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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第一章 書架の章
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#8 目覚める古代の意志


 リュウは真剣な表情でカナをかばいながら、扉が開いた塔に向けて剣を構えた。


「サーベラス、背中を任せるぞ」

「くう……。了解、ですぞ……」


 幸いにも、森からの奇襲は止んでいた。襲撃者もまた、塔のなかに興味を示しているらしい。


「サーベラスさん、回復を――きゃあっ!」


 しかしながら、ミラだけは絶えず飛来する魔法の矢によって行動を縛られていた。まるで余計な真似をするなと言うかのように。


 矢を放つ者は明確にミラを標的にしているように見える。継戦能力を断ち、消耗戦に持ち込もうという狙いかもしれない。


「油断ならない連中ですな……。ですがこのサーベラス、小手先の飛輪ごときで倒れるほどヤワではありませんぞ……」


 サーベラスは上着を脱ぎ捨て、全身に力を込める。

 元より熊のようだった体躯がさらに大きくなっていく。その姿はさながら、人を喰うほどに凶暴な人狼のようだった。


 人格が変わりわずかな慈悲すら感じさせなくなったサーベラスが、血のように赤い眼を光らせながら襲撃者を挑発した。


「今一度攻撃してみよ、姿も見せぬ臆病者どもよ。一人ずつ八つ裂きにして、泣いて許しを乞うまで、指を一本ずつ喰い千切ってくれるわ」


 襲撃者らは反応しない。代わりに、塔のなかから動きがあった。

 (ふた)をされていた(うごめ)く闇が、ついに外にあふれ出てきたのである。


『――まさかまた、こうして太陽(ソーリス)の下を出歩く日が来ようとは……』


 塔のなかから禍々しい声が響く。子供でもあり、老人でもあり、男でもあり、女でもある――全てが混ざり合ったいびつな声。


 その声音からは底知れぬ怒りが感じられ、そこにいる者に冷ややかな悪寒が走る。


「何者だ? 姿を見せろ!」


 リュウが叫ぶと、塔のなかから膨大な量の黒い(すす)のようなものが噴き出した。


 爆風に近い勢いに、塔の近くに居た者は全員吹っ飛んだ。もはや、襲撃者の相手をしている余裕などない。


 天に届きそうなほどに巨大で黒い怪物が、勇者たちの前に降臨していた。

 塔のなかに詰まっていたとは思えぬ体積に、一行は天を仰ぎながら茫然と立ち尽くすほかなかった。


『我が問いに答えよ、小さき者よ――……ここは〝エリュシオン〟なのか?』

「……そうだが、お前は何者なんだ!」

『我は――怒り。古来より積み重なりし無念の憤怒なり』

「何なんだ……そんな奴、知らないぞ……」


 リュウは死を覚悟するも、積み重なる無念の憤怒は少しずつ小さくなっていた。

 言葉を交わすだけで、怒りが霧散しているように見える。


「霊体型モンスターと同じ性質です! 未練を晴らせば消えるかもしれません!」


 咄嗟にミラが叫んだ。リュウはうなずき、憤怒に向けて問いかける。


「何が望みだ? 君が怒る理由は?」

『望みも、理由も、全て潰えた……。憎むべくは、運命、ただ一つのみ』

「運命……?」

(なんじ)らからは恐れが見える。答えよ。我を呼び覚ました勇気ある者は誰だ。忘れてはならぬ怒りを託し、我はまた永劫の眠りに就くとしよう』

「それは――」


 リュウが正直に答えようとカナのほうを見る。彼女は先の爆風で意識を失い、地に倒れ伏していた。


『その少女だな……』


 黒い影がカナのなかに入り込もうとし、リュウは咄嗟にそれを止めようとした。

 しかし霊体であるがゆえに剣撃は空を切るばかりで、時間稼ぎにもなっていない。


「何をする気だ。危険な真似はやめろ!」

『約束を果たすだけだ。汝らを守れと命じられている。それとも、貴様は敵か? 己の使命を自覚していないのか? この時代の〝勇者〟よ』

「っ……!」

『覚えておけ。汝は光を模した被造物に過ぎん』

「待ってくれ。知ってることがあるなら全て教えてくれ……!」

『旅路の果てに使命を見出せ。それが汝の使命なり』


 黒い影はそう言い残すと、その巨体をすべてカナのなかに侵入させ、跡形もなく消えてしまった。

 リュウは警戒を解かずに周囲を見渡す。


「襲撃者は……?」

「二人は逃げたようですな……」


 元の毛深い柴犬の獣人に戻っていたサーベラスが答えた。


「サーベラス、凶獣化を解いたのか」

「元よりこの力を人間に振るうつもりはありませんぞ。後味が悪すぎますからな」


 リュウは苦笑しながらミラのほうに目をやった。

 ミラは何かに対して強い苛立ちを募らせているようだった。


「ミラ、大丈夫か?」


 声が耳に届いていないらしく、リュウが再び呼びかけることでミラは我に返ったように返事をした。


「あ、はい!」

「珍しいな、君が怒るなんて」

「……悔しいんです。全く、戦闘に貢献出来なかったので……」

「マヤもジンさんも無事だろう? みんな生き残ってる。それなら、それに越したことはないよ。……ただ、心配なのは――」


 みなが意識を失って倒れていたカナに注目していた。

 無念の憤怒を自称する得体の知れない黒い影が、彼女にどんな悪影響を及ぼすかわからなかった。


 少なくとも呼吸は安定しており、目立った外傷もない。気を失っているというよりはただ寝息を立てながら眠っているだけのようである。


 しかし、内面に関しては迂闊な判断もままならなかった。


「カナさんは、私が責任を持って屋敷に連れ帰ります」


 ジンがそう名乗り出て、カナを背にかかえた。戦闘で負傷したのか、彼の着ていたスーツは赤黒く汚れている。


「……大丈夫ですか? 回復してからでも……」


 ミラの提案に、ジンは首を横に振る。


「問題ありません。あまり魔法に頼りすぎると身体が鈍りますので。皆さんは塔の探索を続けてください。それが目的なのでしょう」

「あ、ああ……」

「マヤ様、行きましょう」


 マヤは「うん」と頷き、ジンと共に屋敷へと帰っていった。


「い、いけません!」

「良いんだ、ミラ。僕たちは、今すべきことをしよう」


 しつこいミラが再び呼び止めようとするのをリュウが制止し、彼らは塔の調査をはじめた。



 *



 彼らを最初に出迎えたのは、床一面に散らばった古代人の遺骨の数々だった。床に倒れ伏すものもあれば、壁に座ったまま白骨化したものもあった。


「なんて無惨な光景でしょうか……」


 ミラは口元を押さえ、目を伏せて祈った。すぐにでも(とむら)ってあげたいという思いもあったが、勇者の旅路にて生じた死傷事件や、発見された事件の痕跡は、現地の領主と国王への報告義務がある。


 可能な限りそのままの状態にしておく必要があり、彼らは白骨遺体を慎重にまたぎながら進んだ。


「それにしても奇妙ですな。長い時間が経っているはずなのに、風化しない石塔があるとは……。草のひとつも生えていませんし、材質が気になりますな」


 サーベラスの並外れた身体能力は獣人特有のものであり、元々彼は戦いとは縁のない考古学者である。

 彼はレンズの丸い拡大鏡を取り出して、興味津々と言わんばかりに内部の観察にふけっていた。


「この遺跡、おかしいですよね。見たこともない機械がたくさんあります。古代の文明が今よりも発展していたということなら、これはすごい大発見ですよ!」


 ミラは期待に目を輝かせながら、はしゃいでいる。彼女は一応、聖職者なのだが、少々お金に対する執着心が強いところがあった。


「どんな発見をしても〝後援会〟からの支援は変わらないよ」

「あはは……。そう、ですよね……」


 リュウからの冷静な突っ込みにミラは肩を落として、調査に戻った。


「とはいえ、彼らの文明が今の時代とかけ離れているのは間違いないだろうな。これを見てくれ」


 リュウの足元には、地下へと続く鋼鉄の扉があった。こちらは腐食が進んだのか、黒ずんだ錆に包まれている。

 彼は続けざまに説明した。


「音の響きから察するに、この先は地下に向かう通路に繋がってる。扉に付いたこの機械で、通過者を認証していたらしい。錆びてるとはいえかなり強固だが……サーベラス、開けられそうか?」


 サーベラスは確かめるように扉を軽く叩く。押したり、隙間に爪を入れたりして感触を確かめた上で断言した。


「無理ですな」

「そうだよなぁ……。マヤの血族は一体どうしてこんなものを……。まるで要塞じゃないか」

「ひょっとするとここは、かつて有事の際の避難所になっていたのかもしれませんな」

「それで世界を救う糸口ってことか……。ならば尚更、奥が気になるところだが……」


 結局、それ以上調査が進展することはなく、日没前にリュウたちは村に帰ることに決めた。


 滞在している宿屋の一室にもどると、リュウは机上に置かれた赤い本を開いた。

 彼には日課がある。その日あったことや見たことを、就寝前に手帳に書き記すのだ。


 その日も普段通りに筆をとって、ぼんやりと灯るランプの下で文章を考えていた。


 しかしいつもと違って、彼の手は事実を(つむ)ぐことをためらっていた。


「カナ……」


 その原因たる少女の名を、彼はぽつりとつぶやく。


「君が扉を開いたように、僕も道を開けるのかな……」


 使命を見つけることが使命。黒い影に言われた言葉は、彼の脳裏に焼き付いて離れない。長い旅のなか、そのようなことを言われたのは初めてだった。


 それまでしてきたことすべてが無意味だったと――言われているような気がして、リュウは無力感に筆を強く握りしめる。


「ようやくここまで来たんだ。絶対に負けないさ……」


 確かめるようにつぶやいて、腕の中で筆が折れていたことにリュウは気づく。

 結局、彼は何も(つづ)らなかった。そうしないことが正解なのだろうと自身に言い聞かせ、布団に入った。


「カナ……。助けてくれよ……」


 目尻に涙をしたためながら寝言のように嘆く声は、誰かの耳に届くこともなく夜闇に虚しく溶けていった。

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