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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第二章 魔王の章
68/110

#68


 ひとまずカナは、コペラ村のあらゆるものにとり憑いていたゴーストたちを森に撤退させた。無数の影が森を黒く染めていく。


 問題はそれからどうするのか、ということだ。


「全員、一ヶ所にまとめて浄化しましょう」それがマヤ案。


『そ、そんな……まだしにたくない……』

「あんたら霊体でしょうが」


 臆病にもぷるぷる震える悲哀に、マヤが突っ込みをいれる。


「……なにか、良い方法はないのかな」


 カナは古代の叡智にアクセスして、折衷(せっちゅう)案をさがしている。


『カナ、これはどうだ』


 ハイドがこころのうちでカナに提案したのは豊穣(ほうじょう)の魔法。古代の農学者が発明したものだ。土壌の品質を向上させ栄養分をたかめるとかなんとか。


「なんかちがうくない? 森を復活させる魔法はないの?」

『汚染された環境を森に変える魔法ならあるが……』

「おお。それでいいじゃん」


 周りからはひとりでぶつぶつと喋っているように見えていることにカナは気づいていない。その光景は冥王なだけあって不気味だ。


『高位の魔法は大規模な爆発をともなうから、危険だ』


 ハイドはあまり乗り気ではなかった。けれどカナは、これ以上の失望は許されないという理由で、それを行使する気満々である。


「マヤ、防御魔法をおねがいね。悲哀さんは、ゴーストたちの避難を」

「……なにするつもりなの?」

「森を――修復します!」


 ドヤァ。

 自信満々にカナは宣言して、(モップ)をかかげた。そして、発動。


『――繁茂しろ(ロフセッテ)!』


 空中に、みどりにひかる球体が現れ、そして地面に落ちた直後、ハイドの言ったとおり、雷電ほとばしる大爆発がおきた。マヤの防御魔法がたやすく防ぐが、あたりがみどりの霧におおわれて、暗くなった。


「うっ……!」


 カナは胸をおさえて、片膝をつく。魔力がごっそりぬけていく感覚にさむけがして、なかみが出そうになる。さすがは高位魔法。


「カナ、平気なの?」


 マヤは初めて見る魔法に感動しながらも、心配そうな視線をカナに送った。


「う、うん……。すこしびっくりしただけ」


 カナはすぐに立ち上がる。やがて霧が晴れていくと、そこにはたしかに森があった。


「やったっ! これでせいこおえッ?」


 達成感と絶望感の入りまじる奇妙な声。

 そこにあったのはただの森ではなかった。


 あか、あお、きいろ……ビビッドカラーが頭上を埋めつくす巨大きのこの森が、二人の視界に広がっていた。


 雑草のようなおおきさから、家屋のようなおおきさまで。えりんぎ、まいたけ、ぶなしめじ。いろやかたちは千差万別なそれらが、あたらしい森をつくりあげている。


『ええと……な、なんと……これはまさに神の御業(みわざ)!』


 塔のなかにいる悲哀はありきたりな言葉でカナをたたえるが、どっからどうみてもドン引きしている。


「カナ……? ひとの領地であそばないでくれる?」


 ゆらめく炎を背に、カナはぷるぷるした。

 のちにそこは魔女のいる森と呼ばれ観光産業に多大な貢献をしたそうな。



 *



 曇天ふきとばす大爆発がおきたのに、そこは先刻よりもじめじめした場所にかわっていた。


「えちゅっ!」


 マヤがかわいらしいくしゃみをする。なにやら胞子がところかまわず舞っているようで、(けむ)たいのだ。


「ハイド、これってキャンセルできないの?」

『やめておけ。これ以上傷をひろげてどうする』

「うう……」


 カナは罪悪感に肩を落としていた。


「ちょっとカナ、このきのこ安全なの? 岩みたいにかちかちじゃない……」


 マヤは巨大たまごたけの感触を手でたしかめながらカナに尋ねる。


「え、えっと……」

『問題ない。栄養価のたかいきのこだ』

「だそうです……」


 カナはむずむずする鼻をすすりながら、ハイドの言葉をそのまま伝えた。しかしこの様子で胞子を振りまかれると、そう遠くないうちに山岳域ぜんぶがきのこ畑になりそうだ。


 やがて菌糸は地中から村に侵入して……となりかねない気がして、青ざめる。


『あのぉ……そろそろゴーストたちを解き放っても?』


 塔のなかに霊体型モンスターをぎゅうぎゅう詰めにしていた悲哀が、おそるおそる尋ねる。


「そうだ。オバケのみんなに胞子をコントロールしてもらおう!」

『えっ!』

「きのこのおうちに住むひとがいるゲームだってあるんだから、きっと居心地もいいはず。ね、おねがい……」


 魔物たちはカナの頼みをことわれない。お願いされたら従うほかないのである。

 ゴーストたちは渋々ながら、それぞれおもいおもいのきのこに入りこんでいった。憑依されたきのこはネオンのように発光する。きっと夜には美しい風景がひろがるにちがいない。


 ……そこで怒っているマヤが許してくれれば。


「そ、そうだ。条約をつくろう。おたがいが安全にすごせるためのルール!」


 カナは冷や汗をたらしながら、必死に提案した。たとえそれが魔物だろうが、きえたくないと願っているものをないがしろにするような真似はしたくなかったし、マヤにもしてほしくなかった。


『ルール……ですか?』

「そう、一緒に相談して決めよ。命令じゃないからね。まずは――」


 カナはなかば強引ではあるが取り決めをつくることにした。かばんからペンと日記帳を取りだして、うしろのページを開く。


 たとえば、コペラ村のひとを困らせてはならない、とか。

 たとえば、規模がおおきくなり活動域を拡げたいときは相談する、とか。


「こ、このような条件でどうでしょうか、領主マヤさま……」


 カナと悲哀はひとしきり思いつくかぎりの規則を決めたあと、この地における王さまに判断をあおいだ。結局はマヤのさじ加減なのだ。


 マヤは腕を組みながら二人のやりとりを傍観していたが、やがて仕方なさそうにため息をついた。


「はあ……わかったわよ。ただし、ここはうちの領地。正式な国でも村でもないから。あなたたちが勝手にやってることにするから……」

『おお……なんと寛大(かんだい)なお方だ……』


 相手が霊体といえど、そう言われてマヤも悪い気はしないようである。


 かくして、なんだか陰湿な雰囲気になったコペラ村と、のちにカナの村がなまってカナン村と呼ばれることになる魔物たちの集落は、それなりにながくつづく平和協定を結ぶことになった。


「いい? 悲哀さん。リーダーはあなただから。しっかりやるんだよ」


 カナはつよく念を押しておいた。そうでないと領地を魔改造した責任を問われちゃうから。


『え、(わたくし)めが? うう……できるかな……』


 悲哀はめちゃくちゃ自信がなさそうに縮こまっている。


「はじめる前からあきらめちゃダメだよー……。あなたならできる。がんばって!」


 カナはやさしく励ました。そうでないと魔改造の責任が。


『でしたら主人よ。私も憤怒のように名を与えてはくれませんか』

「なまえを?」


 名もなき悲哀は『はい』と答えた。


『冥王の代理者として、思念の群体をひとつにしたく……。あ、無理にとは言いませんので……』


 このとき悲哀のなかではネガティブな思考が無数に飛び交っていた。それがどうにも気が散るらしく、統一したかったらしい。

 憤怒が名前を与えられたことでハイドという個を得たように。


「うーん……じゃあ、なににしようかな……」


 せっかくきのこの森の王になるのだから、きのこっぽい名前をつけてやりたい。きのこきのこきのこ。


 あたりの景色を見渡しながら、カナは考え、そしてひらめいた。


「よし、今日からあなたの名前はヘネ。よろしくね、ヘネ」

『ヘネ……なんと、甘露なひびき……』


 悲哀は与えられた名前を大事にするように、何度も繰り返してつぶやいた。直後、霊体が黒いひかりをピカーンと放ちながら、その輪郭をかえはじめる。


 そうか。ハイドのように別のすがたに変わるんだ。


 カナは少し鼻息を荒くしながら、どんな美男子が生えてくるのかとその変容を見守っている。

 やがて黒い(すす)はちいさなひとのかたちを成していき……。


「えっ!」


 カナはたまらずおどろいた声をあげた。そこにいたのはイケメンではなく、ちいさくて超かわいい女の子だった。ハイドとおなじ銀髪金眼で――頭にはきいろのきのこの傘がくっついている。傘とおなじきいろのドレスが、ひらりと風に舞う。


「これが……わたくし……?」


 遠慮ぎみな声もまた、老若男女まざったものから、かよわい少女のものへと変わっていた。


 ヘネもあたらしい自分の姿におどろいており、目を丸くしながら華奢(きゃしゃ)な身体をたしかめている。どうやら傘は身体の一部で、ひっぱっても取れないようだ。


「わあっ。ヘネ、すごくかわいいよ」


 その証拠にマヤは鼻血をふいてくたばっている。


「わたくしが冥王の代理者、ヘネ……」

「そうだよ。すごく似合ってる!」

「責任重大……うつだしのう」

「なんでだよっ!」


 散らかっていたネガティブな意志がひとつになったことで、より明確なものに変わっていたらしい。ヘネはとんでもなく重苦しい湿気をあたりにまき散らしながら、地に屈していた。

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