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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第二章 魔王の章
64/110

#64


 翌朝。店主にお礼をすませた三人は、少し肌寒い宿舎のまえに集まった。


「お二人とも、ずいぶんと軽装すぎやしませんか?」


 ギルが怪訝(けげん)な顔をして尋ねる。馬車が停められている様子もなく、気になったのだろう。


「はい。飛べるので」


 もはや説明になっていない。が、カナは女子高生。多くを語るのに言葉はいらない。

 カナはマヤと手をつなぎ、ギルの服のそでをつまんだ。


 百聞は一見にしかず、というやつだ。目をつむり、精神を集中させると、カナの姿がぬり変わっていく。


「これは……」


 奇妙な現象を目の当たりにしてギルは茫然としている。


『いくよ。――飛翔しろ(レオプテルト)


 着地点は、村の東口。世界を空からながめたカナは、そこに誰もいないことを確認して、転移した。


 飛翔距離がながくなるほど着地点に生じる空震が強くなってしまうのが、ひとつ問題点だった。足元をみれば、地面はきれいにえぐれている。


「ええーっ! こ、コペラ村だ!」


 ギルはなにが起きたのか理解がおよばず、混乱している。


「これは――なに?」


 マヤとカナもまた、出発したときとはまるで違う村の様子に、言葉を失っていた。


 やさぐれているのはひとだけではない。

 そこに自生する樹々が、民家の屋根が、ながれる小川が……なにもかもが、グレていた。


 樹木のえだは葉をおとし、ぐるぐると巻いている。不気味な、なにかの目のようにも見える。おそろしくなって、カナはマヤの腕にしがみついた。


 民家の外壁も、窓が目になったひとつの顔のようだった。それと、まっすぐ建っていない。どうみても反っている。地面から抜けでようとしているかのように。


 そして、村のなかを流れる小川はもっとひどい。

 せせらいでいないのだ。よどんでいる。それと、渦もある。

 かといって、氾濫(はんらん)しているわけでもない。なんだか、川が川たりえる要素を、放棄している。なにこれえ。


「いったい、なにがどうなってこんなことに……」


 昼間から生気をうしなってつぶれている人々をながめながら、マヤはつぶやいた。村のあらゆるものに霊体型モンスターが憑依しているようだった。


 ある実直な兵士はモヒカンになり、剣をぺろぺろしている。

 ある無垢な村娘は道化にもみえるメイクをして、舌にはピアスをつけている。そして前かがみの男性を、踏みつけていた。


「妻と娘が心配だ……。私は家にもどります。マヤ様、カナ様、ありがとうございました……」


 ギルは深々とあたまを下げ、駆けだした。大丈夫なのかな。


「屋敷にいそぎましょう!」

「う、うん……」


 カナはうなずき、荒廃した村の様相を尻目に屋敷へと向かった。



 *



 して、二人はマヤの屋敷にかえってきた。なつかしさの感じる景色だが、感動的な再会はあとだ。


 マヤはおそるおそる屋敷の玄関に手をかける。以前まではなかった金属を爪でかくような音をたてながら、扉がひらいた。


 不審だった。こんな状況なのに、鍵がかかっていないなんて。


「ジン! セネット! どこにいるの!」


 マヤは不安のやどる声で呼びかける。返事はない。異様な静寂に包まれている。しかし二人は、たしかになにかの視線を感じとっていた。


 少しなかに入って周囲を見渡していたときだ。




 バタンッ!




 玄関の扉がかってに閉まった。嫌な予感がしながらも、おそるおそるカナはそれに手をかける。かたく閉ざされていて、びくともしない。


「ど、どうしよう、マヤ――あれ?」


 ガクブルしながら助けをもとめるようにマヤのほうを振り向いたとき、カナはある違和感に気づき、ぞっとした。


「ななな、なにカナ……?」

「そこに、なにか落ちてるんだけど……」


 カナはわなわなした指を客間の扉に向けた。そこにあったのはスライムのぬいぐるみだった。


 気のせいだろうか。来たときはそんなものなかったはずだ。


「これ……あたしがちいさいときに抱っこして寝てた、ぬいぐるみよ。な、なんでこんなところに……」


 マヤはそれをかかえながら、吸い寄せられるように客間のとびらに手をかけた。


「ひ、ひとりにしないでえええ……」


 よもやカナも、なにがあろうとマヤについていくほかない。孤立したらたぶん、ちびる。


 屋敷の客間は、高価な骨董品や芸術品がならべられた部屋だ。きらびやかな装飾の数々は、少なからず二人の恐怖をやわらげる。


 しかし例外がひとつあった。壁にかけられた男の肖像画だ。マヤはハッとした顔でつぶやいた。


「あ、あれ? この肖像画……。扉のほう向いてたっけ……」

「やめてええええ……」

「あはは、じょーだんじょーだん。なにも変わってないわよ」


 状況に適応しはじめたのか、マヤは怯えるカナの様子を見ては、いたずらげな笑みを浮かべて楽しんでいる。こっちはそれどころじゃないねん。


 ここになにかあるのかもしれないと、二人は室内の探索をはじめた。窓の外からは日光が射しこむし、さして広い部屋ではないからまだ平気だった。


 けれど、だからこそなにも見つからない。ひとしきり手がかりを探したのち、先に音をあげたのはマヤだった。


「どういうこと? なにもないじゃない!」


 二人は困惑して顔を見合わせる。屋敷には部屋が多い。ほかの部屋も見てまわる必要があった。……できれば陽が沈むまでに。


 部屋を出ようとカナが立ち上がったとき、ある変化に気がついた。


「あ、あ……あ……!」


 口をぱくぱくしながらカナが指さすのは、肖像画。


「どうしたの、カナ。なにか見つけ――」


 言いながらマヤは振りかえる。


 絵のなかの男が扉のほうではなく、二人のことを凝視していた。そしていきなりガタンッと音を立て、ななめに傾いた。


 絶叫。

 高価なものをぶっこわす勢いで、マヤは部屋から逃げだす。


「ああっ、ちょ……待っ……」


 ばたん。そしてカナは孤立した。


 凍えるように身をふるわせながら、おそるおそる肖像画の男を見る。やはりそれは、カナのほうを見ている。


 大丈夫、大丈夫、大丈夫、これは絵画これは絵画これは絵画……。

 こころを落ち着かせるべく、かつてない勢いでカナは自身に言い聞かせた。


「オカエリ」


 そんなおり、絵画が不気味な声でしゃべった。


「あ……! きゅう……」


 しっかりと口が動いているのをその目で見たカナは、すとんと腰を抜かして気絶した。

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