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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第一章 書架の章
49/110

#49 【間話】


 カナは無事に『ニノヨン』にたどり着いた。どことなくしたり顔だ。すでに何人かの生徒は登校しており、雑談に花を咲かせているところだった。


「私の席はーどっこだー」


 母に言われた通りに空いている机の中身を次々と物色していく。

 昨日まで根暗だったクラスメイトの突然の奇行に、教室が静まり返る。


「江利田さん……?」

「そこあたしの席……」

「なんで外履(そとぐつ)はいてんの?」


 カナは周囲のひそやかな声には聞く耳も持たず、一つずつしらみ潰しに自身の座席を探している。


「あったー! ここかあ!」


 カナは満足げに席に着くと、教科書をぱらぱらとめくって顔をしかめた。文字の集合にここまで嫌悪感を示すとは自分でも驚きのようである。屋敷の屋根裏部屋にも本があるが、カナはそれすら読んだことがない。


 そのときになって奇妙な疑問が生じる。どうして自分は自室の本を読んだことがないのだ、と。


 それはそれとしてカナは新鮮な気持ちで、期待に胸を躍らせていた。教室のそこらで談笑している者たちのように、自分も親しい誰かと話すと思っていたのだ。


 始業のチャイムが鳴り響き、教員が教室にやってきても、ついぞそんな人物は現れなかった。その理由をカナは察した。


 こうみえて、カナの中身は聡明なエルフである。彼女も例に漏れず地頭が良く、理由もなく勉学をサボってきたわけではない。

 その証拠に、一限目の数学は何の苦難もなく乗り越えた。ノートを一切取らないことに、隣の席の山田くんは引いていたけど。


 問題は二限目、英語の時間に起きた。


「な、なんだこれは……」


 他の人と同じ教科書を机の中から見つけだしたときである。書いてあることが何一つわからないのだ。

 エルフのカナは――というより〝エリュシオン〟の気付かぬ者たちは、アルファベットを見たことがなかった。


 問題はそれだけではない。教師が繰り出す単語の発音の数々が、一部の魔法の詠唱に酷似しているのである。これでは教科書を読み上げるだけで学内が大惨事になる。たぶん。


「ねえ……。これって……なんて読むの?」


 カナはいちど机を指でトントンして、隣の席の山田くんに教科書の表紙を指差しながら尋ねた。


「……サンシャインだけど?」

「サっ……!」


 カナは絶句した。焼滅(サンシャイン)。まさしく膨大な魔力と引き換えに大地を焼き焦がす魔法ではないか。火遊びが好きなカナですら試し撃ちをためらう、そんなものが表紙に書かれているのだ。危険極まりない。


 この世界の人たちは魔力を持たないようだが、カナは違う。病院を荒らした前科がある。不可解な自然現象として済まされたが。


「ハーイ次はカナさん、ここ読んでー」


 となった場合、最悪死者が出る。というか読めん。


「わかりません」


 カナは正直にそう答えることでことなきを得た。



 ★彡



 時は過ぎ、昼休み。ぼっち飯かあ、寂しいなあとしょんぼりしながら机上に弁当箱を広げたときだった。

 ギャル三人が教室にずかずかと入り込んできたのである。三人とも髪の色が他と違い、一人は金髪だった。


「ひーなちゃん! 約束のもん持ってきたんだろうなあ? アガる」


 金髪ギャルがひなちゃんと呼ばれた気弱そうな少女にそう話しかけた。カナは一応、授業中に全員の名前を覚えていた。彼女の名前はヒナノだ。もふもふの長髪が特徴の。


「う、うん……持ってきたよ」


 ヒナノは俯き気味にそう言うと、ギャルに封筒を差し出した。書類が入る大きめのやつだ。一体何が入っているのか。誰も探ろうとしないのにカナは少し違和感を覚えた。


「おっ、さっすがー! また頼むよーひなちゃんっ! アガる」

(ハオ)じゃん」

「まぢそれ」


 三人は思い思いの感想を口にし、教室を出ようとする。


「うん……」


 ヒナノはそれに小さく返事をするだけだ。しかし直後のギャルの言動に目を丸くした。


「……だれあんた?」


 弁当箱を片手に生姜(しょうが)焼きをむさぼりながら、カナはギャルたちの行手を阻んでいた。


「少し安心したわ。みんなマジメで息が詰まりそうだったから。貴方たちみたいなのも居るんだなと思って」


 カナはギャルたちをよく観察しておいた。彼女たちとは仲良くできそうな気がしたのだが、彼女らがそれを知る由もなく。


「ああ?」

「萎え」

「それ」


 ――明らかな敵意を、カナに示していた。


「江利田さん? と、止めなくていいから……」


 怯えた様子でそう言うヒナノに従って、カナはギャルたちに道を開けた。


「気に入らねー。あんた放課後ちょっとツラ貸しな。迎えに来るから」

「放課後? まあ、いいか……」


 ギャルたちはカナを一瞥(いちべつ)すると、自分の教室に戻っていった。

 直後、教室が騒然となった。


「まずいよ江利田さん、ちゃんと謝ったほうがいいって……!」


 女子の一人がそう告げる。おしゃれなハーフツインのフミカだ。


「えっ、私なんか悪いことした?」

「江利田さん……今日なんかちょっと変だよ」

「うっ……」


 もっと本人の性格を聞いておくのだったと、カナは些か後悔する。隠しごとが元より好きではないカナは、この際だし話してしまおうと思い立った。


「実は私、異世界から来たんだ」


 言い方を考えないせいもある。その一言でクラスメイトのカナに対する印象がバキッと捻じ曲がった。どうなる、カナの高校生活。



 ★彡



 して放課後。四階の奥にある女子トイレ。近くにある教室はほとんど使われておらず、必然的に利用者の少ないその場所に、カナは連れてこられた。


「あんたのこと調べたよ。風の声が聞けるんだって?」


 ギャルの一人、金髪ロングの瑛子が意地悪な笑みを浮かべながらカナに尋ねた。


「うん。エルフだから」


 カナが真顔で頷くと三人は大喜びだ。もしかしたら友だちになれるかもしれんと淡い期待を抱いたが、カナにはわかる。彼女たちが自身に振り撒いているのは悪意のたぐいだ。


「あんたちょっと調子に乗りすぎじゃない? 萎えポイントじゃんそれ」


 ギャルの一人、緑のインナーカラーのある黒髪ボブの美衣華(びいか)が、眉をひそめながら言った。


「なんで?」きょとんとしてカナは反問する。


「まぢそれな。瑛子はギャルランキング一位のクイーンなんだけど? あんたみてーなギャル連盟に登録してすらない底辺が逆らうとか、愚か。はあー、まぢそれ」


 ギャルの一人、なんかすごい髪型をしている椎名(しいな)が溜息をつきながら言った。


「ギャル連盟……そういうのもあるのか」


 なにか、威権を争うギルドのようなものだろうか。カナはますます彼女らに興味が湧いた。


「興味あるなら仲間にいれてあげよーか? きゃひひ」

「うーん……借り物の器だし勝手なことはしないほうがいいよな……」

「なに言ってんの? 演技力(ハオ)じゃんパネエ」

「ここまで来たら入るんだよっ!」


 カナは瑛子に個室に押し込まれ、出られないようにドアを塞がれた。


「あーあー、まぢでやっちゃうの? かわいそ〜」


 外側からドアを押さえながら椎名がわざとらしい笑みを浮かべる。

 そのうちに瑛子はバケツを取り出して、水を汲んだ。


「洗礼だから、洗礼。ほらいくよ、せーのっ!」


 瑛子と美衣華がバケツになみなみ入った水を、扉の上から流し込む。ギャルたちは歓声をあげながら一方的な洗礼を楽しむが、違和感にはすぐに気がついた。


 水の落ちる音がしない。


「しまったっ! 咄嗟にやってしまった!」


 中から聞こえる慌ただしいカナの声に、ギャルたちは顔を見合わせる。扉を開くと、水のオーブをまるで指先でバスケットボールを転がすように制御するカナの姿があった。


「な……」


 このときギャルたちは確信してしまった。

 この子――まぢ(アガる)じゃん、と。


 それはそれとして、そう簡単に負けを認めるのはギャルの矜持が許さない。それが彼女らがトップランカーである所以でもある。


 カナは見られたことに茫然としながら、水のオーブを何事もなかったかのようにトイレに流した。


「こ、これで私も仲間なの、かな?」

「――ふ、ふざけんなっ!」

「きゃっ――」


 瑛子は便座の上にカナを押し倒し、本人もまたそこに入って鍵を閉めた。荒い息が、カナの顔にかかる。


「言いふらしてやる。あんたの見られたくないもの全部撮影して金盾とりにいってやる!」


 カナには言っている意味がよくわからなかったが、要約すると絶対バズるからもう一回魔法を見せてください、ということだった。

 だがカナはこの世界のギャルに(うと)い。盛大な勘違いをしてしまったのだ。


「……あー、そういうことか。そういう年ごろだもんな。興味あるよな」


 瑛子はまだ知らない。彼女の前に居るのは空気みたいな女子高生などではなく、百五十年を生きたエルフであるということを。


「……はっ? べ、別に、興味なんてないんだから。でも、あたしにも出来るなら、教えてほしいけど……」


 瑛子は気恥ずかしさに目を逸らしながらそう言った。

 再三になるが、彼女は魔法について話している。


「……可愛い子」


 カナは瑛子の染められた髪に懐かしさを覚えながら、それをさらりと撫でる。ゆっくりと立ち上がると、場所を入れ替えるように瑛子を便座に座らせた。


 瑛子はカナの前髪の隙間から覗かせる狩人のような瞳に魅入られて、それにあらがえない。


「ちょ、やめ、んうっ!? ん……! ……っ! ……っ」


 取り残されたギャル二人は中で何が起きているのか、到底理解におよばなかった。

 たぶん、魔法の訓練なのだろう。鍵が閉まっているしもう関与もできない。


 暴れるような音が落ち着いて、次第に甘酸っぱい詠唱が響きわたるようになった頃、美衣華と椎名は顔を見合わせながら呟いた。


「……かえろっか」


 強者を讃えるのもまた、ギャルの矜持なのである。

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