#67 枯れ木の森の冥王
深緑ひろがる雄大な大自然は、もはや見る影もない。高々と空に手を伸ばしていた樹々はすべての葉を落とし、しなびてしまっている。
そして、それらすべてに嗤うような顔、嘆くような顔がついている。吹きぬける風は乾いており、つめたい。
「なんてひどいことを……この森にだって動物たちの暮らしがあったのに!」
マヤは怒りに手をふるわせながら、いまだ正体のわからぬ諸悪の根源につよい憎しみをいだいている。たしかにこれは、生命のいとなみに対する冒涜のようだ。
ほんとうはこのやさぐれた森にはひとを惑わせ、同じところを行ったり来たりさせるつもりがあった。
「あっ、ちょっと。いまそこの樹木うごいたでしょ。もどって」
しかしカナは、魔王の威権によりそのお約束をスキップし、順調に枯れ木の森をすすんでいる。指をさされた樹木はしゅんとして、もとの位置にもどる。すごく惑わせたそう。
それに付きあっている暇など今のカナたちにはない。樹々に道をつくるよう指示して、まっすぐとジンのいるところへと向かう。
起伏の多い山道をのぼったり降りたり。
途中、不死型の魔獣にばったり出くわすこともあったが、威嚇された時点でマヤはそれを浄化する。もはや二人には隙がない。
やがて二人がたどり着いたのは――純白の巨塔。そこは王命をうけたマヤが用のある場所でもある。入り口は開かれたまま放置されており、曇天をぬけたおぼろげな陽の光に照らされている。
「うっ、ここか……」
いざ目の前にすると、マヤはそのなかに侵入するのをためらった。しかし彼女の不安とは裏腹に、なかに多くあった古代人のミイラは、村の兵士によって片づけられていたようだ。
そしてそこには樹々が導くとおり、ジンとセネットの二人がいた。
「ジンさん、セネットさん!」
「…………」
涙ぐましい再会に頬をほころばせたカナは、さりとて様子のおかしい二人を前に、駆け寄ろうとする足を止めた。
そこは未来的な機械が置かれただけの、真っ暗でなにもない空間。囚われていたわけでもないのに、二人が無表情のまま並んで立っているのは奇妙だ。
まるでカナたちがやってくるのを、わかっていたみたいに。
「カナ……!」
「うん……わかる」
カナもマヤも同じことを考えていた。
――二人はなにかに、とり憑かれている。
*
これは避けられない戦闘になる予感がして、カナは姿を変えてモップを呼び寄せた。
しかし相対する二人から、思いもよらぬ言葉が放たれることになる。
『お待ちしておりました……われらが主人よ』
「えっ?」
『その魔力……その陰気……貴方こそまさしく冥国の王にふさわしきお方……』
その口振りから、カナのことを言っているようだった。
面と向かって陰キャと言われると腹立つな。認めるが。
「は、話がつうじるの? ならまずは二人をかえして! 命令!」
『…………はい』
カナが命じると、ジンとセネットはどさりと倒れ、ふたりの鼻の穴から黒い煤のようなものが流れでてきた。
カナはそれを見たことがある。深層意識でつながっているハイドも、なつかしさを感じているのがわかる。
「あなたは……古代の意志?」
やがて黒くてぼんやりした霊体となったそれに、カナは尋ねた。
『あ、はい……我……いえ私、悲哀をつかさどる者で……』
積み重なる無念の悲哀は、憤怒とちがってものすごく弱腰だった。しかも、はじめからあまり大きくない。
「……ハイドの友だちなの?」
『あ、いえ、別にそういうわけでは……』
カナが塔から呼び覚ました古代モンスターは、一体だけではなかったらしい。弱気な部分がひとつだったものから分離して、カナのなかに入るタイミングもつかめず、森に住み着いていたのだ。
「あなたがゴーストの大発生の原因なのね。村が大変なことになってるじゃない! どう責任をとるのかしら?」
マヤの怒りはもっともだ。悲哀はおびえて縮こまりながらも『それはちがいます』と否定した。
『……こ、この地の霊体が活発化したのは、ひとえに主人の陰気のたまもの。わた、私は主人にかわり、ここに主人の帰る場所――すなわち冥国を作ろうとしたにすぎません』
「まてまて。エルフには魔除けの力があるんじゃ……?」
まったく、一度たりとも、それが効力を発揮したことはないのだが。
『主人、気づいておられないのですか。貴方さまには〝性質反転〟のちからがあるのです』
「なんじゃそりゃ……」
『えっと……それはいわば負の方向にはたらく魔力。つまり魔除けの性質は、魔モテの性質に変わったのです』
とんでもない話に、カナは口を半開きにする。
おかしいと思うことはかつてからあった。魔物になにかお願いすると、みなそのとおりに動いてくれるのだ。
湖のほとりでスライムに囲まれたとき、カナの一声で攻撃が止まったことがあった。なぜか騒がないマンドラゴラもそう。ここに来るまでにゴーストたちを従えたのもそう。ひょっとすると、フューリィが親身にたすけてくれたのも。
それは魔王でもなく、エルフでもなく、カナ自身の特性によるものだった。
「まさか、わたしが塔の扉を開けたのって」
『ええ。貴方さまの声が封印の古代魔法をこわしたのです』
カナの性質は魔法をこわす。マヤが開けたときは扉がいちど閉まったようだけど、カナが開けてからはそのままだ。
マヤは疑念のやどる眼差しでカナを見る。あきらかに怒っている。ゆらめかないで、炎。
「え……つまり、わたしのせいってこと?」
諸悪の根源は、カナだった。
カナがコペラにやってきたから、バイヴスの合う魔物たちが集まってしまったのだ。
『せ、せいだなんて、とんでもない。……主人よ、貴方は闇にきらめく我らのひかり――まさしく希望の星なのですから』
この悲哀というやつは、きっとよかれと思って、カナのかわりに勝手な建国をはじめていたようだ。
「カナ……?」マヤがおそろしい形相でカナを睨む。
「いやいやいやっ。待ってよ。わたし、そんなことしろだなんて言ってないよ!」
悲哀は目のかたちを八の字にして、人間でいうところの、眉をひそめるような様子をみせた。
『しかし……これはひとえに主人の望みでもあるはず……』
「うっ……」
いやたしかにテレビニュースをながめ、ため息をつきながら「はーわたしも天皇になりてえ」とかぼやいたことはある。
でもそれって女子高生なら誰でもいちどは考えることではないか。それをこんなかたちでいきなり実現されてもこまってしまう。
しかも冥国の王って。わたしまだ生きてんねんけど。
カナは必死にこころのなかで弁明をつらねていく。……が、なにを語ろうとも言い訳にしかならない気がして、ただ焦る。
結果として、カナが喉からひりだせた言葉はみじかく、そして弱々しかった。
「わ、わたしが弁償します……」