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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第二章 魔王の章
59/110

#59


「……ハイドなの?」


 カナはおそるおそる、魔法陣から突如はえてきたイケメンにたずねる。彼の着ている黒い軍服らしきものは古代の記憶にもとづいたものなのか、今よりも先の時代の雰囲気があった。


「ああ」


 ハイドは無表情のまま手短かに答えた。芯のある、落ち着いた声だった。


 カナはうつむき、怒りに拳をふるわせる。そしてしずかに判定をくだす。


「やりなおし」

「なに?」

「ハイドは……ちがうでしょう……っ! もっとこう――もこもこぼんっとしてて、まりもみたいにまるっこくて、けだまみたいな、ネコチャンでしょうがあ!」


 カナは顔を真っ赤にしながらそうさけんだ。それが怒りによるものなのかは定かではない。


「我は魔王の命名によって個を得た存在だ。この声も、しぐさも、すべては(なんじ)が望んだものだ、カナ」

「う、うそだッ! そ、それ以上近寄らないで! なんか、情緒がバグりそう」


 もうバグっている。カナは彼を直視できずにいた。理由は単純、そこに居たのは声もしぐさもカナの理想の男性だったから。


「カナさん、目元の紋様が消えてます!」

「それは我が同調していた証だからな。抜けでれば消えるさ」

「ねえわたし一人称ワレの男とかむりなんだけどっ! カノンさんに勘違いさせないでくれ?」


 そこは古代人の威厳をしめすため、とのことである。


「カナ、うるさい。夕刻が近いだろう。カノンと話をさせろ」

「くう……!」


 カナは頭のなかに森林をつくりそこで瞑想することにした。すみわたる空気がおいしい。あー、マイナスイオン。


「カノン。汝は祝福(アーツ)を理解しているのか?」

「あーつ、とはなんでしょう?」

「昇降機に伝わっていた力のことだ」


 なんのことやらとカノンは首をかしげながら、ハイドに尋ねた。


「重力魔法のことでしょうか?」

「そう呼ぶのか」

「使えるのは私だけですので、私はそう呼んでいますが……」

「戦闘に転用したことは? あるいは、できるか?」


 カノンは戦いを好まない。しかし先進的な技術の数々をみれば答えは火を見るよりもあきらかだ。


「可能かどうか問われれば、可能です」


 もちろん、だれに頼まれても能力を提供する気はない、と付け加えた。


「……重力魔法をつかえば、運命と対話ができるのか?」

「えっと……そのまえに、貴方は?」

「我はハイド。古代の意志が個を成したもの。答えよ。時間は汝になにを語った?」


 カノンは未知の存在との出会いに、目を丸くしていた。きっと彼女の目には、ハイドは世界の法則で説明のつかない存在のように見えていたのだろう。


「私は――古代のお方も知らない存在に会っていたのですね。少し待ってください」


 懐かしむようにほほえみながら、カノンは物置きに入っていき、なにかを探す。その後、机の上におかれたのはジェンガだった。


「これは?」

「ルールはわかりますか? せっかくなので遊びながら話しましょう」



 *



 カノンは積み木の中ほどにある一片を引きぬくと、一番上にのせる。


「なるほど。いま、理解した」


 ハイドはカノンにうながされ、別の一片を同様にのせた。次はカナの番。慎重に手を伸ばし、一周目は難なく終わる。


「先ほども言いましたが、私は自身の失敗に立ち直れなかったときがありました。それを救ってくれたのが時間――またの名を〝時の魔女〟といいます」

「時の魔女……?」


 言葉を交わしながらも、ゲームは続く。少しずつ、塔が揺れはじめる。


「運命はつねに善意の味方だ。だからあきらめてはならないと、彼女は励ましてくれたんです。まさに神託ですね」


 カナはアルレンの邸宅で、似たような話を小耳にはさんだことがある。〝自覚者〟たちがよくつぶやくのだ。時の魔女は善意の味方、時の魔女がまもってくれる、と。


「この世界にはそんな人物までいるのか……」

「時の魔女はすべてを見通しているそうです。きっといま、私たちがこうして話していることも――なんてね。これはうわさ話です」

「……勇者はすでに万象を生みだしていたのか。それとも、古代にも――我々が知らないだけで存在したのか? 時をつかさどる神が」


 ハイドはもの悲しい眼差しで積み木を引きぬいた。もう倒れそうだ。


「時間に干渉するなんて、危険なことにちがいないのに。ハイドさんも、そう思うでしょう」

「……そうだな」

「なのに勇者は世界の誕生をとめろだなんて。無責任ではありませんか。〝後援会〟もそう。都合のいいように過去に干渉して積みあげた世界が、果たしてほんとに明るくなるのですか」


 カノンは不機嫌そうに頬をふくらませる。

 同時にカナは積み木をひとおもいに引きぬいた。


「ああっ」


 とっさにカナは耳をふさいだ。

 積み木の塔は音を立てながら呆気なくたおれた。


「崩れました。ふふ、カナさんの負けです」

「むりだあ……」


 勝てるわけがないんだけど。二人とも途中から魔法を使ってたのがカナには見えていた。


「カノン。汝はなにが目的なんだ?」


 ふいにハイドが怪訝(けげん)な眼差しをカノンに向ける。


「え……?」

「利便性以外にもなにかあるはずだ。先進的な技術の開発をつづける理由を問いたい」


 カノンは寂しそうにうつむき、考えこむ様子をみせる。やがて決心したかのように、自身の最終到達点を二人にかたった。


「――この世界を、地球とつなげることです」


 もちろんそれは、繰り返しの世界が終わらなければ成しえない目標だ。次元をつなぐ道をつくること。それは星間飛行のその先にあるような話ではないか。


 さすがの古代の意志さまも、これにはだいぶおどろいていたようで。


「可能なのか?」と一言だけ問うにとどまった。


「構想はあります。実現には、ながい時間と膨大な魔力がいりますが……」


 カノンは断言する。彼女の頭のなかにはなにがえがかれているのか。カナには見当もつかなかった。


「興味深い。くわしく聞きたいところだが……もう時間か」

「あら、あっという間ですね」


 ハイドの発言に、カノンは口惜しそうにつぶやいた。


「カナ。汝はさきに帰っていろ」

「は?」

「日没にはもどる。飛ばすぞ」

「ちょ、なに勝手に……――」


 ハイドはカナに向けて手をのばし、なんらかの魔法を発動する。

 直後、カナの視界にあるものすべてが地平線の果てへと流れた。それが一瞬でおさまると、そこはすでにアルレンの邸宅の庭園だった。


「――決めてんのぉ……?」


 (すす)が舞い散るだれもいない庭園で、カナは虚空に問いかけた。からすが一羽、それを笑うかのように飛んでいた。


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