#61
その爆発がいかなる威力だったのかはわからない。咄嗟の判断でマヤが多重にもおよぶ防御魔法をつかって、爆風の衝撃を吸収した。
カナは腰を抜かして、その場にへたりこんでいた。壁と床はさじですくったかのような弧をえがいて、えぐり取られている。そこにあったものが潰れてなくなっている。
「し、死んだかとおもった……」
マヤは自分のしたことにおどろきながら、わなわなと震えていた。カナはまたも、マヤに救われたのだ。
ハイドも毛を逆立てて、はりせんぼんのようになっていた。その陰にはリミちゃんが隠れている。
地を揺らすほどの爆発だ。さも当然であるかのように、邸宅はさわぎになった。
「つまり真相は……コアストーンの爆発だったってこと?」
落ち着きを取り戻したあと、玄関の交流場にてカナは問う。
しかしマヤは、首を横にふってそれを否定した。
「……前の周期では、もってかえらなかったの。それどころじゃなくて、忘れてたから……」
ともすればエルフのカナが深夜に外出する理由が気になるところだ。投げる人でも探しにいったのかな。
「エルフは警戒心がつよいからな。安全確認のために見回りしてたのかもな」
そしてそこを、何者かに暗殺された。ゼノの推測にマヤはハッとする。
「たしかに、コペラ村の屋敷にいたときもそんなことをしていたような……。……あたし、ずっと守られてたんだ」
ともあれ、周囲にあやしい動きなどはなかったらしい。アルレンの計略がうまく機能したようだ。
「ひとまず引き続き警戒はする。カナちゃんたちはしっかり寝ときな」
ゼノはそう言って、周囲の仲間たちを解散させた。
カナたちもあくびをしながら部屋にもどった。
*
そして翌朝。カナは無事に三日目をむかえた。うたた寝していたようで、目を覚ますとカナはもとの姿にもどっていた。
交流場ではつかれた様子のメンバーたちが雑談している。そこをそそくさと通り抜けて、食堂にてマヤとリミちゃんの三人で朝食をとっているときだった。
「カナ、これからお前は拠点を移してもらう」
朝食の皿をもちながら放たれるアルレンからの通告に、パンにかじりつくカナの手が止まる。
「ど、どこにですか……?」
そのまま正面の席についたアルレンに、カナは問う。早朝のアルレンはとてつもなく不機嫌そうで、寝ぐせもひどい。目の前に上司がくる気まずさを、カナは高校生にして味わっていた。
「それは好きにしろ。もはやお前は王都にいる意味がない。〝後援会〟の連中も多く、危険なだけだ」
カナたちは互いに顔を見合わせた。ずいぶんと急な話だったが、マヤはひとつ思い立ったように提案をする。
「それならコペラ村にもどらない? あたし、国王様の命令で塔に用があるのよね」
「あ、それいいかも!」
カナもリミちゃんも賛成だった。ジンやセネットにまた会えるんだ。霊獣の子も、巻きものにもどされてさぞ窮屈だろう。久しぶりにあの岩肌をなでてやりたくなった。
「そしたら晴れてあたしも女男爵……いや、力が認められて子爵までいっちゃう? にょほほほ」
珍しくマヤがきもい笑いをしていた。徹夜で疲れているのだろう。今日くらいはゆっくり休んでもらいたいところである。
「そして俺も、旅に出るつもりだ。しばらく会うことはなくなるだろう」
「えーっ! ボスどこいくの?」
リミちゃんは元よりアルレン直属の手下だ。おどろいた声をあげて尋ねた。
「こうして世界が広がったんだ。勇者が見たことのない領域をさきに見ておこうと思っている。なにもない荒野が広がっているだけかもしれないがな……」
そこでなんらかの手がかりを見つけたらすぐに、そうでなくても三ヶ月以内には王都にもどると、アルレンは付け加えた。
「そっか……。さびしくなるねー」
「リミちゃん、鍵はお前に預けておく。失くすなよ」
「鍵……? うん、ポーチのなかにしまっとく。でもなんの鍵?」
「魔王の封印を解く鍵だ。もう使わないだろうがな……」
このせまい世界には、魔王の封印を解く鍵をまもるガーディアンが五体いる。アルレンにとっては取るに足らない相手であり、勇者が攻略するまえに回収していたそうである。
アルレンは三本それぞれ異なる色の鍵を、リミちゃんに渡した。
残りの二本は教皇とカノンが持っているらしい。
今となってはおもちゃも同然だろう。役に立つことなく魔王は復活してしまったのだから。正当な手段ではないのだろうが。
「待って。正当な手段……?」
ふいに、過去のハイドの言葉がカナの脳裏をよぎった。
『勇者は〝波及力〟こそ持つが、資格が不完全なのだ――』
勇者としてすべきことをまっとうしていないから、不完全だと言われるのではないか。
「アルレンさん、勇者さんってガーディアンを倒したことあるんですか? 五体とも」
「俺の知る限りではない。魔王の復活につながることは〝後援会〟が止めるはずだ」
「やっぱり……。もしかして、元の世界にもどるのに必要なことなんじゃ……」
根も葉もない推測だ。相手にされないかとカナは思っていたが、そうでもなかった。アルレンはなにも言わず、ただ考えこむように朝食を口にしている。
そんなときだった。メンバーの一人の男が、食堂のとびらを力強く開け放った。
「大変だ!」
一字一句たがわず予想できた言葉を彼は言う。まさしく顔にそう書いてあるのだ。
アルレンは食事を中断して玄関へともどった。手のつけられていなかった果実を、リミちゃんはさりげなく自分のものにした。行儀の悪い子。
休まらない時間は続くものだ。慌ただしい者たちの会話から察するに、屋敷の庭園に騎士団が武装して集結しているとのことだった。魔王アルレンを討ちに来たのである。
カナは緊張して身体がこわばった。みな徹夜の警備で疲れているところだ。真犯人がそれを見越して襲撃のときをずらしたのかもしれない。
「タイミングが最悪だねー……」
リミちゃんがあきれたように呟く。「朝のボスは、機嫌がオニだよ」と加えた。よく果実を取ったな。
しばらくのとき、カナたちは邸宅のなかに隠れて、窓からアルレンを見物することにした。