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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第二章 魔王の章
66/110

#66


 走り書きされたごつごつした筆跡はジンのもので間違いなさそうだった。


「なにか見つけたの?」


 マヤがカナの後ろから覗きこむ。


「うん……だけど……」


 カナは少しおどろいて、いったんそれを隠しながら振り向いた。


「……これは、マヤは見ないほうがいいかもしれない」


 はじめに書かれていたのは、ジンがこれまでの周期で知ったことだった。内容はほとんど箇条書きに近い。周期のたびに白紙にもどり、書き直していたことがうかがえる。


 そのなかには〝自覚者〟のこと、誰もが持つ〝波及力〟のことが書かれていたようだ。もちろん、マヤにまつわることも。


「もうここに来るまで散々のショックはうけてるわよ……。覚悟はできてる。一緒に見ましょう」


 マヤはため息をつきながらそう言った。

 そういうことなら。カナは強くは拒まず、それにうなずいた。いつかは知るべきことだろうから。


『目覚めてから二日で勇者は村にやってくる』

『〝自覚者〟は前の周期を引き継ぐはずなのに、自分の記憶には歯抜けがある。アルレン氏に相談したが未解決』

『勇者は巨悪。信用してはならない。〝悪の周期〟でしたことを許してはならない』


 ジンの記憶がミラによって書き換えられていたことを、カナはまだ知らない。その文章からわかるのは、ジンが勇者をつよく警戒していることだけだ。


『カナが書架になった。おそれていた事態がおきた。〝悪の周期〟だったらおわりだ』


 ジンが勇者からカナを必死に隠そうとしていたのを、カナは思い出す。まるで殺すことも仕方なしといった眼差しで裏手の樹木を殴り飛ばしていたのがなつかしい。守ろうとしていたんだ。


『カナの言葉で抜けていた記憶をすこし取り戻した。激しい頭痛がともなう。これは勇者の力か?』


 そのあたりにはカナがマヤを救うまでの彼の苦悶がつづられていた。わかったことといえば、このときカナは意図せずしてジンも救っていたということくらいか。


 カナが書架としてこの世界に訪れるまで、ジンはマヤを救えずに記憶を改竄(かいざん)されつづけていた。もちろん、その日に至るまでに世界が閉じたケースもあった。


 カナのことをまるで神格化して、こころの底から感謝を述べてばかりいる。こそばゆい感じがして、カナはささっとページをめくった。



 *



 少し読みすすめると『マヤについて』という項目があった。


『マヤ様には過去がある。勇者の〝波及力〟で生みだされ、マヤ様がかたり、本に書かれたものだ』

『マヤ様は事故で両親をうしなった。それで記憶が抜けている』



『――そんなものは設定であり、はじめから存在しない』



 マヤは一歩、弱々しくうしろに下がった。自分の頭のなかにある記憶が、ささいな幻想にすぎないという現実を、刃物のように突きつけられて茫然とする。


「そんなの嘘よ……」


 カナはさしておどろかない。予想していたことだった。


「マヤ、落ち着いて。あなただけじゃない。この世界には過去がないの」

「過去が、ない――?」

「勇者さんがこの世界に来るまで、この世界にはなにもなかったんだよ」


 万象(ばんしょう)は本から生まれる。本になにかが書かれるまで、この世界は闇に閉ざされていた。ハイドが日記でおしえてくれた話だ。


 カナには現実世界で生きてきた過去がある。だからこそ、過去が幻想だと気づいた人々の苦悩は計り知れない。


「わからない、わからないの。実感が浮かばなくて……」


 そういうものだと理解するほかないのかもしれない。

 ほかの〝自覚者〟だって、偽りの過去を自身のものとして認識して生きているはずだ。それを気にしている者をカナは見たことがない。


「マヤ。だいじょうぶだよ。大切なのは、これからを生きることでしょ」

「……うん。つづきを見ましょう」


 二人は目的をわすれて、さらに深く、その本に沈んでいく。


『気がかりなことがひとつある。マヤ様の父親の肖像画だ。本や絵画は勇者が内容を記述しないかぎり白紙になる。つまり勇者が屋敷にやってくるまえに、だれかが肖像画を描かねばならない』


 そうでなければ、そこには何もないか、白紙の額縁が飾られていなければおかしい。ジンはそう伝えたいようである。


『マヤ様の持つペンダントにも、幼い彼女と両親が映った写真がある。魔法によって現像されたものだが、本につづられたと考えるのは不自然だ』


 マヤは腰にさげたかばんからペンダントを取りだして、開閉式になっているチャームを開いた。たしかにそこには、チビマヤといっしょに白髪の美麗な女性と、赤髪の厳格な男性が映っている。


「これ、おかしいの……?」


 マヤは怪訝(けげん)な顔をしてカナをみた。


「う、うーん……言われてみればってかんじ……」


 カナもまた首を(かし)げていた。大人の書くことは難しくてよくわからん。


 ジンの日誌はまだつづいている。カナとマヤが王都に向けて旅立ったあとの話のようだ。


『最近、村の周辺にてゴーストの出現があとを絶たない。犠牲者はいないが、屋敷にもある変化があった。これを書いているいまも、だれかの視線を感じる』


『教会の者らは日夜大忙しのようで気の毒だ。早急に魔除けの力を持つエルフを村に誘致せねばならない』


『教会の聖術師が(やぶ)れた。老いているとはいえ、ひとりは自覚者のベテランだ。

 浄化の効かないゴーストがいたと、パニックに(おちい)りながら話したのち、正気をうしないヒップホップで魔王を(たた)えはじめた』


『それからは急速に、村のみながやさぐれていった。まるでカナのようだ』


 日誌はそこで途切れている……。


「おい!」カナは思わず突っ込んだ。読まれないと思って好き放題書くな。


 しかしマヤはなにかひらめいた様子で、再びカナのほうをみる。


「ねえ、魔王をたたえるって。もしかしてカナが命じたら扉ひらくんじゃないの?」

「え? わたし気絶させられたんだけど……」


 たしかにそのとき肖像画は『オカエリ』と言っていた。とくに野蛮な言葉ではない。それで気絶したのはカナの勝手だ。


 カナは半ば信じられないといった様子のまま、マヤと共に玄関にもどった。


「カナ、いい? あなたは魔王なの。命じるのよ。おねがいじゃないからね」

「うん……。じゃあ、と、とびらを開いて!」

「……なんかまだ弱いな」


 その後ふつうに扉が開き、二人はふつうに外に出ることができた。拍子抜けだが、二人はジンたちを助けなければならない。急いで裏手の森林へと駆けていく。


 その攻略は果たして正攻法だったのか。それを知る者はどこにもいない。


 屋敷のなかより、もの寂しそうにそれをながめる少女の影がひとつある。

『――二人はきっと、大丈夫だ』

 少女はやがて納得した様子でうなずいて、かすかな笑みを浮かべながら、頼もしい背中を見送った。


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