#73
地下へつながる廊下は、塔の外壁にそってゆるやかに曲がるらせん構造をしていた。
内側には等間隔で認証の必要な扉があり、それらは塔の管制室だったらしい。ほぼ同じような景色のつづく廊下を、カナたちは黙々と進みつづけた。
ただそれだけでもわかることがある。
この純白の塔、地表に見えている部分はほんの一部で、その大部分は山岳の地下に埋まっているのだ。膨大な魔力を要求されるわけだ。
地下数百メートルをくだったあたりで、内部の景色が一変する。塔の内側の壁がなくなり、ぽっかりとひらいた吹きぬけの空間がカナたちの目にひろがった。
手すりから真下を覗きこみ、マヤはぎょっとした。
舗装された道、理路整然と立ちならぶ建築、乗り物らしきもの――それらすべてが塔とおなじようにしろい。
そこにあったのは、コペラ村よりもはるかに発展したひとつの都市の廃墟だった。
*
「これは?」
「……ここはコスモポリス――古代人の、最後の文明です」
「なんでこんなものが。勇者はこれを本に書いたの?」
マヤの問いに、ヘネは首を横にふった。
「えっと……古代人は宇宙の閉塞にあらがいました。やりなおすために、宇宙が消えても残るものをつくったのです。そのひとつが、祝福によってつくられたこの塔、ひとよんで《コスモポリス》と呼ばれるものです。ほんと迷惑ですみません……」
つまり勇者がこの世界にやってくるまえから、この塔は存在していたということだ。古代人たちは都市のなかで滅び、そして彼らの無念がカナの助けをもとめる呼びかけに応じて、霊体型モンスターへと変わった。
「ちょっとまって。あそこ、ぐにゃぐにゃがあるけど……」
カナが指さしたところには、床と外壁のすきまに散らかった粘体があった。痕跡はまだあたらしい。どうやら先客がいたようだ。
「……スライムが、転がって移動したようです」
「たすけないと。ここから出られないでしょ」
スライムは頭がわるいので、入ったところから出ることができない。運わるく迷いこみでもしたら、たいへんだ。
カナたちは都市におりたった。風もなく、おそろしいほどに静かな街が、かつての景色のまま残っていた。建築は風化もせず、まるでひとのいとなみだけがそこから消えたかのように見える。
「どうやって探すのよ。かなりひろいじゃない」
マヤは道端に生えていたまっしろな樹木に触れながらつぶやいた。樹木はぱらぱらと音をたて、むなしく崩れてしまった。
枯れていたわけではない。樹木を守るために型をとっていたのかもしれない。なかは空洞になっていて、すかすかだった。
「こ、こころあたりがあります。ついてきてください」
ヘネはおそれながらもと頭をぺこぺこしながら、カナたちを先導する。
マヤはまっしろな景観を詳細に書き記していた。王都に報告するための書類だろう。スケッチも加えているようだが……出来には触れないでおこう。
「コペラ村のちかくにこんな古代都市があったなんて……。きっとこれも、カナがいなければ知ることはなかったんでしょうね」
その単調な都市は人々の居住区だったらしい。建築物のデザインはみな同じだが、それぞれことなる古代文字がぼんやりと浮かんでいる。
天高くにはカメのこうらのような結晶体があり、弱いひかりが都市を照らしていた。こころのなかのハイドいわく、太陽を模したものらしい。管制区画の者が光量を制御して一日をつくっていたそうだ。
やがてカナたちが着いたのは、都市の中心部にあるおおきな建物だった。見た目はまっしろで、他とちがってまるで神殿のようだ。
「ここは……?」
「えと、研究室といったところでしょうか……」
そこは神殿とは似つかわしくない機械がたくさんおかれた場所で、身体がけずれてちいさくなったスライムがまるい台座のうえにうずくまっていた。
「スライムさんだ」
カナは駆けよって、それを抱きあげた。コアの明滅ははっきりしているが、両手にのせられるくらいにちいさくなっている。どうしてこんなところまできたんだ。
「す、スライムも、古代人がのこした破滅への対策のひとつなんです……」
ヘネの説明に二人は「ええっ!」とおどろいた。息がぴったりだ。
破滅を目前に知性を棄てた古代人のなれの果て。それがスライムの正体らしい。消滅に巻きこまれはしたが、勇者が本にえがいたことで、かわいくなって復活したそうだ。
スライムはカナの手からのがれようとして、奥におかれた機械にむかって飛びこもうとしている。
その機械からはパイプが伸びており、なにかの投入口のようにもみえる。どうやらそこに入りたいらしい。
『カナ、いれてみろ』
ハイドがこころのなかでカナにうながす。
「だ、大丈夫なの……?」
答えを聞かずとも意思がわかるので、半信半疑ではあるがスライムをそのパイプのなかに突っこんだ。
スライムはみずからのちからで、すぽんっとそこに飛びこんでいった。ごろごろごろ。
ガコン……。
得体のしれぬ機械が動きはじめ、ピコピコとなにかを演算している。ディスプレイにいろいろ流れているが、見てもわからない。
「はじまりますよ……」
「な、なにが?」
「生体プリントです」
ヘネが機械をぽけーっとながめながら、そう告げた。それと同時のことである。
天井からレーザーみたいなものが複数から照射されて、台座になにかをえがきはじめた。それがなんであるか、カナたちはすぐに理解した。
ひとの足だ。身体がつくられている。しかもちいさい。そしてあおく、すきとおっている。
「……これ、魔法なの?」
「は、はい。でも失敗みたいです……。機械がこわれちゃってます……」
しばらくしてできあがったのは、女の子のかたちをしたスライムだった。服を着ておらず、身体のラインがはっきりとしている。
「成功では?」
マヤが鼻息を荒くしながら問う。そういうとこやぞ。
ヘネは機械下部の取り出し口からひかりをうしなったコアを取りだすと、スライムの胸元に突っこんだ。するとコアが明滅して、スライムの女の子、略してスラ子は意思を持ったかのように動きはじめた。
「コアには前世の遺伝子情報や設定年齢が格納されていますが……しっかり読みとれなかったようです……」
ヘネはがっくりと肩を落として、きのこの傘にツメで傷をつけようとした。マヤが止めた。
「……。……っ」
スラ子はカナになにかを伝えようとするものの、どうやら声帯がなく言葉を発せないらしい。
「ど、どうしたの?」
「…………!」
スラ子は手をばたばたして、しゅんとして、なにか考えたすえに――どうっ。
「ひゃあ! つめたいっ!」
すっころぶ勢いでカナに抱きついた。腹パンじゃなくてよかった。しかしメイド服がべたべたに……。
「あたしは今なにかすごいものを目撃しているのでは……?」
傍観するマヤは宇宙を理解した気になっている。
このままではいろいろな意味で危険だと判断したカナは、どうにかそのぷにぷにした身体を押しのけた。
「なんなの……!」
「ず、ずいぶんとなつかれているご様子ですが……」
「なつかれるって――あっ!」
カナはすぐに思いだした。渦に飲みこまれたとき、直前にスライムを一匹たすけたのだ。ここで再会するなんて、なんたる偶然か。それともコペラ村に帰ってくるのを待っていたのだろうか。
「……!」
スラ子はわかってもらえたのが嬉しかったのか、まぶしい笑顔をふりまいた。
その子も一緒についてこようとするので、名前をつけてあげることにした。スラ子の名前はシエルだ。友だちがどんどん増えていく。
「それで……わたしに見せたいものってなんなの?」
カナはべとべとの服を乾かしながら、ヘネに尋ねる。まさか生体プリント技術というわけでもあるまい。こわれてたし。
「……この地下にあります」
ヘネはうつむきながら答えた。せっかく湿っぽい仲間ができたのに、元気がない。
『見せたいわけではない。見てほしいのだ』
ハイドがヘネの気持ちを代弁するかのようにそう語った。つまり、あまり喜ばしいものではないということか。
して、カナたちは階段をおり、地下都市のさらに地下にやってきた。そこが純白の塔の最下層らしい。
さしてひろくもない礼拝堂のような場所で、目的のものがなんであるかはすぐにわかった。
部屋のおく。神にいのりを捧げるかのようにおかれていたのは、汚れのひとつもない一冊の本。
世界のすべてを支配する書物の原典が、そこに鎮座していたのである。




