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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第二章 魔王の章
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#67 枯れ木の森の冥王


 深緑ひろがる雄大な大自然は、もはや見る影もない。高々と空に手を伸ばしていた樹々はすべての葉を落とし、しなびてしまっている。


 そして、それらすべてに(わら)うような顔、嘆くような顔がついている。吹きぬける風は乾いており、つめたい。


「なんてひどいことを……この森にだって動物たちの暮らしがあったのに!」


 マヤは怒りに手をふるわせながら、いまだ正体のわからぬ諸悪の根源につよい憎しみをいだいている。たしかにこれは、生命のいとなみに対する冒涜(ぼうとく)のようだ。


 ほんとうはこのやさぐれた森にはひとを惑わせ、同じところを行ったり来たりさせるつもりがあった。


「あっ、ちょっと。いまそこの樹木うごいたでしょ。もどって」


 しかしカナは、魔王の威権によりそのお約束をスキップし、順調に枯れ木の森をすすんでいる。指をさされた樹木はしゅんとして、もとの位置にもどる。すごく惑わせたそう。


 それに付きあっている暇など今のカナたちにはない。樹々に道をつくるよう指示して、まっすぐとジンのいるところへと向かう。


 起伏の多い山道をのぼったり降りたり。

 途中、不死型の魔獣にばったり出くわすこともあったが、威嚇(いかく)された時点でマヤはそれを浄化する。もはや二人には隙がない。


 やがて二人がたどり着いたのは――純白の巨塔。そこは王命をうけたマヤが用のある場所でもある。入り口は開かれたまま放置されており、曇天(どんてん)をぬけたおぼろげな陽の光に照らされている。


「うっ、ここか……」


 いざ目の前にすると、マヤはそのなかに侵入するのをためらった。しかし彼女の不安とは裏腹に、なかに多くあった古代人のミイラは、村の兵士によって片づけられていたようだ。


 そしてそこには樹々が導くとおり、ジンとセネットの二人がいた。


「ジンさん、セネットさん!」

「…………」


 涙ぐましい再会に頬をほころばせたカナは、さりとて様子のおかしい二人を前に、駆け寄ろうとする足を止めた。


 そこは未来的な機械が置かれただけの、真っ暗でなにもない空間。囚われていたわけでもないのに、二人が無表情のまま並んで立っているのは奇妙だ。


 まるでカナたちがやってくるのを、わかっていたみたいに。


「カナ……!」

「うん……わかる」


 カナもマヤも同じことを考えていた。


 ――二人はなにかに、とり憑かれている。



 *



 これは避けられない戦闘になる予感がして、カナは姿を変えてモップを呼び寄せた。


 しかし相対する二人から、思いもよらぬ言葉が放たれることになる。


『お待ちしておりました……われらが主人(あるじ)よ』

「えっ?」

『その魔力……その陰気……貴方こそまさしく冥国(めいこく)の王にふさわしきお方……』


 その口振りから、カナのことを言っているようだった。

 面と向かって陰キャと言われると腹立つな。認めるが。


「は、話がつうじるの? ならまずは二人をかえして! 命令!」

『…………はい』


 カナが命じると、ジンとセネットはどさりと倒れ、ふたりの鼻の穴から黒い(すす)のようなものが流れでてきた。


 カナはそれを見たことがある。深層意識でつながっているハイドも、なつかしさを感じているのがわかる。


「あなたは……古代の意志?」


 やがて黒くてぼんやりした霊体となったそれに、カナは尋ねた。


『あ、はい……我……いえ(わたくし)、悲哀をつかさどる者で……』


 積み重なる無念の悲哀は、憤怒(ハイド)とちがってものすごく弱腰だった。しかも、はじめからあまり大きくない。


「……ハイドの友だちなの?」

『あ、いえ、別にそういうわけでは……』


 カナが塔から呼び覚ました古代モンスターは、一体だけではなかったらしい。弱気な部分がひとつだったものから分離して、カナのなかに入るタイミングもつかめず、森に住み着いていたのだ。


「あなたがゴーストの大発生の原因なのね。村が大変なことになってるじゃない! どう責任をとるのかしら?」


 マヤの怒りはもっともだ。悲哀はおびえて縮こまりながらも『それはちがいます』と否定した。


『……こ、この地の霊体が活発化したのは、ひとえに主人の陰気のたまもの。わた、私は主人にかわり、ここに主人の帰る場所――すなわち冥国を作ろうとしたにすぎません』

「まてまて。エルフには魔除けの力があるんじゃ……?」


 まったく、一度たりとも、それが効力を発揮したことはないのだが。


『主人、気づいておられないのですか。貴方さまには〝性質反転〟のちからがあるのです』

「なんじゃそりゃ……」

『えっと……それはいわば負の方向にはたらく魔力。つまり魔除けの性質は、魔モテの性質に変わったのです』


 とんでもない話に、カナは口を半開きにする。


 おかしいと思うことはかつてからあった。魔物になにかお願いすると、みなそのとおりに動いてくれるのだ。


 湖のほとりでスライムに囲まれたとき、カナの一声で攻撃が止まったことがあった。なぜか騒がないマンドラゴラもそう。ここに来るまでにゴーストたちを従えたのもそう。ひょっとすると、フューリィが親身にたすけてくれたのも。


 それは魔王でもなく、エルフでもなく、カナ自身の特性によるものだった。


「まさか、わたしが塔の扉を開けたのって」

『ええ。貴方さまの声が封印の古代魔法をこわしたのです』


 カナの性質は魔法をこわす。マヤが開けたときは扉がいちど閉まったようだけど、カナが開けてからはそのままだ。


 マヤは疑念のやどる眼差しでカナを見る。あきらかに怒っている。ゆらめかないで、炎。


「え……つまり、わたしのせいってこと?」


 諸悪の根源は、カナだった。


 カナがコペラにやってきたから、バイヴスの合う魔物たちが集まってしまったのだ。


『せ、せいだなんて、とんでもない。……主人よ、貴方は闇にきらめく我らのひかり――まさしく希望の星なのですから』


 この悲哀というやつは、きっとよかれと思って、カナのかわりに勝手な建国をはじめていたようだ。


「カナ……?」マヤがおそろしい形相でカナを睨む。


「いやいやいやっ。待ってよ。わたし、そんなことしろだなんて言ってないよ!」


 悲哀は目のかたちを八の字にして、人間でいうところの、眉をひそめるような様子をみせた。


『しかし……これはひとえに主人の望みでもあるはず……』

「うっ……」


 いやたしかにテレビニュースをながめ、ため息をつきながら「はーわたしも天皇になりてえ」とかぼやいたことはある。


 でもそれって女子高生なら誰でもいちどは考えることではないか。それをこんなかたちでいきなり実現されてもこまってしまう。

 しかも冥国の王って。わたしまだ生きてんねんけど。


 カナは必死にこころのなかで弁明をつらねていく。……が、なにを語ろうとも言い訳にしかならない気がして、ただ焦る。


 結果として、カナが(のど)からひりだせた言葉はみじかく、そして弱々しかった。


「わ、わたしが弁償します……」


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