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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第一章 書架の章
50/110

#50 【間話】


 数日もすれば、カナは有名になっていた。


 曰く、ギャルのクイーンに膝をつかせた、だとか。

 曰く、柔道部の主将を制したとか。

 曰く、バスケットボールが不可解な軌跡をえがいて相手のゴールに吸い込まれたとか。


 ほかにも噂はさまざまである。カナがエルフで魔法使いであることを信じる者も少しずつ数を増やしつつあった、そんなある日。


 カナが今日は何の部活に参加しようかと下駄箱を開いたときである。

 一枚のかわいい便せんがそこに入っていた。恋文である。差出人は、クラスメイトの男子だった。


「なるほど。この世界の男性はこうやって女を呼びつけて自分のものにするのか」


 カナはまた一つ新しい学びを得ると、中身を紙くずのように丸めて制服のポケットに突っ込んだ。便せんはかわいいので、かばんにしまった。


 そのまま靴を履き替えて外に出る。武道館の前をほっつき歩いていると、一人の少女がカナの目に映った。防具を身につけており顔つきこそわからないが、竹刀を振るう姿勢と気迫をみれば一目でわかることがあった。


 彼女は強い。この学校の誰よりも。


 カナは武道館の外から、その練習風景を吸い込まれるように眺めていた。()りたいなあ。


 先日は柔道という取っ組み合いを経験したが、そこでカナは一つ理解したことがあった。この世界の武術は、明確なルールにのっとって行われるのである。


 礼義を重んじ心身の成長をはかるものだと柔道部の先生は言い、カナは戦場ではそんなもの通用しないと必死に主張したものの、聞く耳を持ってもらえなかった。だから仕方なく近くにいた主将を投げ飛ばした。


 きっと剣道もそうなんだろうなあと考えていると、稽古をしていた少女が防具をはずしてカナの目の前まで来た。


「……あんた、カナでしょ。来ると思ってた」


 少女は戦意に満ちた綺麗な眼差しをカナに向ける。

 それがカナと岩下きなこの出会いだった。



 ★彡



 かくかくしかじかあり、カナときなこは勝負を行うことになった。

 とはいえ、カナは剣道のルールを知らない。だからきなこはルールから決めることにしたのだが。


「ルールとかいいよ。モップかホウキある?」

「……あのね。ちゃんと決めないと勝負にならないじゃない」

「戦場はなんでもありだけど」


 たしかに心身の強さは必要だ。しかしそれは、理不尽にあらがうためのものである。


「……そう。じゃ、あたしもホウキでやるわ。じゃないと怪我させちゃう」

「だからルールは――」

「ルールじゃない。ハンデよ」

「むかあ!」


 きなこの眼は大真面目だった。カナはモップとホウキを一本ずつ、きなこはホウキ一本を手に、武道館の裏手に向かった。先生に見つかったら怒られるから。


「ここならいいか。じゃあ――」

「隙ありっ!」


 こつん。カナはモップの持ち手のほうをきなこの額にぶつけた。


「はあ?」

「言ったでしょ。戦場は理不尽。本番だったら貴方もう、十回は死んでるから」


 によによしながらカナは言う。さりとてその数字は他の部員とは比べものにならないほど少なかった。きなこには、隙がない。


「望むところよ……!」


 きなこはホウキを構えた。目の前にいるのが華奢な少女とは到底思えない。そこに居るのは竜か虎だ。

 ようやく本気を出せる相手に会えたと、カナは笑みを浮かべてモップを構え、念じる。


力は魂に宿る(キアー・イーレル)――」


 カナの雰囲気が変わったことに、きなこは薄々気づいていた。


「なにそれ、魔法ってやつ?」

「いや。ただのまじないみたいなものだよ」

「そう」


 きなこは精神を整え、一歩、また一歩と間合いを詰める。して、ここぞとばかりにホウキを振るった。

 カナはそれをモップで受け止め、軌道をずらす。また一本もらったと確信したとき、ホウキの切先がモップから離れた。押し込む勢いが止められず、姿勢を微かに崩す。


 こつん。


「いだっ!」


 点のような打突によって、カナの額に穴が開いた。今の彼女は動体視力が悪く、彼女が攻撃のパターンを変えていたことにすぐに気づけなかった。


「一対一ね」


 一滴の汗がカナの頬から滴り落ちる。それが焦りによるものだと、カナは認めたくはなかった。


 しかしこの勝負――攻め続けなければ負けるかもしれない。


「はは……」

「なんで笑うの?」

「これは退屈しないなと思って」


 カナは嬉しくなった。魔物もおらず、大規模な戦闘もない平和な国だと思ってナメていた。とんだ誤解だったようである。


 棒術に関してはジンに嫌というほど叩き込まれてきた。ここで負ければ、師に対して無礼も(はなは)だしい。カナは借り物の身体であることも忘れて、その戦いに命を賭けることにした。


 きゅっとモップを握りしめる。悪くないしなりを感じながら、カナはその構えを変えた。そして放つ、渾身の薙ぎ。


「んっ!」


 きなこにはそのモップが明らかに曲がっているように見えていた。生まれて初めて目の当たりにする、一つの武の極致に彼女は一瞬、魅入られる。


 しかしそれを放つ肉体が未熟だった。なんかありえんぐらいの跳躍をしながら、きなこはその薙ぎを地に叩きつける。モップが地をえぐる。

 とてつもない力だ。当たったらひとたまりもないだろう。


 ――だからこそ、そこには大きな隙ができていた。


 すかさずきなこは間合いに踏み入った。斜め下から蹴りあげるようにホウキを振るう。

 しかし直前、カナが不敵な笑みを浮かべるのを彼女は見た。これは罠だ。


 即座に攻撃を取りやめ、きなこは距離を取り直した。これがホウキでなく竹刀だったら、結果はまた違っていたのかもしれない。


「……なんで止めたの?」

「なんか嫌な予感が……」

「そこまでわかるのかぁ」


 すごい、本当にすごいよ。カナは心の中できなこを讃えていた。叶うことならば、向こうの世界で会いたかったとすら思える。


 カナは実戦ならば魔法罠が発動して手足の一本は飛ぶような状況に、きなこを誘っていた。

 きなこはそれを自身の直感だけで回避したのだ。これで十六歳だと。まさしく鬼才ではないか。


 会話しててもなお研ぎ澄まされている精神。これはよもや本気で戦っても勝てるかどうか。


「……気づいてる? 周り見て」

「うん。私も今気づいた」


 きなこの声にカナは頷く。知らないうちに外野の見学者が多く増えている。これでは教師がやってくるのも時間の問題だ。


「さっさと決着をつけたほうがよさそうね」


 きなこはそう言って、もう一本の地に転がってたホウキを拾い上げ――二刀流の構えをとった。切り札がまだあったのか。


「そうだな」


 こと近接戦闘において、リーチの優位は絶対的な強みとなる。

 しかし今のきなこにはそれすらも凌駕せんという眼差しがあった。


 カナは腰を低く、まるで大砲をかつぐかのような刺突の構えをとった。この一撃に、すべてを賭けるようである。


「全力で来なさいッ! カナッ!」


 言われなくてもそうするさ。


「うおおおおおおおおああああああああああああッッ!」


 ありったけを込めて、大地を一歩、蹴りあげる。


 直後カナは、宙を()んでいた。


 すかさずきなこは天を見上げる。黄昏の空には黒竜が居る。


「はああああああああああああああああっっ!」


 迎え打つ彼女は、さながら双牙の白虎といったところか。


 二人の掃除用具の激突に、外野の者らはまるでほとばしる火花を見た気がした。


 勝つのはどっちだ。誰もが固唾を飲んで見守った。


 その後、誰かが無断でアップロードしたその映像は某動画サイトで万バズし、投稿者はそれがきっかけで銀盾を手に入れたそうな。



 ★彡



 その日からカナは放課後に武道館に入り浸るようになった。

 他の部員にも歓迎され、顧問の先生が居ないときには彼女が戦いの指南をつけることもあった。もちろん内緒で。


 剣道部はみるみるうちに強くなっていき、顧問はなにやら困惑しながらもそれを自分の指導の賜物(たまもの)だと思っているようである。


「あーあ。あなたも剣道部に入ればいいのに」


 ある稽古の日、きなこが本音を吐露した。そうすれば顧問の目を気にせず鍛錬に励めるようになる。しかしカナはその隣で、首を横に振った。


「それは私が決めることじゃないからね」


 きなこは仲良くなるうちに、カナの事情を知っていた。にわかには信じられない話だが、高校デビューするにしては二年生じゃ遅すぎる気もするし、そもそも豹変しすぎである。


「……そもそも、ほんとうに元にもどるの?」

「わからない。でも、そうでなきゃ困る」


 一番大事な友だちが居るから。

 その言葉にきなこは少し妬いてしまった。でもその子は、カナが居ないと独りになってしまうという。


「はあ……。休憩は終わりよ。()りましょう」

「そうこなくっちゃ」


 今やカナは魔法で身体を補正しなければ、きなこに勝てない。

 さりとてきなこも、竹刀でなければカナに勝てない。


 いつも通りの人間離れした鍛錬を二人は始めるのだった。

 しかし稽古が熱を帯びてきたころ、変化が訪れた。突然に、カナの身体が光りはじめたのである。


「その光は何の魔法?」

「これは私の魔法じゃない。……帰るんだ!」

「えっ……!」


 別れのときがそんないきなり訪れるなんて、きなこは知らなかった。送別会とか寄せ書きとかやりたかったのに。


「隙あり!」

「あうっ」

「どんな状況でも気を緩めるなよ! ほら、続けよう!」

「……うん!」


 たとえカナが光っても、そこに容赦は無用だった。もっとこうしていたい。せめてあと五分。

 二人は風に舞うように、ときには情熱的に踊るように武器を振るい、見学していた部員たちを圧倒していた。


「みんなに伝えてよ! 私がどうなっても支えてって! 気軽に声かけてって!」

「うん!」


 竹刀とモップがぶつかり合う。速く。もっと(はや)く。少しでも多く武器を交えたいと二人は共感し、その稽古は極限まで洗練されていく。しかし、終わりはやってくるのだ。


「はあっ!」


 カナが目を見開いて、大きな隙を晒した。今のきなこがそれを見逃すはずもない。反射的に頭のてっぺんに竹刀を振り下ろす。


 あ。

 彼女のあまりにも貧弱な眼差しを見たとき、きなこは心の中でやべって思った。もう止められん。


「はい?」


 きなこの渾身の一撃が、何も知らないカナの脳天を撃ち抜いてしまう。


「…………ほ、保健室ーっ!」


 こうしてカナは剣道部員たちに担ぎ込まれるのだった。

【間話】おしまい

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