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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第二章 魔王の章
62/110

#62


 不機嫌なアルレンと半分ぐらい寝ているはるみんが、騎士団に対峙している。その数は多く、なかには要人とおぼしき上級騎士も若干名。敷地を取り囲むほどの軍勢だった。


「ずいぶんと派手な目覚ましじゃないか」


 そのなかにムサシの姿はない。騎士団員の〝自覚者〟は魔王の征伐(せいばつ)に乗り気ではないようだ。


 集団のなかから、白馬に乗ったひげの男が庭園を踏み荒らしながらおどりでた。


「わたくしは〝聖王国騎士団〟の団長が一人、アインと申します。魔王復活のしらせを受け北の地よりはせ参じました」


 フューリィの天を穿(うが)つ光が放たれてから二日が経っている。近辺の街に駐在していた騎士たちが、王都に駆り出されているのだ。あるいは、自発的に動いたか。


「……面倒だな。はるみん、カナに伝えろ。すぐにでも()て、と」

「わたしがですか? わかりましたぁ……でも、騎士のかたがたに、失礼のないようにしてくださいねぇ。ギルドの評判にかかわりますからねー」

「わかっている」


 はるみんはあくびをしながら、小走りで邸宅のなかに戻っていった。アインは彼女を目で追うが、年端もいかぬ少女の背後に追撃をかますほどの外道ではなかった。


「貴殿が魔王を継承したというアルレンか?」


 すでにそのデマは王都中に広まっているらしい。失礼のないようにと言われたので、そのつもりでアルレンは返事をする。


「……だとしたらなんだ?」


 侯爵貴族らしからぬ態度に、アインは眉をひそめた。


「王命にはこうあります。反抗せぬようなら生かしたまま逮捕せよと。おとなしくご同行ねがいます」


 国王は気づかぬ者でありながらも〝自覚者〟の事情は知っている。ただなにもしないわけにはいかないから、面目を保つためにそういった命令を出したのだと、アルレンは推察した。


「礼儀のただしい騎士だ。断るといったらどうする」


 アインは呆れ、ため息をついた。


「身のほどはわきまえておりますゆえ、貴殿に手は出しませんよ。ただ――貴殿の仲間はそのかぎりではないでしょう」

「やってみろ」

「なに……?」

「手出しはしないから、その器があるのか俺に見せてみろ」


 アルレンはそう言うと、服のポケットに手を突っ込んだままアインに道をゆずった。


「正気なのか? 陽光の騎士をみくびられては困る」


 アインは疑念に汗を垂らしながらも、(ふところ)からハリのように細い剣を引きぬいた。刀身はガラスのように光を反射し、見方によっては背景に溶けこんでいるようにも見える。


『――《ペガサス》。光を()せてさしあげろ』


 アインの言葉に呼応するかのように細剣は脈動し、虹の光をまとう。その波動は〝魔導具〟が放つものだ。


 そして切先を追えない不可視の刺突で、ゆっくりと虚空を射抜いた。その先から光の一閃が、地を焼きながらまっすぐに邸宅へと放たれる。


 このときアインはだれかを殺める気はなく、邸宅に穴でもあけて脅しにかけてやろうと考えていた。それが浅はかなのはわかりきったことだ。


 ババババ。

 光線はなんらかの防御魔法に防がれて、むなしく霧散した。


「お前、手を抜いたな。その程度の覚悟で魔王にいどもうとは……北の地とやらの治安が知れる」


 どよめく騎士たちに、アインのすました顔も引きつった。腰にさげていた無線機のようなものを取り出し、かすかに怒りの混じる声で命令する。


「魔導部隊、火をかまえよ。これより総攻撃をおこなう。もはや慈悲は不要。根城を焼き落とします。……投降するなら取り下げますが?」

「やってみろ」


 ここまで言ってもなお、アルレンは顔色ひとつ変えずにそれを傍観していた。アインのなかに恐怖が芽ばえる。この男は狂っているのか、と。


「四百をも超える火球が飛びます。即死をまぬがれたとて呼吸もできない地獄に焼かれますよ。ほんとうにいいのですね?」

「やりたければやれと言っている」

「この、()れ者めが……! 総員、放て。消し炭にしてしまえ!」


 騎士団長の命令により、その日の空はあかく染まった。爆風とともに吹きすさぶ強烈な熱気により、やけどする騎士もいたほどだった。


 邸宅はまたたく間に黒煙に(おお)われたが、爆音の隙をぬってときおり聞こえてくる奇妙な音(ババババ)に、騎士たちのあいだに(いささ)か不穏な空気が立ち込める。


 やがて黒煙が空に消え――この時点でおかしいのだが――彼らの視界にうつるのは、傷ひとつ付いていないアルレンの邸宅だった。


「いくつか勘違いしているようだから教えてやろう」


 おくちをあんぐりするアインの背後に、眼鏡を妖しくひからせる魔王が近づいていく。


「な、な、なんで……」


「ひとつ。お前は王命を読み間違えた。反抗されたらおどすのではなく、諦めて帰るべきだ」


 アインは出発前に読んだ書面を思い返す。王命に反抗されたときのことは書かれていなかったのだ。国王とて諦めろとは言えないのだろう。忠誠心のたかいムサシがなぜか参加していない理由を、そのときになってようやく察した。


 恐れおののいて震えるアインと白馬に、アルレンは付け加える。


「ふたつ。お前は戦力をはき違えた。四百を超える火球だったか。ゼロにいくつを掛けたところで、ゼロにしかならん」


 アルレンの傲慢(ごうまん)さは絶対的な自信からくるものであることを、アインは身をもってわからされていた。


「みっつ。お前は判断をあやまった。ギルドを率いるこの俺が仲間を捨てる愚者に見えたか。居城を好きに攻撃しろといわれて、誘導されているとなぜ疑わん――」


 その言葉に、アインの焦りは最高潮にたっしていた。


「き、キサマ、まさか……!」

「――これで、正当防衛は成立だな。えらべ、即死か焼死か窒息死。好きな方法であの世に送ってやる」


 死への恐怖は悪寒へとかわり、アインの背筋にほとばしった。彼は咄嗟に白馬を鞭打ち、全速力できた道をもどりはじめた。


「撤退だ! 総員、撤退っ! むりっ! こいつには勝てない!」


 弱々しく泣きごとを言いながら、尻尾をまいて去っていく騎士たちを、アルレンはなにもせずに見送った。こころのなかで面倒だからもう来るなとだけ、念じておいた。



 *



 玄関に戻ろうとすると、はるみんが慌ててアルレンに駆けよった。珍しくも眠気がさめているようだ。


「ちょっとぉ、アルレンさん? お屋敷めっちゃ揺れたんですけど、なにしでかしたんですか……。みなさん、怖がってましたよ」

「揺れか……耐震設計も見なおしておくべきだな」

「いやそうじゃなくてえ……」


 アルレンが邸宅全体にかけていたのは、防火と防音効果のついた障壁魔法だった。邸宅のなかにいた者たちは窓の外を見ないかぎり、地揺れしか感じなかった。


「騎士団の連中の実力が気になっただけだ」

「そうじゃなくてえ……評判さがるから失礼のないようにって……」

「誰も殺していないから、失礼はなかったはずだが」

「もういいやー……」


 はるみんのわるい予感とは裏腹に、その後ギルドに舞いこむ依頼は数を増やすことになったそうな。


「……ところで、カナは?」

「飛んでいきましたよん。マヤさんとともに、コペラという村にもどったそうですー」

「そうか。ならいい」


 玄関に入ると、アルレンはメンバーたちの歓声に出迎えられた。彼は力こそ恐れられるが、立場はみなと対等だった。だからこそ多くから信頼をよせられ、慕われている。


 手段はともかく、圧倒的な戦力差を、誰ひとり傷つけることもなく(くつがえ)したのだ。その姿はまぎれもなく、みなの希望となっていたにちがいない。


「全員、聞け」


 だからこそ、一流の指導者から告げられる言葉には耳をうたがうほかなかった。


「ご覧のとおり、俺は世界から狙われる身となった。俺が勝手に背負った(ごう)にお前たちを巻き込むつもりはない。よって――本日をもって俺は〝黎明〟を離脱する。リーダーははるみんに委ねることにする」


 邸宅はどよめきに包まれた。なかにはそれだけで泣きだす者もいる。


 元よりアルレンは〝自覚者〟のなかでは新参だ。満場一致で決まった役職だが、本来あるべきかたちに戻るだけ。そう考えていたのに、想定外の反響をうけていた。


「アルレン、オレたちついてくぞ!」

「あたしも!」「俺も!」「拙者も」


 長らく冷酷だった男の眼差しが、忘れかけていた寂しさを、ほんのわずかだけさらけだした。


「ダメだ」


 それでもアルレンは、仲間たちの提案をかたく拒絶する。これ以上、壮大な嘘に彼らを巻きこむわけにはいかないのだ。はるみんの顔を立ててやる必要もある。


「しばらく俺は遠くに行く。最後の命令を伝えるから聞け。まず、はるみんを支えろ。明るい未来を生き抜け。そしたら――あとは勝手にしろ」


 それだけ言い残すと、アルレンは滞在している自室にもどっていった。


 〝黎明〟の長・アルレンは、壊れている――。


 嘘かまことか〝自覚者〟たちの間で、まことしやかに(ささや)かれるうわさには、ときに尾ひれがつくことがある。


 ――されど、多くの仲間に愛されている、と。


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