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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第一章 書架の章
48/110

#48 【間話】


 翌日、カナは学校に来た。

 母には必死に反対されたが、この世界の営みに強い興味を抱いた彼女をだれかが止められるはずもなかった。


「ここが私の通う学校? なんて大きさだ」


 校門を前に、カナは感嘆の声を漏らす。彼女は幼いころからマヤの屋敷が唯一の居場所だった。教師はジンとセネットの二人だけで、戦闘訓練以外はほとんどサボって、好きに過ごしてきた。


 規律とは無縁だ。オルキナの貴族学校にも匹敵するであろう大きさの校舎を前に、さすがのカナも緊張に息をのむ。


「いいカナ? 魔法は禁止。人を怪我させたら……罰せられるからね?」

「わかってるって」


 カナ母は車の運転席で、しつこいように言いつけた。


「あなたの教室は三階よ。入り口に2-4(にのよん)って書いてあるからね」

「さんかいの、にのよんね」

「席まではわたしも知らないから、自分で探しなさい。空いてる席の、教科書に、名前書いてあるからね」

「ふうん」


 カナはまるで聞いていない。一時間はやく登校したのは正解だったようである。


「お弁当はかばんに入ってるからね。お昼に食べるのよ! わかってる?」

「魚入ってる?」


 カナ母は溜息を吐いた。娘が異世界に消えたかもしれないと聞いたときは、ショックのあまりそのまま寝込んだが、なんとか乗り越えた。だが今は別の意味で不安に苛まれている。


「……保冷剤は食べちゃダメよ……」

「バカにしないで! 今の私は貴方より歳上だよ。なんだってわかってるからだいじょーぶ!」


 ちなみになにもわかっていない。


「……そう。まあ……とにかく怪我だけはしないこと。させないこと。わたしが言いたいのはそれだけ……。放課後になったら迎えに来るから……」

「まかせときなって」


 カナは車を降りて、逃げるように駆けだした。


「本当に大丈夫なの……?」


 カナ母はカナの背を眺めながら、ひとり呟いた。彼女は昇降口ではなく体育館の方向に向かっていた。三階……。



 ★彡



 カナは校舎に入る前に、敷地内の確認をしていた。彼女なりの魔物に対する危機管理が癖になっているらしい。

 耳をすませば、朝練をしている吹奏楽部のラッパの音が聞こえてくる。合奏こそしていないが、迫力のある音色である。


「宮廷音楽隊の練習生まで居るのか。すごいところだなー」


 生徒同士の些細なやり取りでも品格さを求められる気がして、カナは少し背筋を伸ばして歩くことにした。そんなとき、彼女の目にある部活動の練習風景が目に映る。アーチェリー部である。


 照準器の付いた見たこともないデザインの弓を引く逞しい男たちが四人、朝の練習に勤しんでいる。カナは思わず心を射抜かれていた。

 部員はさすがにやりづらそうである。見知らぬ少女にすぐ横でガン見されているのだ。


「……なんか用?」


 手前の男が構えていた弓を降ろして、汗を拭いながらカナに尋ねた。いきなり前に出てこられでもしたら大変なことだ。さも当然の行動であるが、カナは少ししょんぼりした。


「あっ、ごめん! 懐かしいなーって思って」

「……アーチェリーが?」

「そうそう。私はそんな上手くないけどね。狩りで使うくらいだったし」

「野生児か?」


 どうやら今のところは会話が成立しているようである。なんだかカナは嬉しくなって、その男に可愛らしい笑みを振り撒いた。男は気恥ずかしそうに目を逸らす。


 その横で、別の部員がターゲットに向けて矢を射った。その直後である。


「あー惜しい!」


 まだ的に刺さってもいないのに、カナはたまらずそう叫んだ。その矢は中心から僅かにズレたところに刺さる。部員たちは怪訝な顔をした。


「……偶然だよな? 少し離れて。俺も撃ちたい」


 手前側の男にカナは頷いて、一歩だけ下がった。

 力いっぱい弓を引いて、男は矢を放つ。風を切る心地よい音が鳴る。


「もうちょい右だあ」


 カナは悔しそうに叫んだ。それから矢は的の左側に刺さった。


「なんでわかんの! 動体視力バケモンか?」


 部員たちは練習も忘れて、すごい子が来たと大盛り上がりだ。


「ううん、視えてはないかな」

「じゃあどうやって……」

「風の声をきくんだよ」


 不穏。会話のキャッチボールで変化球を繰り出したことにカナはまだ気が付いていない。


「風の声……?」


 一応、聞き間違いであることも考慮して、あるいはカナが滑っていることに配慮をして、部員の男は恐る恐る聞き返した。

 だがカナは「うん」と頷く。やっぱり風の声なんだ。


「私もやってみていい?」


 答えを聞く前にカナは弓を奪おうとする。


「あっ、うーん……。経験者ならまあ、いいか……」


 して、カナは現代の弓を構えるのだが、その姿勢は部員たちからすれば経験者らしからぬものだった。慌てて部員は止めようとするが、時すでに遅い。こんなの顧問に見られようものなら破門では済まないかもしれない。


 カナは弓を水平に構え、標的を視界の中心に据え、腕を軋ませながら弓を引き絞る。それは紛れもなく狩人の眼だった。

 しかし途中でやめてしまった。部員たちは思わず安堵の息を漏らす。


「……やはりこの肉体じゃ無理か」

「は?」

「あ、教室探すんだった。もう行くね! 訓練がんばって!」


 カナはそう言って「またね」と駆けだした。

 部員たちは衝撃に凍りついた表情のまま「ニノヨン、ニノヨン」と鳴く彼女の背中を見送った。


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