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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第二章 魔王の章
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#57 世界がうまれる日


 柴犬の獣人、サーベラスは魔王フューリィに敗れた。

 神聖術師、ミラのこころは父の容態の悪化により折れた。


 そしてカナの前にいる勇者は、世界をのみこむ渦によって精神を病んでいるようだった。


「カナ、来てくれたのか……。それときみは、カノン……」


 かすれるような覇気のない声で、勇者は二人の来訪を歓迎した。昼間なのに室内のカーテンは完全に閉められており、部屋を照らすのは天井からつるされた橙色の光を放つ魔石だけだった。


「勇者さん、大丈夫ですか?」

「ごらんのとおりさ。死ぬことには慣れていたつもりだが、まさか〝自覚者〟たちが毎度こんな目に遭っていたとはね……」


 勇者は震える手をおさえながら、ソファに腰かけた。


 カナたちも勇者にうながされ、向かい側のソファに座った。机には、宿の従業員が用意したお菓子がおかれている。カナは勇者が差しだすのを首をふってことわった。


「確認したいことがあります」

「僕にわかることなら」

「……東雲(しののめ)リュウさんですか?」


 カナがそう尋ねると、勇者はつかの間を凍りつき、やがてその言葉を待っていたと言うかのようにほほえんだ。


「――出会ったんだね、江利田(えりだ)カナさん」


 その少しばかりたよりない話し方は、ほんの数分しか接していない文芸部の先輩と同じものだった。


「……わたしは先輩と、……その、恋仲になるのですか」


 カナは核心にせまった。そうなるとは思えなかった。だって好みとちがう。


 リュウは照れたような笑みを浮かべながら「そうだね」と答えた。しかしすぐに真剣な顔つきにもどった。


「カナ、率直に言うよ。きみに残された時間は少ない」

「……どういうこと、ですか?」

「にーぜろいちはち、いちいちいちきゅう――」


 まじないのようにリュウがつぶやくのは、なにやら日付のようだった。

 ちなみにカナが来たのはいちいちぜろご。つまりカナの世界の二週間後だ。


「なにかあるんですか?」


 心あたりもなくカナは尋ねる。リュウの表情が青ざめていたことにも気づかずに。


「……この世界が生まれる日だ」


 リュウは一言、もの静かにそう答えた。

 カナはよくわからずに首をかしげる。

 カノンだけ驚いて目を丸くして、言葉を失っていた。


「……どういうこと?」


「タイムリミットだよ。この日僕は事故に遭い、昏睡状態になる。そして僕の脳が……別次元の閉じた宇宙につながる。それが〝エリュシオン〟だ」


 カノンは首を横にふりながら、リュウがそれ以上話すのを拒んだ。


「勇者さん、それ以上はよしなさい」

「カナには知る権利があります。すべて、カナが決めることです」

「いけません。聞く耳を持っては――」


 カノンがあきらかな焦りを見せている。その理由を、リュウは話した。


「カナ。きみが現実の僕を助ければ、この世界は生まれない。誰も不幸にならない」

「そんなの私が許さない! ここにはもう、ひとの営みが根づいているのよ……! 未開の宇宙とはちがうの!」


 漠然としてくもった思考でも、わかってしまうことが一つあった。


「わたしが、決める――?」


 カナは一つの選択を強いられていた。


 ――リュウを選ぶか、世界を選ぶか。


 ハッキリ言って、この世界は地獄だ。特定の個体が死ぬと世界もろとも消えてなくなり、時間がもどる。〝自覚者〟たちはいくどとなく、制御のできない勇者の死に戻りに巻き込まれながら生きている。


 その根源を断ちきる権利が、カナの手にある。


「むりだよ……えらべるわけがない」


 おだやかな執事の顔が、いじわるな侍従の顔が、世界でいちばんの友だちの顔が脳裏に浮かぶ。彼らとの出会いがなかったことになるなど、耐えられるはずがない。


「罪悪感があるんだろう。心配しなくてもいい。過去が変われば未来が変わる。きみの決断は、きみ自身の記憶にも作用するだろうから」


 決断した瞬間、記憶がぬり変わるとでも言うのだろうか。そしてそのことに気づくこともないまま、自分が文芸部への入部に一歩踏みだせた理由を知ることもなく、卒業する。


「ありえないよ……。エルフのカナはわたしには考えられない出会いをたくさんくれた。それがなかったことになるなんて――かなしすぎる……いやだよ……」


 このときカナは自身の変化を自覚していた。


 上でもなく下でもない目立たぬところで空気に(てっ)することを信条としていたカナは気づけばもう、どこをさがしても居なかった。


「きみの気持ちはわかる。でもそれによって誕生するのがこの地獄なんだ……。知ってるかい? アルレンはむかし僕の仲間だった。僕を助けるために親身になって旅をしてくれた優しい男だったんだよ」


 しかし宇宙の法則は彼の善意をもてあそび、そして壊した。

 ゆがんだ善意は、勇者を壊した。悲劇の連鎖が巻きおこった。


「世界を救うために、現実の自分を爆殺するような男ではなかったはずなんだよ……」

「そんなことまで……」


 きっと本の性質を理解しようとしたのだろう。アルレンならやりかねない気がした。


「カノン、繰り返しのつらさは、貴方がいちばんよく知っているはずだろう」

「……っ!」


 なにを作っても壊されて、なんど作っても壊される。


 得られるものは、これ以上ないほどに洗練されていく効率性だけ。ルーティーンのように王族から資金を巻きあげ、そのたびに冷たくなっていくこころ。


 カノンは机の下で、きゅっと拳をにぎりしめた。


「僕もそうだ。繰り返すのは、もう疲れたんだ。だから解放してくれ……」


 勇者のなかにあるひびの入っていた意志は、闇の渦によって完全に打ち砕かれていたようだった。


「巨大な力を前にしても、決してあきらめてはなりませんぞ……」

「……ぞ?」


 突然のカナの言葉に、勇者は眉をひそめた。


「サーベラスさんからの伝言です。わたしも肝に銘じようとおもいまして……」

「サーベラス……」

「まだ時間はありますから、みんなでみんなが助かる方法をさがしませんか?」


 カナは勇気を出して提案してみた。彼がもとの世界に戻る方法――つまり、昏睡状態から目覚めさせる方法はかならずあるはずだった。そうだろ、けだま。


「カナさんの言うとおりです。探しましょう!」カノンもそれにうなずいた。


「……やっぱりカナは、どこまでいってもカナなんだな」

「へっ?」


 勇者は苦笑しながらも、やるべきことを見出したようだ。彼の手の震えは、気づかないうちに止まっていた。彼が立ち上がりカーテンを開けると、部屋中に太陽の光が行きわたる。


「だが、リミットがあるのは変わらない。一週間だ。一週間後に、カナを元の世界にかえす」

「えっ、そんな早くですか?」

「もはや〝後援会〟もなにをしてくるかわからないからね」


 その言葉でカナはハッとした。もうひとつ大切な要件があることを忘れかけていた。


「勇者さん、それと……ソウマ教皇をもとに戻してあげてくれませんか?」

「……君からその名前が出るとはね」

「ミラさんが……悲しんでいます」

「彼女はきみを殺そうとしたんだぞ? どうして慈悲を向けるんだ」


 至極もっともだ。そもそもミラは〝自覚者〟ではない。世界の事情をなにも知らない女だ。元気になれば、それはそれでカナの身には危険が及ぶ。


「……見て見ぬふりはしたくないです」


 偽善者だと石を投げられることもあるだろう。カナは別にそれでもよかった。


「……そうか。ミラは怒ってるだろうね。彼女は僕が、僕の支えになるようにつくった人間だから」


 本に人々とつづれば人々が生まれる。そのひとつひとつにはすでに個性があった。勇者はそこで見たものをつづり、この世界は少しずつ色づいていった。


 しかしミラだけはちがった。彼女はなにもないところから、本の力によって生み出された〝非の打ち所がない美少女〟だった。


 創造主たるリュウがカナを恋人だと叫ぶのは、ミラにとっては絶望的なうらぎりとなったにちがいない。だからカナは敵意を向けられ、殺されかけた。


「僕も心苦しいけど、教皇を助けることはできない」

「そんな、約束したの……。おねがいします」


 カナは必死に懇願したが、勇者は力なく首を横にふるだけだった。


「たしかに僕は神罰がくだるようにつづったよ。そりゃ、恨みつらみの一つくらい浮かぶさ。けれど……僕はその内容までは指定しなかった」


 勇者はベッドに置かれた本を手にとり、一文を加えた。


『ソウマ教皇にくだる神罰は、終わりをむかえた』


 カナはたしかにそれを確認した。神罰は終わった。


「この文章を書くのは、これで二度目だよ」

「え……?」


 教皇はすべての周期を脳の一部に記録している。でもそれは人の手によって集められた情報だ。完全ではなく、伝わっていなかったのだ。


「騎士団の〝自覚者〟が土下座までしにきたこともあったし、そのときにも伝えた。僕は利用価値があるだけで、信頼されているわけではないらしい」


 カナはこれ以上どうすればいいのかわからなかった。これでは約束を果たせない。手詰まりだ。


 教皇を樹木に変えたのは勇者ではない。

 教皇はだれかに、呪われている。

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