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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第二章 魔王の章
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#83 星天の女神


 カナはまっくらな空間にいる。ときおり稲光で照らされる足元は鋼鉄のように固く、そして黒い。

 

 そこは宇宙が閉じて、黒ずんだ鉄だけが残った〝エリュシオン〟だった。景色も変わらず、なにも見えない場所をカナはあてどなくさまよう。


「逃げたのはいいけど……どうしたらこっからもどれるんだ……」


 青ざめた顔でそんなことをつぶやきながら、あたりを見渡す。あれ、どっちから来たっけ。


『右手の方向だ、カナ』

「ハイド、もどってこれたんだ!」


 ハイドの存在はとてもこころづよい。少なくともひとりぼっちではなくなった。

 それからカナは暗闇のなかをハイドの言うとおりに進んでいった。右手に何歩、背中に何歩。なんだかなつかしいゲームを思いだすようだ。


 五分かからずして、目的の場所にたどり着いた。

 そこではリュウがひとり、膝をかかえて泣いている。


「リュウ先輩!」


 カナが呼びかけながら駆け寄ると、リュウはハッとして顔をあげた。


「カナちゃん……?」


 状況が理解できるはずもなく、リュウは怯えた様子だった。それでもカナの存在は、まるで希望の女神が現れたかのように見えていたことだろう。


 救いをもとめるような様子で、リュウは問う。


「これは夢か? 僕はなんでここにいるんだ。記憶が……ないんだ」


 なんらかの薬を打たれた影響か、リュウは下校途中からの記憶が曖昧になっているらしかった。

 だから誘拐事件が事故という認識に変わったのかもしれない。


「先輩は……事故に遭ったの。それで昏睡状態に」


 カナは優しい嘘をつく。

 真実を話すより、そっちのほうがずっといい。事前に未来を告げていたから、リュウは頭をかかえながらもすんなりとそれを受けいれた。


「そっか……。どうすればいいんだよ。こんなところで……」

「それは……」


 すでにカナは気づいていた。

 ハイドが〝勘違い〟だと言っていた理由にも合点がいく。


『……これが答えだ。カナ』


 こころのなかのハイドの声に、カナはうなずく。

 リュウの事故を止めようとすれば異世界が誕生しないんじゃない。


 ――止めようとしたから、異世界が誕生したんだ。


 リュウと下校しなければ、カナは誘拐されることもなかったのだろう。〝エリュシオン〟は誕生しないから、カナは〝書架〟でもなくなっていた。

 

 まっくらな空に手をかかげると、一冊の史録が召喚される。ずっしりと重い。これから描かれる、未来の重さだ。


「……わたしが、勇者に本をたくしたんだね」


 気づけば電気がはじけるような音は止んでいた。

 過去と未来が確定したんだろう。


「カナちゃん……?」


 カナはおそるおそる、リュウのとなりに腰をおろした。

 リュウは服を着ておらず、かなり恥ずかしそうだ。できるだけ見ないようにする。


「リュウ先輩。――あなたはこれから、とても(なが)い旅に出なければならないの」


 それが悲劇のはじまりであることは、伏せておく。

 もしかしたらそうはならないかもしれないという、(あわ)い希望をいだきたかった。


「旅……? いったいどこを……」


 カナはうなずき、古代魔法のちからで一本の羽根ペンを錬成した。名前は――《星天の烏羽(からすば)》とでもしておく。


 星空のようないろの羽根が飾られた〝魔導具〟だ。所有者にしか反応しない、歴史を記すためのもの。


「それも、あなたが決めること。あなたはこの世界の勇者として世界をえがく。先輩は、どんな世界を旅したいですか?」


 リュウは思考をめぐらせた。それに呼応するかのように空間が波打つ。扉がひらこうとしている。

 

「……僕が決められるなら、ちょうどいいものがある。これでも、未来の作家のたまごだからね」


 誇らしげにリュウはペンを取り、史録に世界を(つむ)ぎはじめる。公募に出す作品の世界を再現するらしかった。


「先輩……テンポ感は大事ですからね」


 さりげなく、カナは助言しておいた。数ページにわたって女神について描かれないことを願って。


「はは、そんなの基本中の基本だよ」

「魔王の幹部千人も出しちゃダメですからね」


 あれはおそらく、勇者の旅を邪魔した〝自覚者〟たちのことだろうけど。「なんだそりゃ」小馬鹿にするようにリュウはつぶやく。


「書き出しはこうだ。〝気がつくと、僕は見知らぬ草原にいた〟――」


 書きこんだ直後、黒鉄(くろがね)の荒野はみどり豊かな草原に変わった。幻想がひとつの現実になった。空はまだなく、風は不自然なまでに吹かない。


 それでも初めて目の当たりにする史録のちからに、二人は目を丸くしておどろいた。恐怖よりも感動がまさっているのは、二人とも幻想的な物語が好きだったからだろう。


 その一文で、カナの身体はひかりに包まれる。

 史録への加筆。〝書架〟がもとの世界にもどる条件を果たしたのだ。


「あっ!」これはまずいとカナは叫ぶ。


 五分くらいは粘れるだろうか。

 伝えなければならないことはまだたくさんある。


「先輩。わたしがかならず、あなたを助けます。だからなにがあってもあきらめないで。希望はあるから!」

「カナちゃん……?」

「悪意に屈しないで。信頼できるひとは絶対にいます! あと、えっと……」


 テンパってなにを伝えるべきなのかわからない。このときばかりは無茶振りによわい性格を嘆いた。「希望はあります!」これもう言ったわ。


「カナちゃん、大丈夫だよ。僕はこの本に物語を書いて、世界を広げていけばいいんだね?」


 カナはつよくうなずいた。

 

「先輩、ひとつ約束してください。その本で――だれかを悲しませないで! 世界が望むのはそれだけだから……!」


 その言葉ひとつで悲劇を防げるとも思わない。

 運命というやつが思った以上に頑固なのを、カナはすでに実感している。


 ひかりに精神が吸いこまれると、カナはもとのしろい部屋にもどってきた。



 *



「はあっ!」


 現実にもどってきた直後、目の前でひしゃげた顔のまま伸びているソウマに、カナは「うおっ」とぶったまげた。ぴくぴくしているからたぶん生きてはいる。


「ど、どうしたら……救急車……?」


 制服の内ポケットからスマホを取りだすも、圏外である。

 監視カメラがあるのだから、誰かしらソウマの様子に気づいていてもおかしくはないはずだが。

 

 そもそもここはどこなのか。窓がないってことは地下だろうか。部屋の入り口に触れてみるが、頑丈に施錠されていて開かない。カードキーみたいなものが必要なようだ。


 ソウマが持っているのだろうが、近づくのすらおそろしい。それにひとの私物をあさるのは、非常時といえど気が引ける。


「そうだ。ハイド、転移魔法!」

『この世界で使うのは推奨しない』

「えー……」


 理由を問えば、転移魔法(レオプテルト)は身体への負担が大きいのだとハイドは答えた。全身へのダメージを回復する手段が現実世界にはないそうだ。


 どうすればよいのかわからずに、カナは監視カメラに向けて手を振ったり助けをもとめたり。まぬけなことに背後からゆらりとにじりよっていたソウマに気づかなかった。


「カナァ……! 貴様ぁ……!」


 とつぜん足首をつかまれて、カナは短い悲鳴をあげる。


「やめてっ離して! 〝エリュシオン〟はできたはずでしょ!」

「そうか。それはすばらしい!」


 ソウマは血のにじんだ歯ぐきを見せて不気味な笑みを浮かべる。それでも足首は離さずに「だが……」とそのちからを強めた。


「それはそれとしてお前は危険ッ! 家族も親戚も破滅させてやる! そしたら私に怪我させたこと……一生かけて(つぐな)わせてやるよッ!」


 舐めるような視線を這わせて狂乱するソウマに、カナは青ざめた。


 万事休すかと思ったが、そこにまたも一冊の本が飛んできた。今度はぼろくて、(しわ)だらけだ。


「ゴッ――」これは彼の断末魔でもあり、効果音でもある。


 それなりの高さから落下した史録のカドがソウマの頭頂部に直撃。それが決定打となったらしく、ついに彼は完全に沈黙した。


「な、なんか助かった!」


 この史録には意思があるのかもしれない。もとをたどれば古代人の最高傑作。そうであってもおどろかない。こわしたけど。


 三度目のカナの周期の入り口がそこにはある。

 直前のできごとを思うと、史録を手に取るのがこわい。


『カナ、行こう』

 

 こころのなかでハイドがその背を押してくれた。


「……うん!」


 カナはうなずき、勇気を振りしぼってその本を読みはじめた。

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