、満たされた時間だった。


 やがて眠っていたカナたちも、闇のなかに飲まれて消えた。


 かくして、カナは〝書架〟の役割を――〝エリュシオン〟とのつながりを、ついにうしなってしまうのだった。

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