#69
とんでもなくネガティブになってしまったヘネをなぐさめていると、塔のなかで倒れていたジンとセネットが意識を取りもどした。すとんと倒れてしまって心配だったが、どうやら怪我はないようだ。
「あっ、ジンさん! セネットさん!」
カナが叫ぶと、そのあたりで倒れていたマヤも我にかえった。
「うっ……げほっ! ここは……?」
「なんだよありゃ! 魔法のきのこだ!」
なつかしい二人の声に、カナもマヤもなみだを流してセネットの胸元に飛びこんだ。
「マヤ様っ! 帰ってこられたんですね! あとあんたは……まさかカナなのかい?」
「はい……。帰ってきました……!」
見違えるように成長していた二人を見て、セネットは言葉をうしなっていた。とくにカナなんかは見た目もちがう。たまらず涙腺が緩むのを、セネットはなんとか堪えた。
「カナさん、マヤ様。よくぞご無事で。しかし、この状況はいったい……?」
「じつはかくかくしかじかで……」
カナはここまでの経緯を簡単に説明した。ジンもセネットもそれを真剣に聞いていたが、しだいに困惑し、その表情をこわばらせていった。
「そちらにいるきのこのお嬢さんは……?」
「あ、わたくしのことは空気だと思って――」
「その子はヘネ。えと……わたしの友だちです。それと、この森の管理人になります」
ヘネの言葉をさえぎって、カナが説明する。ヘネは大人から話題にされるだけで死をえらぶ予感がした。
「管理人だって? こんな風が吹けば飛びそうな子が?」
セネットが怪訝な視線をおくると、ヘネは頭の傘をひっぱって縮こまってしまった。「ふぇぇ……」といいながらぷるぷるしている。尊い。これ以上はマヤが危険だ。
「こ、古代魔法が使えるので、どんな魔物よりもつよいですよ!」
カナは必死にヘネを売りこんでいく。きのこの森をつくったのがカナであることから、意識をそらしてもらうために。
「頼りなさすぎて心配だよ。そもそもカナ、あんたが森をつくったならあんたの責任でどうにかするべきじゃないか」
「ゔっ……」
カナたちは拠点をコペラ村に移すという目的で帰ってきたのだ。時間さえあれば腹をくくってそうしただろう。でもカナには時間がない。あと五日で、ふたたび現実に戻されてしまうのだから。
「ヘネといったかい。屋敷はいつだって人手が足りないんだ。あたしがそのひねくれた根性、たたきなおしてやるよ!」
「あっ、そ、それ賛成っ!」
マヤが腕で鼻をおさえながらそれに同意した。屋敷のメイド服を着せたいのだろうけど、そのうち誘拐に手を染めないか心配になる。
「ええっ……わたくしにはむりです……。しょせん菌類ですから……」
ヘネはめそめそしながら、助けを求めるあざとい瞳をカナのほうに向けた。逆効果ではないか。つれて帰りたくなってしまう。
「まあ……女王さまとしての品格は必要かもなあ……?」
カナは目をおよがせながら、マヤの側についた。その言葉を聞いたヘネの青ざめた顔たるや……ぞくぞくしちゃう。
*
白塔のなかには、用途もわからない沈黙した機械の数々のほかに、廊下へと繋がるかたく閉ざされた鉄扉がある。
マヤがアーサー王から課せられた任務は、この扉のさきにあるものを報告することだった。
開かなければそれでもよいと言われているが、マヤにとっては叙爵のかかったことであり、少しでも失望させるわけにはいかない。
「……しゅ、守護者さま、あなたの魔力ならばこの塔を始動させることができるかもしれません」
ヘネはおそれながらもマヤに助言をした。ヘネもハイドも、もとよりここから発生した存在だから詳しいのだ。そこにある機械は特定の魂が持つ魔力を動力源とした古代の〝魔導具〟の一部らしい。
「……やってみる」
マヤは塔の中心に立ち、床にふれて膨大な魔力を流しこむ。それに反応して、扉の上部にあるランプがぱちぱちっと音をたて、点灯した。
「おお……」
そこにいた者はみな、思わず感嘆の声をあげていた。窓もなくうす暗かった塔のなかが、少しずつ色とりどりのランプに照らされていく。
やがてゴウン、とひときわ大きな音が鳴ると、天井からまぶしいひかりが塔を照らして、そこはまっしろな壁にかこまれた空間へと変わった。
とてつもなく古い場所だからか、一部は機能していないようだが、そこはまるで未来の宇宙船のなかだった。空調機能まであるのか、機械の駆動音が鳴りはじめてから空気感もかわったようだ。
「……せ、成功したようです。これわたくし要らないよね……」
「これなら、扉も開けられそうね。どうやって開けるの?」
「開くまえに、おねがいがあります……だめですか?」
「なんでもいって」
ヘネはもじもじしながら、閉ざされた扉の前に立った。
「そのお……扉をあけたら、今日はおひきとり願いたいのです」
「どうして?」
「なかは……みなさんにはしょっきんぐな光景がひろがっていまして……。それと、地下に充満した空気の検証もありますので……まずは換気しなきゃ……」
カナたちは互いに顔を見合わせていた。ヘネはただひたすらにネガティブなだけで、それなりに理知的な少女だった。そりゃあ、古代の叡智の集合体なんだから当然といえば当然か。
「あっ……すみません出すぎたことを……除菌します……」
「だめ死なないで。あなたの言うとおりだから」
「肯定されちゃった……胞子でちゃう」
ヘネは顔を赤ながら、扉のごくわずかな隙間に指を押しつけた。なにをしているのかわからないが、指先から糸のようなものが伸びているのが見える。
直後。重低音を響かせながら、閉ざされていた扉がついに開いた。風に乗って流れてくる死臭に、みな顔をしかめる。
「えっどうして!」
「あっ……さすがに認証まではマヤさまでもむりなので、菌糸をのばして魔力の回路をショートさせてみました……ごめんなさい……」
もうこの子だけで良いんじゃないかな。
ともあれ、こうしてマヤは国王の命令を果たしたのだった。約束どおり探索は後日として、屋敷に戻ることにした。
「ずいぶん時間をかけてしまったわね。陽が沈まないうちに帰りましょう。きっとリルも心配してるわ」
マヤの言葉に、ジンとセネットは首をかしげる。
「リル? だれですかそれは」
「え? 人手が足りなくて使用人をやとったんじゃ……」
「そんなひと知りませんよ。なにかの勘違いでは」
訝しげなセネットの言葉に、二人の背筋に寒気がはしった。ちょっとちびったかもしれん。狐につままれたような気分になり、二人の思考は凍りつく。
だとしたら屋敷でみたあの子はだれなんだ。