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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第一章 書架の章
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#6 未来を変える力


「それはなりません」


 弱々しくふるえた声で、ジンは勇者の勧誘を拒否した。


「それは、カナが決めることでは?」

「……いいえ。カナはしがない使用人ですよ。貴方がたの旅に加わったところで、お役に立てる器ではありません」


 そもそもカナが同行したところで、塔の封印は解けない。

 それがジンにとって、最も不可解な点だった。


「そうですか? ならば、マヤに同行してほしいのです。彼女には塔の結界を払う力があるはずで――」

「どこでそんな話を聞いたのです。マヤ様にそんな力はありません。彼女は執務で忙しいのです。勇者様、どうかお引き取りください」


 険しい眼差しを向けながら、ジンはリュウの言葉をさえぎった。


「……困ったな。塔には世界を救うなんらかの糸口があるはずなのに……」


 勇者は困惑して助けを求めるようにミラの顔を見る。彼女もまさか断られるとは思ってもみなかったようで、奇妙な焦りを見せながらジンを説得しようと一歩前に出た。


「執事さま、おどろかずに聞いてください。かつてこの地には、森のなかの塔を守護する者が住んでいました。マヤさんは、その守護者の血を引いています。てっきり、ご存知かと……」


 ミラは(さと)すようにそう言うが、ジンは聞く耳を持たなかった。


「引いていません。人違いです。そんなに塔に入りたいのなら、外壁に穴でも掘ればいい」

「それで入れるなら苦労しませんな!」


 獣人の男は呆れながら嘲笑するが、勇者は真顔で考えこむ様子を見せ、つぶやいた。


「……それは試したこと無いな」

「ダメですよリュウ。これからの旅、三人のままだと負担が大きすぎます……。この村で後衛として腕の立つ者を見つけられるとも思えませんし……」

「あ、ああ……」


 ミラはため息をつきながら、勇者を納得させる。


「そもそもこの執事、怪しすぎますぞ。頑なに協力を拒む理由が気になりますな」


 獣人の詮索に、ジンの頬には冷や汗が伝う。獣人はヒトよりも疑り深い性格をしていることが多い。


 ジンが狼狽(うろた)えていると、セネットがマヤを連れて戻ってきた。状況が悪化しているのは、火を見るよりも明らかだった。


「はじめまして、勇者様」


 マヤは勇者を前に、気品のあふれる所作で挨拶をしてみせた。


「やあ。君がマヤだね」

「お話は伺ってるわ。あたしもいつか旅に出て、世界を見てまわりたいと思ってたの」


 マヤは期待に目を輝かせながら、勇者の旅に自ら同行しようとする。その先に、取り返しのつかない未来が待っているとも知らずに。


 カナとジンは本による強制力を実感していた。

 まるで勇者にとって都合の良いように、時が刻まれていく。そうなるように、本に書かれているのかもしれない。


「マヤ様、危険です。どうかおやめください……」


 ジンは必死に懇願し、決められた未来に抗っていた。

 カナの曖昧な記憶によれば、彼がこれほど拒んでいたことは本に書かれていなかったはずだった。


(どうしてだろう――?)


 勇者は見たもの感じたものを細かく描写する性分がある。

 ここまで露骨にマヤの合流に反対する者がいたとすれば、たとえ流し読みだったとしてもカナの記憶の片隅には残っていたにちがいない。


「そんな、ジン……。どうしてあなたが反対するの……? 昔から、あたしの夢を応援してくれてたのに……」


 マヤは失望の眼差しをジンに向ける。


「それは、貴方が――」


 ジンは弱々しくうつむき、何も答えられない。

 否、答えてはならないのだ。


「正直に言いなさいよ!」


 マヤの憤りが静寂に包まれたエントランスにこだました。ジンの意思はもう折れかけている。


 思い出せ。屋敷の執事はどうしてマヤを止められなかったのか。


 物陰に隠れていたカナは自分にそう言い聞かせると、自身の記憶をかつてないほどの出力でめぐった。


「あ……」


 そしてふと、ある一節を思い出す。もはやそれは奇跡のひらめきに近い。


〝屋敷の者たちは、マヤの旅の無事を祈りながら、円満な気持ちで僕たちを見送った。〟


「マヤ様、貴方は旅の途中で――」


 元より望まない反逆だ。ついにジンは諦観に飲まれ、真実を語りだそうとする。


 それと同時のことである。

 カナは無意識のうちに、ジンをさえぎるように勇者たちの前におどり出ていた。まるで、エルフのカナ本人が背中を押したかのように、軽快な勢いのまま。


「わあああああああ……!」


 カナはできるかぎり大きな声――ただし、まったく大きくない――でジンの言葉を制止した。


「カナ……! いけません。出てきては……」

「わ、わ……わたしも、行きます」

「なっ――」


 突拍子もない発言に、その場にいる誰もが唖然とした。


「あんた何言ってんだい!」


 カナはセネットに引っ叩かれたが、この時、たしかに一つの未来を変えていた。痛いけれど、後悔はない。


 間違いなくジンは本の世界で、マヤの旅立ちに反対していたはずだった。ジンはマヤを娘のように慕っている。


 たとえ死ぬ未来が訪れることを知らなくても、マヤが魔王征伐という危険な旅に出ることを彼が了承するはずがない。きっと必死に止めていたが、結局それは叶わぬ願いとなる。


 それはなぜだ。


 もしもジンの行動が、のちに勇者によって書き換えられていたとしたら?


 それは推測の域をでない。しかしジンが勇者を世界で一番危険な男と称していたことに説明がつく。


 ただ書かれたことが起きるだけではない。言い換えれば、書いたことを起こすこともできるのだ。


 彼の持つ本は人の未来も、感情も、意思も、そして世界に属する何もかもを決められる、危険極まりない代物(しろもの)なのかもしれない。



 *



 勇者の一行が去ったあと、屋敷の面々は気まずい空気のなか沈黙していた。


 結局、カナの同行は歓迎され、明くる日の朝に出発することで決まった。マヤも一緒だ。


 ジンは絶望感に頭をかかえ、行き場のない不安に背を押され室内を彷徨(うろつ)いている。

 マヤは不満げに腕をくみ、指をとんとんしながら、うつむいたカナと一緒にソファーに並んで座っていた。


「……どうしてカナまでついてくる必要が? 今のカナは戦えないでしょ?」

「その……マヤが心配で……」


 至極真っ当な質問に、カナは曖昧な返答しかできない。マヤは失望の混じるため息をつき、背もたれに寄りかかった。


「あたしはもう子供じゃない。このままだと一族が失墜していくことなんて分かってる。でも勇者と同行すれば、失った名誉を取りもどせるかもしれない。またとないチャンスなのに、まさかジンまで拒むなんて……」

「むう……」


 普段ならば律儀に謝罪を述べていた状況なのにも関わらず、ジンはなにも言わずに黙ったままだった。


 珍しくも気弱な態度を見せしょぼくれるジンの姿に、マヤも強く責める気にはなれなかったようである。


「二人ともあたしのことが心配なのは分かる。でも、止めないで。あたしが一生懸命に勉強してきたのは、きっとこの日のためだったのよ」


 マヤはそう言って立ち上がると、力強く扉を開けはなち、そそくさと自室に戻っていった。部屋の入り口でぬすみ聞きしているセネットを見つけたが、無言のまま横を素通りした。


「カナさん……。勇敢な貴方を責めたりはしません。ただ、理由をお尋ねしても……?」

「…………」


 後悔はしていないが、言いつけを守らなかったことには後ろめたさが(つの)る。


「……なぜ姿をさらしたのです。私は強引にでも、貴方を隠しとおすつもりだったのに……」

「たぶんですけど……ジンさんは、すでに本に縛られてます」


 カナの言葉に、ジンは目を大きく見開いた。


「なんだと……」

「ジンさんは明日――き、きっとにこやかに、マヤを見送ります」


 それを聞いたジンは、それ以上何も言わなかった。ただ無力感に(さいな)まれ、弱々しく膝から崩れおちた。


 そうさせないために、カナはジンの言葉をさえぎった。ジンが未来を知っていると勇者に知られなかったことで、本の記述が変わるかもしれないという淡い期待に賭けて。


「……意思まで奪わせてなるものか……」


 ジンは拳を振るわせ、覚悟を決めた様子を見せて立ち上がる。


「ど、どこに……?」

「――貴方たちを守る準備をします」


 決意に満ちた眼差しにカナは圧倒され、息をのむ。なんて頼りになる男だろう。老年の男には到底見えない。

 それでもこころの奥底に残る一筋の不安から、カナは目をそらすことができなかった。


 その日は仕事に身が入らぬまま夜になり、互いに気まずい空気のなか夕食を終え、すぐに就寝時間になった。


「旅って……何持っていけばいいんだろ。お弁当とかいるのかな……」


 自室の屋根裏部屋に戻ったカナは、使い古された布袋を手につぶやく。

 山地に踏み入るということは、荷馬車が使い物にならない可能性もある。塔があるのは鬱蒼(うっそう)とした森のなかだ。


 距離はさして遠くなく、半日かからずとも往復できる場所らしい。


 マヤのためだと何度も言い聞かせてはいるが、緊張もあり気乗りはしていない。陰キャのカナにとって遠足というのは刑務に等しい。


 なにか情報がないかと、小さな本棚から書物をひとつ手に取り、開く。

 なかは真っ白でなにも書かれていない。全ての本がそうだった。


 恐怖にも似たおどろきは、すぐに呆れへと変わりはてた。ただここが不完全な世界であるというだけの話だ。それは光源が三つしかない夜空を見れば一目瞭然である。


「……あ、そうだ」


 ふいにカナは思いたち、一冊の本を借りて日記を(つづ)ることにした。

 いずれ元の世界に戻ったとき、エルフのカナが困らないように。


 先日の分から、その日あったこと、感じたことを思うがままに書き連ねていく。そして、最後の一文はこう締めくくった。


『すごくコワいけど、ぜったいにマヤを助ける。勇気!』


 出来事を整理して脳が落ち着いたのか、やがてカナは睡魔に見舞われ、机に突っ伏したまま眠りについてしまった。


 そして翌朝。目を覚ましたカナは、どういうわけかベッドから起き上がった。


「あれ? わたし……」


 無意識のうちに移動したのだろうか。まったく記憶にない。


 その真相は様子を見にきて呆れたセネットが運んだだけである。


 自室から出ると、すでに仕事をはじめていたセネットにカナは出くわした。


「……今日くらい、もう少し寝とかないと体がもたないよ」

「だ、大丈夫です。セネットさん。ところで……旅って何着ていけば良いんですか……?」

「クローゼットに私服があるだろ。あんたの服は魔力が付与されてるから、何着ても多少は大丈夫だよ」

「あ、じゃあ……ファンデとかありますか……? あと乳液も」

「ファン……なんだって?」


 外出する以上、それなりの準備を――とカナは早めに起床したのだが、現代の魔法アイテムがこの世界に無いことくらい、考えれば分かることだ。


 肩を落とし、仕方なく洗顔だけで済まそうと洗面所の鏡を見たとき、カナは今の自分がエルフであることを自覚した。


 肌の状態が、寝起きとは思えぬほどに完璧な仕上がりだった。実在したのか、うるツヤ。

 カナはヒトとエルフとの間にある越えられぬ壁を実感する。ひとはそれを嫉妬と呼ぶ。


 ゆっくり休んだつもりだったが、彼女の目元には先日よりも目立つように広がった(くま)ができている。


 肌の質感が完璧なだけあって、余計に目立つ。仕方なく前髪を流すことで、できるかぎり目元を隠した。


 カナは早いうちに身支度を終えたが、約束の時間がさし迫ってもマヤが起きてくる気配がない。不審に思ったセネットがマヤを起こしに彼女の寝室に向かった。


「おはようございます、カナさん」


 セネットと入れ違うようにジンが現れる。その顔にはかすかに疲労がみえる。あまり寝ていないようだ。


「あ、お、おはようございます……」

「……マヤ様はまだ起きていないのですか?」


 怪訝(けげん)な顔をしてジンが尋ねた。


「今、セネットさんが起こしに行きました」

「ふむ、珍しいこともあるものです……」


 そんな言葉を交わしていたおり、セネットが大慌てで駆けもどり、焦燥感に満ちた声で叫んだ。


「ま、マヤ様が……いない……!」


 マヤは朝陽が登るより早く、屋敷から姿を消していた。


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― 新着の感想 ―
行動が書き換えられる。 これが事実としたら脅威ですね。 勇者自体がある種の災厄なのか? その勇者に同行する事となったカナ達。 ここからどのような展開になるか、楽しみです。 面白かったので、ポイント評価…
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