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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第二章 魔王の章
87/110

#87


 はじめは茶褐色のままだったサーベラスの毛並みは、未来を思いだすにつれてにしろく変色していく。


「サーベラスさん、戦うのをやめて……!」


 カナの声は届かない。飛んで逃げるか。いや、それは時間稼ぎにしかならない。追いつかれてしまえば魔力の半数をうしなった状態で戦うことになる。


 サーベラスは腕を振りおろして叩きつける。ハイドが咄嗟にカナをかかえて後退したが、そこにはクレーターのような穴があいていた。


「下がって、カナ!」


 マヤが杖をかかげた。洗練された火の玉が杖の先端に生成されて、みるみるうちに巨大化していく。


「生き物ってのはみんな、火に弱いのよッ!」


 飛ばされた火球はサーベラスに直撃して爆発した。なんて威力だろう。爆煙が晴れると、彼は防御姿勢をとりながらも身体の一部が燃えていた。


 一瞬だけ効いてるような気がしたが、どうやら無傷のようである。「えっ!」マヤは青ざめた。ヘイトを買っただけだ。


『卿らも大変だな……』


 つながったままだった通信機の向こうからローズ公爵の他人事のような声がとどく。


「ヘネ。通信機をこわされないように守ってて!」

「は、はい……! 隠したらすぐに加勢します……」


 ヘネはいったん離脱。カナはすぐにモップを召喚して唱える。


『――瓦解しろ(ラベク・ネムラト)!』


 悪夢を見せて精神を崩壊させる魔法を放った。最終手段として残していたが、今回ばかりはちがう。はじめから全力。


 魔法がかかり、サーベラスは鎮まったかのように思えた。

 安堵するのもつかの間だ。彼は眠ったまま、カナたちに突撃をかます。咄嗟に飛びこむように避けた。


「なんでっ!」

「本能にしたがって動いているようだ……」

「効かないってこと!」


 ハイドの推測が最悪すぎてたまらず叫ぶ。サーベラスは自身の嗅覚だけを頼りにカナのほうを向いた。視覚と聴覚をうしなってもなお猛進する彼の姿には、もはや恐怖しか感じない。


 その後すぐにサーベラスは目を覚ました。普段から過去の周期を悪夢として見てきたのだ。いともたやすくカナの魔法を克服した。


 散開していたマヤが彼の背後から氷塊を飛ばす。物理的な衝撃にサーベラスは姿勢を崩すものの、有効打にはなっていない。

 サーベラスがマヤのほうを向くので、咄嗟にカナは彼の血流を揺さぶった。マヤに手は出させない。ぜったいに。


「ぐう……鬱陶しいものどもめ……!」


 やがて巨大な彼の身体は、完全にしろく変わってしまった。手足には怪異のようなあおい炎が灯る。


 血のようにあかく染まった眼でカナを見下ろすと、彼は自身の頭上に炎の輪を顕現させた。


「な、なんかヤバそう……」


 マヤの予感は正解である。


真神陰火(まかみのいんか)――』


 サーベラスが唱えたのは、おそらく魔法だった。それもこれまで見てきたものとは様相がちがう。毛筆で描いたかのような輪郭の火炎はさながら妖怪の絵巻でも見ているかのようだ。


 あおい炎の玉が、放物線をえがくように全方位に放出される。なかには湖に落ちたものもあり、強烈な霧が発生した。


 ハイドが咄嗟に防御魔法でやりすごすものの、気づけば炎はきのこの森にも引火していた。


「マヤ!」


 爆発から生じた小石の散弾に巻きこまれたマヤは、杖を支えに片膝をついていた。彼女の防御魔法では防ぎきれなかったようである。


「カナ、ダメだ!」


 カナが駆けよるのを、ハイドは慌てて呼び止める。


「え――」


 蜃気楼のように姿を消していたサーベラスがゆらりと迫るのに、気づけなかった。

 目の前に人狼がいる。いつの間に。

 

 まばゆいひかりと、耳をつんざく金属音。致命的な裂爪は防御魔法によってなんとか防がれていた。


小賢(こざか)しい……」


 サーベラスはふたたび腕を振りあげる。するどい爪があおい炎を纏う。防御をゴリ押しでこわす気だ。


 まずいと思った矢先、彼の鼻からきのこが咲いた。


「今のうちに離れて……!」


 もどってきたヘネが必死に叫ぶ。

 カナはマヤのもとに駆け寄って、彼女に肩を貸した。


「ぐおおおおおっ……!」


 サーベラスは自身の鼻から香る強烈なにおいに、悶絶している。慌ててハナタケを引きちぎり、無造作に捨てた。


憤怒(ハイド)……あれに容赦はいりません。なぜさっさと息の根を止めないのです……」

「こっちの台詞だ。かぎりある魔力で奴を倒せる算段が浮かばん」


 古代の二人にはサーベラスを圧倒できるちからがある。しかしどんな方法を選ぶにせよ、それが有効であるという確信が得られずにいる。


「どんな頑強な生物であれ、内臓をやられれば屈します……たぶん……」

「やれるのか」


 ヘネは魔法の胞子を彼の体内に忍ばせていた。普通の生物であれば、ヘネの近くで呼吸をしただけで弱みを握られるということだ。


「まずは肺をブッこわします。――あれれ?」


 されど、サーベラスには効いていない。彼の抵抗力に、すべての胞子が体内で燃やされていた。

 唖然とするヘネを一瞥(いちべつ)し、サーベラスは小細工を見透かしていたかのような余裕のある声で彼女に告げる。


「愚かな……。空気が変わって気づかぬ獣人がいると思ったか、きのこの分際で……」


 きのこの分際で……。

 言葉の鋭利な部分がヘネの脳内でエコーする。

 

 彼女はそのまま屈して泣いてしまった。平べったい小石を探しはじめてしまう。上手に投げられないのに。


「そうですよね……所詮わたしはきのこなんです……。ちょっと火に当たっただけでからからに乾いてしまうザコキャラなんです……。どうせわたしは食べごろの秋になったら出荷されてお鍋の具材にされるんです……」


 おそらく本意ではなかっただろうが、サーベラスはヘネを攻略してしまった。

 ヘネは完全に戦意をうしなって、ぶつぶつとネガティブなことをつぶやいている。


「ああ、なんてことを……」


 ここまでこじらせてしまったらもうだめだ。ケアしなければ戦闘に復帰はできないだろう。カナたちは戦力をひとりうしなってしまった。現にサーベラスもヘネを相手とみなしていない。


「こんなやつ、どうやって止めんのよ……!」


 肩で息をしながら、マヤは愚痴をこぼす。彼女に残された魔力は残り六割といったところだ。火球の放出にちからを込めすぎたことを彼女は後悔していた。


 フューリィの魔力がいかに優れて、これまでの旅を助けてくれていたのかがよくわかる。


 カナもまた、残る魔力はわずかだった。古代魔法は燃費が悪い。いくら潤沢な魔力を持つエルフといえど、ハイドと共有する古代人の魔力と足しても、中規模の魔法を二発撃てるかどうか。


 状況は依然として厳しい。こうしている今もサーベラスは物理攻撃を乱打して、防御魔法を強制してくる。

 合理的な脳筋戦法。魔力が尽きるまで続けるつもりだろう。


「ハイド、そのままシールド維持して!」

「……長くはもたないぞ」


 カナはハイドが守ってくれているうちに、古代の叡智を探索していた。まえの周期で探したものでは足りない。もっと強烈に、相手をあきらめさせることができるちからが欲しい。


 闇雲に殺すのはきっと簡単だろう。探索している魔法リストには親切にもかつて戦争に使われたものが分類されている。

 

 古代魔法は素粒子への干渉。大抵のことはなんだってできる。


 けれど、これだけたくさんの魔法が羅列されているのに、カナが求めるものは見つからない。目の前に暗雲が立ちこめていく。


「そんな……どうすることもできないの……?」


 されどハイドはいつもどおり無感情な声で、カナに告げる。


「カナ、あきらめちゃダメだ」


 カナは不安げな表情でハイドの顔を見た。

 防御魔法の維持で苦しいはずなのに。

 その眼差しには絶対的な自信が宿っているかのようだ。


 あと十数回ほどで、防御に回せる魔力は尽きる。そのひかりは、どこから来るというんだ。


「なんで……」

「以前言ったことを覚えているか。キミは魔王だ。だから何者にも敗けることはない。なぜなら――」

「勝利を(つかさど)る者だから……?」


 その言葉にハイドはうなずいた。覚えていてくれたのが嬉しかったのか、彼は少しだけほほえんだ。


「もとからそんな者がいたわけではないはずだ。人々の信仰が資格を生みだし、そしてうしなわれずに今も残っている」


 古代の記憶をたどりながら、ハイドは答えまでの筋道を教えてくれた。

「そう、大切なのは――」彼の言葉に続くように、カナは応える。


「――巨大なものを前にしても、決してあきらめない勇気……」


 すなわち、魔王(じぶん)を信じるこころである。


 皮肉なものだ。それはサーベラスがかつて勇者への伝言として教えてくれたことだった。彼がひたむきにカナに挑み続ける理由でもあり、無限のように湧きでるちからの根源でもあった。

 

 ともすれば、方法はひとつ。


「ハイド――新しい魔法を作りたいの。手伝ってくれる?」


 カナの提案にハイドは目を丸くするが、すぐにもとの表情にもどった。


「――キミが、それを望むなら」


 ハイドと意志がひとつになったことを実感すると、カナの姿が目まぐるしく変わっていく。

 

 黒を基調とした煌びやかなドレス姿に。


 きっとハイドが用意してくれたものだろう。眩しすぎないし、いいチョイスだ。花びらのようなフリルもかわいい。


 手に持っていたモップもまた、かたちを変える。

 毛先に宝石のようなバラが咲きみだれる長杖に。


「クオオオオオオオオオオッ!」


 突然の変身にサーベラスも身構えたが、彼の戦意は尽きることなく、ちからはますます増していく。腕の一撃で、防御魔法が一枚割れる。


 古代の叡智では足りない。

 必要なのは現代の魔法。原理のない、空想を現実にするちから。


「防御魔法を――改造します!」


 ドヤ顔はしないでおく。

 イメージはアルレンが使っていた黒くひかるやつだ。彼が使っていた防御魔法は、古代魔法を防げないかわりに、今使っている防御魔法よりも強固なものに見えた。


「あれは炭素由来のものであろう」


 カナの記憶に呼応するようにハイドが教えてくれる。

 そっか、炭素由来ね。うんうん。


「わかんないから、宇宙で一番硬い物質にしよ」


 カナが決めると、防御魔法はもうこわれなくなった。

 サーベラスはあきらめずに攻撃を続ける。それではジリ貧というやつだ。


「カナは優しいんだな」


 カナのこころがわかるハイドは、前を向きながらそんなことをつぶやく。

 そう。これはもちろんただの障壁などではない。


「言ったでしょ。誰かが不幸になるのはダメだって」


 それでいて、燃費も重視だ。

 この防御魔法の本質は相手のちからに依存する。カナはただ、その瞬間が訪れるのを待てばいい。


 少しずつ、半透明な障壁が放つひかりが強まっていく。

 サーベラスはこれを、もうすぐこわせるのだと判断していたようだ。それはまちがってはいない。


「小癪な真似を……するなぁぁぁッ!」


 サーベラスはあおい炎を纏う腕を振りおろし、ついに最後の一撃をかまそうとする。


 今だ――。

 カナとハイドが、こころのなかで同時につぶやく。


 蓄積された衝撃の、全反射。


 サーベラスのやらかしたと言わんばかりの顔が目に映る。

 強烈なひかりの放出に巻きこまれた彼は、やがてそのひかりが晴れたとき――いびきをかいて爆睡していた。


 カナが初めて自作した次代魔法。名前はまだない。

 

 その能力は、障壁に受けたダメージをまとめてお返しするものである。

 ――ただし、強烈なねむけに変換して。


「おやすみなさい、サーベラスさん」


 よい夢を。

 カナは彼にそう言い渡したのち、みんなと手分けして彼を拘束した。

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