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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第一章 書架の章
47/110

#47 【間話】エルフのカナの異世界満喫★ あるいは、江利田カナの高校生活の終焉

縦読みPDFでは一部錯者の意図せぬ表記になる部分がございます。

あらかじめご容赦ください(ง ˶ˆ꒳ˆ˵ )ว


「ぬんっ!」


 カナはぱちりと目を開けて、飛び起きた。

 彼女の目にはものがさほど置かれていない可愛らしい部屋が映る。ベッドの横に置かれた勉強机を支えにして、立ち上がる。


「どこだここ」


 その声も自身のものとは違っていて、不思議に思いながら直前に見た奇妙な夢のことを思い出した。光のトンネルを高速で飛んで、誰かとすれ違う夢である。

 その夢から覚めると、カナはそこに居た。彼女自身の部屋であり――そして見知らぬ場所でもあった。


 床に古びた赤い本が落ちている。奇妙な本だ。魔力を感じる。

 吸い寄せられるようにカナはそれを拾い上げ、表紙をめくる。二、三行読んで、興味がないのでベッドに放り投げて、部屋を出た。


 なんて精巧な造りの家だろうか。光沢のある樹木の床は軋む音を立てないし、ベランダに通じる窓には一片の曇りもない。窓の外に見える街並みに目を丸くして、カナはこの時気がついた。


「私……なんかすごいところに来てるな?」


 遠い未来か、あるいは異世界か。胸が高鳴り、廊下の手すりを乗り越えて階下に向けて飛び降りる。バキイ。


 妙な音が脚から鳴った。おそらく骨に響いたか。なんて軟弱な身体だろうと不満を募らせつつも、今後は気をつけようとカナは決めた。


 一度階段に腰を下ろし、脚を伸ばす。メキイ。


「よし!」


 たぶんこれで大丈夫だよなと、確信半分不安半分でリビングに出る。カナの母が、夕食の支度をしていた。


「なんかすごい音鳴ったけど大丈夫?」カナの母が野菜を刻みながら尋ねる。


 カナはきょとんとしながら、彼女に質問をした。


「失礼ですが、貴方は(コレ)の使用人ですか?」

「……は?」


 声は同じでも雰囲気や話し方がまるで違うのだ。あまりにも大きすぎる違和感に、カナ母は驚いた顔で手を止めた。


 夕食の時間、カナは事情を母に説明した。とはいえカナも混乱している。自身がこの世界の生まれではないこと、どういうわけかこの身体に乗り移っていることしか伝えられず、むしろこっちが聞きたいとまで言い放った。


 箸を串のように持ちながら(さば)の味噌煮に突き刺して、頭から喰らいつく。


「うっま! 何この魚! うまっ!」


 感動しながらもぐもぐする傍らで、カナの母は鉛のように重くなった頭を抱えていた。なにか、学校で嫌なことでもあったのかもしれない。真面目な子だ。抱え込んでいたものが決壊したのか。どうしてこうなるまで気づけなかったのか。


「カナ……あなたがよければ、一度お医者さんに相談してみない?」


 骨すら残らない皿を眺めながら、カナの母は提案する。精神的な病ってこうなるのかと、自身の無知を呪っていた。


「お医者さまですか。この世界にも居るんですね」


 味噌汁をジュースのように流し込みながらカナは言った。


「うん、聖隷病院。すぐちかくよ」

「精霊病院!? 行ってみたいです!」


 カナの母は青ざめながらスマホをとって、救急車を呼ぶのだった。



 ★彡



 カナにとっては目に映るものすべてが感動に満ちていた。

 鋼鉄の車と、それを乗りこなし規則にしたがって、舗装された広い道を行き交う人々。

 医者はきっと公爵クラスの貴族なのだろう。前を行く車は救急車が止まらぬように道を開けていく。


 後部のカーテンをこじ開けて、目を輝かせながらそれらを追う姿は、高校生とは思えないくらいに子供っぽい。


「なんて綺麗な街なの!」

「暴れないでください!」


 救急隊の男も必死だ。はじめはまた迷惑なやつがタクシー代わりに使いやがって、と不服そうな目を向けていたが、彼女の言動を聞くうちに病状の深刻さを理解していったようである。


 ものの数分で病院に着くと、カナは担架に載せられ、真っ先に院内に放り込まれた。


「自分の足で歩けますよ?」

「いいから大人しくしてください!」


 それからカナは血液検査をして、脳検査をして、といろんなことをさせられた。廊下で待っていると、結果はすぐに出た。


「座ってください」


 脳外科医の先生がカナ親子にそう促す。かなり険しい表情をしていた。


「ど、どうでしたか? カナは大丈夫ですか?」

「結果から言いますと……カナさんの脳反応は正常です。血液検査にも異常はありませんでした」

「そんな……」


 カナの母はそれを聞くと、またも頭を抱えてしまった。


「おそらく……カナさんは中二病です」

「私は嘘を言ってないですよ! それより精霊はどこ?」

「……それも重度のね」


 裏方で作業をする看護師たちの中に微笑ましい空気が立ち込めている。


「もう一度確認しますが、ご自身の年齢を言えますか?」

「だから百五十三だってば……コペラ村の領主さまのおうちでメイドをしてるエルフです! むしろここがどこだよ!」

「……そう言われてもなあ」


 なんか馬鹿にされている気がして、カナは少し腹が立った。魔法でも見せてやればいいのだろうか。この身体で使えるのかは知らない。


力は魂に宿る(キアー・イーレル)――」


 ジンから教わった教訓を胸に、カナは手をかかげてみた。医者たちがニヤニヤしながら、何かするのかとカナに注目する。

 そこまで言うなら見せてやろうか。軽くね、軽く。


『――吹き荒べ(ブラスト)


 机の上にあった書類、棚に保管された薬品、小道具、カーテン、エトセトラ。

 部屋にあったあらゆるものが、カナの声に呼応する。

 医師がゆっくりと目を開けた頃には、突如発生した竜巻によって室内はめちゃくちゃになっていた。

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