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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第二章 魔王の章
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#72 コスモポリス・古代の意志が眠る地


 翌朝。屋根裏部屋のベッドにてカナは目を覚ました。深夜にいちど気絶から覚醒し、半分寝たまま部屋着に着替え、眠って朝をむかえたのだ。


 左腕がしびれている。見るとヘネが腕をまくらにすやすやと寝息をたてていて、カナは朝から癒された。


 ヘネをそっと寝かせておき、カナは部屋着にしていたネコ耳つきのローブから、メイド服に着替えた。汗ばんでいるし、お風呂にも入りたい気分だ。そんな時間あるかな。


「あ、そうだ!」


 ふいにカナはあることを思いたち、着替えを持って風呂場に向かった。まだ誰も起きていないような時間だ。風呂掃除のついでに入浴をすませてしまおうと決めた。


 いまのカナはこの世界に来たばかりのころとはちがう。古代魔法が使えるのだ。


「ハイド。お湯をだす魔法をちょうだい」


 前髪をサラッと横に流しながら、カナは命ずる。


『そんなものはない』

「…………」

祝福(アーツ)を万能なものだと思わないことだ。湯がほしいならば、水を出す魔法と、それを熱する魔法をつかえ』


 つまりは過程を飛ばすなということだ。古代魔法は素粒子への干渉。


 陽子と中性子をつくって、原子核をつくって、原子をつくって、それを組みあわせてはじめて水の最小構造ができるわけだが、そんなこと文系のカナにわかるわけがない。雰囲気で魔法をやっているんだから。


 だばー。

 ひとまずカナは変身して、水を出した。自然界にはまず存在しない、きわめて純粋な水が浴槽にたまっていく。ほんの一瞬、室内の空気がうすくなったが、換気も万全でありカナは気づいていない。


「これをあっためればいいわけか」


 カナは外に出て、屋敷の裏手へとまわった。火打ち石で薪に火をくべるのはコツがいる。びびりであまり器用ではないカナにとっては苦手なことのひとつだった。というか、一回しかやったことないし。


「どうやって火を起こすの?」

『方法はいろいろある。共通するのは可燃物と酸素が必要だということだ』

「理科じゃん。すちーるうーる」

『我々にとって火は……戦争の道具であったことが多い。魔力という動力源があったから、火は生活に根づいてなかった』

「ふーん」


 カナ、興味なし。

 薪と酸素はあるのだから、魔力を熱源に変えればいいわけだ。


 カナは釜戸のまえにしゃがみこみながら、古代の叡智を探索していく。しかし火に関する魔法はどれも規模が大きくて、どうにもかゆいところに手がとどかない。


 ためしに選んだ『地獄の蒼炎(体験用)』で積まれていた薪の一部を消し炭にしたところで、ハイドがあきれたように言った。


『……見てられん。我を召喚しろ』

「くぬぬぬ……」


 カナは少しむかついて頬をふくらませたが、指示通りにハイドを外に出した。時間が惜しい。


 ハイドはカナのすぐ真横にかがんで、無表情のまま釜戸に右手をかざす。残っていた薪から、木の枝がにょきにょきと伸びだした。豊穣(ほうじょう)の魔法の応用だろうか。


「たとえば……断熱圧縮の原理だ」


 ハイドはそう言いながら、かざしていた手をぎゅっと握りしめる。たったそれだけで、ぼんっと薪のひとつが煙をあげ、火種にかわった。


「おおっ」

「急激に空気を圧縮することで分子の運動力が増し、熱が生まれる。汝の世界にもある原理だぞ」

「そーなんだ」


 カナ、きいてない。

 きょとんとしながら、ハイドの横顔にみとれていたのは内緒だ。

 反応がうすいのが気になったのか、ハイドはカナのことを横目でみて、二人の目が合った。


「……なんだ」

「あっ! そ、その……ヘネちゃんとは全然ちがうなーって……」

「あの姿もまた、汝の望みだろう」


 気恥ずかしくなったカナは慌てて目をそらし、立ちあがりながら「そ、そうなの?」と答える。そうだとしたらイケメンが出てくるはずなんだけどなあ。


「まあ、わたしお風呂はいるから。あなたは戻って。みんなに紹介してないから混乱しちゃう」

「……ああ」


 ハイドはおとなしく、カナのなかに帰った。

 とくに魔法が必要なこともないので、カナはもとの姿に戻った。


 して、お風呂場。まだ浴槽の水は温まらないので、カナは衣服を洗って、鼻歌をうたいながら床をみがいていた。ここのところ重要人物として守られていたこともあり、どこか開放的な気分である。


「よし、そろそろいいかな」


 カナはメイド服を脱いで、下着姿になったところでその手を止めた。眉をひそめながら、鏡にうつる自身に向けて問いかける。


「ねえ、ハイド。……まさかだけど」

『なんだ』

「……見えてる?」

『だからどうし――』


 言い切るまえに、ハイドは屋敷の外に召喚された。彼はしかたなく、黒いネコに変わってそのへんを気ままに散歩するのだった。



 *



 時はすぎ、朝食のあと。

 カナとマヤとヘネの三人は、食器の片づけをすませ、塔に向かうことにした。今からいけば、何事もなければお昼ごろには帰ってこれるだろう。


「ヘネは塔のなかに何があるのか知ってるのよね?」


 屋敷を出てまもなくマヤが尋ねると、ヘネは「はい……」とうなずいた。


「の、望むなら、この場でお教えすることもできますが……」

「危険なものではないのでしょう?」


 ヘネは悲しそうな顔でうつむいてしまい、何も答えない。え、危険なの。


 えっと、えっと……としばらくのとき言葉を組み立てるそぶりを見せ、ヘネはようやく答えを告げた。


「なかには……たくさんのものがあります。滅びゆく古代人の最後の(とりで)でしたので……」

「……あの塔が?」


 たしかに堅牢なつくりをしていたが、砦というには少しせまいような。


主人(あるじ)には、どうか見ていただきたいものもあります」

「わたしが? なんだろ……」


 カナは思いあたる節もなく、首をかしげた。ハイドはそんなこと一言も言っていない。日記に書いていた重要なことに関わるものだろうか。


「あ、ごめんなさい……きのこの分際で出すぎたことを……日光あびますね……」

「そんなことしたら(かわ)いちゃうよ」


 ヘネは日光が弱点なのがたまにキズだった。じめじめしとかないと、干からびて霊体にもどってしまう。死ぬわけではないが、はかなく散ってしまうのだ。名前をあたえたときのことを考えると、きのこのことを連想しすぎたのかもしれない。


 して、しばらく歩くと枯れ木の森がきのこの森に急変した。この景色になれば塔はもうすぐそこだ。


 そんなとき、巨大なきのこの物陰から歩く骸骨(がいこつ)が現れて、カナは短い悲鳴をあげた。臨戦態勢にはいるマヤを、ヘネが慌てて止める。


「だ、だめえええっ……。この子は、冥村(めいそん)の警備兵です。条約にしたがい、ひとは襲いませんからあ……」


 骸骨は武器も持っておらず、服も着ていなかった。そのあたりはまだ準備中とのことだ。性別もわからないその者は、カナたちに敬礼をすると森のなかを歩いていった。


「おどろいた。あんなヤツどっから来たのよ」

「えとぉ……塔のなかです。たくさんいますので……」


 つまりあれは古代人の亡骸(なきがら)にゴーストが憑依したものだ。

 一晩のうちに片づけるようにヘネが指示をして、労働力として使うことにしたらしい。死んでも働かされるなんて可哀想ではあるが。


『カナ、それはちがう。世界の再生は古代人たちの悲願だ。死んで身体をあやつられようが、それは変わらない』


 カナのこころのなかで、ハイドがそう説明をした。


 この世界は古代とはまるでちがうだろうに。

 いじわるにもカナはそんなことを考えてしまう。ハイドはそれに反論することはなかった。


 やがて、カナたちは塔についた。なかは暗くなっている。


「……魔力が切れたのね」


 マヤは肩を落としながら、そうつぶやいた。どうやら塔の機能を稼働させるのに大量の魔力を必要とするらしい。


「マヤ、わたしも手伝う?」

「……こわれないかな」


 塔の入り口はこわれて閉まらなくなっている。

 ヘネいわく、マヤを経由すればこわれることはないはず、とのことなので、相談のすえにカナも魔力を供給することになった。


 とはいえ、魔王フューリィの魔力は大部分がマヤに継承されている。カナが手伝ったところですずめの涙ほどしか変わらないのだろう。


 先日と同じように、塔のなかが照らされていく。


「こ、これくらいあればひととおり見てまわれるかと思われます……」


 ヘネの声にしたがい、カナとマヤは魔力の供給を止める。


 そして三人は誰も踏み入ったことのない塔の奥へと進むのだった。

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