#51 カナの周期Ⅱ
カナは文芸部の部室にいた。長机が四角を描くように配置されていて、人数分のノートパソコンが置かれている。
本棚には多くの本が並べられており、中には図書室には到底おけないようなものまである。たまらず赤面し、目をおよがせた。
「まず自己紹介、しようか」
思い立ったように提案するのは、文芸部二年のちひろだった。部長をつとめるだけあり髪は短くまとめていて、赤いフレームの眼鏡をかけている。
「えとぉ……、二年四組、江利田カナです。短い間ですがよろしくおねがいします……」
照れくさそうにカナは自己紹介をして、部員たちに拍手で迎えられた。
「次うちね。二年二組の望月ちひろです」
「二年四組の雛森ひなのです。……し、知ってるよね?」
ひなのが不安げな眼差しをカナに向けた。
知らないわけがなかろう。同じクラスで数少ない陰の同志なのだから。しゃべったことはないけど。何度そのもこもこの髪に顔をうずめたいと思ったことか。そういうサービスはないかな。
「よ、よろしくね、ひなのちゃん……」
自己紹介はまだ続く。
「フッ……」
次の順番であろう男子生徒が不敵な笑みを浮かべ、口角を片方だけつりあげた。インパクトのある自己紹介だこと。
「ちょっとちゃんとしてよ! ……えっとカナちゃん、そいつは竹田けんたね。ちょっと邪悪が深淵から微笑んでる感じだから、そっとしといて……」
「フッ……」
ちひろのフォローに、けんたは底知れぬ闇の祝福の片鱗をカナに賜った。
「じゃあ次一年生」
「えっとお、仲田リエでーす。よろしくねセンパーイ」
真珠のようなピンクの髪留めをつけた、ツーサイドアップの髪型の子が、カナにウインクした。カナとは性格が真逆のようで、おちゃらけた雰囲気があるものの、その尊さにまさるものはない。
ついにカナにも後輩ができたのだ。なんと甘露な響き。赤いリボンのついた制服は一年生であることを示す。この場にいる一年生は彼女だけのようだった。しゅき。
「ほんとは他にもいるんだけど、うち帰宅部に片足突っ込んでるからさ……」
ちひろは苦笑して、肩を落としながら言う。この場にいない者はそのときになったら紹介することになった。
「み、みんなよろしくねっ……!」
このまま部活に入らず、そのことに誰も気づかないまま卒業するのだと思う日々もあった。しかしカナは今こうして、新しい縁と巡りあっている。
エルフのカナにはとんでもないことをされた気がするが、感謝のほうが大きかった。そのときまでは。
「じゃ、部活の活動について説明するんだけど――」
カナはちひろが説明する活動内容をしっかりと聞いていた。中には自分にできるのかと不安に思うものもあったが、ここまできたら精一杯やるのだと決意をかためた。
そのときである。
ガラッと部室の扉を開く音がして、廊下からくたびれた様子の男子生徒が顔を出した。ネクタイは、みどり。受験勉強にいそしむ三年生だ。
「はあ……やっと終わった……」
「あ、先輩!」
時期的にはとうに部活は引退しているはずである。彼は誰だろう。
カナはぼーっとしながらそれを眺めた。上級生だけあって「フッ……」よりは大人びている。眼鏡をかけて、頼りなさそうだけど、背が高くてまじめそうな男だった。
「えっと……なんかすごい見てくる子がいるんだけど……どなた?」
言われて気づき、カナは慌てて目を逸らし、姿勢を正した。
「あっ新入部員の子です。カナちゃんっていうの」
「よ、よろしくお願いします。先輩……」
ちひろの紹介に合わせて、カナは再び先輩のほうをみてぺこぺこした。
「へー。この時期に? 珍しいね。……待て、カナだって?」
「そうです。あのカナです!」
どのカナだ。カナは心の中で突っ込みながらも、嫌な予感がしていた。
「聞いてた話とだいぶ違くない? 〝道場破りのカナ〟だろ?」
「なんですかその異名はっ!」
思わずカナは声に出してしまった。ひとまず敬語なのでセーフ。
「異世界から来たエルフで、風の声が聞けて、ギャル連盟を崩壊させて――」
「うちのクラスメイトはなんか近くにいたら投げられたって言ってたました!」
先輩と部長が思い出すように語らう後ろで、
「うわああああああああああっ!」カナは頭を抱えて叫んでいた。
(野蛮すぎるやろ。エルフのカナまじで何してんねん。前言撤回。感謝とかあほやん。近くにいたら投げられたの誰だよ。土下座したいから紹介してくれ)
カナは情緒がたかぶると、心の中にエセ関西人が現れるのだ。今日は主張が激しいようだ。
「アハハ、センパイおもしろー」
後輩は他人事のように笑っていた。カナ、失望の危機に涙を禁じえない。
「ひなのちゃん……。あとで教えて……。わたしが何をしてきたのかを……」
「え、ええっ?」
「記憶がないの……ていうか異世界にきたエルフが帰ったの……」
言葉にするとこうも恥ずかしいとは。カナはますます赤面した。穴があったら入りたい。そのまま埋めてくれ。
「フッ……案ずるな。同胞たちには理解がある」
カナはなんか邪悪の微笑みの人にフォローされたが、ぜんぜんフォローになっていない。むしろ逆効果だ。
「あ、あのね……わたし一回カナちゃんにたすけてもらったよ」
「そうなの?」
「ギャル連の瑛子ちゃんたち、軽音部なんだけど、わたしが曲に歌詞つけてるんだよね……。それをカツアゲかなにかと勘違いしちゃったみたいで……」
ひなのは恥ずかしそうにもじもじしながら、経緯を説明した。
カナは目を丸くしながらそれを聞いていたが、気になることを一つ尋ねる。
「それ助けたって言うの……?」
「わ、わかんない。でも、かっこよかったよ。お礼言えてなくて、その、ありがとね……」
「そっかあ……お礼……」
お礼はそのもこもこで払っていただきたい所存である。
*
先輩と部長がひとしきりカナについて語り終えた後、先輩がカナに声をかけた。
「えっと、江利田カナちゃん。僕はリュウ。東雲リュウっていいます。よろしくね」
先輩あらため、リュウはそう言いながらカナに笑顔を向けた。
「は――」
カナの思考は凍りついた。まるで、世界の時間が止まったかのように。ついさっきまでばかみたいに発狂してたのだ。不審に見られて当然だろう。
「いやあ公募の締切が近くてさ。ここが一番集中できるからよく来るんだ。あまり気にしないでね」
リュウの言っていることが、何も頭に入らなかった。
『カナは僕の恋人だ――!』必死に叫ぶ勇者の声が。
『今はそうでなくても、いずれそうなるのが運命――』真実を告げる教皇の声が。
カナの記憶から呼び起こされ、頭の中に響きわたる。
なにかの偶然だと思いたかった。淡い願いは記憶の声にかき消される。カナが独り、図書室で読書にふけっていたときも、リュウは一枚の壁の向こう――あまりにも近くにいたのである。
今のリュウはカナを知らないのだろう。
さりとてカナはリュウを知っている。
雰囲気はまるで違う。先輩のリュウは猫背で、少しオタクっぽい。
頼りなく見えるが、それはカナとて同じこと。
数奇な出会いに冷や汗がしたたり落ちて、芽生える一つの確信。
――未来の勇者が、そこには居た。
二章開始です。
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