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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第二章 魔王の章
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#86 相対する者


 カナは電話した相手に謝ろうと思いたち、ハイドを召喚した。自分が直接使ったらこわれるかもしれないので、予防措置である。


 きのこのこのこ。


『……なんなんだ。我は暇ではない。いたずらはよしたまえ』


 老いた男が落ち着いた雰囲気のまま電話に出た。


「あのぉ、えっとぉ……さ、先ほどはすみません。わたしコペラ村で〝書架(ホルダ)〟をしてるカナと申します。えと、そちらに勇者のリュウさんはいらっしゃいますか?」


 カナとて電話は嫌いである。緊張するし相手の顔色をうかがえないのがなんとなくこわいのだ。

 それでもできるだけ失礼のないように、電話の向こうの紳士に尋ねた。


『勇者はたしかにこの街にいるはずだが――用件はなんだ』

「その、もとの世界にもどしてほしくて……」

『フッ……バカを言え。加筆まで何ページあると思っている。伝えたとして何日かかるやら』


 小馬鹿にするように男は言うが、それは正論だ。どうやら彼も〝自覚者〟のようである。

 打つ手はないのかと、カナは黙りこんでしまったとき『ひとつ条件がある』と男は続けた。


(けい)が〝書架〟だというならばそれを示せ。本の結末は?』

「そのまえに……あなたは一体……」

『質問に質問で返すとは、無礼なやつめ。しかも我が誰かも知らずに物を申していようとは――いいだろう。我は卿を気にいったぞ』

「はあ……」


 自分に酔いしれているかのような口振りで話すおじさんに、カナは(いささ)か困惑していた。


『我が名はローズ公爵、ケン・タルタロス・フォン・ピークシュタイン――ひと呼んで〝月影(つきかげ)の騎士〟と聞けばいくら世間知らずな卿でも知っていよう』

「あ、あー……、はい。まさか、あの……はい」


 全然知らねえええええっ。

 こころのなかで叫びながらも、カナは話を合わせた。


『驚きのあまり言葉も出んか。フッ、よい。我のこころは闇夜のように広く、月明かりのように優しいのだ。許そう』

「あ、ありがとうございます……」

『それで、話す気になったか』


 ハイドがカナの口元を覆い、静かに首を横に振った。

 相手を疑えと言いたいのだろう。

 

 ローズ公爵が騎士団の者ならば、ムサシのように〝後援会〟の仲間である可能性がある。


「ま、待って。あなたは……〝後援会〟のひとですか?」


 カナは勇気を出して尋ねてみた。それで電話を切られたら振りだしにもどってしまうけど。身の安全が最優先だ。


『なんだ。うろたえていると思ったがそんなことを気にしていたか。たしかにそうだ。我はそれに籍を置いている。しかし案ずるな。西の果ての辺境にまで奴らは気になどかけていない。我も連中に興味などない。なぜなら我は――夜だからだ』


 ローズ公爵は苦笑しながらも、ほとほと呆れたような声でそう答えた。ハイドの警戒心がスッと消える感じがする。どうやら信頼に足る人物のようである。


「結末は……復讐の旅に出る女の子についての描写でした。勇者さんの死因は書かれていません」


 カナは一字一句、覚えていた文章をローズ公爵に伝えた。


『――いいだろう。おい近衛(このえ)、勇者を見つけて連れてこい。カナとやら、電話は切るなよ。こちらからは掛けなおせん』

「あ、ありがとうございます……」


 気づけばマヤとヘネは森の奥からもどってきていた。ヘネはやけにぷるぷるしているが二人はなにをしていたのだろうか。まさか、説教。


「カナ、どうだって?」

「なんとか勇者さんは探してもらえそう」

「おお、さすが!」

「えへん。がんばりました」


 とりあえず自分の手柄なので胸をはっておく。


「カナ――気をつけろ」


 女子たちがにこやかに達成感を分かちあっているところに、ハイドが水を差した。

 同時にヘネも急にぞわっとした憎しみを周囲に撒きちらす。


「え……?」

「森に侵入者です。この気配は……獣人のもの……」


 怯えた表情でヘネはカナを見つめる。

 それと同時に、森のなかから姿を現したのはサーベラスだった。



 *



 いくらなんでも、登場が早すぎる。

 この周期がはじまってから、せいぜい二時間と少ししか経っていない。彼の出身地からまっすぐ駆けてきても、こんな早くに着くはずがない。


「まったく……とんでもない場所に来てしまいましたな……」


 片眼鏡をかけたサーベラスが困った顔をしてつぶやいた。彼はまだ前の周期でなにをしたか、そして自分がなにをするべきか覚えていないようだ。


 でも、ヘネとマヤはちがう。カナに対する仕打ちも、そこから芽ばえた強烈な殺意も、まだ記憶のなかに鮮やかに残っている。


「サーベラスッ!」


 マヤは両親から受け継いだ〝魔導具〟の杖、《アンゴースティング・ウィラー》を始動させた。しろい長杖が、マヤのこころに呼応するかのように炎の機運を振りまいている。


 ヘネも同様に見たこともない古代の魔法陣をひとつ、サーベラスに向けていた。

 ぴぴゅーん。シエルはなりふりかまわず湖面を駆け、そのまま水中に潜りこんだ。


「き、貴殿らはなんですかな。なぜ我の名前を?」


 サーベラスは敵意がないことを示すかのように両手をあげて、マヤに尋ねる。身に覚えのない殺意を向けられて、たじろいでいるようだ。


「マヤ、ヘネ。やめて。彼はなにも覚えてないよ」

「カナ……! ダメ。あたしは許してないッ!」


 許してないのはもちろんカナとて同じである。それでもカナは二人をなだめるようにサーベラスのまえに立った。


「……あなたは、だれですか? どうしてここに?」


 本当は誰であるかは知っているが、それを悟らせないように尋ねる。彼はまだ大義を背負っていない。この周期では、未来を変えられるかもしれない。


「そちらのご令嬢が仰るとおり、我はサーベラスと申しますぞ。しがない考古学者をしておりますが……ここはどこですかな……?」

「ここはコペラ村の近くです。オオペラ山岳域にある山あいの湖です」


 サーベラスは村の名前に見当がつかないらしく、顎のしたを掻きながら首をかしげた。


「どうして我はそんなところに……?」


 それはこっちの台詞だ、と言いたいのをグッと堪えながらカナは尋ねる。


「えっと、なにがあったのか教えてくれますか?」

「飛んだ……気がしますな。転移魔法ですかな……。それで気がついたらこの奇妙な森に……」

「転移魔法――?」


 自分たちのほかにも使える者がいるのだろうか。それも、どうやらかなりの長距離を飛んだらしい。


「ま、まさか……」


 ヘネが焦燥感に満ちた顔を見せた。

 ハイドも目つきが険しくなり、周囲の警戒を強めている。


 二人の様子からなんとなく予想がついてしまった。

 ほかにもいるのだ。古代魔法の使い手が。


「サーベラス、答えろ。汝はどこかで黒い(すす)のようなものを見ていないか」


 ハイドがサーベラスに詰めより、探りをいれる。

 サーベラスが異なる古代の意志に憑依されている可能性も、捨てきれなかったようである。


 でもカナはいちど悲哀に憑依されたジンとセネットを見ている。あのときの人形のような様子と比べたら、サーベラスはあまりにも普通だ。


「たしかに見ましたぞ。というか、それに視界を覆われたらここにいたのです」

「――これは厄介だぞ」


 正体のわからない古代の意志がいることに対してではない。


 その得体の知れない存在が、サーベラスをここに送りこんだことだ。まるで、悲劇を繰りかえそうとするかのように。


 姿を見せないのは、カナに行動を縛られることへの予防だろう。敵対しているのは明らかである。


 戦慄がほとばしり、張りつめた空気に冷や汗が落ちたときだった。狙いを定めたかのように、空から何者かの声がひびいた。


(なんじ)に記憶をやる。成すべきことを成せ――〝正義の獣〟よ』


 残酷で、冷たい声だった。老若男女の混じったものであることに変わりはないが、これまで耳にしたものと比べると男の声が多いようにも聞こえた。


「うっ……」


 サーベラスは膝をつき、頭をおさえる。彼の頭のなかには、甲高い金属音のような耳鳴りがひびいていた。


 同時に流れる、悪夢で見てきたような光景。

 度重なる失敗への後悔。ゆがみへの憎悪。そして、屈することのない正義。


「この少女が――魔王……?」


 使命に駆られた獣人は懐疑心に(さいな)まれながらも、時間の牢獄を抜けでた信念に変容させられていく。


 このときの正解は、有無を言わさずに彼を沈黙させることだった。

 氷漬けでも、催眠でも、貧血でも、なんだっていい。

 

 カナのみならず、ハイドやヘネですら咄嗟にそうできなかったのは、おだやかな雰囲気が敵意へと急変していく様子に、ほんの数秒でも圧倒されていたからにちがいない。


 その数秒を、三人は止めることができなかった。

 

 サーベラスはするどい爪で、自身の鼓膜を引き裂いたのである。


 そして彼は姿を変えた。魔を従えるちからに縛られることのない凶獣に。

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